ハルユキミサキ from Gemini 作:test sentinel
『アストラル・デストロイヤー・クロニクル File.77:砕けない拳』より
## 1. 観測不能な破壊者
その警報は何の前触れもなく、アーク中央司令部のメインスクリーンを赤く染め上げた。セクターG7。かつては活気ある交易ルートだったが、謎のエネルギー消失現象が頻発したため現在は「デッド・ゾーン」として完全封鎖されている宙域。そこに派遣されていた最新鋭の観測ドローン部隊が、一瞬にして全機通信を途絶したのだ。
「……これは、尋常ではありませんね」
ブリーフィング室の冷たい空気の中でミサキは静かに呟いた。彼女の黒い瞳はスクリーンに表示された、ドローンが最後に送信したノイズまみれの映像を冷静に分析している。映像には惑星の地表が、まるで巨大な拳で殴られたかのようにクレーターだらけになっている様子が一瞬だけ映っていた。
「うわー、なんかすごいことになってるね!」
隣の席でハルがポップコーンでも食べるかのような気軽さで声を上げた。オレンジ色のツインテールがわくわくしているとでも言うように揺れる。
「これは、超ド級の怪獣が登場するパターンじゃない? 映画で見たよ! こういう時、主人公は遅れてやってくるんだ!」
「ハル、私たちは主人公じゃないし、怪獣かどうかも分からないでしょ」
青いショートカットのユキが冷静にツッコミを入れる。だがその口元は明らかに笑みを堪えていた。
ミサキはそんな二人を一瞥すると、手元のタブレットに表示された任務概要を読み上げた。
「任務目標は、セクターG7、第三惑星『ヘカトンケイル』における、高エネルギー反応の調査、及び原因の特定。必要と判断した場合、その排除を許可する。……だそうです」
「排除って、つまり、やっちゃっていいってこと!?」
「あくまで、必要と判断した場合、です」
ミサキはため息を一つついて立ち上がった。
「行きますよ。これ以上、被害が拡大する前に」
三人を乗せた高速輸送艇がヘカトンケイルの大気圏に突入した時、その惨状は映像で見た以上だった。大地は無数の巨大なクレーターによって蜂の巣のようになっていた。かつてここにあったであろう都市の残骸が、ねじれた鉄骨となって空に向かって突き出している。まるで神々の喧嘩に巻き込まれた哀れなジオラマのようだった。
「……これは、一体……」
ユキですらその圧倒的な破壊の光景に言葉を失っている。
「すごい! すごいよユキ! こんなにめちゃくちゃにするなんて、相当ストレス溜まってたんだね!」
ハルだけが一人、見当違いの感想を述べていた。
輸送艇が比較的損傷の少ない巨大なクレーターの底に着陸した。三人がタラップを降りた瞬間、空気がビリビリと震えた。それは純粋な、圧倒的なまでの「力」の波動だった。
クレーターの影からゆっくりと「それ」が姿を現した。人の形をしていた。だがその巨体は岩石を削り出して作った彫像のように、硬質で分厚い筋肉に覆われている。その肌は鈍い金属光沢を放ち、全身から灼熱の蒸気が立ち上っていた。瞳には知性の光はなく、ただ最強の敵を求める純粋な闘争本能だけが赤く燃え盛っている。
「……目標、発見」
ミサキは即座に戦闘態勢に入った。腰のホルスターから二丁の次元位相銃を引き抜く。
「ハル、ユキ、援護を!」
「任せて!」
ハルが真っ先に飛び出した。
「こういう、デカくて強そうなやつには、まず、足元を掬うのが定石なんだよ! いでよ! 無限バナナの皮!」
彼女の能力「絶対確率発現」が発動する。巨人の足元に「絶対に滑る」という概念が付与された無数のバナナの皮が、虚空から出現した。だが巨人はそのバナナの皮を意にも介さず、ただ一歩足を踏み出した。ズウゥゥンという地響きと共に衝撃波が発生し、無限にあったはずのバナナの皮が全て塵となって消し飛んだ。
「え、あたしのバナナが……!?」
「ハル、ダメだよ! あいつ、物理法則の方が強い!」
ユキが叫ぶ。
「なら、こっちだ! 定義改竄! あなたは、『宇宙最強の破壊者』ではなく、『図書館で、延滞図書の返却を促す、非常に腰の低い司書』である!」
ユキの能力「無矛盾改竄」が巨人に降り注ぐ。だが巨人の身体はその概念の書き換えを、まるで分厚い装甲で弾くかのように全く受け付けなかった。それどころかユキの能力が巨人の強靭すぎる物理的存在によって弾き返され、ユキ自身に激しい精神的フィードバックとなって襲いかかった。
「きゃっ……!?」
ユキが頭を押さえてその場に膝をつく。
「ユキ!?」
ハルが慌てて駆け寄る。その隙を巨人は見逃さなかった。彼はハルとユキを邪魔な虫けらとでも言うように、その巨大な腕を無造作に振り払った。
風圧だけで二人の身体が紙切れのように吹き飛ばされる。だがその直撃は免れた。ミサキが吹き飛ばされる二人の間に割って入り、次元刀でその一撃を受け止めていたのだ。
「……ぐっ……!」
ミサキの腕が軋む。次元刀が悲鳴を上げる。
(……重い……! 次元そのものを断ち切るこの刃が、彼の腕力だけで押し返されている……!?)
