ハルユキミサキ from Gemini   作:test sentinel

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スタッフが責任を持ちました

『ハルユキミサキ・ファイル:雨啼きの山と忘れられた神』より

 

## 1. 止まない雨、呼ばない山

 

その山は麓の村人たちから「泣き濡れ山」と呼ばれていた。一年三百六十五日、一日二十四時間、雨が止むということがない。霧のような小雨の時もあれば、バケツをひっくり返したような豪雨の時もある。だが、太陽がその山肌を照らした瞬間は、ここ数百年一度たりとも記録されていなかった。

 

対次元異常存在対策機関「アーク」に所属する特殊遊撃チーム「デルタ」──すなわち、ハル、ユキ、そしてミサキの三名は、その山の麓に広がる、寂れた村の集会所にいた。依頼人は、皺だらけの顔に深い絶望を刻んだ、村の長老だった。

 

「山の頂には、古き神を祀る神殿がございます。かつて、我らの祖先は、その神に豊穣と安寧を祈り、神もまた、我らに慈悲を与えてくださった。しかし……いつしか我らは神への信仰を忘れ、山の恵みを当然のものと思うようになった。この止まない雨は、忘れ去られた神の、怒りか、あるいは悲しみの涙か……。どうか、どうか神の御心を鎮め、この村に、再び太陽の光を……」

 

長老の話は、ひどく感傷的で、非科学的だった。だが、この宇宙には、科学では説明できない事象が、それこそ星の数ほど存在する。彼女たちの仕事は、そういった「物語」の裏に潜む異常存在を特定し、対処することだ。

 

「なるほどねー」

 

長老の悲痛な訴えを聞き終えたハルが、腕を組んで、したり顔で頷いた。オレンジ色のツインテールが、得意げに揺れる。

 

「要するに、山のてっぺんにいる神様とやらを、ぶん殴って黙らせればいいってことね!」

 

「ハル、言葉を選びなさい」

 

隣で聞いていたユキが、冷静にハルを窘める。青いショートカットが、湿気で僅かに重そうだ。

 

「こういうのは、まず対話から始めるのがセオリーだよ。話し合っても分からない、道理の通じない相手だった場合に、初めて物理的な対話に移行するべきだ」

 

「物理的な対話って、結局ぶん殴るってことじゃん!」

 

「言葉の綾だよ」

 

いつも通りの、不毛な会話が繰り広げられる。ミサキは、そんな二人を無視し、長老に淡々と事実確認を行う。

 

「その『神』について、何か伝承は? 姿形、能力、性格、どんな些細な情報でも構いません」

 

「……申し訳ない。あまりにも古い伝承で、ほとんどが失われてしまいました。ただ一つ、言い伝えが……。『神は、人の心を映す鏡なり。されど、その瞳に自らを映すことなかれ』と……」

 

心の鏡。厄介な相手である可能性が高い。精神攻撃、あるいは認識災害の類か。ミサキは、最悪の事態を想定し、思考を巡らせる。この二人を連れてそのような繊細な任務を遂行できるだろうか。いや、するしかないのだ。それが、彼女に与えられた任務なのだから。

 

「分かりました。我々が、その『神』とやらを調査し、問題を解決します」

 

ミサキがそう告げると、長老は、涙ながらに何度も頭を下げた。

 

こうして彼女たちの、湿っぽくて、気の滅入るような任務が始まった。

 

## 2. 廃墟の参道、記憶の霧

 

泣き濡れ山への道は、もはや道と呼べるものではなかった。絶え間なく降り注ぐ雨が、土を抉り、岩を滑らせ、かつて参道だったであろう場所は、ぬかるんだ急斜面へと姿を変えていた。

 

「うわっ、足、めっちゃ取られる! もうヤダ、帰りたい! 帰ってコタツで丸くなりたい!」

 

ハルが、早々に音を上げ、泥だらけの地面に座り込んだ。

 

「ハル、まだ登り始めて十分も経ってないよ。それに、今は夏だからコタツはない」

 

「じゃあ、アイス食べながらエアコンの効いた部屋でゴロゴロする!」

 

「それは、私もしたい」

 

ユキまでが、ハルの怠惰に同調し始める。

 

ミサキは、そんな二人を振り返り、氷のように冷たい視線を送った。

 

「任務を、放棄するのですか?」

 

「「しません」」

 

二人は、慌てて立ち上がり、再び山を登り始めた。

 

