デジモンのいる異世界へ行く方法   作:級長

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 君は匿名掲示板を知ってるカイ?
 SNSが無かった時代は、アカウントを作らずにスクリーンネームも無く書き込む掲示板というものが主流だったんだ。
 そこでは他愛もない雑談が繰り広げられていたり、そこで語れる怪談や都市伝説もあったんだ。

 中には掲示板の話題…スレッドそのものが都市伝説になることもあるね。伝説の鮫島事件について語るスレ、きさらぎ駅という異界駅に迷い込んだ人の実況スレは今でも語り草だよ。
 果たしてこれらは本当にあったことなのか…でも都市伝説やオカルトなんて、嘘を嘘として楽しみ、本当だったら凄いよねとロマンに浸るもの。肩の力を抜いて真贋に拘らず楽しもう。


一軒家譲リマス

 ツバサが目を覚ますと、そこは『見知らぬ天井』というものであった。というかここ数日、見知った天井の方が珍しいのだが。実はツバサは現在、瑞希の伝手で入院することになった。最初はワケありそうでぐいぐい行くと避けられると考えた瑞希は、困った時に助けを求める場所だけ教えることにしたそうだ。確かにツバサは家出中なので、大人に適切な対処をされると連れ戻される恐れがあるので可能な限り彼女を避けただろう。

 しかしあの騒動を経て、負傷の恐れという口実、お互いの信頼ができたので瑞希はツバサを病院に連れていった。そうしたら医師が一目でよくない状態だと判断して入院することになった。いろいろ検査をして、今日結果がわかるそうだ。

 気づけば、二か月ほど病院にいた。もう冬が終わってしまう。ツバサは自分の体調よりも医療費の方が気になっている。

「朝か……」

 腕に装着されたデジヴァイスで時刻を確認する。小さな液晶があり、時計機能もあるのに充電する必要がない不思議な端末であった。

「……ブルコモン」

「今のオレ、ユキミボタモン」

 ブルコモンはヒヤリモンより小さい状態になって枕元にいた。ぬいぐるみのフリをすることでブルコモンはずっとツバサの傍にいる。個室とはいえ誰も入ってこないわけではない。食事やらの世話で入ってくる看護師にデジモンの存在が露見すると厄介だ。

デジモンには成長段階があり、ブルコモンの状態は戦える中で一番小さい『成長期』と呼ばれる姿。先日進化したペイルドラモンはそこから一つ進んだ『成熟期』と呼ばれる状態。最初に出会ったヒヤリモン、そして今のユキミボタモンは『幼年期』という戦うことができない赤ちゃんの状態だそうだ。

 デジモンには完全に成長し切った『完全体』。そしてそれを上回る進化もあるのだとか。

「やっほ」

「あ……瑞希さん」

 今日は朝から瑞希が来ていた。彼女の仕事は雑誌の記者というのもあって、取材さえ終えていればどこでも仕事ができるとのこと。そうした事情からツバサの入院には長らく付き添っている。

「……」

「どうしたツバサ」

 ユキミボタモンに語り掛けられるが、ツバサは答えない。今、彼がいるのは個室なのだが、ツバサは個室がお金かかることをほんのりと知っており、その心配をしていたのだ。

「お金は気にしないで。私、昔ここを取材しててね。その伝手でいろいろ融通が利くのよ」

 瑞希は彼の考えを予想して答えた。

「え、あ……はい。ありがとう……ございます」

「病院に伝手があるって、なんか記者っぽくてかっこいいでしょ」

 彼女は親指で自分を差し、ウィンクをしてそれっぽいポーズをとる。しかしウィンクは上手くいかず、両方の目を閉じてしまっている。

「あ、ウィンクできない! 右目ならできるわ……」

 瑞希が語るに、昔この病院であった幽霊騒ぎを取材していたとのこと。幽霊を発見して消臭スプレーで撃退したと思ったら、クビになったが鍵を返却していない看護師だったことが判明したそうだ。

「そ、そんなことが……」

「あわや患者さんのピンチだったのもあってね。今回はご厚意に甘えさせてもらっちゃった」

 仕事柄、瑞希はこの様にあちこちに顔が効くらしい。彼女のオカルト論から、現実に迫った問題はしっかり解決してくれるので信用も厚い。

「やぁ、おはよう」

 瑞希と話をしていると、初老の男性医師が部屋へ入ってくる。優しそうな顔をしているが、知らない大人ということもあってツバサは無意識に緊張した。ユキミボタモンはツバサの膝の上へ移動する。

