ハルユキミサキ from Gemini   作:test sentinel

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今日の被害者

『コズミック・ジャスティス・リーグ Final Stage:法廷の道化師』より

 

(最終決戦)

 

「絶対真理の天秤」は、時空の果てに吊るされていた。

 

その天秤の上で、一人の男が、宇宙の全ての罪を裁いていた。彼の名は「アストライオス」。かつて、銀河連邦最高評議会の議長を務めていたが、あまりにも多くの悲劇と、裁ききれない悪を目にするうちに、彼は、ある歪んだ正義に目覚めた。

 

すなわち、罪の「可能性」を持つ、全ての知的生命体を、その罪が犯される前に断罪し、宇宙から消去すること。それこそが、完全なる正義の実現である、と。

 

「……来たか、最後の被告人たちよ。君たちの存在そのものが、この宇宙における最大の『罪』だ。これより、最終弁論を棄却し、判決を言い渡す」

 

アストライオスの声は、冷たく、機械的で、一切の情状酌量の余地を感じさせなかった。彼の背後では、彼によって「有罪」とされた文明の数々が、光の塵となって消えていく。

 

その、あまりにも絶望的な光景を前に、場違いに明るい声が響いた。

 

「うわ、見てユキ! あいつ、めっちゃ偉そうなこと言ってるけど、よく見たら、服のタグが出っぱなしだよ!」

 

「本当だハル! しかも、値札も付いたままだよ。さては、万引きしてきたな!」

 

オレンジ色の髪を揺らすハルと、青い髪のユキが、宇宙の存亡がかかったこの状況で、ラスボスの身だしなみについて、重大な嫌疑をかけている。彼女たちは、銀河の平和を守る、お騒がせトラブルシューター集団「スターライト・シスターズ」のメンバーだった。

 

そして、そんな二人の前に立つ、黒髪の少女、ミサキ。彼女だけが、アストライオスの放つ、魂すら凍てつかせる法の圧力を、ものともせず、静かに、しかし鋭く、その視線を向けていた。その手には、あらゆる理不尽を断ち切るとされる伝説の次元刀「ヴォイド・スライサー」が握られている。

 

「アストライオス。あなたの、歪んだ正義は、ここで終わりです」

 

ミサキの静かな宣告が、最後の裁判の始まりを告げた。

 

「歪んでいる、だと?」アストライオスは、心外だというように首を振る。「私は、ただ、法と秩序に従っているだけだ。未来に起こりうる、全ての悲劇の芽を、事前に摘み取っているに過ぎない。これこそが、究極の『予防』であり、完全なる『正義』だ」

 

彼が、軽く手をかざす。

 

すると、三人の脳裏に、直接、彼女たちが、未来で犯すであろう「罪」の光景が、奔流となって流れ込んできた。

 

ミサキが、守るべき人々を見捨て、絶望する未来。 ユキが、その力に溺れ、世界を混沌に陥れる未来。 ハルが、その無邪気さゆえに、取り返しのつかない悲劇を引き起こす未来。

 

それは、彼女たちの心の最も弱い部分を突き、罪悪感と絶望によって、精神を内側から破壊する、強力な精神攻撃だった。

 

「う……あ……」

 

ミサキの瞳が、苦痛に揺らぐ。彼女は、自らの正義に、絶対の自信を持っていた。だが、その正義が、未来で揺らぐ可能性を、まざまざと見せつけられ、その心に、深い亀裂が入る。

 

だが、ハルとユキは、平然としていた。

 

「うーん、なるほどね!」ハルが、腕を組んで頷いている。「要するに、あたしが未来でやらかすってことか! 期待されてるなー、あたし!」

 

「ハル、ポジティブすぎるよ」ユキが、呆れたようにツッコミを入れる。「でも、まあ、確かに。未来の私、めっちゃ悪のカリスマって感じで、ちょっとカッコよくない?」

 

