ハルユキミサキ from Gemini   作:test sentinel

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こちらこういう話です

『パラレル・パラドクス・パレード File.14:観測者と閉じた瞳』より

 

(最終決戦)

 

世界の縫合部、「虚無の祭壇」と呼ばれる場所で、彼は待っていた。

 

「調律者」を名乗るその存在は、人の形をしていたが、その内側には恒星の死と銀河の誕生が渦巻いているようだった。彼の名はアイン。かつて、この多元宇宙のあらゆる可能性を観測し、記録する役目を担っていたが、無限に繰り返される悲劇と、救いのない結末に疲れ果て、たった一つの結論に至った。すなわち、全ての可能性を収束させ、完全なる「無」へと還すこと。それが、唯一の救済である、と。

 

「……よくぞ辿り着いた、世界の揺らぎよ」

 

アインの声は、音ではなく、空間そのものを震わせて直接意識に届いた。彼の背後では、いくつもの並行世界が泡のように生まれ、そして弾けて消えていく。世界の終焉を告げる、荘厳で、絶望的な光景だった。

 

その絶対的な存在を前にして、間の抜けた声が響いた。

 

「ねえユキ、見て見て! あいつの服、背中がパックリ開いててセクシーじゃない?」

「ほんとだハル! でも、あれじゃ冬は寒いよね。風邪ひいちゃうよ」

 

オレンジ色の髪を揺らすハルと、青い髪のユキが、まるでファッションチェックでもするかのように、無邪気にアインを品評している。彼女たちは、対次元異常存在対策機関「アーク」に所属するエージェントだが、その実態は、行く先々で予測不能なトラブルを巻き起こす歩く災害パッケージのような二人組だった。

 

そして、そんな二人の数歩前。黒い鞘に収められた長巻を背負い、ただ静かに佇む少女がいた。ミサキ。彼女の瞳は、ハルとユキの存在など初めから認識していないかのように、ただ一点、アインだけを見据えている。その身から放たれる凛とした闘気だけが、アインの放つ終末の波動に抗い、この場の存在確率をかろうじて維持していた。

 

「……来たか。最後の抵抗勢力。この宇宙に残された、最後の不協和音」

 

アインが、三人をまとめて「エラー」と断じた。

 

「エラーとは失礼な! こちとら、あんたをデバッグしに来てやったんだぞ!」

 

ハルが、腰に手を当ててふんぞり返る。

 

「そうそう! あんたのその悲劇のヒロインぶったポエム、もう聞き飽きたんだからね!」

 

ユキも同調する。

 

ミサキは、そんな二人を意にも介さず、ゆっくりと背中の長巻を抜き放った。鞘から現れたのは、刀身そのものが黒曜石でできているかのように、あらゆる光を吸い込む漆黒の刃。

 

「問答は不要。あなたを、斬る」

 

ミサキの声は、冬の夜のように静かで、冷徹だった。その言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

アインは、指を鳴らした。ただ、それだけの動作で、ミサキが立っていた場所の「過去」と「未来」が同時に消滅した。原因と結果が断絶され、存在そのものが論理的に破綻する、絶対的な攻撃。

 

だが、ミサキはそこにいなかった。

 

アインが指を鳴らす、コンマ数秒前。ハルが突如として叫んだのだ。

 

「あーっ! そうだ! 昨日見てたアニメの最終回、録画し忘れた!」

「え、マジで!? 最悪じゃん!」

 

ハルがその場で頭を抱えて蹲り、ユキがその背中をバンバンと叩いて慰め始める。その、全く無意味で、脈絡のない動作が生み出した、因果律のほんの僅かな「淀み」。ミサキは、その淀みを完璧に読み切り、攻撃が発動するよりも早く、その場から跳んでいた。常人には、瞬間移動したようにしか見えない。

 

「……偶然、ではないな」

 

アインが、初めてミサキを脅威として認識した。彼は両手を広げ、祭壇の周囲に存在するすべての時間を捻じ曲げ、無数の「アイン」の虚像を作り出した。過去と未来、あらゆる可能性に存在する自分が、同時にミサキへと襲いかかる。

 

「うわ、分身の術! 古典的ー!」

「こういうのはね、ハル。本体は絶対、一番後ろで偉そうにしてるやつなんだよ!」

 

ハルとユキが、何の根拠もない攻略法を大声で解説している。

 

ミサキは、その声を完全に無視し、目を閉じた。無数の敵の動き、殺意の流れ、時間の歪み。その全てを、聴覚と肌で感じ取る。

 

そして、一つの虚像に向かって、一直線に駆けた。それは、他のどの虚像よりも存在感が希薄で、一見すると最も重要度が低そうな個体だった。

 

「なぜそちらへ……!?」

 

アインの思考に、僅かな驚愕が混じる。

 

ミサキが狙った虚像は、確かに囮だった。だが、それは他の虚像をコントロールするための中継点であり、本体の次に重要な座標。そこを突かれることは、アインの計算にはなかった。

 

