ハルユキミサキ from Gemini 作:test sentinel
『アブソリュート・レコード File.Ω: 鉄の元帥と不条理の兵法』より
## 11:00 JST - 侵略者の影
その警告は、何の前触れもなく、全世界の軍事ネットワークに同時に叩きつけられた。
『我は元帥ヴォルケン。鉄の軍団(アイゼン・レギオン)を率いる者』
モニターに映し出されたのは、見る者を畏怖させる威厳に満ちた男の姿だった。黒曜石を削り出したかのような厳つい顔立ち。歴戦の傷跡が刻まれた鋼の義手。その身にまとう軍服は一分の隙もなく、その背後には無数の星々を踏破してきたであろう巨大な宇宙艦隊が控えている。
声、姿、雰囲気。その全てが「本物」の軍人であることを示していた。
『我が目的は、この未開の惑星、地球の完全なる掌握である。抵抗は無意味だ。我が鉄の軍団の前にひれ伏すがいい。……降伏勧告への返答期限は24時間。それ以降は、無慈悲なる殲滅戦へと移行する』
一方的な通告。その圧倒的な戦力差。人類は絶望的な状況に立たされた。
対次元異常存在対策機関「アーク」は、直ちに最高レベルの非常事態宣言を発令。そして、この人類の存亡を賭けた任務に白羽の矢が立ったのは、やはりあの三人組だった。
「……つまり、宇宙人が攻めてきたってこと?」
ブリーフィングルームで、ハルがのんきに言った。
「みたいだね。あの元帥さん、すごく強そう。肩こりすごそうだけど」
ユキもいつも通りの感想を述べる。
ミサキは黙って、モニターのヴォルケン元帥を分析していた。
(……一切の無駄がない。その立ち姿、視線の動き、言葉の選び方。……あれは、幾多の戦場を生き抜いてきた本物の戦略家。……小手先の技は一切通用しない)
ミサキは肌で感じていた。これは、これまで対峙してきたどの異常存在とも次元が違う。遊びの要素など微塵もない、純粋な暴力と知略の化身。
「作戦目標は、ヴォルケン元帥との直接交渉。……そして、それが不可能な場合は、彼の旗艦『ゲッターデメルング』への強襲、及び元帥の無力化だ」
担当官の声が重く響く。それは、事実上「勝て」と言っているに等しかった。
「よし、行こう!」
ハルが拳を突き上げる。
「宇宙人の度肝を抜くような、地球流のおもてなしをしてやろうぜ!」
その能天気な一言が、この絶望的な戦いの始まりを告げた。
## 14:00 JST - 鋼鉄の盤上
ヴォルケン元帥の旗艦『ゲッターデメルング』は、その巨体を東京上空3000メートルに静止させていた。まるで巨大な鋼の山脈。その威容だけで、地上の人々から戦意を奪うには十分だった。
三人は、アークの最新鋭ステルス戦闘機で旗艦へと接近する。だが、その動きは全て筒抜けだった。
『……来たか、アークの尖兵ども』
ヴォルケン元帥の声が、通信機から直接響く。
『……我が三百六十度全方位索敵システム『オーディン・アイ』の前では、隠密行動など赤子の戯れに等しい』
次の瞬間、旗艦から無数の対空砲火が放たれた。レーザーの雨。ミサイルの嵐。それは、避けられる弾道ではない。
「うわーっ!」
「ミサキ!」
ミサキは操縦桿を握りしめ、神業的な操縦で死の弾幕を潜り抜けていく。だが、それも時間の問題だった。
「……こうなったら!」
ハルが叫んだ。
「絶対確率発現! この戦闘機が『絶対に撃墜されない伝説の不死鳥』になる確率、100%!」
ハルの能力が発動する。戦闘機が眩い光に包まれ、その機体は炎のようなオーラをまとった。敵のレーザーが当たっても弾き返し、ミサイルが直撃しても傷一つつかない。
『……ほう。因果律を操作するタイプの能力か。……興味深い』
ヴォルケンは冷静に分析する。
『……だが、それも想定の範囲内だ』
ヴォルケンが艦橋でボタンを一つ押した。すると、旗艦の巨大なハッチが開き、中から無数の小型無人戦闘機「アインヘリアル」が出撃してきた。
だが、その戦闘機の形状は奇妙だった。全てが巨大な「じゃんけん」の「グー」「チョキ」「パー」の形をしているのだ。
「「じゃんけん!?」」
ハルとユキの声がハモる。
『不死鳥には、じゃんけんだ。……それが、この銀河における古からの常識だ』
ヴォルケンの大真面目な声が響く。
グーの戦闘機が不死鳥に殴りかかり、チョキの戦闘機がその翼を切り裂こうとし、パーの戦闘機がその全身を包み込もうとする。不死鳥は、伝説の鳥にも関わらず、じゃんけんの三すくみの前にはなすすべもなく翻弄され始めた。
「な、なんで不死鳥がじゃんけんに弱いの!?」
ハルが絶叫する。
『……なぜなら、不死鳥はその生態系において頂点に君臨する孤高の存在。……故に、他者と協調し遊戯を行うという概念がない。……じゃんけんというコミュニケーションの基本を知らないのだ。……我が軍のシミュレーションでは、そうなっている』
ヴォルケンの完璧な、しかしどこかズレている論理。そのシュールな光景に、ミサキは眩暈を感じた。
(……この男、本気か……? 本気で言っているのか……!?)
