ハルユキミサキ from Gemini   作:test sentinel

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TVSP的なアレ

『アークナイツ・クロニクル File.0:始まりの不協和音』より

 

## 第一章:不本意なトリオ編成

 

ミサキは心底うんざりしていた。

目の前の執務机に置かれた一枚の辞令。そこに記された文字は、彼女の完璧に構築された日常に不純物が混入することを宣告していた。

 

【辞令:エージェント・ミサキは、本日付でエージェント・ハル、エージェント・ユキと共に、特殊遊撃チーム「チーム・デルタ」を編成し、あらゆる任務に対応すること。なお、本チームにおける指揮権は、当面の間、ミサキが有するものとする】

 

「……なぜ、私が」

 

思わず声が漏れた。ミサキは対次元異常存在対策機関「アーク」において、最も優秀なエージェントの一人である。単独任務における成功率は99.8%。その冷静沈着な判断力と超人的な戦闘能力は、組織の誰もが認めるところだった。彼女の仕事は常に静かで効率的で完璧だった。

そんな彼女が、なぜ組織きっての問題児二人とチームを組まなければならないのか。

 

エージェント・ハル。

能力は「絶対確率発現」。サイコロの目を自由に操ることから、隕石を任意の場所に落とすことまで、あらゆる事象の発生確率を100%に固定できる神の如き力。しかし、その性格は底抜けに明るく楽観的で、そして致命的に計画性がない。彼女が任務に投入されると、被害総額のレポートが通常の三倍の厚さになることで有名だった。

 

エージェント・ユキ。

能力は「無矛盾改竄」。世界の法則に矛盾しない範囲で、あらゆる事象や概念を「再定義」できる、これまた神の如き力。しかし、その性格はクールを装った愉快犯であり、しばしば「面白いから」という理由だけで、敵はおろか味方や地形の定義すら書き換え、現場を混沌の渦に叩き込んできた。

 

ミサキにとって、彼女たちは理解不能な生命体だった。任務とは与えられた目標を最小限のリスクとコストで完璧に達成するための作業である。そこに楽しさや面白さや個人の感情が入り込む余地など、微塵もないはずだった。

 

執務室の扉が、ノックもなしに勢いよく開かれた。

 

「ミサキ先輩! 辞令見ました!? 私たち、今日から同じチームですよ! よろしくお願いしまーす!」

オレンジ色のツインテールを揺らしながら、太陽のような笑顔で入ってきたのはハルだった。

 

「ハル、静かに。ミサキ先輩、困ってるでしょ」

その後ろから、青いショートカットのユキが冷静な口調でハルを窘めながら入ってくる。だが、その目は好奇心でキラキラと輝いており、少しも悪いと思っていないことが明白だった。

 

ミサキは深く、長いため息をついた。これから始まるであろう、頭痛の種だらけの日々を思い、彼女の眉間の皺がまた一本増えた。

 

「……話は、ブリーフィング室で聞きます。時間厳守で」

 

ミサキはそれだけを告げると、二人に背を向けて部屋を出て行った。その背中は絶対零度の氷のように、明確な拒絶を示していた。

 

「……なんか、怒ってる?」

「みたいだね。でも、大丈夫だよハル。これから毎日一緒にいれば、私たちの面白さが分かってくれるって!」

「だよね! よーし、まずは自己紹介ギャグで、先輩のハートをがっちり掴んじゃうぞ!」

 

後に残された二人はそんなポジティブな会話を交わしていた。彼女たちはまだ知らなかった。ミサキという少女が、どれほどまでに「面白いこと」を嫌うのかを。

 

## 第二章:プリズム・シティの亡霊

 

三人に与えられた最初の任務は、閉鎖された研究学園都市「プリズム・シティ」で発生している、連続研究員失踪事件の調査だった。

 

プリズム・シティ。

かつて「あらゆる才能を、虹の光のように多角的に開花させる」という崇高な理念のもとに建造された未来都市。しかし十数年前に発生した原因不明の大規模なエネルギー事故により、都市機能は完全に停止。以来、そこは地図からも消された禁断のゴーストタウンと化していた。

 

「うわー! すごい! まるでSF映画の世界みたい!」

 