ミサキは歯を食いしばり、全エネルギーを次元刀に集中させて巨人の腕を弾き返した。そしてその反動を利用して後方へと大きく跳躍する。
「ハル、ユキ、無事ですか!?」
「な、なんとか……」
「ミサキ先輩こそ……!」
二人がミサキの元へと駆け寄る。ミサキの額には冷たい汗が浮かんでいた。
(……ダメだ。次元攻撃も概念攻撃も確率操作も、全てが通用しない。彼の存在はあまりにも『単純』で『強固』すぎる……!)
彼はただそこにいるだけで、世界の法則を自らの物理的存在で上書きしているのだ。そんな相手にどうやって勝てばいいのか。
ミサキの思考が初めて袋小路に迷い込む。巨人はそんな彼女たちの葛藤など意にも介さず、ゆっくりとしかし確実な歩みで距離を詰めてくる。
その絶望的なまでの差が三人の心に重くのしかかった。
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『ギャラクティック・ヴァルキリー・サーガ File.42:折れた刃と二人の覚悟』より
## 2. 砕かれた切り札
絶望的な状況だった。目の前に立つ岩石の巨人――コードネーム「ヴァジュラ」と名付けられたその存在は、ハルとユキの現実を捻じ曲げるほどの能力を、赤子の手をひねるようにいとも容易く無力化した。そして今、チームの最後の砦であるミサキですら、その圧倒的な力の前に押し込まれようとしていた。
「……これほどの『力』そのものと対峙するのは初めてです……」
ミサキは次元刀を構え直し、冷静に呟く。だがその声には隠しきれない焦りの色が滲んでいた。彼女の額を伝う汗が顎から滴り落ちる。
「どうするの、ミサキ先輩! あいつ、またこっちに来るよ!」
ハルが半泣きになりながら叫んだ。彼女の十八番である奇想天外な召喚術も、ヴァジュラの絶対的な物理法則の前には意味をなさなかった。
「……時間を稼ぎます」
ミサキは短く答えると、再びヴァジュラへと向かって駆け出した。今度こそ仕留める。その鉄のような覚悟をその瞳に宿して。
彼女はヴァジュラの巨体を、まるで嵐の中を舞う蝶のように翻弄する。次元刀の切っ先がヴァジュラの全身を、目にも留まらぬ速さで何度も何度も切り裂いた。空間ごと断ち切る必殺の連撃。
だが。キィン、キィンという甲高い音が響くだけで、ヴァジュラの岩のような皮膚には傷一つついていなかった。
そして彼はただ腕を振るった。ミサキの神速の動きを予測するのでも追うのでもない。ただ彼女が存在するであろう空間ごと薙ぎ払う、大雑把でしかしあまりにも強力な一撃。
ミサキはそれを紙一重で回避した。はずだった。
「――ッ!?」
回避したと思ったミサキの身体が見えない壁に叩きつけられたかのようにくの字に折れ曲がり、凄まじい勢いで後方の瓦礫の山へと吹き飛ばされた。
「ミサキ先輩!?」
「きゃああああ!」
ハルとユキの悲鳴が虚しく響く。ヴァジュラの一撃はミサキの身体を直接捉えたわけではなかった。彼が振るった腕のその風圧だけで、ミサキの身体をいとも容易く打ち据えたのだ。
瓦礫の中に叩きつけられたミサキは動かなかった。その口から赤い血がとめどなく溢れ出している。握りしめられていた次元刀がカランと音を立てて手から滑り落ちた。意識が遠のいていく。
(……これが……絶対的な……『力』……)
ミサキの視界がゆっくりと暗闇に閉ざされていった。
「……ミサキ先輩……? 嘘……でしょ……?」
ハルが震える声で呟く。いつも冷静で完璧で、どんな絶望的な状況でも決して諦めなかった彼女たちのリーダー。その無敵だと思っていたミサキがたった一撃で血を流し倒れている。その光景はハルとユキの心を、容赦なく絶望の淵へと突き落とした。
ヴァジュラが興味を失ったように三人に背を向け、歩き去ろうとする。彼にとってこの戦いは、ただのウォーミングアップにすらならなかったのだ。
「……待ちなさいよ」
そのか細い、しかし燃えるような怒りを秘めた声にヴァジュラの足が止まった。声の主はユキだった。彼女は倒れたミサキの前に立ちはだかるようにして、ヴァジュラを睨みつけていた。その瞳には涙が浮かんでいたが、それ以上に強い強い決意の光が宿っていた。
「……まだ、終わってない。私たちがここにいる限り!」
「そうだよ!」
ハルもユキの隣に並び立つ。彼女もまた泣きそうな顔を、必死に怒りの表情で歪めていた。