「検査の結果が出たけど、正直なことを言うと、なんで生きていたのか不思議なくらいの状態だったよ。ほれ、この数値が平均してこの程度なんだけど、君はこうなってて……」

 医師はツバサを子供と侮ることなく、丁寧に説明してくれる。血液検査の結果からして極端に影響が足りていない状態だったらしい。

「バーガモンが食べさせてくれたのに……」

「君の場合は良くない状態が長く続いててね」

 ツバサはバーガモン達にご飯を食べさせてもらい、それですっかり元気になったと思っていた。しかし悪い時期の方が長いと、一食程度でまるっと改善するものではない。

「あとは顔の左の傷、視力に影響がある。視神経の損傷だから眼鏡での矯正は無理だ」

 ツバサの傷は、左目の視力にも悪影響が出ていた。見えはするが、凄まじく視力が落ちていることがカルテから読み取れる。

「右目を近づけるために姿勢が悪くなるから、気を付けてね。あとこれも……」

「あ、見つかったんだ」

「なんですか、それ?」

 医師はツバサにあるカードを見せる。瑞希は心当たりがあったようだが、文字ばかりのカードではツバサも分からない。

「知り合いの探偵に頼んでね、ツバサくんの保険証とか探してもらったの。ほんと、ひどくてびっくりしちゃう。死亡届出てたんだって!」

 瑞希は探偵とも伝手があり、ツバサの生活に必要なあれこれも回収していたようだ。どうもツバサの両親は彼を死んだことにして、生命保険とかを受け取っていたので警察にしょっぴかれたらしい。

「というわけで、ツバサくんがよかったら、私と一緒に住まない?」

「え、あ……え?」

 話が急に進み過ぎて、ツバサも理解が追いついていなかった。ひょっとすると、異世界というのは比喩ではなくここが本当に異世界なのではないかとさえ思えてくる都合の良さだ。

「しかし死亡届か……これは医者が死亡診断書を書かないといけないんだが、不正に加担する医者がいたということか。けしからんな」

 医師は一通り、不正を働いた人物への不満を漏らすとツバサに問いかける。

「ところで、何か聞きたいことや気になっていることはないかね? 病気の発見には患者の申告も非常に重要なのだ」

「え、えっと……」

 いざ、そう言われても困る、というのがツバサの正直なところだった。なにせ不調や痛みを訴えても無視されたり怒鳴られたりして生きてきたため、萎縮してしまうようになった。

「そうそう、こんな話を知ってる?」

 そこに被せてきたのは瑞希であった。自分の専門なのか、妙にうきうきである。

「ローゼンハン実験というのがあってね。これは心理学者のデイビット・ローゼンハンの行ったものなの。精神科医が治療を必要とする人物かどうかを見分けるのは困難である、という説に基づく実験で、ローゼンハンはある病院に症状を訴えるように演技指導したニセ患者を送り込んだの。その病院からしたらいい迷惑よね。そうしたら偽患者が全員、入院する羽目になったって話」

 ここまで物凄い早口で喋った後、瑞希はいつもの速度で話を続ける。

「これは精神分野での話だったけど、適切な治療を受けるには患者も遠慮なく気になるところをお医者さんに伝えないといけないってことなのよ」

「え、えと……その、では、いいです……か?」

 ツバサは勢いに飲まれて、自分の気になっていることを正直に話すことにした。さすがに時間が掛かるが、一つひとつ話していく。

「あ、あの……ボクその……昔から怒りっぽくて……何かあると、すぐイライラしちゃって……」

「そうなの!?」

 ユキミボタモンは思わず驚いてしまった。彼からすれば、そんなところを見たことがなかったのだ。医師も瑞希も黙り込むので、ツバサはますます不安になる。

「え、もしかして……なにか……」

「それお腹減ってただけでは?」

 しかし医師が出した答えは、まさかのものであった。空腹、それがツバサの怒りっぽさの原因だったのだ。

「そっか、だからオレが知らないんだその話」

 ユキミボタモン……ブルコモンと行動してからは空腹に悩まされることもなかった。だから彼も知らない側面であった。

「え……」

 気づけばツバサは、目から大粒の涙を流していた。それを見た医師は慌てて言葉を尽くす。

「あ、ほらほら、大丈夫だって! そのくらいのことでも聞いてよ!」

「う、ぅう……本当に……嫌だった……」

 ツバサはユキミボタモンを潰れるくらい抱きしめる。気持ちを察した彼は変形するくらい潰されても黙っている。

「そう、嫌だったのね……」

 瑞希はツバサの頭を撫でる。自分で自分の嫌いなところがある、その気持ちは痛いくらい理解していた。

 

   @

 

