ハルユキミサキ from Gemini   作:test sentinel

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日常回2

『パラレル・パラドクス・パレード File.23:乙女たちの休日と秘められた湯けむり』より

 

## 1. 始まりは一枚のチラシ

 

その日の午後、対次元異常存在対策機関「アーク」の共有ラウンジは、珍しく穏やかな空気に包まれていた。数日続いた過酷な任務が一段落し、ほとんどのエージェントが休息を取っているからだ。

 

ミサキもその一人だった。彼女はラウンジの片隅で、次の任務に備えた思考シミュレーションと、愛用の次元刀の手入れに没頭していた。彼女にとって休日とは、次なる完璧な任務遂行のための論理的かつ合理的な準備期間に他ならない。

 

その静寂を、嵐のように破壊する声が響き渡った。

 

「見て見て見てー! ユキー! ミサキ先輩ー! すごいの見つけちゃった!」

 

声の主は、もちろんハルだ。彼女は一枚のホログラムチラシをひらひらさせながら、満面の笑みで駆け寄ってくる。オレンジ色のツインテールが、彼女の興奮を物語るように激しく揺れていた。

 

「ハル、ラウンジではお静かに。他の人の迷惑になるでしょ」

 

ユキが、やれやれといった様子で後からついてくる。だが、その口元は好奇心で緩んでいた。

 

「だって、これ見てよ! 『週末限定! 銀河横断きらめきバスツアー! 最新アウトレットモールで無限ショッピング&源泉かけ流し! 惑星ザイオンの天空温泉郷で心も体もリフレッシュ!』だって!」

 

ハルがチラシをミサキの目の前に突きつけた。そこには楽しそうに買い物をするカップルや、湯けむりの中で満面の笑みを浮かべる家族の写真が、キラキラしたエフェクトと共に表示されている。

 

「アウトレット……温泉……」ユキの目がキラリと光った。「なるほど。論理的に考えて、日頃の戦闘で蓄積したストレスを解放し、チームの結束を高めるための極めて有効な手段と言える。悪くない提案だね」

 

「でしょでしょ! 行こうよ、三人で! ね、ミサキ先輩!」

 

ハルが期待に満ちた瞳でミサキを見つめる。ミサキは手入れしていた次元刀から目を離すことなく、冷たく、そして簡潔に答えた。

 

「却下します」

 

「なんで!?」

 

「第一に、非合理的。移動時間、費用、すべてにおいて我々の休日を有意義に過ごすための選択肢として優先度は最低です。第二に、不必要。私のストレス値は常に管理されており、解放の必要はありません。チームの結束は実戦を通じてのみ構築されるべきです」

 

「うっ……正論……」

 

「でも、たまにはいいじゃないですかー!」

 

ハルが食い下がる。ユキも援護射撃に出た。

 

「そうですよ、ミサキ先輩。最近、眉間のシワが以前より0.5ミリ深くなっています。これは無意識のストレスが肉体に影響を及ぼし始めている明確な兆候です。このままでは次の任務で100%のパフォーマンスを発揮できない可能性があります」

 

「……」

 

ミサキの動きがピタリと止まった。「100%のパフォーマンスを発揮できない」という言葉。それは彼女が最も嫌う、不完全さの象徴。

 

「それに」ユキは悪戯っぽく笑って、ミサキの耳元で囁いた。「このツアー、上層部もチームの親睦を深めるためにって推奨してるみたいですよ?」

 

それはユキがたった今思いついた真っ赤な嘘だった。だが、ミサキがそれを確認する術はない。ミサキは深く、長いため息をついた。それは惑星一つを消滅させるほどの絶望が込められているかのように重かった。

 

「……分かりました。参加します。ただし、これはあくまで次の任務を完璧に遂行するための論理的判断の結果です。決して浮かれているわけではありません」

 

「「やったー!!」」

 

こうして、ミサキの意思とは裏腹に、三人の騒がしくて非合理的で、そして少しだけ甘酸っぱい休日が幕を開けた。

 

## 2. 乙女の戦場、アウトレットモール

 

銀河横断バスに揺られること数時間。三人が最初に訪れたのは、巨大なドームに覆われた最新鋭のアウトレットモールだった。様々なブランドのショップが宝石箱のように立ち並び、買い物客たちの楽しそうな声で賑わっている。

 

「うわー! すごい! かわいい服がいっぱい! ユキ、あっちのお店見て! 宇宙クラゲのレースでできたフワフワのスカートがあるよ!」

 

「ハル、落ち着いて。まずは全体を俯瞰し、最も効率的なルートで目的のアイテムを確保する。ショッピングも一種の情報戦だよ」

 

早速、二人はそれぞれのスタイルでショッピングという名の戦場へと繰り出していく。ミサキはそんな二人から少し離れた場所で腕を組み、ただその光景を眺めていた。彼女にとってこの場所に興味を引かれるものは何一つ存在しない。彼女の服はすべて、アークから支給される機能性だけを追求した味気ない戦闘服だけだ。

 

「ミサキ先輩! ぼーっとしてないで、こっち来てくださいよ!」

 