輸送機から降り立ったハルが、廃墟と化した都市の光景に目を輝かせている。ガラス張りの高層ビル群は蔦に覆われ、静寂の中でゆっくりと朽ち果てていた。道には乗り捨てられた未来的なデザインの車両が、オブジェのように点在している。

 

「ハル、見て。あそこのカフェ、メニューが全部ホログラムだよ。オシャレだね」

「ほんとだ! あ、あっちのゲームセンター、まだ電源生きてるかも! ちょっと見てこようよ!」

 

早速、任務を忘れて観光気分にはしゃぎ始める二人。ミサキはそんな二人を冷たい一瞥で黙らせると、手元の端末に表示された任務概要を読み上げた。

 

「失踪した研究員は七名。全員、都市のエネルギー事故の原因を調査していた元プリズム・シティの職員です。彼らが最後に通信を送ってきたのは、都市の中枢にあるドーム型劇場『ドリーム・パレス』。今回の任務は、彼らの安否確認と、事件の原因となっているであろう異常存在の特定、及び無力化。いいですね?」

 

ミサキの言葉に、ハルとユキはようやく神妙な顔で頷いた。

 

「今回の任務における、私からの指示は三つです」

ミサキは人差し指を立てた。

「一つ、無駄口を叩かない。二つ、勝手な行動をしない。三つ、私の指示には絶対に従う。以上」

「えー、無駄口なしはキツいなー」

「ハル、我慢しなさい。これも仕事のうちだよ」

 

三人はドリーム・パレスを目指して、静まり返った都市のメインストリートを進み始めた。ミサキが先頭に立ち警戒を怠らない。ハルとユキはその数歩後ろを不満そうな顔でついていく。気まずい沈黙が三人の間に流れていた。

 

その沈黙を破ったのは、突如として鳴り響いた陽気なメロディだった。

メロディが聞こえてきたのは、道端に乗り捨てられていた一台のアイスクリーム販売車からだった。

 

「わ、アイスだ!」

ハルが吸い寄せられるように車へと駆け寄る。

「待ちなさい、ハル! 罠です!」

 

ミサキの制止も聞かず、ハルは販売車の窓口を覗き込んだ。そこには誰もいない。だが、スピーカーからは楽しげな音楽が流れ続けている。

 

次の瞬間、販売車の後部ドアが勢いよく開き、中からピエロの格好をした不気味なマリオネットたちが大量に飛び出してきた。その手には錆びついたナイフや先端の尖った風船が握られている。

 

「うわー! ビックリした!」

「ハル、危ない!」

 

ユキが叫ぶ。ピエロたちはぎこちない動きでハルに襲いかかった。

ミサキは舌打ちしながら、腰のホルスターから二丁の拳銃を引き抜いた。だが、彼女が引き金を引くよりも早く、ハルが叫んだ。

 

「大丈夫! こういうのは、もっと面白いことをすれば、向こうから仲間に入れてくれるんだよ!」

「そんなわけないでしょ!」

 

ユキのツッコミも虚しく、ハルはピエロたちの前で奇妙なダンスを踊り始めた。手足をバラバラに動かし、変な顔をする全く面白くない謎のダンス。

 

ピエロたちの動きがピタリと止まった。

そして一斉に、ハルに向かって拍手を始めたのだ。

 

「え、マジで!?」

 

ユキが信じられないといった表情で目を見開く。

ピエロたちはハルのダンスを「面白い」と認識したのか、攻撃の意思を失い、彼女を仲間として迎え入れるように、その周りで一緒に踊り始めた。

 

「……理解不能」

 

ミサキは目の前で繰り広げられるシュールな光景にこめかみを押さえた。だが、敵が攻撃の意思を失ったのは事実。彼女はこの隙に、ピエロたちの正体を分析しようとスコープを覗き込んだ。

 

(……実体がない? これは、残留思念か何かの類……? 精神的なイメージが具現化したもの……?)