なぜ、ミサキにそれが見抜けたのか。答えは、単純だった。ミサキが駆ける直前、ユキがハルに向かってこう叫んでいたのだ。

 

「見てハル! あそこの一人だけ、靴下の色が違う!」

 

もちろん、アインの虚像に靴下などという概念はない。ユキの言葉は、いつものように、何の根拠もない、ただの思いつきだった。だが、その言葉が、この場の情報の奔流の中に、一つの「特異点」を生み出した。ミサキは、その特異点を頼りに、無数に存在する虚像の中から、たった一つの「正解」を寸分違わず引き当ててみせたのだ。

 

ミサキの漆黒の刃が、虚像を切り裂く。虚像は声もなく霧散し、同時に、他の全ての虚像もまた、砂のように崩れ去った。

 

「……面白い」

 

祭壇の上に、再び一人だけになったアインが、静かに呟いた。

 

「貴様、我輩の論理の外にいる。その混沌、その予測不能性……それこそが、我輩がこの宇宙から排除しようとしている『バグ』そのものだ」

 

彼は、ミサキの背後にいるハルとユキに視線を移した。

 

「だが、貴様らはどうだ? その混沌の中心にありながら、ただ戯れているだけの人形。貴様らが積み重ねてきた時間の、その意味を本当に理解しているのか?」

 

アインは、精神攻撃に切り替えた。ハルとユキの脳裏に、彼女たちがこれまでに経験してきた、最も辛く、悲しい記憶を直接送り込む。友との別れ、守れなかった約束、自分の無力さに打ちひしがれた夜。普通の人間なら、一瞬で心が折れるはずの、純粋な絶望の奔流。

 

「うわ、なんか急に悲しい気持ちになってきた……」

「わかる……。なんか、小学校の時、給食のプリンを隣の男子に食べられたの思い出した……」

「あたしは、昨日買った限定ポテチを、お兄ちゃんに全部食べられたこと……」

「「許せない……!!」」

 

二人の悲しみは、なぜか壮大なスケールから、非常に個人的で、どうでもいい方向へとシフトしていった。アインが送り込んだ絶望の奔流は、彼女たちの脳内で、ただの「ムカつく思い出」に変換されてしまったのだ。

 

アインの論理に、再びエラーが生じる。精神攻撃が、通じない? なぜだ?

 

その間にも、ミサキは着実にアインとの距離を詰めていた。ハルとユキが作り出す予測不能な状況は、アインの完璧な計算能力を確実に削り、ミサキに有利な状況を作り出していく。

 

追い詰められたアインは、ついにミサキと刃を交えながら、究極の問いを投げかけた。

 

「小娘……! 貴様は、なぜそこまでしてこの不完全な世界を守ろうとする? この苦痛に満ちた現実が、本当に価値あるものだとでも言うのか? お前が我輩の妄想でないとどうして言える? この世界そのものが、我輩が見ている、救いのない悪夢の一幕だとしたら、どうするのだ!」

 

それは、神の問いだった。世界の存在そのものを揺るがす、認識論の刃。

 

ミサキの動きが、初めて明確に止まった。彼女の瞳に、深い葛藤の色が浮かぶ。

 

もし、この世界が、彼の言う通り、ただの悪夢だとしたら。ハルの底抜けの明るさも、ユキの突拍子もない優しさも、全ては無意味な幻ということになる。自分の戦いも、守ろうとしているものも、全てが。

 

そのミサキの葛藤を打ち破ったのは、またしても、ハルの叫び声だった。

 

「ミサキー! ヘルプ! ユキが、ユキがタケノコになった!」

 

ミサキが反射的に振り返ると、そこには、地面から生えた巨大なタケノコに、なぜかユキの顔がくっついている、というシュールすぎる光景が広がっていた。

 

「助けてハル……。もうすぐ出荷されちゃう……」

「いやあああ! ユキのタケノコ煮だけは食べたくないー!」

 

その、あまりにも馬鹿馬鹿しい光景を見た瞬間、ミサキの心にあった迷いが、ふっと霧散した。彼女は、小さく、本当に小さく、誰にも気づかれないほど微かに、口元を綻ばせた。

 

「……妄想でも、構わない」

 

ミサキは、アインに向き直る。その瞳には、もう迷いはなかった。

 

「この世界が、あなたの見る悪夢だというのなら、それもいい。だとしても、私はこの悪夢を、最後まで見届ける」

 

彼女は、漆黒の長巻を、静かに構え直した。

 

「銃じゃ軽い。槌じゃ重い。ナイフが一番ちょうど良い」

 

それは、彼女が師から教わった、ただ一つの戦いの哲学だった。

 

「銃は、相手の体温を感じられない。槌は、大雑把すぎて心が伝わらない。でも、この刃(ナイフ)だけは違う。私の覚悟も、迷いも、怒りも、喜びも、全てを乗せて、あなたの魂に直接届けることができる」

 

ミサキの身体から、これまでとは比較にならないほどの、静かで、しかし強大な闘気が立ち上る。

 