 ツバサは瑞希と生活することになるかはさておき、まずは彼女の家で生活に慣れようという話になった。瑞希の家へ三人は向かった。

「ごめんね、ユキミボタモン」

「気にすんな。困った時はお互い様だ」

 ツバサはユキミボタモンが潰れているのに気づき、家に向かう途中も膨らませようともちもち触っていた。

「つーかこれ進化した方が早いな。ユキミボタモン、ワープ進化!」

 ユキミボタモンはブルコモンに進化して自分の脚で歩くことにした。

「実はね、私の今住んでる家、掲示板でもらったの」

「もらった?」

 瑞希の家は特殊な事情があったらしい。家をくれる、というのはなかなか聞かない話だ。

「少しオカルト板で話題になってた家なんだけど、書き込み主が家をもらってくれないかって言ってて。ほら、あそこ」

 場所は少し林が近い、街中から少し外れたエリアだった。そして該当の家は一軒家。これが特に格安での提供ではなく、くれるというのだから破格もいいところだ。

「もらうにも条件があってね。必ずもらってくれること、三日以上家を空けないこと、死ぬまで住んでくれること、ね」

 長期旅行の経験がないツバサからすれば、そこまで難しい内容には思えなかった。それがなぜ、オカルト界隈で話題になったのか彼には分からないでいた。

「あ」

 瑞希は家の前に停まる車を見て、思わず声を上げる。その近くには一組の男女が立っていた。瑞希よりは年上で、男性医師に近いくらいの年齢だ。

「おーい、瑞希ちゃん」

「ここが頂いた家ですって?」

 反射的にツバサは瑞希の後ろに隠れる。

「おじさん、おばさん……来ちゃったの?」

「だって、瑞希ちゃんが一人暮らしするって言うから心配で……」

 おばさんは瑞希に答え、その過程で隠れていたツバサに気づく。

「あら、あなたは?」

「ああ、こいつはツバサ、オレはブルコモン」

 初対面の人にうまく話せないツバサをブルコモンがフォローする。

「おお、大きなトカゲだなぁ」

「デジモンだよ」

 おじさんがブルコモンをのぞき込む。驚いたり怖がったりする様子は一切見られない。

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 好き勝手に動くおじさんとおばさんに頭を抱える瑞希。案の定、ツバサは硬直してしまった。

「ツバサくん、大丈夫よ。この人達は距離が近いけどいい人達だから、距離が近いけど」

「あ、あぁ……、はい」

 瑞希に二回もそう言われるには十分な距離の詰め方であった。

「家をもらうなんてすごいな。事故物件?」

「事故物件ではないけど、前にもらった人は奇妙なものがいたって言ってた」

 おじさんは家を見てその立派さに驚嘆していた。一軒家であるが、庭が広くガレージや倉庫の設置も容易そうに見える。ツバサは自宅がマンションの一室であり、一軒家は夢のマイホームと呼ばれているのを知っているため、とてもすごいことに思えてならなかった。

「事故物件?」

 ブルコモンは事故物件の意味を知らない。デジモンの社会にはない概念なのだろう。

「事故物件ってのは、そこで事件やなんやらで誰か亡くなった家のことよ」

「んじゃ、デジタマがあったのか?」

「……人間はデジタマには戻れないの」

 瑞希は少しの沈黙の後、そう答えた。デジモンが孵化する卵、デジタマ。デジモンは死ぬと再びデジタマとなる、輪廻転生を繰り返す生き物とブルコモンは入院中、ツバサに話していた。

「デジタマに戻ってくれたらなぁ……でも記憶なくなるんじゃ、死ぬのと同じだし……」

 彼女は過去に何かあったのだろうか、デジタマの原理を少し気にしていた。

「そうだなー、デジタマに戻ると思い込んでやらかす奴がいない様に、出会ったデジモンには教えないと。無神経なこと言って、ごめんな」

 ブルコモンもなんとなく瑞希の空気から、何かを察していた。

「ううん、私たち、生物としても文明も違うでしょ? 少しずつ、お互いを理解しましょう。ブルコモンとツバサくんが、デジモンと人間の橋渡しになってくれそうだし」

 瑞希はツバサにべったりなおじさんとおばさんを見て話を変える。

「ところで……ツバサくん固まっちゃったじゃない! 一回離れて」

 ツバサは瞳孔を開いて硬直していた。おじさんとおばさんが離れてしばらくすると、ツバサは意識を取り戻す。

「あ、え……」

「よし、戻った」

 ツバサ本人もなぜこうなるのか分からないところがあった。医師によると無意識に心を守ろうとしてそうなるのではないか、ということらしい。ツバサからしたらそれでどう心が守れるのか分からないところだが、人と接していけば治るという話だけが救いだ。

 パニックを起こさずに制止、というのもツバサの生育環境が原因らしい。エネルギー不足が常態化しているので暴れる余力もないという説だ。環境を変えることで改善できるものがツバサの悩みを大半占めているとのことで、それもあって瑞希との生活を勧められたところもある。

「そうだそうだ。こっち来たついでに瑞希ちゃんに見せたいものがあってね」

「なに?」

 おじさんは車のトランクから何かを取り出した。風呂敷に包まれた箱に見える。

「とりあえず家の中入って」

 ここで長話するのも収拾がつかないので、瑞希は家の中に二人を招き入れることにした。

 

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「夜になると、裏手の林から不思議な何かがやってくるんですって」

「デジモンかぁー?」

 家の中は綺麗に整理されており、水回りもリフォームの痕跡がある。前の住人は掲示板で興味を抱き譲り受けたが、林からくる何かに怯えてギブアップ、瑞希にこの家を明け渡したとのこと。

「ツバサくん、寒くない?」

「……あ、はい、大丈夫……です」

 おばさんがブランケットを持ってきてくれる。ツバサは反射的に断わったが、おばさんは膝にかけておいてくれた。

「……」

 寒くてもそんなことを心配してくれる人など、これまでいなかった。ツバサにとってはこの家族自体が十分に異世界の存在だ。

「詳しい話を元々の持ち主から聞きたいんだけど、前の人が連絡に使っていた電話番号も繋がらなくて。土地と建物の価値が微妙だと家を解体しても、土地が売れなくて赤字になるから適当に押し付けて携帯番号も変えて行方を晦ませたんだと思う。大きな土地や建物は税金がかかって、処分すればそれもなくなるから、普通に処分した方が確実で将来の出費も減ると思うけど」