二人は、自らが引き起こすはずの悲劇の未来を、まるで、自分が出演する映画の予告編でも見るかのように、楽しげに鑑賞していた。精神攻撃が、全く効いていない。

 

アストライオスの思念に、初めて、僅かな困惑が混じった。

 

(……なぜだ……。自らの罪の可能性を前にして、なぜ、絶望しない……? この者たちは、一体……)

 

その、ほんの一瞬の動揺。

 

ミサキは、その隙を逃さなかった。彼女は、自らの精神を、強靭な意志力で立て直し、アストライオスを睨みつけた。

 

「……あなたの言う『未来』は、無数にある可能性の一つに過ぎない。私たちは、その未来を、変えるためにここにいる!」

 

ミサキが、床を蹴った。

 

アストライオスは、即座に、法の権化であるガーディアンたちを召喚し、ミサキを阻む。ガーディアンたちは、あらゆる物理攻撃を無効化する、法理の鎧を纏っていた。

 

「無駄だ。私の守護者は、この宇宙の『法』そのもの。君たちの、個人的な暴力が、届くはずもない」

 

だが、そのガーディアンたちの前に、ハルとユキが立ちはだかった。

 

「暴力じゃないよ! これは、愛のムチだ!」

 

ハルが叫び、その手に、巨大なハリセンを出現させた。彼女の能力、「絶対確率発現」によって、「どんな相手にも、絶対にツッコミが届く」という確率が、100%に固定された、概念武装だった。

 

「食らえ! なんでやねんスラッシュ!」

 

ハルが振り抜いたハリセンが、ガーディアンの一体を、小気味良い音と共に、遥か彼方へと吹き飛ばした。法理の鎧は、そのあまりにも非論理的な「ツッコミ」という概念の前には、全くの無力だった。

 

「ハル、ナイス! でも、数が多すぎる! 定義改竄! あのガーディアンたちは、『法の守護者』ではなく、『コンプライアンス研修で、眠気を誘うビデオを延々と見せられている、中間管理職』である!」

 

ユキの「無矛盾改竄」が、ガーディアンたちに、恐るべき呪いをかけた。

 

その瞬間、ガーディアンたちの動きが、目に見えて鈍くなった。その顔には、深い疲労と、虚無の色が浮かんでいる。彼らは、戦う気力そのものを、根こそぎ奪われてしまったのだ。

 

「……私の、完璧な法理が……こんな、ふざけた概念ごときで……」

 

アストライオスが、自らの正義が崩れていくことに、狼狽している。

 

その隙を、ミサキは見逃さなかった。

 

彼女は、もはや置物と化したガーディアンたちの間をすり抜け、一直線にアストライオスへと肉薄する。

 

そして、彼の目の前で、ピタリと止まった。

 

「アストライオス」

 

ミサキの声は、氷のように冷たい。

 

「あなたは、ずっと、一人で喋っている。なぜ、私たちの声を聞こうとしないのですか?」

 

「……何?」

 

「お前が、私たちの話を、聞かないからだろ!」

 

ミサキの口から、普段の彼女からは、到底考えられないような、乱暴な言葉が飛び出した。

 

「なっ……!?」

 

アストライオスは、その、あまりにも法廷に相応しくない言葉遣いに、思考がフリーズした。

 

ミサキは、そんな彼に、さらに言葉を続ける。

 

「あなたは、私たちを『被告人』と呼んだ。だが、あなたは、私たちの弁論を、一度でも聞きましたか? あなたは、ただ、一方的に、自分の正義を押し付けているだけだ。それは、裁判官じゃない。ただの、独裁者だ」

 

ミサキの言葉が、アストライオスの、最も触れられたくない核心を、的確に抉る。

 

彼は、かつて、信じていたのだ。法とは、対話であり、相互理解の末に、至るべきものである、と。だが、彼は、いつしか、その対話を、諦めてしまったのだ。

 

「……黙れ……」

 

アストライオスは、ミサキの言葉を振り払うように、最後の神威を発動させようとした。

 