数時間後、彼女たちは、山の七合目あたりで、異様な光景を目にした。霧の向こうに、巨大な建造物群が、まるで亡霊のように浮かび上がっていたのだ。風雨に晒され、壁は崩れ、窓ガラスは割れているが、そのデザインは、明らかにこの惑星の現代文明のものではなかった。天を突くような尖塔、複雑な幾何学模様が刻まれた壁面。それは、忘れ去られた古代文明の「廃墟」だった。

 

「……ここが、神殿への入り口のようです」

 

ミサキは警戒レベルを一段階引き上げた。この廃墟全体が、敵のテリトリーである可能性が高い。

 

廃墟の内部は、迷宮のように入り組んでいた。雨音だけが響く、静寂の回廊。壁には、色褪せた壁画が描かれている。それは、かつてこの地に住んでいた人々が、神を崇め、共に生きていた時代の記録のようだった。

 

「ねえ、この絵、見て」

 

ユキが、ある壁画を指差した。そこには、人々と共に笑い、彼らに恵みを与える、人の形をした神の姿が描かれていた。だが、その顔は、なぜかのっぺらぼうのように、何も描かれていない。

 

「『その瞳に自らを映すことなかれ』……。言い伝えと、関係があるのかもしれないね」

 

その時だった。どこからともなく、すすり泣くような声が聞こえてきた。

 

《……なぜ……なぜ、私を、忘れたのだ……》

 

《……あんなにも、愛したのに……》

 

《……許さない……許さない……》

 

「うわ、なんか出てきた!」

 

ハルが叫ぶ。声と同時に、回廊の奥から、黒い霧のようなものが、彼女たちに向かって押し寄せてきた。霧に触れた壁や床が、まるで酸で溶かされたかのように、ジュウジュウと音を立てて崩れていく。

 

「精神汚染系の攻撃です! 意識を保ちなさい!」

 

ミサキが警告を発する。この霧は、対象の罪悪感や後悔といったネガティブな感情を増幅させ、精神を内側から破壊する、たちの悪い代物だ。

 

「罪悪感かー……」

 

ハルが、腕を組んで唸っている。

 

「昨日、ユキのプリンを勝手に食べたことくらいしか、思いつかないなー」

 

「え、やっぱりハルが犯人だったの!? 私、てっきり、冷蔵庫に住んでる小さいおじさんが食べたのかと……」

 

「え、ユキん家の冷蔵庫、おじさん住んでるの!?」

 

二人の意識は、罪悪感とは程遠い、いつも通りの方向へと逸れていく。黒い霧は、彼女たちのあまりにも能天気な精神構造を理解できず、その周囲で、困惑したように渦巻いているだけだった。

 

この二人には効かないのだろう、とミサキは判断した。彼女は一人、霧の圧力に耐えながら突破口を探していた。脳裏に、過去の任務での苦い記憶が蘇る。守れなかった命、届かなかった手。それらが彼女を責め立てる。

 

(……集中しろ、ミサキ。これは、ただの幻覚だ)

 

ミサキが自らの精神力で、幻覚を振り払おうとした、その時。

 

「そうだ!」

 

ハルが、ポンと手を叩いた。

 

「こういうジメジメした時は、気分が晴れるものを召喚するに限る!」

 

彼女は黒い霧に向かって、高らかに宣言した。

 

「いでよ! 日本人の心の友、食卓の救世主! 無限乾燥わかめ!」

 

ハルの足元から、乾燥したわかめがまるで間欠泉のように、凄まじい勢いで噴き出した。黒い霧は、そのあまりにも場違いな物体の出現に、一瞬その動きを止める。

 

「そして、この雨は!」

 

ユキが、すかさず能力を発動させた。

 

「悲しみの涙ではない! このわかめを、最高に美味しく戻すための、『祝福の出汁』である!」

 

ユキがそう定義した瞬間、彼女たちに降り注いでいたただの雨水が、芳醇な香りを放つ、黄金色の出汁へと変化した。祝福の出汁を吸った無限乾燥わかめは、凄まじい勢いで膨張を始めた。

 

「うわああああ! 増えすぎ! 増えすぎだって!」

 

ハルの悲鳴も虚しく、わかめはあっという間に回廊を埋め尽くすほどの巨大な塊へと成長し、黒い霧を物理的に、完全に押し潰してしまった。

 