 瑞希の予想では、売れない土地と建物を処分するために押し付けただけだろうとのこと。しかし、だとしてもタダで譲るというのは妙な話である。今はインターネットの普及した時代。この物件や土地を欲しがる人を見つけることもできるはずだ。特にそういう仲介をやっている企業もあるはず。

「で、これがおじさんの持ってきたもの……」

一方でおじさんが持ってきたのは、手のひらから少しはみ出るくらいの大きさの、鎧のミニチュア。装着者はおらず、六角形の台座に載せられている。

「どこで見つけたの?」

「近くの神社の庭先に埋まってたんだ。焼き芋をやろうという話になった時、燃やしてもいいように少し神社の敷地を掘っていたら見つかったんだ」

 埋まっていた、という割には綺麗である。土は洗い流せばいいのだが、素材が劣化した様子や色が褪せた痕跡もない。

「誰かの……おもちゃだったのかな」

 瑞希はそれを見て、何か思うところがあるかの様に呟く。ツバサは何があるのか分からずに黙っていることしかできない。

「おもちゃならどこかにメーカーの刻印があると思ったんだけど、ないんだ」

 おじさんは台座の裏をツバサや瑞希に見せる。そこには『火』という漢字をベースにしたと思われる紋章があった。

「六角形にデジ文字じゃない文字……どこかで聞いたような……」

 ブルコモンも心当たりがあるのか、思い出そうとしていた。

「しかしこれが十年以上前のものだとしたら、すごい造形じゃないか。翼なんてまるで羽ばたきそうだ」

 そしてさらに奇妙なのは、造形の巧みさ。竜のような頭部は空洞にも関わらず、目の部分に力を感じる。ドラゴンと思える一方で腕に付いた剣は変形して銃口が出現する。歴史的な遺物ではなさそうだ。

「そして、うちの周辺は他に比べて地質に含まれた塩分濃度が以前に戻る速度が速かった!」

「それ、関係あるかな……。だってうちって塩害復興プロジェクトやってるでしょ?」

 おじさんと瑞希はそれで何のことか理解していたが、ツバサには彼らの住む土地で何が起きたのか理解は出来なかった。地質の塩分濃度、の時点で彼の理解は置き去りだった。ただ、不思議なことが起きていることはわかった。

「水神様信仰と関係が?」

「漢字や色からして、炎の龍という感じだ」

 そして瑞希の故郷では水神様という神様を祀っていたらしい。ただ、おじさんの言うとおりこの龍は水というイメージと程遠い。

「ただ、製造は決して古い年代じゃないと思う。紛失したパーツの方に刻印があるのかもしれない」

 結局、この鎧の正体は分からずじまいだった。

「ところでツバサくん、お腹空かないかい?」

「あ、え、あっはい」

 おじさんは話を変えて、ツバサにお菓子を勧めてくる。透明な袋に小分けされた、見たことのない綺麗な色合いのお菓子だ。

「ごはん入らなくなるし、ツバサくんも勧められたら断われないから後でね」

 瑞希がその場をとりなして、夕食の時間となる。

 

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 夕食の時間もいっぱいお食べと言わんばかりに盛ってくるおじさんとおばさんを瑞希が制してバランスをとっている状態だった。ちゃんとご飯を食べて育たなかったツバサは胃が小さく、栄養が必要なのにあまり食べられないという状態にある。

「ごめんねー、ぐいぐい来て大変だったでしょ」

「え、あ……いえ」

 夜に瑞希とツバサは家の縁側で、裏の林から来るという何かを待っていた。この家の最大の謎がそれなのだ。縁側の目の前にある庭は子供が遊ぶには十分な広さで、林ともかなりの距離がある。

噂によれば、何か肉塊のようなものらしい。それの出現を待つ間、瑞希はおじさんの持ってきた鎧のおもちゃをいろいろ調べている。

「本当にボク……異世界に来たのかもしれません」

 ツバサはそんなことを独り言ちる。少し足を延ばせば幸せは、異世界はそこにあったのだ。寒いかどうかを尋ねてくれて、お腹いっぱい食べられる、そんな世界が。

「実はね、私とおじさんとおばさん、血が繋がった親子じゃないの」

「え?」

 その言葉を聞いてか聞かずか、瑞希はふとそんなことを語る。ツバサはてっきり、親族か何かだと思っていたがそれも違う様だ。

「血が繋がってなかったら、どうなるんだ?」

「あー、やっぱデジモンにとって血縁って概念は珍しい?」

 ブルコモンにはこれまた、理解の及ばない世界である。

「人間の家族は大半が、親から生まれた子であったり、その兄弟だったり、そういうのを血の繋がりというの。でも、私とおじさんおばさんは赤の他人だった」

「人間って人間から生まれるんだろ? その繋がり同士でいることが多い……ってことか」

 瑞希は二人との関係をツバサとブルコモンに話した。彼女は十年以上前、大きな災害で家族を失った。あの二人も同じく、子供を失った。そんな三人がなんの因果か引き合い、こうして家族をやっているのだ。