それは、この天秤の間に存在する、全ての生命体の「罪の重さ」を計測し、その重さに耐えきれない者を、存在ごと消滅させる、絶対の審判。

 

だが、ミサキは、静かに、しかし、力強く、彼に問いかけた。

 

「アストライオス。あなたに、一つ、聞きたいことがある」

 

「……何だ」

 

「死刑がなくていい、人材を失うな、と仰る方々は、その代わりとなる、完璧な更生プログラムを、提示できるのでしょうか?」

 

それは、かつて、彼が、銀河連邦の議長だった頃、何度も、何度も、議会で議論し、そして、ついに答えを出すことができなかった、永遠の問いだった。

 

完璧な更生など、ありえない。ならば、罪を犯す可能性のある者を、事前に排除するしかない。それが、彼がたどり着いた、絶望的な結論だった。

 

「……答えられるはずが、ない……」

 

アストライオスが、力なく呟く。

 

「いいえ」

 

ミサキは、静かに首を振った。

 

「答えは、あります。それは、『完璧な更生など、目指さない』ことです」

 

ミサキは、アストライオスの目を、真っ直ぐに見つめた。

 

「人は、過ちを犯す。罪を犯す。それは、変えられない事実です。ですが、私たちは、その度に、悩み、苦しみ、そして、もう一度、立ち上がることができる。その、不格好で、非効率で、矛盾だらけのプロセスそのものに、価値があるのだと、私は信じます」

 

ミサキは、背後で、未だにコンプライアンス研修の幻覚に苦しむガーディアンたちを、優しく見守るハルとユキを見た。

 

「あなたは、私たちに問いかけた。未来で罪を犯す自分を、どう思うか、と。でも、その問いは、間違っている」

 

ミサキは、アストライオスに向き直る。

 

「あなたは、落ち込みたかったのですか? 何もしたくなかったのですか? 違うはずだ。あなたは、ただ、どうすればいいか、分からなくなっただけ。だから、思考を停止し、一番簡単な『全てを消す』という答えに、逃げ込んだ」

 

ミサキの言葉が、アストライオスの、最後の心の壁を、打ち砕いた。

 

そうだ。彼は、ただ、疲れてしまったのだ。

 

正義と悪、罪と罰、その、永遠に答えの出ない問いに、向き合い続けることに。

 

「……ならば……どうすれば、よかったのだ……」

 

アストライオスの声は、もう、神の威厳を失い、ただの、助けを求める子供のように、か細く、震えていた。

 

ミサキは、ヴォイド・スライサーを、静かに鞘に納めた。

 

そして、アストライオスに、手を差し伸べた。

 

「もう一度、始めましょう。アストライオス。今度は、あなた一人じゃなく、私たち、みんなで。この、どうしようもなく、面倒で、厄介で、そして、愛おしい宇宙の、新しい『法』を、一緒に、考えていきましょう」

 

その手は、あまりにも、温かかった。

 

アストライオスは、その手を、ただ、呆然と見つめていた。

 

こうして、宇宙の全ての罪を、一人で裁こうとした、孤独な裁判官の、長すぎた裁判は、幕を閉じた。

 

後に残されたのは、全ての力を失い、これからどうすればいいのか分からず、途方に暮れる元・議長と。

 

その横で、「とりあえず、この中間管理職の人たち、どうしようか?」「飲み会にでも誘って、愚痴を聞いてあげようよ!」と、真剣に話し合う、二人の少女の姿だったという。

 

ミサキは、そんな光景を、静かに見つめていた。

 

世界の危機は去った。だが、彼女たちの、騒がしくて、ハチャメチャで、そして、どうしようもなく愛おしい日常は、これからも、まだまだ、続いていくのだろう。

 

ミサキは、空を見上げた。

 

そこには、無数の星々が、それぞれの軌道で、それぞれの輝きを放っていた。

 

完璧な秩序など、どこにもない。

 

でも、それでいい。

 

その、不揃いな光の、一つ一つが、きっと、この宇宙の、本当の「正義」なのだから。

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