 

ミサキが分析に集中していたその時だった。

ハルと一緒に踊っていたピエロの一体が、突如としてその顔を醜悪な怪物へと変貌させ、ミサキに襲いかかってきたのだ。ハルのダンスに気を取られているその一瞬の隙を突いた完璧な奇襲。

 

だが、その怪物の牙がミサキに届くことはなかった。

ミサキの身体がまるで予測していたかのように、紙一重で攻撃を回避したのだ。

 

「なっ!?」

 

驚いたのは怪物だけではない。ハルとユキもミサキの超人的な反応速度に息を呑んだ。

ミサキはハルとユキが作り出す予測不能な状況、そのカオスな空間の中で生まれるほんの僅かな「敵の殺意の揺らぎ」を、完璧に読み切っていたのだ。

 

「……あなたの役は、終わりです」

 

ミサキは回避と同時に怪物の懐に潜り込み、その胸に浄化のエネルギーを凝縮した掌底を叩き込んだ。怪物は断末魔の叫びを上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。

残されたピエロたちも主を失った操り人形のように、その場に崩れ落ち動かなくなった。

 

「……す、すごい……」

ハルが呆然と呟く。

「今の、見えた? 私のダンスに気を取られてるフリして、敵の奇襲を完璧に読んでた……」

「うん……。まるで、私たちの行動が全部、あの人の計算のうちみたいだった……」

 

ユキもミサキの戦い方に底知れないものを感じていた。

ミサキはそんな二人の視線に気づかぬふりをして、拳銃をホルスターに納めた。

 

「……行きますよ。ここから先は何が起こるか分かりません。気を引き締めなさい」

 

その声は相変わらず冷たかったが、ハルとユキは先ほどまでとは違う種類の感情を、彼女の背中に感じていた。

それは畏怖。そして、ほんの少しの憧れだった。

 

## 第三章:ドリーム・パレスの悪夢

 

三人はいくつもの妨害を乗り越え、ついにプリズム・シティの中枢、ドリーム・パレスにたどり着いた。ガラスと白銀でできた巨大なドーム型の劇場。だが、その美しい外観とは裏腹に、内部からは人々の悲しみや絶望が混じり合ったような不気味なオーラが漏れ出していた。

 

「間違いない。失踪した研究員たちは、この中にいる。そして、事件の元凶も」

 

ミサキが劇場の入り口を睨みつけながら言った。

 

「よし、行こう! みんなを助け出すぞ!」

 

ハルが意気揚々と扉に手をかける。

 

「待ってハル、罠かも」

 

「大丈夫だって! こういうのは、勢いが大事なんだから!」

 

ハルが勢いよく扉を開け放った。その瞬間、三人の意識は眩い光に包まれ、暗闇の中へと引きずり込まれていった。

 

強力な精神攻撃。ミサキが気づいた時にはもう遅かった。

 

---

 

ミサキが目を覚ました時、彼女は見慣れない、しかしどこか懐かしい部屋にいた。窓の外からは穏やかな日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。机の上には読みかけの本と一杯の紅茶。壁には一枚の絵画が飾られている。

 

そこは戦いも任務も責任も何一つない、静かで穏やかな世界。ミサキが心の奥底でずっと求め続けていたはずの安息の場所だった。

 

(ここは……)

 

ミサキはしばらく、その穏やかな時間に身を委ねていた。だが彼女の研ぎ澄まされた感覚が、この完璧すぎるほどの静寂に微かな「違和感」を捉えていた。静かすぎるのだ。まるで世界に自分以外の誰も存在しないかのように。

 

その違和感はやがて、耐え難い「孤独」へと変わっていった。そうだ。私は静かな場所を求めていた。だが、それは孤独になりたかったわけじゃない。ただ、少しだけ休みたかっただけだ。

 

(私は……一人でいたかったわけじゃ……)

 

ミサキの脳裏に二人の少女の顔が浮かんだ。うるさくて手がかかって、全く合理的じゃないあの二人の顔が。

 

(ハル……ユキ……)

 

彼女たちの名前を呼んだ瞬間、ミサキの世界に亀裂が入った。穏やかだった部屋がガラスのように砕け散り、彼女は再び暗闇の中へと放り出された。

 

(これは敵の精神攻撃。私だけでなく、二人もそれぞれの『夢』に囚われているはず……!)