「家もらったのも、実はずっとお世話になりっぱなしなのが後ろめたくて、独り立ちようとしたの。でもあんだけ心配してくれるとは思わなかったな……」

「……」

 ツバサは言葉に出来なかったが、瑞希に嫉妬心を抱いた。それを彼が『嫉妬』と認識することはできないが。

 なぜ、自分の両親は血が繋がっているのに、自分のことを愛してくれなかったのか。おじさんとおばさんはなぜ、血が繋がっていない瑞希をここまで愛しているのか。それが分からなかった。

「ん?」

 ツバサが物思いにふけっていると、唐突に現れた存在に思考を打ち切られる。何かもぞもぞと動く、奇妙な物体が林から現れたのだ。

「あ、あれが前に住んでた人が言ってた……」

「肉塊……? 布のような……」

 ツバサは夜目が効くため、それが肉の塊でないことにすぐ気づいた。布の中に何かが入っている。

「チャックがある……」

「え?」

 ツバサと瑞希がそれに恐る恐る近づくと、正体が寝袋のようなものだと判明する。そのチャックを開けると、中から何かが飛び出す。人間の子供にも見えるが、猿の様に長い尻尾や頭の角など妙な点もいくつかある。

「なんだお前ら、人が気持ちよく眠っているところを……」

 子供は見た目に反して威厳のある喋り方をする。そして彼はブルコモンを一瞥すると状況を把握した様子だった。

「なるほど、デジモンか。俺はフレイモン。お前は?」

「オレはブルコモン、こいつはツバサと瑞希」

 その子供はデジモン……フレイモンというらしい。結局、裏山からやってくる奇妙なものというのはフレイモンが寝袋に入って寝相の悪さで転がってきただけ、ということだったのだろうか。

「お前らもばあちゃんの家を乗っ取りに来たのか?」

「ばあちゃんの……家?」

 しかし、これにて解決とも行かない空気をツバサは感じた。この気配はツバサも知っている。完全に敵意がある時のそれだ。傷のパニックで錯乱していたクワガーモンや、勘違いで襲ってきていたウィッチモンとは異なる気配。デジモンが人間と同じものを出せるとは、ツバサも予想はしていなかった。

「な……っ」

 フレイモンは何かを見て絶句する。彼の視線は縁側に置かれた鎧のおもちゃに向かっていた。

「炎のビーストスピリット! それまで奪ったのか!」

「スピリット?」

 ツバサではこの状況をどうしようもない。剣呑な雰囲気に瑞希が割って入った。しっかり背丈の低い彼に、しゃがんで目線を合わせている。

「落ち着いて、フレイモン。私たちはこの家を、ネット掲示板でいらないかと聞かれて譲ってもらったの」

「俺がデジモンだからと、そんな稚拙な話で騙せると思うな!」

 ただ、正直に話しても状況が意味不明なので信じてもらうのは難しい。

「それに、そのスピリットは俺が海に襲われた土地の為においてきたものだ! そいつが無くなったら、その土地は作物ができなくなる!」

「え、そうなの?」

 瑞希はフレイモンの話を聞いてしばらく考える。そして彼女なりに結論を出した。

「そうか、うちの地域が他より地質中の塩分濃度の減少が多いのは、あれ……炎のビーストスピリットのおかげだったんだ!」

 彼女が巻きこまれた災害は大波も含んでいる。海水には塩が含まれており、土地にそれが残留することで農業にも打撃があった。古代ローマが敵国カルタゴに塩を撒いて農業ができない様にしたのは有名な話だ。

「なるほど……そういうことだったんですね」

 ツバサも災害の話を聞いていたので、何がどうなっているのかを理解できた。瑞希の土地を清浄にするため、フレイモンが置いたのがあの鎧のおもちゃ、スピリットだったのだ。

「おや、お友達かな?」

「デジモンのお友達ねー」

 おじさんとおばさんが縁側にやってくる。下手をすると一触即発の状況なのだが、瑞希についで状況が読めていない。

「ところで、これのこと……」

「そいつに、触るな!」

 おじさんがスピリットを持ち上げようとすると、フレイモンは炎のオーラを放って攻撃してくる。

「ベビーサラマンダー!」

「っ!」

 ツバサの視界が白む。それと同時にブルコモンが輝き、進化を果たす。

「ブルコモン、進化ぁーっ!」

 ブルコモンはペイルドラモンとなって、おじさんの盾になる。進化したのだから攻撃は効かない、そう思われた。

「ペイルドラ……どわっちぃ!」

「ペイルドラモン!」

 ペイルドラモンは氷の竜。炎は苦手なのだ。

「物理的に頭冷やしてやるぜ!」

 ただし攻撃に弱いなら、攻撃を受けなければいい。一撃で決着をつければ問題ないのだ。

「メテオヘイル!」

 その意思はツバサも読み取っている。技名を叫ぶと、ペイルドラモンは上空へ飛んでフレイモンへ突撃する。

「うおおっ!」

 フレイモンを弾き飛ばし、地面に倒す。これで一旦は収まってくれるといいのだが、とツバサはデジヴァイスの画面を見る。以前と違って僅かな時間の進化でも警告は鳴らない。

「ふん、進化までできるか……」

 しかし、特にフレイモンはダメージもなく起き上がる。その手には見慣れない機械が握られている。

「ならば見せてやろう。伝説の十闘士の力を」

「伝説の十闘士だと?」

 ペイルドラモンもその言葉を聞いて反応するくらいには有名なものらしい。一体何が起きるのか、ツバサは警戒してフレイモンを見る。彼は左手にバーコードのような光のリングを出現させると、それを機械でなぞる。