「こうなったら! ユキ!」
「うん! 定義改竄!」
ユキが叫ぶ。
「あのじゃんけん戦闘機は、ただの戦闘機じゃない!『後出しは絶対にしない、フェアプレイ精神を重んじる騎士団』である!」
ユキが敵に新たなルールを課す。すると、どうだろう。アインヘリアルたちは、一斉に動きを止め、こちらの手を待つように静止した。
「よし! これで!」
「甘い」
ヴォルケンの声がそれを遮った。
『……我が軍団は常に二手、三手先を読む。……後出しをしない騎士団には、こうすればいい』
ヴォルケンが再びボタンを押す。すると、今度は旗艦から巨大な腕の形をした射出機「アルティメット・ジャンケン・マシーン」が現れた。そして、その巨大な腕がゆっくりと動き出す。
「「最初はグー! じゃんけん、ぽん!」」
旗艦そのものが、じゃんけんを始めたのだ。しかも、その出す手は常に「グー」「チョキ」「パー」の三種類が同時に三方向から繰り出されるという、絶対に負けない仕様だった。
「ず、ずるい!」
「あれじゃ、あいこか負けしかない!」
『……違う。これは戦略だ』
ヴォルケンの声はどこまでも真剣だった。
絶体絶命。ミサキは奥歯を噛み締めた。その時、彼女は気づいた。旗艦がじゃんけんをする、その一瞬だけ対空砲火が止んでいることに。
(……ここしかない!)
ミサキは叫んだ。
「ハル! ユキ! 旗艦に突っ込みます! 衝撃に備えなさい!」
ミサキは操縦桿を倒し、不死鳥と化した戦闘機を巨大なじゃんけんの腕の隙間を縫うように加速させた。そして、そのまま旗艦の装甲に激突した。
## 15:00 JST - 鋼鉄の迷宮
凄まじい衝撃。だが、不死鳥の能力のおかげで三人は無事だった。戦闘機は、旗艦の内部にめり込むように不時着した。
三人は機内から飛び出す。そこは巨大な格納庫だった。無数のアインヘリアルが整然と並べられている。
『……見事だ、地球人。……まさか我が懐に直接飛び込んでくるとはな』
ヴォルケンの声が格納庫に響き渡る。
『……だが、歓迎はここまでだ。……侵入者を排除せよ』
格納庫の壁が開き、中から屈強な兵士たちが現れた。全員が寸分の狂いもない動きで三人を包囲する。その練度は、ミサキでさえ舌を巻くほどだった。
「……こいつら、強い」
ミサキが長巻を構える。
「よーし! こうなったら、こっちも奥の手だ!」
ハルが叫んだ。
「いでよ! 伝説の助っ人、最強のお掃除ロボット『ルンバ・デストロイヤー』!」
ハルが召喚したのは、一台の家庭用お掃除ロボットだった。だが、そのサイズは戦車ほどもあり、その吸引口はブラックホールのように全てを吸い込みそうだった。
「ウィーン、ガシャン! オソウジ、シマス! オソウジ、シマス!」
ルンバ・デストロイヤーはそう叫ぶと、凄まじい勢いで回転しながら兵士たちの隊列に突っ込んでいった。兵士たちは、その予測不能な動きに翻弄され、次々と吸い込まれていく。
「「いっけえええええ!」」
ハルとユキが声援を送る。
『……ほう。自動清掃兵器か。……面白い』
ヴォルケンは少しも動じない。
『……だが、我が軍団の兵士は常に清潔を第一とする。……故に、掃除には協力的だ』
ヴォルケンの言葉通り、兵士たちはパニックになるどころか、自ら進んでルンバに吸い込まれ始めたのだ。「ホコリ、発見!」「チリ、発見!」と叫びながら、敬礼し、吸引口へとダイブしていく。それは、あまりにもシュールで統率の取れた集団自決だった。
「な、なんでー!?」
「敵が掃除に協力的って、どういうこと!?」
『……我が軍団に無駄な兵士は一人もいない。……彼らは、自らがゴミとなることで敵の戦力を分析するという任務を全うしたのだ。……見ろ』
ヴォルケンが言う。ルンバ・デストロイヤーの動きが止まっていた。兵士を吸い込みすぎて、ダストボックスが満杯になり、機能停止してしまったのだ。
「そ、そんな……」
ハルの奥の手が、またしても破られた。
『……そして、その分析結果がこれだ』
ヴォルケンが宣言する。格納庫の天井が開き、そこから巨大なアームが降りてきた。そのアームが掴んでいたのは、巨大な「ハエ叩き」だった。
『……お前たちの、その予測不能な動きはまるで害虫のようだ。……ならば、これで叩き潰すのが最も効率的だ』
