テレビが終わった後のカラーバー、それに不気味なものを感じた人も多いだろう。
そのカラーバーをずっと見ていると、画面が切り替わり、たくさんの名前が流れていく……。そして最後に、『明日の犠牲者は以上です』というメッセージ。
ご存じ、NNN臨時放送だね。ネット上では作られた映像が出回っているけど、深夜にこんなもの見たらトイレに行けないかも?
こんな噂がある。テレビの国営放送はかつて、二十四時間放送ではなかった。放送が終わると国営放送にチャンネルを合わせてもカラーバーが表示されるだけで何も映らない時間があった。しかし、ある時間に突如としてカラーバーが消え、寂びれた工場と思わしき写真を背景に、暗いBGMと共に人命がスタッフロールの様に流れる……らしい。
そして最後に、こんな文章が流れるという。
『明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい』
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「まさか病院に他のデジモンがいたなんて……」
ツバサの入院生活は続いていた。少しずつ暖かくはなっているが、そんな病院で靴が無くなる、という奇妙な事件が起きた。スリッパではなく踵のある靴だけがターゲットとなり、病院でそんなもの履いているのは、だいたい医者か看護師なので色々と業務に支障があった。
「まさかシューモンの仕業だとはな」
ブルコモンはデジ文字でダンボールに『不要な靴入れ』と書いて、靴に入ったネズミのようなデジモン、シューモンに渡す。
トラブルを避けるために、不要な靴だけを回収する様に二人で説得、交渉を済ませて事件を解決したのである。
「この前は食堂にウィザーモンがいたね」
「図書室の本にワイズモンが紛れてたな……」
ふとした瞬間にデジモンが現れるという状態だ。ワイズモンはデジヴァイスのことを教えてくれたが、一気にすべてを喋られても理解し切れないというのが現状だ。
ただ、その中でもいくつか疑問は解決できた。デジヴァイスというのはバイタル、すなわち命をデジモンと人間で共有する道具らしい。だからフレイモンの寿命問題は解決したのだ。瑞希とシンクロしている間は、瑞希のバイタルの影響で寿命での死がない。それはブルコモンも同じだ。
逆に、以前ブルコモンがクリスペイルドラモンに進化した時の様にデジモンがバイタルを増大させると人間側もそれを得て体調が良くなるのだとか。どちらかがバイタルを一方的に搾取するのではなく、持ちつ持たれつの関係ということ。
「進化でバイタルが増えるなら、瑞希さんも大丈夫だね」
「だな。スピリットエボリューションすればいいわけだ」
シューモン用にいらない靴の回収エリアを作り、二人は外に設置する。シューモンも複数いるので、靴は多い方がいい。彼らには靴を直す技術もある。
シューモンの靴置き場付近では、二人の作業員が高い脚立を使って窓を掃除していた。
「親方ぁ! 脚立の天板には乗らないでくださいよ!」
脚立は成人男性の背丈よりも高く、落ちれば危険だとツバサにもわかった。
「へっ、この道四十年のベテランを舐めんなよ。赤ん坊の時からやってても不惑だ」
しかし、親方の余裕に反して脚立は揺らぐ。足元のアスファルトはごつごつしており安定性が低い。そして今日は少し風が強い、春一番だ。
「おわっ!」
案の定、親方は体勢を崩して脚立から転落する。
「ブルコモン、進化ぁーっ!」
咄嗟にブルコモンが進化してペイルドラモンになり、親方をキャッチしたため大事には至らなかった。
「ペイルドラモン!」
「な、なんだぁ?」
ヘルメットが地面に落ちて乾いた音を立てる。ヘルメットの顎紐もちゃんとしていなかったようだ。
「た、助かりました! ありがとうございます!」
事故は免れた。親方の方は転落とデジモンの混乱で目を白黒させていたが、もう片方はお礼を述べる。
しかし安心したツバサの耳に今度は大きな羽ばたきが聞こえた。
「あれって……」
空からやって来たのは赤い翼を広げたドラゴン。以前、瑞希の家で見た炎のビーストスピリットに姿が似ている。
「おーい! ツバサくーん!」
「瑞希さん?」
そのドラゴンから瑞希の声がする。彼女はドラゴンの背中に乗っていたのだ。
「無事?」
「あ、はい、無事ですけど……」