「スピリット……エボリューション!」

 フレイモンの姿は鎧を纏った魔人へと変貌する。背丈は子供のそれから成人男性と比べても大きいものとなる。姿は人に近いが、デジモンであることははっきりわかった。

「アグニモン!」

 アグニモンは腕から小さな炎の弾を数個放ち、攻撃してくる。

「ファイアダーツ!」

「アイスエイジ!」

 ペイルドラモンも氷の息で対抗する。若干圧されはしたが、どうにか攻撃はしのぎ切る。

 アグニモンの猛攻は続く。炎を纏った拳からの連撃をペイルドラモンはかわしていく。。

「今だ!」

 アグニモンがチョップの為に腕を振りかぶった僅かな隙を使い、ペイルドラモンは氷の息を吹きだして押し返そうとする。

「アイスエイジ!」

「ふん、そこらの成熟期ではないということか。デジヴァイスを持つだけはある」

 アグニモンはデジヴァイスのことを把握していた。ペイルドラモンは彼の狙いを既に予想しており、氷の息を庭に吹いている。

「オレは進化したことで、多少は炎に強くなった。だが、さすがに炎を使うデジモンには不利だ。お前の炎で場が温まる前に、冷やしておいてやる」

 戦いにおいて敵へ手の内を明かすことは愚かな行為だ。しかし戦いを避けるため、という前提があれば相手へ不利であることを伝えるのは有効なのだ。

「ならば、それ以上に燃やせばいいだけだ!」

 アグニモンはその状況を聞いてもなお、助走をつけた蹴りを放ってくる。

 しかし攻撃に予備動作があったため、ペイルドラモンも事前に氷の息を溜めていた。輝く頭部の氷がその証。

「アイスエイジ!」

 技の発動はツバサの発声で行う。彼はなんとかアグニモンに劣勢であると伝えないとならない、と意識がそちらに持っていかれていた。

「ふん、その程度か」

 アグニモンは自身の炎で氷を相殺しながら、わかりやすいほどの溜めを作りながら跳び上がり、飛び蹴りを仕掛けてくる。

「アイスエイジ!」

 これも隙と見てツバサは氷の息を指示する。アグニモンは直撃を受けても氷では効果が薄いのか、あまりダメージを受けていない。彼もそれを織り込んで回避ではなく受けることを選んでいる。

「これでどうだ!」

 アグニモンは攻撃の体勢に入る前に叫び、それからスライディングでペイルドラモンへ迫る。

「アイスエイジ!」

 もちろん隙と見たツバサは溜めた氷の息をペイルドラモンに指示する。千日手ではあるが、アグニモンが落ち着けばそれでいい。ここで引くと、おじさんやおばさんが危険だ。

「バーニング……」

 アグニモンは拳から炎を吹きだし、まるで見せつけるかの様に攻撃を放つ。

「サラマンダー!」

「アイスエイジ!」

 それが飛び火しないために、またしても溜めた氷の息を放たせる。どうにか攻撃は相殺され、被害は最小限に収まった。

「ふぅ……ぐっ!?」

 安堵した瞬間、ツバサの意識が遠のいた。そのまま地面に倒れてしまう。頭の中がぐるぐる回って、どちらが上か下かもわからない。

「ツバサくん!」

「ツバサ!」

 瑞希とペイルドラモンは突然の事態に困惑する。デジヴァイスは警告音を発し、赤く画面が光っていた。アグニモンの狙いはこれだったのだ。

「デジヴァイスの詳しい構造は旋風将から聞いていないが、その子供が技名を叫ぶことで技を出せるようだな。この熱した空気と冷えた空気がぶつかる中、叫び続けたらどうなると思う?」

 発声というのは見た目よりもエネルギーを消費する。それを寒暖差の激しい空間で繰り返すというのは相当な負担になるのだ。叫ぶためには息を吸う必要がある。熱を帯びた空気と、冷えた空気を交互に吸うことで、寒暖差を身体の中へ入れてしまっている。そこにいるだけで消耗するのに、発声の負担と肺に取り込む負担が加わっている。

「俺はお前が技を出すように、わざと隙を作って攻撃していた。お前の立ち方は、傷を庇っているそれだったからな」

 アグニモンはツバサの状態も見抜いていたのだ。古傷を抱えていることを把握した上で、消耗する様に差し向けていた。

「ツバサくん! 大丈夫か?」

「一体どうしたの?」

 おじさんとおばさんは思わず縁側から庭へ飛び出し、ツバサの容態を確認しにきた。ツバサは目の焦点が合わず、脂汗をかいている。元々長い間入院しなければならない体で、今回瑞希の家に来たのも退院ではない。