 

ミサキは自らの意識を集中させ、二人の精神世界へとアクセスを試みた。

 

---

 

次にミサキがたどり着いたのは、どこまでも続く白い空間だった。その中央にユキが玉座に座って、退屈そうに頬杖をついていた。

 

「ああ、ミサキ先輩。来たんだ」

 

ユキの世界は彼女が望んだ通り、全ての物事が彼女の思い通りに定義され矛盾なく進む完璧な世界だった。だが、そこには何の驚きも発見も喜びもなかった。ただ、永遠の退屈が支配しているだけだった。

 

「どう? この世界。完璧でしょ?」

 

ユキが自嘲気味に笑う。

 

「私が望んだ理想の世界。でも、なんでかな……。全然、楽しくないんだ」

 

ミサキは何も言わず、ユキの隣に立った。

 

「ねえ、先輩。私、間違ってたのかな」

 

「間違いかどうかは、私には分かりません」

 

ミサキは静かに答えた。

 

「でも、一つだけ言えることがあります」

 

「何?」

 

「完璧じゃないから、面白い。何が起こるか分からないから、世界は美しい。少なくとも、私はそう思います」

 

ミサキはふと、ハルのことを思った。あの予測不能な行動の塊のような少女のことを。

 

「あなたの隣にいる、あの馬鹿みたいに騒がしい彼女が、それを教えてくれました」

 

その言葉にユキはハッとしたように目を見開いた。そうだ。ハルがいるから、自分の完璧な世界はいつも良い意味で壊されてきた。彼女の予測不能な行動が、自分の退屈な日常に彩りを与えてくれていたのだ。

 

「そっか。私、ハルがいないと、ダメなんだ」

 

ユキはふっと憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ミサキ先輩。目が覚めたよ。次はハルのところだね。あの子、きっとろくな夢見てないよ」

 

ユキが立ち上がると、彼女の完璧だった白い世界もまた音を立てて崩れ去っていった。

 

---

 

最後に二人がたどり着いたのは、ハルの精神世界だった。そこは巨大なテーマパークだった。ジェットコースターが走り、メリーゴーランドが回り、いっぱいになったゴミ箱の上で、色とりどりの風船が空を舞っている。そして、その全てのアトラクションはなぜかお菓子でできていた。

 

「ようこそ! 私の夢の国、『ハルハル・ワンダーランド』へ!」

 

テーマパークの中央、ジンジャーブレッドでできたお城のバルコニーからハルが満面の笑みで手を振っていた。その姿は囚われているというより、むしろこの状況を心から楽しんでいるように見える。

 

「ハル! あなた、大丈夫なの!?」

 

ユキが呆れたように叫ぶ。

 

「大丈夫に決まってるじゃん! せっかくお客さんが来てくれたんだから、楽しまなきゃ損だよ!」

 

ハルはそう言うと、バルコニーからひらりと飛び降り、二人の前に着地した。

 

「さあ、二人とも! まずはあっちのチョコレートのコーヒーカップに乗ろうよ! その後はわたあめの雲の上でお昼寝して、夜はプリンの火山が噴火するのを見るんだ!」

 

ハルは心底楽しそうに、自らの夢の世界を案内し始める。ミサキとユキは顔を見合わせた。どうやらハルには精神攻撃が全く効いていないらしい。それどころか、敵の作り出した夢の世界を自らの願望で乗っ取り、完全に自分のものにしてしまっている。

 

「あなた、自分がどういう状況か分かってるの?」

 

ユキがこめかみを押さえながら尋ねる。

 

「分かってるよ! 敵の精神攻撃の中で、やりたい放題できる、超ラッキーなボーナスステージでしょ?」

 

ハルはケラケラと笑った。彼女の底抜けのポジティブさは、精神攻撃という概念そのものを娯楽へと変えてしまっていた。

 

ミサキは深く長いため息をついた。

 

(この子だけは本当に、理解の範疇を超えている……)

 

だが、ミサキはこのハルの異常なまでの精神力に一筋の光明を見出していた。

 

「ハル」

 

ミサキが静かに呼びかける。

 

「あなたの、その『楽しい』という気持ち。それを、この夢の世界全体に広げることはできますか?」

 

「え? できるけど……どうして?」

 

「敵は私たちの『絶望』や『葛藤』をエネルギーにしています。ならば、それを上回るほどの純粋な『楽しさ』をぶつければ、この精神世界そのものを内側から破壊できるはずです」

 

ミサキの提案にハルは目を輝かせた。

 

「なるほど! つまり、もっともっと楽しめばいいってことだね! 任せてよ!」

 

ハルはテーマパークの中央に立つと、両手を大きく広げた。

 