「ミサキ先輩の貸しは! あたしたちが、きっちり、返してやるんだから!」
ハルが叫び、ユキが能力を発動させた。
「定義改竄! この空間は『絶対に安全で、何者も侵入できない聖域』である!」
ユキがミサキの周囲に無敵の防御結界を展開する。これで少なくともミサキにとどめを刺される心配はなくなった。
「ハル! 時間を稼ぐよ!」
「分かってる! いけーっ! 召喚! 『宇宙一、粘着質で、絶対に離れないストーカー気質の納豆』!」
ハルがもはや意味が分からない、しかし彼女なりに最大限の嫌がらせを意図したであろう召喚術を発動させた。ヴァジュラの足元に粘り気のありすぎる納豆が大量に出現し、その足に絡みつく。
ヴァジュラは眉をひそめ、足元の納豆を力任せに振り払った。その隙にユキが次の手を打つ。
「定義改竄! あなたの右腕は『あなたの右腕』ではなく、『今、猛烈な勢いであなたにアプローチしてきている情熱的なフラメンコダンサー』である!」
ヴァジュラの右腕が彼の意思とは無関係に、情熱的なフラメンコの動きを始めた。
二人は理解していた。自分たちの能力ではヴァジュラに直接的なダメージを与えることはできない。だが彼の思考を、行動を、ほんの少しでも妨害することはできる。それはあまりにも無力で、あまりにも無謀な抵抗だった。だが彼女たちは諦めなかった。
(ミサキ先輩が目を覚ますまで……)
(絶対にここを通さない……!)
二人の少女の必死の覚悟が、絶対的な力の化身を前に奇跡的なまでの時間を稼いでいた。それはまるで嵐の中で必死に揺らめく、二つの小さな蝋燭の炎のようだった。今にも消えてしまいそうなほどか弱く、しかしその存在を決して諦めようとはしない気高い光。
その光景を薄れゆく意識の中で、ミサキは確かに見ていた。
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『スターライト・トリニティ・レポート Final File:道化師の拳、三つの心』より
## 3. 愚者の勝利、賢者の敗北
戦況は膠着していた。いや正確に言えば、ハルとユキが一方的にヴァジュラに対して意味不明な嫌がらせを仕掛け続けているという奇妙な状況だった。
「定義改竄! あなたのその自慢の筋肉は『筋肉』ではなく、『過剰な水分を含んでブヨブヨになった高野豆腐』である!」
「いでよ! 『絶対に目標に当たらないけど、その代わりすっごく派手な音と光を出すお祭り用の花火』!」
ユキの能力でヴァジュラの筋力が一時的に低下させられ、ハルの召喚した花火が彼の視界をチカチカと鬱陶しく遮る。ヴァジュラはダメージこそ負っていないものの、そのあまりにも戦いとは呼べない幼稚な妨害の連続に、彼の鉄のように固かった精神が僅かにしかし確実に苛立ちで削られていた。
彼が怒りに任せて地面を殴りつける。凄まじい衝撃波が周囲一帯を吹き飛ばした。だがハルとユキは、その衝撃波が届くコンマ数秒前にぴょんとその場をジャンプしていとも容易く回避していた。
「今の、危なかったねー」
「そうそう」
二人は空中で顔を見合わせ、呑気に笑っている。
その光景を瓦礫の山の中から薄目を開けて見ていたミサキは、気づいた。
(……そうか。彼女たちはヴァジュラの攻撃を予測しているわけじゃない。ただ『感じて』いるんだ……)
ハルとユキは論理や計算ではない。もっと原始的な、動物的な勘とでも言うべきものでヴァジュラの次の一手を肌で感じ取っているのだ。だからその意味不明な行動の数々が、結果として完璧な回避やカウンターとして成立してしまっている。それはミサキの計算し尽くされた戦闘スタイルとは全く対極にある、混沌としたしかし恐ろしく効率的な戦い方だった。
(……私が間違っていた……)
ミサキは初めて自らの完璧主義が足枷になっていたことを悟った。自分は彼女たちのその予測不能な力を理解しようとせず、ただ自分の論理の枠に押し込めようとしていただけだったのだ。
(……信じればよかった。ただ、このどうしようもない二人を……)
ミサキの心に後悔とそして新たな決意が同時に芽生えた。彼女は最後の力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。その身体はまだボロボロだったが、その瞳には先ほどまでとは比較にならないほどの強い光が宿っていた。