「ちょうど家から出てくれたか、あの家を傷つけずに葬り去れる」

 アグニモンは炎の竜巻となり、ツバサや瑞希たちに襲い掛かる。

「おい正気か? 人間はデジタマに戻らないんだぞ!」

 ペイルドラモンの言葉もアグニモンには届かない。

「サラマンダーブレイク」

 迫るアグニモン。しかしツバサの意識ははっきりしない。その中でわかったのは、自分を心配してくれる声と、身を挺して庇ってくれているということだけ。

(こんなの……初めて……)

 ツバサはいつも、お腹が減っていて頭がぼんやりしていた。自分ではどうしようもない、ひもじくて、暑くて、寒くて、辛い状態でも誰も手など差し伸べてくれない。

(助けてくれる、なんて……)

 助けを求めても、誰も助けてなどくれなかった。もしかしたら瑞希たちにとって当たり前のことなのかもしれないが、それはツバサにとって異世界とも呼ぶべき体験であった。

「ペイルドラモン……まだ、やれるよね?」

「ツバサ! ……当たり前だ!」

 デジヴァイスの警告音が止み、ペイルドラモンが輝いて新たな姿へ変化する。

「ペイルドラモン……超進化!」

 進化したペイルドラモンは少し小柄になったが、爪の一振りでアグニモンの攻撃を弾いた。

「クリスペイルドラモン!」

 シルエットは人に近づいた。竜人と呼ぶ方がよいだろうか。背中の翼はブースターのようなものに変化している。

「あれ……体……楽だ」

 ペイルドラモンの進化に伴い、ツバサの体調も改善された。これまでの進化はツバサの気合に反応して発生している様に見えたが、ブルコモンが進化することで彼の方にも影響が出ているのだろう。

「完全体だと?」

 アグニモンは構え直し、クリスペイルドラモンに対峙する。完全体はデジモンの到達点。炎ならば有利という、甘い相手ではない。

「だが、俺には勝てん!」

 進化したクリスペイルドラモンはアグニモンの炎の拳を難なく防御する。しかし、相手も決して油断はしてこない。

「もう一度、進化を解かせるだけだ!」

 その直後に炎を纏ったキックを放つ。ツバサは即座に、脳裏によぎった技名を叫ぶ。

「フローズンクロー!」

 キックと爪の攻撃が相殺し合う。アグニモンは後ろに跳んで距離を取っているが、クリスペイルドラモンは一歩も動いておらず、むしろ優勢だ。

「カロスディメンション!」

 距離が開けば家や瑞希たちを巻き込まずに大技を出せる。ツバサの指示でクリスペイルドラモンは吹雪をアグニモンにぶつける。

「この程度が効くと思ったか?」

 しかし、アグニモンは全身の炎を燃やしてゆっくりと近づいてくる。このまま吹雪をぶつけていても埒が明かない。まだ戦い慣れていない完全体への進化がどれほど持つかもわからない。

「メテオヘイル!」

 一気に決着をつけるため、ツバサの声を受けたクリスペイルドラモンが背中のジェットで跳び上がり、流れ星の様にアグニモンへ迫る。

「その技はもう……何?」

 フレイモンの時に技の感覚を掴んでいたはずのアグニモンだが、進化により威力が増幅していたのは計算外だった。ツバサはあえて、下の進化段階の技を使うことで油断を誘ったのだ。戦いにおいて、一瞬の油断が勝敗を分けることはざらにある。

「ぐおおおおッ!」

 メテオヘイルがアグニモンへ激突すると、衝撃波が地上を襲う。突風と身体を揺らす振動。家のガラスが砕けないのが不思議なくらいの振動。まるで地上で打ち上げ花火が開いたかのような、音と光の嵐だった。

「ちょ、これすごいね……あ、眼鏡」

 瑞希も眼鏡が落ちてしまう。それくらいの衝撃だがアグニモンを倒すには至らなかった。

「慢心か、次があれば肝に銘じよう」

 直撃を受けて、弾き飛ばされたアグニモンは空中で後転して威力を殺し、着地してみせる。一方でクリスペイルドラモンもデジヴァイスの警報音と同時にブルコモンへ戻ってしまう。

「戻っちゃった」

「くっ……ここまで、かな……」

 ツバサもふらつき、おじさんとおばさんに支えられる。進化にはやはり、パートナーの体力も関わっているようだ。

アグニモンはまだぴんぴんしており、勝ったとは言い難い状態だ。

「時間か」

 しかしアグニモンにも異変が訪れる。彼の体にノイズが走る。

「アグニモン?」

 ツバサは自分の見間違いかと思い、目をこすって確認する。しかしアグニモンのノイズはひどくなる一方だ。

「ふん、俺の寿命まで持ちこたえたか。褒めてやる、ブルコモンと人間」

 デジモンにも寿命は存在する。アグニモンはそれを迎えてしまったのだ。

「ブルコモン、人間はデジタマに戻らないと言ったな?」

「オレも見たわけじゃねぇけど、そうらしいぜ」

「そうか、じゃあ、ばあちゃんが見当たらないのもそういうことか……」

 アグニモンは一人で納得して消えようとしていた。しかし目の前にいるツバサ達からすれば、そういうわけにはいかない。

「デジヴァイスでなんとかならない?」

「複数のデジモンとシンクロできるらしいが……」

 ツバサとブルコモンはデジヴァイスを操作してなんとかしようとしていたが、そもそも詳しい操作方法が分からない。初めて出会った時はスムーズにシンクロできたが、二体目以降をシンクロしようとすると他に操作がいるのだろうか。