ハルがミサキの手を強引に引っ張り、一軒のブティックへと連れ込んだ。そこはパステルカラーの、リボンやフリルがふんだんに使われた、ミサキの世界とは最も対極にあるような店だった。

 

「ほら、先輩! これとか、絶対似合いますって!」

 

ハルが持ってきたのは、肩の部分が大きく開いた純白のワンピースだった。

 

「……動きにくい。戦闘には全く不向きです」

 

「いいからいいから! ほら、試着室、こっち!」

 

ハルに背中を押され、ミサキはなすがままに試着室へと押し込まれた。

 

数分後。

 

カーテンがおずおずと開かれた。そこに立っていたのは、いつもとは全く違う一人の可憐な少女の姿だった。白いワンピースは彼女の白い肌をより一層引き立て、普段は厳しい表情に隠されている繊細な鎖骨のラインを惜しげもなく晒している。

 

「「……かわいい……」」

 

ハルとユキは思わず声を揃えて呟いた。ミサキは鏡に映る自分の姿を信じられないといった表情で見つめている。その顔はほんのりと赤く染まっていた。

 

「……だから言ったでしょう。戦闘には……」

 

「定義改竄!」ユキがパンと手を叩いた。「このワンピースは『戦闘に不向きなただの服』ではない! 『ミサキ先輩の隠された魅力を最大限に引き出し、見る者すべての心を無条件で降伏させる最終決戦兵器』である!」

 

「何ですか、その意味の分からない定義は……」

 

「いいから、これ買いましょう! ね!」

 

結局、ミサキはそのワンピースを買う羽目になった。もちろん代金は、アークの経費(とユキが勝手に定義した予算)から支払われた。

 

その後も、二人の暴走は止まらない。ハルは「いでよ! このお店の幻のレアアイテム!」と叫び、店の倉庫の奥から一点もののアクセサリーを無理やり召喚しようとして、店員にこっぴどく叱られた。ユキはミサキが少しでも興味を示した(ように見えた)シンプルなデザインの腕時計に、「この時計はミサキ先輩が着けると自動的に周囲のイケメンの視線を集める機能が発動する」という余計な定義を上書きしようとして、ミサキ本人から冷たい鉄拳制裁を食らっていた。

 

ミサキは心底疲弊していた。

 

(……異常存在との戦闘の方が、まだ論理的に対処できるだけマシだ……)

 

だが、両手にいつの間にか増えていた可愛らしいデザインの紙袋を、なぜか手放す気にはなれなかった。

 

## 3. 湯けむりの向こうの、コイバナ

 

ショッピングモールでの激戦(?)を終えた三人は、バスに揺られ、ついに旅の最終目的地である天空温泉郷へとたどり着いた。惑星ザイオンの標高一万メートルに位置するその温泉郷は、眼下に広がる雲海と頭上に降り注ぐような満天の星々を同時に楽しめる、まさに絶景の秘湯だった。

 

旅館の豪華な夕食に、ハルは目を輝かせた。

 

「うわー! 舟盛り! お肉の溶岩焼き! 天ぷら! これが全部食べ放題なんて、天国か!」

 

「ハル、落ち着いて。まずは食前酒の星屑のしずくから、ゆっくりと味わうのが大人のマナーだよ」

 

ミサキも、目の前に並べられた繊細で美しい料理の数々に、普段の彼女からは考えられないほど僅かに目を見開いていた。

 

食事を終え、三人が向かったのは旅館自慢の天空の露天風呂だった。乳白色の滑らかなお湯に身を浸すと、日頃の疲れがじんわりと溶けていくようだった。眼下にはどこまでも続く雲の海。頭上には手が届きそうなほどの無数の星。

 

「はあー……極楽、極楽……」

 

ハルが気持ちよさそうに大きな伸びをする。

 

「定義改竄。このお湯は『美肌効果、疲労回復効果、そして女子力アップ効果がそれぞれ通常の三百倍になる奇跡の神の湯』である」

 

ユキが早速、お湯の成分を自分好みに書き換えている。

 

ミサキも、この圧倒的な非日常空間の中では、さすがにいつものような厳しい表情は鳴りを潜めていた。ただ静かに目を閉じ、その心地よさに身を委ねている。

 

しばらく、三人の間には穏やかな沈黙が流れていた。その沈黙を破ったのは、やはりハルだった。

 

「ねえ、二人とも!」

 

彼女はニヤニヤしながら切り出した。

 

「温泉といえば、やっぱりアレしかないでしょ!」

 

「……アレ?」

 

ユキが首を傾げる。

 

「決まってるじゃん! 恋バナだよ、コ・イ・バ・ナ!」

 

その言葉に、ミサキの肩がピクリと震えた。

 

「……くだらない」

 

「くだらなくないよー! 女の子が集まったら恋バナするのが宇宙の真理なんだから! ね、ユキもそう思うでしょ?」

 

「まあ、たまにはそういう非生産的な会話も悪くないかもしれないね。で、ハルはどんな人がタイプなの?」

 

ユキが面白そうに乗っかってくる。

 