ドラゴンが着地すると、瑞希はそれから降りてツバサの下へ駆け寄ってくる。今さっき、ちょっと危ないことがあったが、職場から駆け付けるほどなのだろうか。
「驚かせてすまない。実はだな、瑞希の調べているものでお前の名前が……」
赤いドラゴンからはフレイモンと同じ声がした。
「フレイモン? 名前って……」
ツバサはフレイモンと思われる声の話していることが気がかりだった。
「返してもらったビーストスピリットで進化した。今の俺はヴリトラモンだ」
フレイモンは今、ヴリトラモンに進化しているとのことだが、瑞希は話を続ける。
「ツバサくんは臨時放送の都市伝説は知っている?」
「えっと、なんか明日の犠牲者が流れるというアレですか?」
ツバサは瑞希がしこたま持ってきた月刊アガルタのバックナンバーを読んでいたので、有名な都市伝説はある程度把握している。
「それと似た放送が最近、確認される様になったの。テレビで突然、映像が流れる形でね。発生してから一か月以上も経っている。そこで流れた名前の人物を探していたんだけど、そこにね」
瑞希が見せたのは、その放送の一幕をスマホのカメラで収めた写真。そこには確かに『鷺谷翼(10)』と年齢まではっきりと表記されていた。
「明日の犠牲者ってことは明日死ぬ予定なんだろ?」
ペイルドラモンはずばり聞くが、どうも放送の時期は古いらしい。
「でもこれ、二月十三日の放送なの。二月十四日に死ぬってことだけど、今日は四月二日なのよ」
つまり、この放送が正しければ、ツバサは死んでなければおかしい。
「さらに奇妙なんだけど、この放送で名前が挙がった人は殆どが放送の翌日に亡くなっている。生き延びているのはほんの数人。あ、そうだ」
話している途中に瑞希は何かを思い出す。
「そういえば他に生き延びた人の話を聞いたんだけど、青い大きなトカゲを連れた子供ってもしかして……二月十五日の話なんだけど」
「確か、駅でおじいさんが落ちそうになったのを助けたような……」
ツバサも瑞希と会う直前にあった出来事を思い出す。瑞希のメモには名前が挙がった人物の死因も記載されており、そのすべてが事故や事件なのだ。病死や老衰が一人もいない。
「他の生き延びた人も、その日にあわや死にそうな目に遭って誰かに助けてもらったみたいなの。もしかしてツバサくんも誰かに助けてもらった?」
「ブルコモンに」
確かにその日のツバサはブルコモンがいなければ死んでいたかもしれない。この放送はただ、死を予言するものではなさそうだ。
「おお、大きくて飛べるなら安全だな」
作業員たちはヴリトラモンとペイルドラモンを見ていた。部下の方はこんな軽口を叩く。
「もうこの子達を親方と呼びますよ立山さん」
親方と呼ばれていた作業員の苗字が明らかになった途端、瑞希は目の色を変えて作業員に迫る。
「あなた、もしかして立山大吾さんですか?」
「え、なんで名前……」
困惑する親方をよそに瑞希はメモを確認する。その中には『立山大吾(55)』という表記があった。部下の方は呆れたように語る。
「もう大吾でいいですか親方。ヘルメットの顎紐は絞めない、脚立の天板には乗る。油断しすぎです。癖みたいになってましたから」
「はい、すいませんでした」
部下に怒られて萎れる親方。それを聞いた瑞希はその話を詳しく聞く。
「何かあったんですか?」
「親方が危ないところを、このドラゴンに助けてもらったんです。脚立は天板に乗るなってあれほど言ったのに……でも悪い人じゃないんですよ悪い人じゃ」
ペイルドラモンは脚立の高さと地面を見比べていた。
「落ちそうだったからオレが受け止めた。この高さでも当たり所悪いと死ぬなんて、人間ってデリケートだな」
「ああ、俺もあの時、技を当てていたらと思うと背筋が凍る」
ヴリトラモンも思うところがあるようだ。瑞希はメモにいくつかの仮説を残している。
「この臨時放送に名前が載るのは、放送のあった翌日に亡くなる人。そしてその死因は病死や老衰ではなく、立山さんの様に誰かが助けることができるもの。突発的な事故じゃなくて、普段の習慣とかが原因という、非常に限定的なもの」
確かに確認できるだけでも、親方の転落は慣れによる油断、おじいさんの場合は破損したまま使った杖など、予兆が十分にあった事故ばかりだ。
「しっかし不気味だなぁ。死ぬの全員じゃなくて、死因まで分けてるなんて」
