ハルユキミサキ from Gemini 作:test sentinel
『クロノス・アカデミア戦記 File.8:追憶の答案用紙』より
(最終局面)
「時空校舎」の最上階、かつて「理事長室」と呼ばれた部屋は、今や世界の法則が剥き出しになった異空間と化していた。床も壁も存在せず、ただ無限に広がる星空と、そこに浮かぶ無数の時計の歯車だけが、この場所が時間の果てであることを示している。
その中央に、男は静かに佇んでいた。「第一期卒業生」にして、この時空校舎を創造した張本人、コードネーム「プロフェッサー」。彼は、かつてこの学園で誰よりも優秀な生徒だったが、ある出来事を境に姿を消し、そして今、全ての時間軸を統合し、歴史を「あるべき形」に修正するという、恐るべき計画の実行者として、かつての学び舎に君臨していた。
「……来たか、落ちこぼれ共」
プロフェッサーの冷たい声が、空間に響く。その視線の先には、三人の少女が立っていた。
「うわー! 出た! ボスが玉座で待ってる王道パターン!」
「ハル、静かに。こういうのは、最初に喋ったやつから死ぬフラグなんだよ」
「え、そうなのユキ!?」
オレンジ色のツインテールを揺らすハルと、青いショートカットのユキが、いつも通りの緊張感のない会話を交わしている。彼女たちは、時空犯罪を取り締まる組織「クロノス・ガーディアン」に所属するエージェントだが、その評価は「実力は認めるが、素行に問題しかない」で完全に一致していた。
そして、二人の前に立つ、黒髪の少女、ミサキ。彼女だけが、プロフェッサーの放つ絶対的な威圧感に臆することなく、静かに、しかし鋭く、その切っ先のような視線を向けていた。
「プロフェッサー。あなたの計画は、ここで終わりです」
ミサキの凛とした声が、戦いの始まりを告げた。
「終わり? 何も始まってすらいない」
プロフェッサーは、嘲るように言った。
「私は、ただ間違いを正すだけだ。この歪んでしまった歴史を、たった一つの完璧な解答へと導くだけだ」
彼が指を鳴らすと、周囲の歯車が甲高い音を立てて回転を始めた。過去、現在、未来。あらゆる時間軸から、三人の「最も苦戦した敵」が同時に召喚される。時間そのものを兵隊として使役する、彼の権能の一端だった。
「うげっ、あいつ、一学期の期末に出てきた時間喰らいじゃん!」
「こっちは、二学期の中間レポートで苦しめられたパラドクスゴースト……!」
ハルとユキが、過去のトラウマと再会し、顔を引きつらせる。だが、ミサキは動じなかった。彼女は、召喚された敵には目もくれず、ただ真っ直ぐにプロフェッサーだけを見据えている。
「ハル、ユキ。雑魚は任せます」
「「雑魚って言った!?」」
二人の抗議を背中で受け流し、ミサキは床を蹴った。召喚された敵の間をすり抜け、一直線にプロフェッサーへと肉薄する。その手には、空間の歪みから取り出した二振りの小太刀が握られていた。
「ほう。私自身を狙うか。賢明な判断だ」
プロフェッサーは、迫りくるミサキを前にしても、余裕を崩さない。彼は、自らの影から一冊の古びた本を取り出した。それは、この世界のあらゆる事象が記された「アカシックレコード」の写本。彼はページを捲り、ミサキの攻撃パターンを読み上げ始める。
「初手は、右からの袈裟斬り。次いで、左からの逆袈裟。あまりに芸がない」
プロフェッサーの言葉通りに、ミサキの小太刀が空を切る。全ての攻撃が、完璧に予測されているのだ。
「くっ……!」
ミサキが、初めて焦りの表情を見せた。その間にも、ハルとユキは、文句を言いながらも、召喚された敵との戦闘を開始していた。
「しゃーない! ユキ、さっさと片付けて、ミサキが良いとこ取りする前にボスをぶん殴るぞ!」
「賛成! あの澄まし顔を、私たちの手で涙目にしてやろう!」
ハルが右手を天に突き上げると、その手に太陽のように輝く、巨大なエネルギーの塊が出現した。彼女の能力は、「絶対確率発現」。どんなに低い確率の事象でも、彼女が「起こる」と信じれば、それは100%の確率で現実になる。今彼女が握っているのは、「宝くじで一等が百回連続で当たる」確率をエネルギーに変換した、幸運の塊だ。
「食らえ! ハッピー・ラッキー・ビッグバン!」
ハルが放った幸運の奔流が、時間喰らいに直撃した。時間喰らいは、その名の通り、時間を喰らうことで攻撃を無効化する。だが、幸運という「概念」そのものを喰らったことで、その存在がバグを起こした。
「ア…アア…ワタシハ…タダ…ジカンヲ…タベテイタダケナノニ…ナゼカ…セカイガ…キラキラシテ…ミエル……」