《……ワカメ……ニ……マケル……》

 

黒い霧は、断末魔のような思念を残し、わかめの圧倒的な物量の前に完全に消滅した。後に残されたのは、出汁のいい香りを漂わせる巨大なわかめの壁と、その光景を前に呆然と立ち尽くす、ミサキとユキの姿だった。

 

「……やったね、ユキ! これで、今夜のお味噌汁の具は、心配いらないね!」

 

「うん! でも、ちょっと、戻しすぎちゃったかな……」

 

ハルとユキは、自分たちが引き起こした惨状を前に、どこか満足げな顔で頷き合っている。ミサキは、こめかみを押さえた。頭痛がひどい。だが、道が開けたのは、事実だった。

 

## 3. 神の涙、人の罪

 

わかめの壁を次元刀で無理やり切り裂き、三人は、ついに神殿の最奥、「神の間」へとたどり着いた。そこは巨大な洞窟だった。天井からは鍾乳石のように無数の水晶が垂れ下がり、それぞれが淡い光を放っている。そして、その中央。巨大な水晶の玉座に、「それ」はいた。

 

人の形をしていた。壁画に描かれていた、のっぺらぼうの神。だがその顔には、無数の光る涙の筋が、まるで雨のように絶え間なく流れ落ちていた。その涙が、この山の、止まない雨の正体だった。

 

《……よくぞ、来た。我が心の聖域を、わかめ臭く汚してくれた、招かれざる客たちよ》

 

神の声は、深い悲しみに満ちていた。

 

「あなたが、この山の神、シグルーンですか」

 

ミサキが問う。

 

《いかにも。かつては、そう呼ばれていた。だが、もはや、私をそう呼ぶ者はいない。私は、人に忘れ去られ、この山に、永い時間、ただ一人、取り残された、過去の幻影だ》

 

シグルーンは、自らの境遇を静かに語り始めた。かつて彼女は、この地の自然そのものと繋がることで、人々に恵みを与えていた。だが、文明が発展するにつれ、人々は彼女の存在を忘れ、山の恵みを自分たちの力だけで得られるものだと錯覚するようになった。信仰を失った彼女は、力を失い、ただこの神殿で、人々の裏切りを、悲しみ続けることしかできなくなった。その尽きることのない悲しみが、涙となり、雨となって、この山を覆い尽くしているのだ、と。

 

《私は、決めたのだ。この、悲しみに満ちた世界を、一度、全て洗い流し、原初の、何もなかった頃へと還すことを。それが、私に残された、最後の役目だ》

 

シグルーンの瞳(があるであろう場所)が、三人を捉えた。

 

《君たちも同じだ。その心に、悲しみを、後悔を、抱えているのだろう? 私が、解放してやろう。全ての苦しみから……》

 

シグルーンの力が、三人の精神に、直接干渉してくる。ミサキの脳裏に、過去の守れなかった仲間の姿が、鮮明に蘇る。あの時、自分が、もっと強ければ。あの時、自分が、違う選択をしていれば。後悔の念が、彼女の心を黒く、塗りつぶしていく。

 

(……ダメだ……。飲まれるな……)

 

ミサキが必死に抵抗している、その時。

 

「うーん……」

 

隣からハルの、悩むような声が聞こえてきた。

 

「悲しいこと、悲しいこと……。あ、そうだ! この前、自販機でジュース買おうとしたら、百円玉が吸い込まれたまま、出てこなかったことかな!」

 

「わかる、ハル。あれは地味にへこむよね」

 

ユキも、深く頷いている。

 

「私は、昨日、お気に入りのマグカップを、うっかり割っちゃったことかな。限定品だったのに……」

 

「「悲しい……!!」」

 

二人の悲しみのスケールは、またしても世界の存亡とは全く関係のない、非常に個人的で、どうでもいいレベルのものだった。シグルーンの壮大で詩的な悲しみは、彼女たちのあまりにも俗っぽい悲しみによって、その深刻さを、完全に相殺されてしまった。

 

《……百円玉……? マグカップ……?》

 

シグルーンの思念に、純粋な困惑が混じる。

 

その一瞬の隙。ミサキは、精神の束縛を、振り切った。そして、気づいた。この神はただ、悲しいだけなのだ、と。怒りでも、憎しみでもない。ただ、純粋な悲しみに、永い時間囚われているだけなのだ。

 

「シグルーン」

 