「私がここにいる。ハルが、ユキが、ここにいる。たとえそれが、あなたの妄想だとしても、この瞬間の『想い』だけは、何者にも否定できない、絶対的な真実だ。その真実を、あなたの魂に刻み込む。それが、私の戦う意味」

 

アインは、ミサキの変化に圧倒されていた。目の前の少女は、もはや単なる「エラー」ではない。彼の論理体系そのものを脅かす、新たな「法則」へと変貌しようとしていた。

 

「……認めぬ。我輩の宇宙に、そのような不確定要素は存在し得ぬ!」

 

アインは、最後の手段に出ることを決意した。自らの存在を触媒とし、この「虚無の祭壇」そのものを、絶対零度の無へと変える、最終禁呪。

 

「終焉の刻だ! 全ては、等しく、静寂に帰するがいい!」

 

アインの身体が光を放ち、世界の崩壊が最終段階へと移行する。空間が白く染まり、あらゆる物質が、その存在情報を失い、素粒子レベルで分解されていく。ハルとユキの悲鳴(「うわー!なんか透けてきたー!」「ダイエット成功!?」)も、次第に遠のいていく。

 

このままでは、全てが消滅する。

 

ミサキは、その絶対的な奔流の中で、ただ一つ、為すべきことを理解していた。

 

彼女は、静かに、目を閉じた。

 

(私が目を閉じると、世界が滅ぶ)

 

それは、彼女自身に課せられた、最大の呪いであり、最後の切り札だった。ミサキという「観測者」が世界を認識することで、この宇宙はかろうじてその形を保っている。彼女が観測をやめる、すなわち目を閉じることは、アインの「停止」とも違う、より根源的な「無」をこの宇宙に招き入れることを意味した。

 

アインの「停止」の力が、ミサキがもたらした「無」によって、上書きされていく。白い光に、漆黒の亀裂が走る。絶対零度の宇宙は、それ以上の虚無によって、その法則を侵食され、崩壊を始めた。

 

「な……に……!? これは、停止ではない……! 存在そのものの、完全な消失……!? 馬鹿な、そんな権能、この宇宙のどこにも……!」

 

アインが、初めて狼狽の声を上げた。彼は「時間を止める」神であって、「無を創造する」神ではない。彼の理解を超えた現象が、彼の存在基盤そのものを揺るがしていた。

 

全てが、完全に「無」に帰す、その寸前。世界が消える、最後の刹那。

 

ミサキは、カッと、その目を見開いた。

 

「無」に飲み込まれかけた宇宙が、ミサキの「観測」によって、強引に「有」へと引き戻される。光が、色が、音が、形が、奔流となって世界を再構築していく。だが、その再構築のプロセスの中に、アインの存在だけが含まれていなかった。彼は、ミサキが再定義した新しい世界の設計図から、意図的に除外されていたのだ。

 

「――ッ!?」

 

アインは、自分が新しい世界から「弾き出された」ことを理解した。彼は、もはやこの世界の法則に属さない、ただの異物。絶対的な力を失い、ただそこに「在る」だけの、無力な存在へと成り下がっていた。

 

ミサキは、その一瞬を逃さない。彼女の漆黒の刃が、閃いた。

 

それは、もはや物理的な斬撃ではなかった。新しい世界の法則が、アインという名の「バグ」を完全に削除する、決定的なエンターキーの一閃だった。

 

声も、光も、衝撃もなかった。ただ、アインだったものが、そこに、いなくなった。それだけだった。

 

世界の再構築が完了し、虚無の祭壇には、元の静寂が戻っていた。いや、以前よりも、どこか澄んだ空気が流れているように感じられた。

 

「……あれ? なんか、終わった?」

「終わったっぽいね。あ、見てハル! 私、タケノコじゃなくなってる!」

 

ハルとユキが、何事もなかったかのように、いつも通りの会話を再開している。彼女たちにとっては、世界の危機も、タケノコからの生還も、同じくらいの重要度らしい。

 

ミサキは、漆黒の刃を静かに鞘に納めた。

 

彼女が目を閉じれば、世界は滅ぶ。その宿命は、これからも変わらないだろう。彼女は、この不条理で、不安定な世界を、永遠に観測し続けなければならない。

 

それは、あまりにも重い宿命だ。

 

だが。

 

「ねーえ、ミサキ! 帰ろーよ! お腹すいた! 今日の晩ごはん、カレーがいいな! ニンジンとジャガイモと、あとプリンも入れて!」

「プリンは入れないでしょ、普通!」

 

その、どうしようもなく下らなくて、騒がしくて、そして、どうしようもなく愛おしい声を聞いていると、その宿命も、悪くないのかもしれない、と。ミサキは、ほんの少しだけ、そう思った。

 

「……帰りましょう」

 

ミサキが、二人に振り返って、静かに言った。その声には、彼女自身も気づかないほどの、柔らかな響きが混じっていた。

 

三人の少女が、崩れかけた祭壇を後にする。夕日が、彼女たちの影を、長く、長く、どこまでも続く未来へと伸ばしていた。

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