「私も持ってるから……」

瑞希は服のポケットからデジヴァイスを取り出し、腕に巻いて色々とボタンを押していた。

「どうにか……どうにかならない?」

「アグニモン! デジヴァイスに繋がれ! 考えるだけでできるぞ!」

 ブルコモンもアグニモンが助かる様に助言をする。しかし、彼にそのつもりが一切なかったのではどうしようもない。

「人間界に来てから二十六年か。人間は期待するほどのものではなかったな」

 ふと、瑞希の方を見たアグニモンはノイズの増加が止まり、元の状態へ戻った。瑞希のデジヴァイスの画面にはアグニモンの姿が映っている。これはブルコモンと同じで、デジヴァイスとデジモンがシンクロした合図だ。

「お前……まさか……、いや、何でもない」

 アグニモンは何かを言いかけて、取り消しつつフレイモンの姿に戻った。瑞希はそんな彼に鎧のおもちゃ、と思われていた炎のビーストスピリットを返す。

「はい、これはあなたのでしょ?」

「信じるのか?」

 フレイモンは試すように語り掛ける。瑞希にはそう信じるだけの理由が、感情論以外であったのだ。

「これの台座の裏にあったものと同じマークが、アグニモンのベルトとマスクにもあった。だからあなたのものだって、確信が持てる」

「……そうか、変わったやつだな、お前は」

 フレイモンはスピリットを受け取り、自分の持つ端末の中へそれを吸収する。

 

   @

 

「改めて、皆を唐突に攻撃したことを謝罪する」

 フレイモンは頭を下げてツバサ達に謝罪する。ツバサは何が起きているのか分からずにきょとんとしていたが、瑞希はそれを受け入れた。

「そんなに気にしないで。もう済んだことだし、お互い無事だったし」

 家に上がってフレイモンに事情を説明すると、彼が謝罪したというわけだ。フレイモンはこの家の本来の持ち主である老婆に懐いており、彼女が突然いなくなった上にデジタマも残さないので混乱していたのだ。

 炎のビーストスピリットはそうした出来事が起きる前に、塩害を受けた土地を治すためにスピリットを埋めて治療を試みたため、あの神社に埋まっていたのだそうだ。デジモンのものならば、一切劣化が見えなくとも不思議ではない。

「人間も自ら、なんとかしようとしているのだな」

 フレイモンの想定よりスピリットが力を消費しなかったのは、その土地では塩害の復興計画で土壌に残った塩分の除去を色々進めていたからと思われる。スピリットが浄化のために力を使わずに済んだのではないか、というのが瑞希の推測だ。

「なぁ、いろいろ聞きたいことがあるんだけどよ」

「なんだ?」

 ブルコモンはそれよりも、と気になることがあった。というのも、瑞希のデジヴァイスとシンクロした途端に寿命による消滅が止まったのも疑問であった。

「なんでデジヴァイスとシンクロしたら寿命が解決したんだ?」

「知らん。それこそお前は旋風将の直属なんだから知ってるはずだろ。俺たち外様はデジヴァイスのことは聞かされていないし、渡されてもいないんだ。そもそも、俺はデジヴァイスが複数のデジモンとシンクロできるなど知らなかった」

 旋風将、というのがデジヴァイスを渡し、デジモンをこの世界に送り込んでいることが分かった。ウィッチモンの出していた名前だ。

「旋風将はデジモンなんですか?」

「デジモンだ。メディーバルデュークモン、というな」

 旋風将もデジモンであった。ツバサは人間とデジモンが一緒にいることが当たり前になり過ぎて、もしかして人間なのではないかと思ったが、さすがにそれは無かった様だ。

「ん……ぅ」

 いろいろ聞きたいことはあったが、ツバサも戦闘の影響で眠気に襲われていた。それ以外にも今日は疲れることがいろいろとあった。

「眠いか……ま、俺も晴れて人間のパートナーデジモンだ。聞きたいことがあればその都度、ゆっくり話そう」

 こうして瑞希はパートナー、フレイモンを得た。それと同時に旋風将は配下以外のデジモンまで使って、何をしていたのかという謎が増えた。旋風将、メディーバルデュークモンの目的がなんであれ、ツバサはそこまで考える余裕がまだなかった。

 




 デジモン図鑑

 アグニモン
 ハイブリット体 魔人型 ヴァリアブル種

 炎のスピリットで進化した、東洋の武術を駆使するデジモン。
 ハイブリット体というスピリットで進化するデジモン特有の進化レベルを持つ。アグニモンは成熟期から完全体相当の力を有する。ヴァリアブル種はワクチン、データ、ウィルスの三すくみから外れた属性となる。

 ハイブリット体のデジモンはかつて、ルーチェモンという強大なデジモンからデジタルワールドを守り抜いた『伝説の十闘士』のスピリットを受け継いでいる。アグニモンが受け継ぐのは竜型デジモンの租、エンシェントグレイモン。
 グレイモンの系譜が進化と共に恐竜から竜へ近づくのは、一種の先祖返りなのかもしれない。
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