ヴォルケンの完璧な論理。巨大なハエ叩きが三人目掛けて振り下ろされる。
絶体絶命。その瞬間。ミサキが動いた。
彼女は、ハルとユキの首根っこを掴むと、機能停止したルンバ・デストロイヤーの排気口へと二人を投げ込んだ。そして、自らも飛び込む。
「スイッチ、オン!」
ユキが叫ぶ。
「定義改竄! このルンバは、ただのお掃除ロボじゃない!『史上最速の脱出ポッド』である!」
ゴオオオオッッ!!!
ルンバ・デストロイヤーの排気口から凄まじい勢いで空気が噴射され、三人を乗せたルンバはロケットのように発射された。巨大なハエ叩きを紙一重でかわし、格納庫の壁を突き破り、旗艦の内部を暴走し始める。
『……何……!?』
ヴォルケンが初めて、予測が外れたことに驚愕の声を上げた。
## 16:00 JST - 元帥の部屋
暴走するルンバは、旗艦の中枢、艦橋の分厚い扉に激突し大破した。煙の中から現れた三人の前に立っていたのは、ついにその人、ヴォルケン元帥本人だった。
「……見事だ、地球人。……我が艦橋にたどり着いたのは、お前たちが初めてだ」
ヴォルケンは、その鋼の義手を鳴らしながら立ち上がった。その威圧感は、モニター越しとは比べ物にならない。
「……観念しなさい」
ミサキが長巻を構える。
「……その前に、一つ聞かせろ」
ヴォルケンは言った。
「……お前たちの、その戦術は一体何なのだ?……我が宇宙のいかなる兵法書にも載ってはいなかった。……巨大なニワトリ、じゃんけん、お掃除ロボット……。……理解不能だ」
それは、百戦錬磨の元帥からの純粋な問いだった。ミサキは答えられない。だが、ハルとユキは胸を張って答えた。
「「それが、地球流だから!」」
「……地球流……」
ヴォルケンはその言葉を反芻する。
「……なるほど。……理解した。……お前たちの、その混沌、その不条理こそが、この惑星の文化であり強さというわけか」
ヴォルケンは深く頷いた。そして、彼は驚くべき行動に出た。
彼は、自らの厳めしい軍服をビリビリと破り捨てたのだ。その下から現れたのは、なぜか、ピチピチの金色の全身タイツだった。
「「………………は?」」
三人の声がハモった。
そのタイツは、ただの金色ではなかった。宇宙の超新星爆発のエネルギーを圧縮して繊維に練り込んだとでも言うべき、神々しいまでの輝きを放っている。それは、見る角度によって純金から白金、そして虹色の光彩へとその色味を変化させ、ヴォルケンの鍛え上げられた筋肉の一つ一つを、まるで芸術品のように浮かび上がらせていた。
特に、胸筋と大腿四頭筋の部分は、他の部位よりも金の含有率が高いのか、一際強い光を放ち、彼の圧倒的なパワーの源泉がそこにあることを雄弁に物語っていた。
「……ならば、こちらも礼を尽くすのが武人の嗜み」
ヴォルケンは大真面目な顔で言った。その表情と服装のギャップが凄まじい。
「……我が故郷、惑星ヴァルハラの戦士たちに古くから伝わる最強の戦闘舞踊『ゴールデン・タイツ・レジェンド』を見せてやろう」
ヴォルケンはゆっくりと息を吸い込んだ。そして、静かにその舞の起手、第一番「鋼鉄の白鳥、夜明けに目覚める」のポーズを取った。
まず、彼は右足をつま先立ちでピンと伸ばし、左足は膝を深く曲げ、腰を落とす。その体勢は、バレエのプリエと日本の相撲の四股を融合させたかのような、絶妙なバランス感覚を要求されるものだった。
同時に、彼の鋼の義手ではない方の左腕は、白鳥の首のようにしなやかに、しかし力強く天を仰ぎ、その指先は遥か彼方の母星を指し示しているかのようだった。鋼の義手は、対照的に大地を鷲掴みにするかのように低く構えられ、静と動、天と地、有機物と無機物が一つのポーズの中で完璧な調和を見せていた。
「ハッ!」
気合一閃。ヴォルケンはその静止したポーズから一転、激しい動きへと移行した。第二番「流星のステップ、銀河を駆ける」。
彼のステップは、常人の動体視力では捉えられないほど速く、そして複雑だった。タップダンスの軽快さとカポエイラのアクロバティックな動きが混ざり合い、床には彼の足跡がまるで美しい幾何学模様の魔法陣のように刻まれていく。
カシャ、キン、カシャ、キン!