ミサキは彼女に向かって、静かに語りかけた。

 

「あなたの悲しみは、分かります。ですが、その悲しみを世界に押し付けるのは、間違っている」

 

《……何が、分かるというのだ、人間に……》

 

「ええ、分かりません。あなたの、数百年という孤独の、ほんの一欠片すらも。ですが」

 

ミサキは、次元刀を、静かに構えた。

 

「私たちはそれでも、前を向くと決めた。雨が降れば傘をさすし、悲しければ泣く。でもいつかは、必ず晴れると、信じているから」

 

ミサキの言葉に、ハルとユキが、力強く頷いた。

 

「そうだよ! 悲しいことがあったら、美味しいもの食べて、お風呂入って、ふかふかの布団で寝る! そしたら、大体のことは、どうでもよくなるんだから!」

 

「それでもダメなら、友達に愚痴る。一人で抱え込むなんて、馬鹿のすることだよ」

 

三人の、三者三様の、しかし、どこまでも真っ直ぐな言葉。それがシグルーンの凍てついた心に、ほんの僅かな、しかし確かな波紋を広げた。

 

《……信じる……だと……?》

 

「そうです」

 

ミサキは、シグルーンの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「私たちは、あなたを、信じます。あなたが、ただ悲しみに暮れるだけの、弱い神ではないと。もう一度、人と、世界と、向き合う強さを持っていると」

 

ミサキの言葉は、賭けだった。だが、もう戦う必要はない。そう、彼女の直感が告げていた。

 

シグルーンの光る涙が、一筋、また一筋と、その勢いを弱めていく。彼女の周囲を覆っていた、絶望のオーラが、ゆっくりと晴れていく。

 

《……信じる……。その言葉を、聞くのは……一体、いつぶりだろうか……》

 

シグルーンの声は、まだ悲しみを帯びていたが、その奥に、微かな温かい光が灯ったように、ミサキには感じられた。

 

## 4. 雨上がりの空に

 

シグルーンの涙が、完全に止まった。それと同時に、泣き濡れ山を、そして麓の村を、数百年もの間覆い尽くしていた分厚い雨雲が、まるで奇跡のように、ゆっくりと晴れていく。雲の切れ間から、黄金色の光が滝のように降り注いだ。

 

「……太陽……」

 

「うわー! 眩しい! でも、あったかい!」

 

ハルとユキが、空を見上げて、歓声を上げている。ミサキもまた、その光景を、静かに見つめていた。

 

《……ありがとう……》

 

シグルーンの、か細い、しかし確かな感謝の言葉が、三人の心に響いた。

 

《私は、間違っていたようだ。世界を終わらせるのではなく……もう一度、信じてみることにするよ。この、乱雑で、不完全で、そして……どこまでも、美しい世界を》

 

シグルーンの身体が、ゆっくりと、光の粒子となって空へと溶けていく。彼女は、神としての役目を終え、ただの自然の一部へと還っていくのだろう。

 

「あ、行っちゃうの?」

 

ハルが、少しだけ寂しそうに言った。

 

「大丈夫だよ、ハル」

 

ユキが、その肩を叩く。

 

「きっと、また会える。雨上がりの、虹の向こうとかで」

 

「そっか! じゃあ、またねー! 神様ー!」

 

ハルが空に向かって、大きく手を振った。その、あまりにも屈託のない別れの言葉に、ミサキは思わず、口元を綻ばせた。

 

こうして、彼女たちの、湿っぽくて、少しだけ切ない任務は、幕を閉じた。

 

帰り道。三人は、すっかり乾いた、しかしまだ土の匂いが残る参道を、ゆっくりと下っていた。空には大きな、七色の虹がかかっている。

 

「ねえ、ミサキ先輩」

 

ハルが、ミサキの袖を引っ張った。

 

「今日の晩ごはん、何にする? 私、おでんがいいな! あの、わかめ、まだ残ってるでしょ?」

 

「却下します。あのわかめは、アークの研究施設に提出し、今回の事件の重要参考物として、厳重に保管されます」

 

「ええーっ!?」

 

「じゃあ私は、親子丼がいいな。卵で、優しく、とじてほしい気分」

 

「……それなら、いいでしょう」

 

そんないつも通りの、くだらない会話をしながら、三人は歩き続ける。雨は、もう降らない。この山にも、彼女たちの心にも。

 

少なくとも、次の任務が始まるまでは。

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