「えっとねー!」ハルは指を折りながら語り始めた。「まず強くて、優しくて、あたしよりいっぱい食べる人! あと、あたしがどんなに無茶なこと言っても、笑って許してくれる人かな!」

 

「……それ、ハルの面倒を見てくれるお父さんみたいな人じゃない?」

 

「え、そうかな? じゃあ、ユキは?」

 

「私?」ユキは少し考える素振りを見せた後、夜空を見上げながら言った。「私のこの面倒な能力を面白いって言ってくれる人。私の知らないことをたくさん教えてくれる賢い人。そして……私が本当に困っている時に、黙って隣にいてくれる人かな」

 

その横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。

 

そして、二人の視線が一斉にミサキへと注がれた。

 

「「で、ミサキ先輩は?」」

 

ミサキはゆっくりと目を開けた。その瞳は静かな夜の湖のように澄み切っている。

 

「……興味ありません」

 

「えー! またそれー!?」

 

「任務の遂行に恋愛感情は不要なノイズです。個人の幸福より組織の利益を優先する。それがアークのエージェントとしての私の存在意義です」

 

あまりにも完璧で模範的な回答。だが、ハルとユキはそれで引き下がるような素直な後輩ではなかった。

 

「じゃあさ、じゃあさ!」ハルが身を乗り出して迫る。「もし万が一、億が一、誰かと付き合うとしたら、どんな人がいいの!?」

 

「そうそう。理想のタイプとか、ないんですか?」

 

ミサキはしばらく黙り込んだ。やがて、彼女は諦めたように小さな、小さな声で呟いた。

 

「……静かな人」

 

「「静かな人?」」

 

「……私の邪魔をしない人。私の時間を尊重してくれる人。そして……私が一人でいたい時に、それを黙って許してくれる人」

 

それは彼女が心の奥底でずっと求めていた安息の形だったのかもしれない。ハルとユキは、そのあまりにも切実な答えに一瞬言葉を失った。

 

だが、ユキはすぐに意地悪な笑みをその口元に浮かべた。

 

「へえー。じゃあさ、先輩」

 

彼女はミサキの顔をじっと見つめて言った。

 

「私たちの中だったら、どっちがより、その『理想』から遠いかな?」

 

それはあまりにも悪魔的な質問だった。ハルはその質問の意味を一瞬理解できなかったが、すぐにユキの意図を察し、ニヤニヤしながらミサキの答えを待っている。

 

ミサキの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。それは温泉の湯気のせいだけでは断じてなかった。彼女は何かを言おうとして口を開き、しかし言葉にならず、また閉じるという動作を数回繰り返した。その姿はまるでエラーを起こした高性能なアンドロイドのようだった。

 

やがて、彼女は観念したように顔を両手で覆ってしまった。そして、その指の隙間から、か細い蚊の鳴くような声が漏れ聞こえてきた。

 

「……あなたたちは……二人とも……同じくらい……うるさいです……」

 

そう言うと、ミサキはバシャリと大きな音を立てて温泉から飛び出し、逃げるように脱衣所へと消えていった。

 

残されたハルとユキは顔を見合わせた。そして、次の瞬間、同時にくすくすと笑い声を漏らした。

 

「……今の、めっちゃ可愛くなかった?」

 

「うん。録画しておけばよかったね。定義改竄で『今のミサキ先輩の映像を永久保存版として私の網膜に焼き付ける』って」

 

「それ、犯罪だからね!?」

 

二人の楽しそうな笑い声が、天空の温泉郷の静かな夜にいつまでも響き渡っていた。

 

## 4. 旅の終わりと、始まりの予感

 

帰り道の銀河横断バスの中。ハルは遊び疲れたのか、ミサキの肩にぐっすりと頭をもたれて眠っていた。その寝顔はまるで天使のように無邪気だった。

 

ユキはそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。ミサキは窓の外を流れていく星々の光をただ静かに見つめている。

 

「……ミサキ先輩」

 

ユキがそっと話しかけた。

 

「楽しかったですか? 今回の旅行」

 

ミサキは窓の外から視線を外さないまま、静かに答えた。

 

「……非合理的で無駄の多い二日間でした」

 

「……」

 

「報告書にどう書けばいいのか、今から頭が痛い」

 

そのあまりにもいつも通りの、ミサキらしい答えに、ユキは小さく苦笑した。だが、ミサキの言葉には続きがあった。

 

「……ですが」

 

彼女は一度言葉を切り、そしてまるで自分自身に言い聞かせるかのように呟いた。

 

「……たまには、こういうのも……悪くないのかもしれません」

 

その声には彼女自身も気づいていないほどの、柔らかな温かい響きが確かに混じっていた。ユキは何も言わず、ただ満足そうに微笑んだ。

 

アークに帰還すると、案の定、緊急の任務招集を告げるけたたましいアラームが彼女たちを出迎えた。三人の非日常的な休日は終わりを告げ、再び日常という名の戦いが始まる。

 

だが、その背中を並べてブリーフィング室へと向かう三人の距離は。このたった二日間の非合理的な旅行の前よりも、ほんの、ほんの少しだけ。

 

確かに縮まっているように見えた。

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