時間喰らいは、多幸感に満たされた表情で、恍惚としながら光の粒子となって消滅していった。
「よし、一体撃破!」
「ユキもいくよ!」
ユキの能力は、「無矛盾改竄」。彼女が「これはこうである」と定義した事象は、世界の法則に矛盾しない範囲で、その通りに書き換えられる。彼女は、パラドクスゴーストに向かって、人差し指を突きつけた。
「定義改竄! あなたは、『ゴースト』ではなく、『良質な羽毛布団』である!」
その瞬間、不気味な唸り声を上げていたパラドクスゴーストは、ふかふかの、見るからに寝心地の良さそうな高級羽毛布団へと姿を変えた。そして、重力に従って、ふわりと床(?)に落ちた。
「完璧! これで今夜は安眠だね!」
「いや、持って帰るなよ!?」
二人が、常識外れの能力で、あっという間に召喚された敵を無力化していく。その戦闘の余波が、プロフェッサーの完璧な計算を、僅かに、しかし確実に狂わせていた。
一方、ミサキは、プロフェッサーの未来予知に完全に動きを封じられ、防戦一方に追い込まれていた。
「無駄だと言ったはずだ」
プロフェッサーが、冷たく告げる。
「君たちの行動は、全てこの本に書かれている。君たちが、この学園の生徒である限り、私の掌の上からは逃れられない」
「……生徒……?」
ミサキの動きが、ふと止まった。
「そうか……そういうことか……」
彼女は、何かを悟ったように、構えを解いた。そして、信じられない言葉を口にする。
「プロフェッサー。あなたに、一つ提案があります」
「……何だ」
「私と、テストで勝負しませんか?」
その言葉に、プロフェッサーだけでなく、背後で羽毛布団を奪い合っていたハルとユキまでが、動きを止めてミサキを振り返った。
「……テスト、だと?」
プロフェッサーが、怪訝な声を出す。
「はい」
ミサキは、真剣な表情で頷いた。
「あなたは、この学園の卒業生。そして、私たちは在校生。ならば、この戦いの決着は、それに相応しい方法でつけるべきです。あなたは、この学園のやり方を覚えていますか?」
ミサキは、プロフェッサーの目を真っ直ぐに見つめた。
「この学園に、ただの筆記テストなんてものはありませんでしたよね? あるのは、自らの魂を答案用紙に刻み、世界の理に問いを立てる『対話』だけ。……あなたが、かつて最も得意とした、あの方法で」
その言葉を聞いた瞬間、プロフェッサーの纏う空気が、明らかに変わった。彼の仮面の奥で、何かが激しく揺れ動いている。
「……面白い」
やがて、彼は呟いた。
「よかろう。その挑戦、受けようではないか。君が、私という『絶対的な正解』に、どのような問いを立てるのか、見届けてやろう」
プロフェッサーが手をかざすと、召喚されていた敵が全て消え去り、代わりに、三人の前に、光でできた巨大な机と椅子、そして一枚の答案用紙が出現した。
「え、え、何この展開!?」
「なんか、急に受験モードになったんだけど!?」
ハルとユキが、あまりの展開についていけず、混乱している。ミサキは、そんな二人を振り返り、静かに言った。
「ハル、ユキ。あなたたちも、座ってください」
「え、あたしたちもやるの!?」
「当たり前です。これは、私たちの卒業試験でもあるのですから」
有無を言わさぬミサキの迫力に、ハルとユキは、おずおずと光の椅子に腰掛けた。
こうして、世界の存亡を賭けた、奇妙奇天烈な最終試験が始まった。
**第一問。**
**【全ての悲劇を回避し、誰もが幸福になれる世界を構築するための、最終方程式を記述せよ】**
プロフェッサーのペンが、恐るべき速度で答案用紙の上を滑り始めた。彼の解答は、寸分の狂いもない数式と、完璧な論理体系で埋め尽くされていく。それは、あらゆる可能性を計算し尽くし、個人の感情や偶然性といった「ノイズ」を完全に排除した、機械的で、冷たい、しかし完璧な「解答」だった。
一方、ハルとユキは、問題を見た瞬間に、完全にフリーズしていた。
「……だめだ、一文字も分からん」
「『幸福』の時点で、もう哲学の領域だよ……」
二人が、早々に戦意を喪失している。だが、ミサキだけは、迷いなくペンを走らせていた。彼女の答案用紙には、数式は一つも書かれていない。代わりに、彼女は、物語を綴っていた。
それは、不完全で、矛盾だらけで、たくさんの過ちを犯しながらも、必死に手を取り合って明日を目指す、愚かで、愛おしい人々の物語。彼女たちが、これまでの戦いで出会ってきた、全ての人々の物語だった。
やがて、試験終了の鐘が鳴る。プロフェッサーは、完璧な答案を手に、勝利を確信していた。