鋼の義手が床や壁に触れるたびに火花が散り、その火花さえもが彼のダンスの一部であるかのようにリズミカルに明滅した。そのステップは、ただ速いだけではない。一歩一歩に彼のこれまでの戦闘経験が凝縮されており、敵の攻撃を予測し、回避し、そしてカウンターを叩き込むための最適な軌道を常に描き続けていた。
「……な、何なんだ、あの動きは……」
ミサキは戦慄した。一見、ただの奇妙なダンスにしか見えない。だが、その全ての動きが完璧な戦闘理論に裏打ちされていることを、彼女だけは見抜いていた。あれは、舞いながらにして戦う究極の体術。
そして、舞はクライマックスへと向かう。第三番「嘆きのブラックホール、魂を吸引する」。
ヴォルケンはその場で高速スピンを始めた。フィギュアスケートのドーナツスピンのように美しい、しかしその回転速度は小型の竜巻を発生させるほどに凄まじい。
金色のタイツが残像となり、光の円盤と化す。その回転によって生み出された引力は、周囲の空間を歪ませ、艦橋の備品や計器類が彼に吸い寄せられていく。それは、物理的な引力だけではない。見る者の精神、意識そのものまでをも引きずり込む、抗いがたい魅力、いや「魔力」がその回転には宿っていた。
ハルとユキは、完全にその光景に魅入られ、恍惚とした表情でその金色の渦を見つめていた。
「……そして、終曲!」
ヴォルケンは、ピタリと回転を止めた。その最後のポーズは、天に向かって両手を大きく広げ、片足を高く掲げる、あまりにも有名な「フレディ・マーキュリー」のあのポーズだった。
「……『伝説(レジェンド)』はここにあり!」
ヴォルケンは額に汗を浮かべ、やりきったという表情でそう宣言した。その金色の全身タイツは、激しい動きにも関わらず、一切よれたり破れたりすることなく、彼の完璧な肉体を輝かせ続けていた。
静寂。
圧倒的なパフォーマンスの後に残されたのは、ただ沈黙だけだった。ミサキは言葉を失っていた。あれは、ギャグなのか? いや、違う。あれは、彼の文化における最高の敬意の表現であり、最強の戦闘形態なのだ。あまりにも理解不能。あまりにもシュール。だが、その一挙手一投足が恐ろしいまでに洗練され、完成されている。
(……勝てない)
ミサキは生まれて初めて、戦う前に完全な敗北を悟った。武力でも知略でもない。ただ、圧倒的な「文化」の差によって。
「……ミサキ、分かるよ」
いつの間にか隣に来ていたユキが、真剣な顔で頷いていた。
「……あれは、きっと彼の故郷では神聖な儀式なんだ。……我々も敬意を払わなければ」
「そうだよ! よーし、私たちも踊るぞ!」
ハルとユキは、ヴォルケンの謎のダンスに完璧なシンクロ率で合わせて踊り始めた。艦橋は一瞬にして、異文化交流のダンスホールへと変貌した。
ミサキは、そのシュールすぎる光景をただ呆然と見つめていた。最強の敵。人類の存亡。そんなシリアスな前提が全てどうでもよくなるような、圧倒的なカオス。そして、その中心で神々しく輝く金色の全身タイツ。
(……私も、いつかあのタイツを着こなせる日が来るのだろうか……)
ミサキの脳裏に、そんな全く必要のない問いが浮かんで消えた。
やがて、一頻り踊り終えたヴォルケンは、満足そうに汗を拭った。
「……見事なダンスだった、地球人。……お前たちの魂の輝き、確かに受け取った」
そして、彼は言った。
「……この星の侵略は中止する」
「「ええええええええええっ!?」」
「……お前たちのような理解不能で愉快な文化を持つ星を支配下に置くのは、あまりにも惜しい。……むしろ、友好関係を結び、その文化を学びたいとさえ思った」
ヴォルケンはそう言うと、ミサキにその鋼の手を差し出した。
「……我が名はヴォルケン。……よければ、友人としてそのダンスを教えてはくれまいか」
ミサキは、差し出された手を見つめたまま動けなかった。彼女の脳は、まだこのシュールな展開を処理しきれていない。
## エピローグ:星空の下の狂想曲
数日後。
