太公望、異世界で猫を釣りあげる。どうやら最強軍師にスローライフは許されないようです   作:月猫

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 しばらくたつと、通りはいつもの様相になったのか、人が何事もなかったかのように往来した。

 

「ほら、立つんだ」

 

 だがうなだれた店主は膝を地面につけたまま、彼を抑えていた男に慰められていた。

 あの男は弟妹を連れていかれたと言っていた。その辛さは俺にもわかるというよりも、勝手に共感して怒りがこみ上げてくるほどだ。

 

 俺の足は無意識に店主のもとへ向かっていた。

 店主の肩をたたいていた男は俺を一瞥すると、後退して距離をとった。

 店主は涙の跡が残る相貌をこちらに向け、震える唇を動かした。

 

「なにか⋯⋯用か」

 

 今にも消え入りそうなか細い声が届く。

 男の前に来たのはいいものの、なんて声を掛けたらいいのか全く分からない。

 同情か共感でもすればいいのだろうか。それとも励ましてやるべきか。

 いや、今苦しんでいる人間をはげませるような言葉など、俺は持っていない。

 

「悔しいな。家族を弄ばれ、奪われることは何よりも悔しい」

 

 俺が選んだのは、共感に似た自身の感情を吐露することだった。

 言ってみて、下手をしたら嫌味と受け取られるのではと思ったが、男は目を細め、唇の震えを止めて言った。

 

「まさか、あんたも奴らに」

 

「いや、あの者たちは関係ない。ただ昔、俺も似たようなことがあった。もっとも、俺の場合家族は奴隷ではなく供物として殺され、友人や仲間を奴隷として連れていかれたが」

 

 どうしてこんなことを名前も知らない相手に話したのだろうか。俺の話を聞いて少しでも留飲を下げてほしかったのだろうか。

 

 いや、きっと違う。これはそんな生易しい語りではなく、ほかの何かへの宣誓だ。

 

 その宣誓の矛先がどこに向かっているのか、自分で確信しているはずなのに、確定させるのを頭が拒んでいる。

 

「あんたも⋯⋯若いのに悲惨な目にあってたんだな」

 

 店主は膝を支えながら立ち上がった。

 

「だが、あんたに俺のことは関係ない。だがそのなんだ⋯⋯その友人や仲間だけでも戻ってきたらいいな」

 

 悲壮感がにじむ顔と声で、男は背中を小さく丸めながら立ち去って行った。

 自分が一番苦しいはずなのに、俺を気遣ってくれたその優しさが、胸をそっと温めた。

 

「まあ、もう戻ってくることはないのだがな」

 

 俺自身として、家族や仲間を奪われた復讐は果たした。

 だが俺は、皆を守ることも、助けることもできなかった。

 

 それが今でも心残りだ。いやそもそも、皆を救えないなら復讐に意味などなかったのではないかと、あの連れていかれた者たちや店主を見ていると考えてしまう。

 あの男もきっとこれから、自分は何も救えない無力な弱者だという事実を抱えて生きていかなければならないのだろう。

 

「望さん⋯⋯」

 

 いつのまに彼女は来ていたのだろう。

 その声を聴くと、心が軽くなった気がした。

 

「ルナ⋯⋯」

 

 振り返った先で、ルナは胸元を握りしめながら神妙にこちらを見ていた。

 

「いつ来たんだ」

 

「少し前に。人だかりが消えて望さんを見つけました」

 

「⋯⋯なら、俺があの男に話したことは聞こえたか」

 

 ため息をつきながら尋ねると、ルナはハッとしたように瞠目し、小さくうなずいた。

 

「はい。聞きました」

 

「ならわかるだろ。俺が神として崇められたとしたら、それは結果論だ。俺は別に大義や正義を掲げて商を滅ぼしたんじゃない。ただ復讐のために戦っただけだ。もし俺の身内が巻き込まれなければ、たとえ姜族が何人犠牲になろうと、帝辛がどれだけの非道を行おうと知らぬ顔をしていた。俺はそんな男だ」

 