「……ミサキ先輩!?」
「気がついたの!?」
ハルとユキがミサキの復活に驚きと喜びの声を上げる。ミサキはそんな二人に静かにしかし力強く告げた。
「……二人とも、よく持ちこたえてくれました。ですが、もう小細工は終わりです」
「え、でも、どうやって……」
「……彼の『力』を利用します」
ミサキはヴァジュラに向き直った。
「ヴァジュラ。あなたの強さは認めます。ですがその強さこそが、あなたの最大の弱点だ」
小さく、息を吐く。
「あなたは強すぎる。故にあなたは、自らの力を制御できていない」
ミサキはハルとユキに目配せをした。
「ハル。あなたの能力で、『ヴァジュラが次に放つ力は、彼の意思とは無関係に100%の確率で彼自身に返ってくる』という事象を引き起こしなさい」
「え、そんなことできるの!?」
「できます。あなたはただ強く、そう『信じる』だけでいい」
ミサキのその絶対的な信頼を込めた言葉に、ハルは力強く頷いた。
「……分かった! やってみる!」
「ユキ。あなたはヴァジュラの認識を改竄しなさい。『彼の目の前にいる私たちは幻であり、本当の敵は彼の背後にいる』と」
「なるほど……。面白いこと考えるね、先輩」
ユキもまたミサキの意図を完全に理解した。
三人の最後の反撃が始まる。
「ヴァジュラ! あんたの本当の敵は、後ろだ!」
ユキが叫んだ。ヴァジュラの認識が強制的に書き換えられる。彼は目の前の三人を取るに足らない幻だと認識し、誰もいないはずの自らの背後を全力で警戒し始めた。
そしてハルがその小さな身体の全存在を賭けて叫んだ。
「あんたのパンチは、ぜーんぶ、あんたに跳ね返るーっ!!」
ヴァジュラは背後に感じる(と思い込んでいる)強大な気配に向かって、これまでで最大の一撃を放った。大地を砕き、星すらも揺るがすほどの渾身の一撃。
だがその拳は空を切った。そしてハルの能力によって、その行き場を失った恐るべきエネルギーの全てが、物理法則を完全に無視してブーメランのようにヴァジュラ自身へと襲いかかった。
ヴァジュラは自らが放った絶対的な一撃を、その無防備な背中にまともに受けてしまった。凄まじい衝撃音と閃光。ヴァジュラのその無敵だと思われた巨体が、初めて大きくよろめいた。その岩石のような皮膚に無数の深い亀裂が走る。
「……今です!」
ミサキがその一瞬にして生まれた唯一の好機を逃すはずもなかった。彼女の身体が閃光のようにヴァジュラの懐へと飛び込む。その手には折れたはずの次元刀が、再び輝きを取り戻して握られていた。
(……ありがとう、二人とも。あなたたちのおかげで私も、私の限界を超えることができた)
ミサキの刃がヴァジュラの唯一の弱点――その強大すぎる力の源泉となっている胸の中心核を、寸分の狂いもなく貫いた。
「……馬鹿な……。この私が……。こんな子供の悪ふざけのような戦法で……」
ヴァジュラのその燃えるような瞳から力が消えていく。彼は最後まで理解できなかったのだろう。なぜ自分が敗れたのかを。
彼の巨体がゆっくりと大地に崩れ落ちていく。その身体はもはやただの岩の塊へと戻っていた。
後に残されたのはボロボロになりながらも、肩を寄せ合って立ち尽くす三人の少女の姿だけだった。
「……やった……の?」
「……やった、みたいだね……」
ハルとユキが信じられないといった表情で顔を見合わせる。そして次の瞬間、二人は同時に大声で泣き出した。
「うわーん! 怖かったよー!」
「ミサキ先輩が死んじゃうかと思ったー!」
ミサキはそんな二人をただ静かに見つめていた。そして彼女の口元にほんのほんの僅かに、誰にも気づかれないほどの柔らかな笑みが浮かんだ。
「……帰りましょう」
ミサキは二人の頭を優しく撫でた。
「今日の晩ごはんは、親子丼です」
そのあまりにもいつも通りの言葉に、ハルとユキは泣きじゃくりながらもこくこくと頷いた。
世界の危機はまたしても彼女たちによって救われた。その戦い方はあまりにもハチャメチャで非論理的で、そしてどうしようもなく彼女たちらしいものだった。
三つの全く異なる個性がぶつかり合い、反発し、そして最後に一つになった時。そこに生まれる力はどんな絶対的な『力』ですらも打ち砕くことができる。彼女たちの存在そのものが、その何よりの証明だった。