「見たか。これが、絶対的な正解だ。君たちの感情論など、この数式の前では無意味だ」
だが、ミサキは静かに首を振った。
「いいえ。あなたの解答は、間違っています」
「何だと?」
「あなたは、ずっと問い続けてきた。どうすれば世界は良くなるのか、どうすれば誰もが幸福になれるのか、と。でも、その問い自体が、間違いだった」
ミサキは、プロフェッサーの目を真っ直ぐに見つめて、告げた。
「あなたは、ずっと『どうすれば良くなるか』ばかり考えていませんでしたか? その思考こそが、あなたを袋小路に追い込んだのです。世界は、良くならなくてもいい。幸福になれなくてもいい。ただ、そこにあればいい。私たちは、その不完全さを受け入れて、それでも前を向く。それが、私たちの『解答』です」
ミサキの言葉に、プロフェッサーの仮面に、初めて亀裂が入った。彼の完璧な論理の世界が、ミサキの、あまりにも単純で、しかし根源的な「真実」によって、侵食されていく。
「……黙れ。黙れ、黙れ……! 私の計算が、間違うはずがない……!」
プロフェッサーが、初めて感情的な声を上げた。彼は、自らの解答の正しさを証明するため、答案用紙に込められた力――世界の理を書き換える力を解放しようとした。
だが、その力は発動しなかった。代わりに、ハルとユキの答案用紙が、眩い光を放ち始めたのだ。
「な、何だこれは!?」
プロフェッサーが驚愕する。ハルの答案用紙には、こう書かれていた。
**【みんなで美味しいごはんを食べて、お腹いっぱいになったら、だいたい幸福!】**
そして、ユキの答案用紙には。
**【難しいことはよく分からないけど、とりあえず、明日の分のプリンが冷蔵庫に入っていれば、私は幸せ】**
その、あまりにも単純で、あまりにも個人的で、そして、あまりにもくだらない「幸福」の定義が、プロフェッサーの構築した、壮大で、完璧な幸福論を、根底から無効化してしまったのだ。
「馬鹿な……こんな、こんな子供の落書きのような解答が、私の数式を……!?」
プロフェッサーの論理が、完全に崩壊した。彼の力が、暴走を始める。ミサキは、その瞬間を待っていた。
「プロフェッサー」
彼女は、静かに、しかし、どこか憐れむような声で言った。
「あなたは、誰よりも優秀だった。誰よりも、この学園を愛していた。だからこそ、許せなかった。たった一つの、不正解が」
ミサキの言葉が、プロフェッサーの記憶の扉をこじ開ける。
――それは、彼がまだ、この学園の生徒だった頃の記憶。彼は、全ての科目で完璧な成績を収める、神童だった。彼の未来は、約束されているはずだった。あの日、最後の卒業試験の日までは。
それは、たった一つの、簡単な問題だった。
**【あなたの、隣の席の生徒の名前を書きなさい】**
彼は、書けなかった。勉強に没頭するあまり、彼は、クラスメイトの顔も名前も、何一つ覚えていなかったのだ。たった一つの、その不正解。その事実が、彼の完璧な世界を、粉々に打ち砕いた。
彼は、自分を許せなかった。そして、そんな不完全な人間が存在する、世界そのものを許せなかった。だから、彼は全てをリセットし、誰もが「完璧な解答」だけを享受できる世界を創ろうとした。
それが、この戦いの、あまりにもくだらない、そして、あまりにも悲しい発端だった。
「……思い、出したか」
プロフェッサーの仮面が、砕け散った。その下から現れたのは、泣きじゃくる、ただの少年の顔だった。
「あなたは、ずっと孤独だった。ただ、誰かに名前を呼んでほしかった。それだけだったのに」
ミサキの言葉が、少年の心に突き刺さる。
「……うるさい……」
少年――プロフェッサーは、最後の力を振り絞り、ミサキに襲いかかった。だが、その拳には、もう以前のような力はなかった。
ミサキは、その拳を、静かに受け止めた。そして、まるで幼子を諭すように、優しく言った。
「大丈夫。もう、テストは終わりです」
彼女は、プロフェッサーを、そっと抱きしめた。
「あなたも、まだ『学生』みたいなものですよ。やり直しは、いくらでもできます」
その言葉を聞いて、少年は、子供のように声を上げて泣き崩れた。数千年の時を超えた、彼の長すぎた卒業試験が、ようやく終わった瞬間だった。
こうして、世界の危機は、またしても三人の少女によって救われた。後に残されたのは、号泣する元ラスボスと、それを慰めるミサキ、そして、「結局、あたしたちのテストの採点はどうなるの?」と、どこまでも現実的な心配をしているハルとユキの姿だったという。