「でも⋯⋯ならなぜあの人に自分の話をしたのですか。あの人を少しでも慰めてあげたかったんじゃないんですか。いや違う⋯⋯あの言葉には続きがあったはずです」

 

 どうしてこの猫娘は、俺の胸を的確に穿つのだろうか。

 ルナの瞳に移った俺は、相変わらず面白みのない見た目をしている。

 内心ではかなり動揺しているのに、それを顔に出さない。いや、出せない。

 ルナの言う通り、俺は続きの言葉を考え、言おうかどうか迷っていた。

 

「俺も奴らは許せない。必ず皆を開放して見せる」

 と、胸を張って声を張りたかった。

 

 だが何の力も持たない俺がそんなことを言って何になる。あの男の心を傷つけるだけか、わずかな希望を抱かせて裏切り、深い奈落に突き落とすだけに違いない。

 

「続きがあったとしても、俺には何もできないんだよ。子供じゃないならそれくらいわかってくれ。今の俺はお前が見たような神じゃないし、帝辛と戦った呂尚でもない。ただ羊の世話してる太公望だ」

 

 ここにとどまっていると、自分もルナも嫌いになりそうで、ルナと目を合わせないようにして牧場へ戻った。

 道中、ルナは俺のすぐ後ろを歩いていたが、話しかけてこなかった。

 牧場まで戻ると、柵のそばでメイが待っていた。

 

「勝手に飛び出して申し訳ない」

 

 メイは怒った様子もなく、ただ幸薄そうな微笑みを見せた。

 

「連れていかれた人たちはどんな顔をしていましたか」

 

 静かなつぶやきに、俺の眉が上がる。

 

「知っていたのか。何が来ているのか」

 

「はい。あの人の怒鳴り声を聞けばわかりますよ」

 

「今回だけじゃないのか」

 

「あの人は奴隷商人が来るたびに町中に響くような声で怒鳴ってますから。気にしないでいいと思いますよ」

 

 メイはそういうと、小屋のほうに向かって歩き始めた。

 その言葉自体はあの男を冷笑するような意味合いが感じ取れなくもないのに、なぜかメイの声色からはそんなもの微塵も感じ取れなかった。

 羊たちの様子を見守りながらも、大通りの光景が脳裏にこびりついて離れなかった。

 最後に俺と目が合った男は、今の俺と同じくらいの年齢だったか。

 本当に俺に助けを求めたのかはともかくとして、あの目はしばらく忘れられそうにない。

 

 その日の夕食は、あまり味がしなかった。

 いつもより薄味だったのか、それとも食事中もずっと昼間のことを考えていたからか、はたまたいつもは騒がしいくらいのルナが黙り込んでいたからだろうか。

 

 ルナは帰ってきてからずっと黙っていた。羊を柵にもたれかかって見守りながらも、その意識はどこか遠くにあるようだった。

 なんとなく、昼間のやり取りでルナが俺に何を求めているのかが分かったが、判明したからと言って、俺にできることなんてあるはずがない。

 

 あの奴隷商人を葬るとしても、せめて協力者⋯⋯いや、強力な武器が必要だ。

 

 

 浮かんできたのは、この町で初めに見つけた剣だ。

 剣術には多少の自信がある。といってもはるか昔の話だが、あの商人の仲間くらいなら葬れそうだ。

 

 いや、何俺はその気になっているのだ。

 

 そんなつもりなかったはずなのに、今では真剣に頭の中でどうあの男どもを葬るか考え始めている。

 

 目の前で口を閉ざす猫耳娘を見ていると、なぜかあの店主や奴隷たちを放っておくことが心苦しくなるのだ。

 

「どうしたんですか。じろじろ見て」

 

 俺の視線が気になったのか、ルナが数時間ぶりに口を開いたが、その声には棘があった。

 ルナは木椀の汁をすすりながら、三白眼をこちらに向けている。

 

「⋯⋯俺があの奴隷たちを解放したいって言ったら、お前は協力してくれるか」

 

「えっ」

 

 戸惑いの声とともに、ルナは手のひらにあった椀を落とし、足に残っていた汁をかけてしまった。

 だがその水気や熱さは気にならないのか、三白眼だった相貌を大きく見開きながら、口を半開きにして俺を凝視した。

 