「そうね、怪談ならよく出来ているけど、リアルじゃ笑えないわ。ノンフィクションになってしまうと、オカルトとは呼べないから」
作業員と別れ、一行は病院の中へ戻る。当然、ペイルドラモンとヴリトラモンはブルコモンとフレイモンになっておく。
「ほら、ずっと同じ動画見すぎてテレビに臨時放送が流れている様に見えるよー」
待合室のテレビには人だかりができている。瑞希は職業病を嘆いていたが、どうも周囲がざわめいておりただ事ではない様子だった。
「これ、臨時放送?」
「え?」
ツバサに言われて瑞希はようやく、実際に放送されているのが件の臨時放送だと気づいた。
「な、なにこれ……深夜じゃないのに……、それになに、この長さ……」
瑞希が見たのは死因が限定的なのも相まって、人名が流れる時間もそこまで長くなかったようだ。それがびっしりと大勢の名前が流れている。同じ苗字の人が固まっており、家族単位で死が告げられている様に見えた。
「まさか……何か起きるの?」
「悪戯……?」
先ほどまでの資料で裏付けられた説を覆す光景。ツバサはイタズラという線を疑った。似た話自体は有名で、愉快犯が模倣したとしてもおかしくはない。ただ彼は、地上波テレビの電波を乗っ取ることが容易ではないことまで考慮していなかった。
「え?」
長いテロップが終わったあとに出てきた文言を見て、瑞希は絶句した。いつもなら『明日の犠牲者はこの方々です』なのだが、今回に限っては『今日の犠牲者』となっている。
周囲が黙り込む中、砂嵐の後に鎧を纏った人物の姿が映し出される。
「将軍さま!」
「旋風将!」
ブルコモンとフレイモンは口々にその人物のことを呼ぶ。今テレビに映っている人物こそ、彼らに人間を観察する様に命じたメディーバルデュークモンなのだ。
『私はメディーバルデュークモン。二十五年に渡り、貴様ら人間を見続けてきた、デジタルワールドの住民だ』
彼がブルコモンにデジヴァイスを渡し、フレイモンを人間の世界に送り込んだ張本人。
『私はこの、テレビという貴様ら人間が一番見ているモノで明日死ぬが、助けられる者の存在を伝え続けてきた。放送自体は噂になっていたようだな』
「あー! もう! オカルトの答え合わせはやめて!」
メディーバルデュークモンが臨時放送をしていたと明かすと、瑞希は露骨にショックを受けていた。オカルトは正体の分からなさも魅力の一つ。答えの出た謎にロマンもへったくれもない。
『だが、貴様ら人間はこれだけの警告を発しても、助けられたのは僅か一割未満に過ぎない』
「合ってたー! 仮説が合っててうれしいけど答え出さないで! 心が二つある!」
彼の言葉は瑞希の仮説が当たっていることを示していた。助けられるが助けないと死ぬ人間だけが、臨時放送で取り上げられる。
「ちょっとメディーバルデュークモン!」
我慢ならずに瑞希は相手に伝わるか不明ながら、テレビに近づいて抗議した。
『なんだ人間』
「通じた!」
ツバサは意外と、メディーバルデュークモンがテレビ伝いに話を聞いてくれることに驚いた。こういうのは大抵、一方的に告げるパターンが多いと入院中に読んだ漫画で知った。
「私その放送の謎追ってたんだけど? 答えべらべら喋らないでくださる? 楽しみがなくなるんだけど!」
『謎が解けたならいいではないか』
「そういう問題じゃないのー!」
テレビを掴んで揺さぶる瑞希。しかしメディーバルデュークモンは意に介さず話を続ける。
『鷺谷翼、お前は私の予知した通りに死んだはずだ。なぜ生きている』
「そりゃおめぇ、オレが助けたんだよ」
ツバサの生死を気にしているが、ブルコモンの言う通り助けられたから生きているのだ。一体何をメディーバルデュークモンが言っているのか、ツバサには分からなかった。
『まぁいい。お前は予知にあった者を一人助けたようだな。しかし、予知に名前が挙がった者を一番助けたのがブルコモンとはな、やはり人間は……』
そんなメディーバルデュークモンが気に食わず、ブルコモンは反論した。
「いいか将軍! オレは予言のことなんざ知らねぇで目の前で危なそうなやつ助けただけだ! それにあのおじいちゃんも親方も、助けられたのはツバサと一緒にここへ来て、進化を手に入れたからだ!」