「みんなー! もっともっと、楽しもうぜー!」

 

彼女の叫びに呼応するように、テーマパーク全体が眩い光を放ち始めた。ジェットコースターの速度が上がり、メリーゴーランドの回転が速くなる。プリンの火山は前倒しで大噴火を起こし、空からは金平糖の星が降り注いだ。

 

楽しい、嬉しい、大好き。そんな純粋で強力なポジティブな感情の奔流が、この夢の世界の法則を根こそぎ書き換えていく。

 

やがて世界はその情報量に耐えきれなくなり、ガラスのように大きな音を立てて砕け散った。

 

## 第四章:三人の不協和音

 

現実世界に戻った三人の前に、「夢喰らいのバク」が、ついにその真の姿を現した。それは、プリズム・シティの創設者の、「誰もが理想の自分になれる世界を」という歪んだ願いが、遺物と化して生まれた、巨大な精神エネルギーの集合体だった。美しい蝶のような翼を持ち、その鱗粉は、吸い込んだ者の精神を、永遠の夢の中に閉じ込める。

 

「目覚めたか、不協和音ども。だが、もう遅い。君たちは、再び、それぞれの理想の世界へ還るのだ」

 

バクの翼が、一度、大きく羽ばたいた。色とりどりの、美しい鱗粉が、三人に降り注ぐ。

 

だが、三人は、もう惑わされない。

 

「悪いけど」

 

ハルが、ニヤリと笑う。

 

「あたしの理想は、もう、あんな窮屈なテーマパークには収まりきらないんでね!」

 

「私の完璧も、更新されたから」

 

ユキも、不敵な笑みを浮かべる。

 

「今の私の完璧は、あんたを、ここでぶちのめすことだよ!」

 

そして、ミサキが、静かに長刀を抜き放った。

 

「あなたの見る夢は、ここで終わりです」

 

三人の心が、初めて、一つになった。

 

「いくぞ、二人とも!」

 

ミサキが叫ぶ。それは、彼女が、初めて彼女たちを、対等なパートナーとして認めた瞬間だった。

 

「応っ!!」

 

ハルとユキの返事が、力強く響き渡る。

 

「まずは、あたしからだ! いでよ! 夢を食べるなら、こっちも夢を食ってやる! 召喚、伝説の珍味・バクの姿造り!」

 

ハルが、自らの能力で、敵であるバクそのものを「食材」として召喚するという、意味不明な暴挙に出た。巨大な皿の上に、美しく盛り付けられたバクの姿造りが、空間を圧迫するほどの存在感を放って出現する。

 

「な、私を……食材だと……!?」

 

バクが、生まれて初めて、理解不能な恐怖に震えた。自らの概念が、目の前で揺らいでいる。

 

「ハル、ナイス! でも、それじゃあ、ただの共食いだよ! 定義改竄! あのバクは、『夢を食べる』のではなく、『悪夢しか食べられない、偏食家』である!」

 

ユキが、バクの能力に、致命的な制限を上書きする。バクは、自らが放った心地よい夢の鱗粉を、食べることができなくなった。エネルギーの供給を断たれ、その美しい翼が、みるみるうちに色褪せていく。

 

「ぐ……おのれ……おのれぇぇぇ!」

 

弱体化したバクが、最後の力を振り絞り、三人に突撃してくる。だが、その動きは、あまりにも遅すぎた。

 

ミサキが、静かに、その軌道上に入り込んでいた。彼女の長刀が、月光を反射して、美しく煌めく。

 

「あなたの夢は、誰かを幸せにするためのものだったはずだ」

 

ミサキの刃は、バクの核となっている、創設者の魂の、その悲しみの中心を、正確に捉えていた。

 

「もう、眠りなさい。今度は、良い夢を」

 

刃が、閃いた。それは、破壊のための一撃ではなかった。永い悪夢に囚われていた、一人の孤独な魂を、優しく解放するための、鎮魂歌(レクイエム)だった。

 

バクは叫ぶこともなく、ただ、穏やかな光の粒子となって、静かに消滅していった。

 

## エピローグ:始まりのチーム

 

事件は、終わった。ドリーム・パレスに、プリズム・シティに、穏やかな夜明けの光が差し込む。

 