ヴォルケン元帥と鉄の軍団は、地球との間に「文化交流協定」という名の、不可侵条約を締結し、母星へと帰っていった。元帥は別れ際に友好の証として、ミサキに、自らの戦闘舞踊で着用していたものと全く同じ、寸分違わぬ金色の全身タイツのレプリカを手渡し、「いつか、同じ衣装で、共に舞う日を、楽しみにしている」という、ミサキにとっては迷惑極まりない言葉を残していった。
もちろんそのタイツは、アークの厳重な保管庫の奥深くに、二度と日の目を見ることのないよう封印された。
そして、アークの寮の屋上。
三人は久しぶりに、穏やかな夜の時間を過ごしていた。眼下には平和を取り戻した街の灯りが、まるで地上に広がる天の川のようにきらめいている。
「いやー、しかし、あの元帥、面白かったなー!」
ハルが手すりに寄りかかりながら、楽しそうに言った。
「うん。彼の、あの、完璧に論理が破綻しているのに、本人は至って真剣、というスタイルは、ある意味、私たちと通じるものがあったかもしれないね」
ユキもどこか満足げに、夜空を見上げている。
ミサキは何も言わず、ただ静かに、その星空を見つめていた。
アイン、プロフェッサー、マエストロ、アストライオス、ヴァジュラ、アーキビスト、そしてヴォルケン。
これまでの、あまりにも濃密だった戦いの記憶が、脳裏をよぎる。
完璧な論理、歪んだ正義、独善的な美学、そして、絶対的な力。
どの敵も強大で、それぞれの譲れない信念を持っていた。
(……もし、この二人がいなかったら)
ミサキは、隣でくだらないことで笑い合っている、ハルとユキの横顔を盗み見た。
もし、私一人だったら、きっとどこかで心が折れていた。
彼らの完璧な論理や、圧倒的な力の前に、私のちっぽけな正義など、とっくに砕け散っていたに違いない。
「……ミサキ先輩?」
ハルが不思議そうに、ミサキの顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって。もしかして、あの金ピカタイツの着こなし方でも考えてるの?」
「……考えていません」
ミサキは、即答した。
そして一度言葉を切り、まるで、自分自身に言い聞かせるかのように、静かに呟いた。
「……ただ、あなたたちが、ここにいてくれて良かったと、そう思っていただけです」
その、あまりにも素直なミサキの言葉に。
ハルとユキは一瞬、キョトンとした顔で顔を見合わせた。
そして次の瞬間、同時にニヤリと、意地悪な笑みを浮かべた。
「えー、なになに、先輩! もしかして、私たちのこと、大好きになっちゃった感じ!?」
「これは、歴史的瞬間だね。定義改竄。『ミサキ先輩は、私たちの、最高のファンである』と、ここに記録しよう」
「……調子に、乗らないでください」
ミサキは、ふいっと顔を背けた。その耳がほんのりと赤く染まっているのを、ハルとユキは見逃さなかった。
その時だった。
けたたましい緊急招集のアラームが、平和な夜の静寂を切り裂いた。
三人の顔から、ふざけた表情がすっと、消える。
それはもう、ただの少女たちではない。
宇宙のあらゆる理不尽と戦う、戦士の顔だった。
「……さて」
ミサキが静かに、立ち上がった。
「……行きますか」
「うん!」
「お手並み拝見、といこうか」
三人は顔を見合わせ、不敵に笑った。
そしてブリーフィング室へと、向かっていく。
その背中を並べて歩く三人の姿は、もう、ただの、問題児の寄せ集めではない。
互いを補い合い高め合う、一つの、完璧なチームの姿だった。
彼女たちの戦いの物語は、これで一つの終わりを告げる。
だが、それは決して、物語の本当の終わりではない。
このどうしようもなく、騒がしくて、不完全で、そしてどこまでも愛おしい日常が、続く限り。
彼女たちの新しい物語は、また、次のページから始まるのだ。
星空の下で、三つの光が力強く輝いていた。
それは、どんな完璧な交響曲よりも、ずっと心に響く、希望の狂想曲(カプリッチオ)だった。