『貴様ら人間を私は二十六年間見てきた。しかしこの有様では、いずれ人間がデジタルワールドへ行けるようになった時、デジタルワールドの脅威となる。他者を思いやらず、助けられる命をみすみす死なせる。そんなモノが隣人というのは、デジタルワールドの不幸だ』
しかしメディーバルデュークモンは一切聞く耳をもたず、テレビの画面にある魔法陣を映し出して話を進めた。同時に外も騒がしくなる。
『これは私の生み出した魔法陣だ。今から手始めに、この島国を消し飛ばす』
唐突にとんでもないことを言い出すメディーバルデュークモン。外には確かに、同じ形の魔法陣が上空で輝いている。当然、周囲はパニックに陥る。
『知的生命体は窮地に陥った時に、その本性を現す。さぁ、どうする? 安心しろ。この魔法陣にはデジモンを自動的にデジタルワールドに帰還させるプログラムを含んでいる。島国が吹き飛んでもお前たちは帰れる』
突然の出来事に病院内は騒然とする。これが現実なのか、イタズラなのかも区別ができないだろう。幸か不幸か、デジモンの存在自体を知っている者がここにはいる。ツバサはいつものように、ブルコモンと止めに入ることを考えた。
「とにかく、メディーバルデュークモンを止めないと。あの魔法陣の近くにいるはず」
「そうね。他にデジモンと戦える人はいないし……」
瑞希の言う通り、デジモンをパートナーにしているのは確認できるだけでもツバサと彼女の二人だけ。湧いて出るヴォルテクスウォリアーの全員を倒して回るのはまず不可能。ならばメディーバルデュークモンを止める方がいい。
二人が病院の外に出ると、魔法陣から突風が矢となって病院に飛んでくる。遠くからでも風の吹きすさぶ音が聞こえる。報道の映像で見るような竜巻くらいの大きさと勢いが、弾丸のように伸びてくる。
「あっ!」
回避ができたとしても、病院に直撃すれば甚大な被害が出る。かといって防御を試みれば力を使い果たしかねない勢いの攻撃だ。ツバサが対応を考えているうちに風は迫ってくる。
「え?」
その時、一冊の本が飛び出す。開いた本から小さな魔術師が風の攻撃を防ぎ切る。
「ワイズモン!」
「やれやれ、旋風将め。頭が固いにもほどがある。この病院は私に任せて、往くがいい!」
出会った時に聞いたが、ワイズモンもメディーバルデュークモンの部下なのだそうだ。そんな彼は迷わず、人間を守っている。ツバサ達はワイズモンに守りを任せて魔法陣の方へ向かう。移動手段はないので走りだ。
「車があったら……って思うけど混乱しているとかえって危ないのよねー」
突風だけでなく、風で生み出されたドラゴンが人々を襲う。式神の様に自律機動し、自身の判断で攻撃してくる。
「おいおい……!」
「旋風将め、こんなものまで!」
自分たちを襲ってくる風のドラゴンを、ブルコモンとフレイモンが退けていく。地上を移動するにしても敵の数が多すぎる。
「ふぅ……ふぅ……」
加えてツバサの体調もまだ万全といえず、魔法陣までたどり着けるか分からない。普通に走るだけでも息が上がってしまい、片足を庇って引きずっているような状態だ。徐々に回復はしているが、本質的には『どうして生きているか分からない』という医師の発言が全て。
「ツバサくん!」
「だ、だいじょ……ぶ」
まだ病院を出て間もないのに、ツバサは脂汗をかいて今にも倒れそうだった。
「さすがにマズイぞ。デジヴァイスは距離が遠くなれば、シンクロも弱まって進化もできん。ツバサは病院で待ってもらった方が……」
フレイモンはツバサの体調と魔法陣の距離を見て提案する。魔法陣が大きいのでここからでも見えるが、距離は相当なものだ。ヴリトラモンに進化して飛んでも、なかなか時間が掛かる。下手をすると到達だけで力尽きかねない。
「ん? あれは……」
ブルコモンが魔法陣を見ていると、羽音が聞こえる。虫の細かく振動する羽音だが、その大きさと数が尋常ではない。
「クワガーモンの群れ? こんな時に……」
「あ! あの傷は……」
フレイモンが戦闘態勢に入る中、ツバサは群れの一体の脚に見覚えのある傷を見つける。それは以前、バーガモンの店で戦ったクワガーモンと同じものだ。
「お前、あの時の!」
ブルコモンもそれに気づいた。クワガーモンは姿勢を低くして、乗る様に促す。
「よし、これで何とかなりそうだ」
ブルコモンが乗ったのを見て、一行はクワガーモンの背中に乗る。入れ替わりに、彼に乗っていたデジモンが降りていく。