「望さん⋯⋯してくれるんですか」

 

「なぜそなたがそんな謙虚な口ぶりなのかはわからないが、やはりあのまま見て見ぬふりをするのは俺にとって非常に心苦しい」

 

 そう。やはり俺は強いものが弱者を虐げ、弄ぶ世界が許せないのだ。

 ここで見て見ぬふりが出来る人間なら、復讐のために生涯を費やすこともなかった。

 

「だがひとりではどうにもできん。そなたが力を貸してくれれば、あのくらいの奴隷商人くらいなら何とかできそうだが」

 

 ルナは椀を膳の上に戻しながら、顔はこちらに向け続けた。

 

「わかりました。私に協力できることなら何でもしますよ」

 

 濡れた衣装もそのままに、四つん這いになって身を乗り出してくるルナの顔は、まるで太陽の化身に見えた。

 

 

 ルナに気おされそうになりながら、俺は夕餉の最後の一口を食べ終え、立ち上がった。

 

「なら善は急げだ。今からあの奴隷商人を追いかける」

 

「い、今からですか」

 

「ああ、それとそなたにさっそく命令だ。あの剣を売っていた店主をこちらに引き入れてくれ」

 

「あの人を⋯⋯ですか」

 

 首を捻るルナは、意図がつかめないのか、言葉が詰まっている。

 

「ああ。憎しみはそれなりの原動力になるからな」

 

 ――――――

 

 メイに内緒で外へ出たことは、後で謝らなければならない。

 まさか一日に2回も無断で外出し、それも今度は危険を冒しに行くなど、雇い主への裏切りとみられても文句は言えない。

 

 半月と星々が暗夜をわずかに照らす。月と太陽がこの世界でもあの世界でも変わらないのは、単なる偶然なのだろうか。

 

 灯りも持たずに、俺とルナは夜道を掛けた。

 

「そういえば、どうやって皆さんを助けるのか、具体案はあるんですか」

 

 隣で軽快に走りながら、ルナは話しかけてくる。

 俺はすでに疲れてきたのに、ルナは息ひとつ乱していない。やはり猫だから走るのは得意なのだろうか。

 

「あるからそなたをつれてきたんだ。なければあの店主と正面から斬りかかっただろうな」

 

「望さん⋯⋯見た目に反して武闘派なんですね」

 

 一体俺の容姿のどこを見てそんな感想を抱いたのか不明だが、とにかく今は、あの店主が寝静まっていないことを願って走った。

 夜の街には、見張りのためか剣や長い戟のようなものを背負った男たちが徘徊していた。

 皆同じような黒い鎧や兜を身に着けているが、驚くべきことにそれらは鉄でできているらしい。

 鉄の鎧なんて高価なもの、どうしてただの見張り役が身に着けられるのか。

 などと考えていると、店主の露店があった場所まで到着した。

 

 露店は石造りの家の前にあったから、その家が店主の住まいなのだろう。

 途中からルナが先導したのだから違いない。

 

「よしルナ、店主を呼び出してくれ」

 

「え、あ、はい」

 俺に言われるがまま、ルナが家の扉をたたいた。

 

「あの、べグリさん。すみません」

 

 どうやら店主はべグリというらしい。昼間誰も名前を呼んでいなかったので知らなかった。

 近所迷惑と思われそうな勢いで戸を叩くルナを見ていると、急に恥ずかしくなって帰りたくなった。

 中から足音が接近し、木戸が外側に開かれると、昼間の店主が顔を出した。

 

 食事中だったのか寝る前だったのか、その顔には不満が浮かび、目をひそめている。

 

「なにかようか」

 

 俺はこのような場面で気の利いた言葉なんて言えるほど饒舌な男ではない。

 

 俺のことを、「我が大公が望んだお人だ」なんて形容した西伯候のような洒落っ気が少しでもあればと歯痒い。

 

「ともに来てくれ、今からあの奴隷商人たちを殺しに行く」

 

 

 

 

 

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