三人は、ボロボロになりながらも、その光景を、劇場の屋上から眺めていた。

 

「終わったね」

 

「終わったなー」

 

ハルとユキが、床に大の字になって、空を見上げている。ミサキは、そんな二人の隣に、静かに座っていた。

 

しばらく、誰も何も喋らなかった。ただ、心地よい風と、朝日だけが、三人を包んでいた。

 

やがて、ハルが、むくりと起き上がった。

 

「なあ、ミサキ先輩」

 

「何です」

 

「あたし、先輩のこと、ちょっとだけ、見直したぞ!」

 

「私も。意外と、話の分かる人だったんだね」

 

ユキも、同意するように頷く。その、あまりにも上から目線の物言いに、ミサキの眉が、ピクリと動いた。

 

「そうですか。それは、どうも」

 

「だからさ!」

 

ハルが、満面の笑みで、ミサキの肩を組んだ。

 

「これからも、よろしくな! リーダー!」

 

「そうそう。私たちの面白さに、ちゃんとついてきてよね!」

 

ユキも、反対側から、ミサキの肩に腕を回す。ミサキは、両側から響く、騒がしい声と、伝わってくる体温に、どうしようもない、居心地の悪さと、しかし、ほんの少しだけの、温かい何かを感じていた。

 

「言っておきますが」

 

ミサキは、深々と、今日一番の深いため息をついた。

 

「あなたたちの処遇は、本部に戻ってから、私が上層部に報告します。謹慎、減給は免れないと覚悟しておきなさい」

 

「ええええええええええっ!?」

 

二人の悲鳴が、夜明けの空に、高らかに響き渡った。

 

「な、なんで!? 私たち、ちゃんと戦ったじゃん!」

 

ハルが、心底納得いかないという顔で抗議する。

 

「そうだよ! むしろ、MVP級の活躍だったと思うけど!?」

 

ユキも、不満を隠さない。

 

ミサキは、そんな二人を、冷たい目で見下ろした。

 

「あなたたちが、敵の精神攻撃を容易く打ち破ったこと、そして、見事な連携で敵を無力化したこと。その点については、評価します」

 

「じゃあ、なんで!」

 

「問題は、その後です」

 

ミサキは、手元の端末を操作し、一枚の画像を表示させた。そこには、ハルが召喚した「バクの姿造り」を、満面の笑みでつついている、ユキの姿が写っていた。

 

「これは?」

 

「事件鎮圧後、あなたたちが何をしていたかの記録です」

 

ミサキは、淡々と続けた。

 

「ユキ。あなたは、証拠物件である敵の残骸を、定義改竄によって『最高級のデザート』に作り変え、その場で食べようとしましたね?」

 

「うっ……だ、だって、美味しそうだったんだもん……」

 

ユキが、気まずそうに目を逸らす。

 

「そしてハル」

 

ミサキは、次の画像を表示した。そこには、崩壊したドリーム・パレスの瓦礫を器用に積み上げ、「ハルちゃんキャッスル」と名付けられた謎のオブジェの前で、満面の笑みでピースサインをする、ハルの姿が写っていた。

 

「あなたは、事件現場で、不謹慎な記念撮影を行い、あまつさえ、その瓦礫の一部を『記念に持って帰る』と言って、無断で持ち出そうとしました。これも、重大な規律違反です」

 

「だ、だって、せっかく来たんだし……思い出作りも大事かなって……」

 

ハルも、しどろもどろになる。

 

ミサキは、端末の電源を切り、二人に向き直った。

 

「戦闘における功績と、任務遂行後の規律違反は、全くの別問題です。あなたたちは、エージェントとしての自覚が、あまりにも欠如している。よって、罰は、受けてもらいます」

 

その、あまりにも正論で、一切の反論を許さない物言いに、ハルとユキは、ぐうの音も出なかった。

 

「鬼……」

 

「悪魔……」

 

二人が、小声で悪態をつく。ミサキは、そんな二人の声を、聞こえないふりをして、空を見上げた。

 

不完全で、チグハグで、問題だらけ。だが、それは、確かに一つのチームが、その第一歩を踏み出した、始まりの音だった。そして、ミサキは、この手のかかる二人の「再教育」という、新たな、そして最も困難な任務が、今、始まったことを、静かに実感していた。

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