「久しぶり。デジヴァイス、活用しているみたいだね」
「ウィッチモン!」
ウィッチモンも一緒に来ていたのだ。魔法で次々に風のドラゴンを砕いていく。敵だった時は厄介だったが、味方になるとこれほど頼りになるデジモンはいない。
「強面の連中じゃ怖がられるって占いが出てね。こっちも手を貸すよ」
「避難所の食料は任せて!」
エビバーガモン達もクワガーモンに乗っており、降りて人間を助けに向かう。
図らずも、これまで出会ったデジモン達が協力してくれていた。クワガーモンの飛行速度は速く、追ってくる風のドラゴンをあっという間に振り切っている。
「いけるいける!」
瑞希はその速度に希望を感じていた。魔法陣まではあと少しだ。地上を移動していたら、乗り物も使えないため数時間はかかったことが容易に想像できる。
その時、凄まじい速度でドラゴンをかたどった風の塊がクワガーモンを襲う。これまでとは違う、クワガーモンの二回り大きい龍が魔法陣から途切れることなく飛んできた。
「あれは!」
ブルコモンが迎撃しようとすると、クワガーモンは背中を持ち上げ、ツバサ達を跳ね飛ばす。
「クワガーモン!」
ツバサは咄嗟に左腕をクワガーモンに伸ばした。
攻撃を受けたクワガーモンは地面に墜落して動けなくなる。生きてはいるが、戦闘不能だ。
「これは……」
ふとツバサが腕のデジヴァイスを見ると、クワガーモンの姿が画面に映っていた。体力を示す黄色いリングはあと少ししか残っていない。だが、なぜシンクロしていないデジモンがここに表示されているのかツバサには分からない。
「ブルコモン、ワープ進化!」
「スピリット……エボリューション!」
ブルコモンはクリスペイルドラモンに進化し、ツバサを受け止めて空を飛ぶ。フレイモンもヴリトラモンへ進化し、瑞希をキャッチして飛行する。
「あれが……メディーバルデュークモン!」
ツバサの視界に、テレビで見たのと同じ鎧の姿が映る。手には柄が長く、細身の斧が握られている。
「まさか、幼年期のデジモンが短時間で完全体になるとはな」
「おいメディーバル! どういうつもりだ!」
メディーバルデュークモンはクリスペイルドラモンを一瞥して呟く。その隣には鳥のような、鎧を纏ったデジモンがいる。
「旋風将様の手を煩わせるまでもない。このグランゲイルモンが貴様を倒す」
「なら、お前の相手は俺だ!」
グランゲイルモンにヴリトラモンは炎を吹きだして攻撃する。腕のブレードが開き、銃口が露出して炎の弾が飛び出す。
「チッ、外様め……」
「ツバサくん! メディーバルは任せたよ!」
近くのビルの屋上に瑞希は降りていた。確かに乗ったままだと戦闘は難しいだろう。ツバサも別のビルの屋上におろしてもらい、下から飛行して戦うクリスペイルドラモンを見守る。
「だが、まだ究極に至ってはいない様だな」
「へっ、究極だがなんだか知らねぇが、この紋章は壊させてもらうぜ!」
メディーバルデュークモンとクリスペイルドラモンが激突する。確かに進化段階ではクリスペイルドラモンが一つ劣る。
「フローズンクロー!」
氷の爪がメディーバルデュークモンに直撃する。しかし、傷ひとつ、霜ひとつ相手にはついていない。
「お前たちが乗っていたクワガーモンなど、一撃で葬れたが私はしなかった。これがどういうことかわかるか?」
「敵を生かす余裕があるほど強いって言いたいんだろうがな……ここで引いたら人間界吹っ飛ばすんだろ、お前は!」
クリスペイルドラモンの氷が輝き、周囲に吹雪が吹き荒れる。冬は開けたはずだが、付近は真冬でも滅多に見られないほど深く雪が積もっていく。
「カロスディメンション!」
メディーバルデュークモンは氷の中に閉じ込められる。しかし彼が微動だにしていない中、氷や周囲の雪は勝手に吹き飛ぶ。
「魔力の量も質も違う」
「生意気な奴だぜ……」
それでもクリスペイルドラモンは戦いの手を緩めない。一方、ヴリトラモンもピンチに陥っていた。グランゲイルモンの旋回力に追いつかず、攻撃を当てられないのに向こうの攻撃は受けてしまう状態だ。
「鬱陶しい!」
「貴様、まだ飛ぶのに慣れていないな?」
フレイモンがヴリトラモンに進化したのはここ最近のこと。かなりの年月スピリットを手放しており、飛行自体に相当のブランクがあったのだ。
「ん? スピリットって昔の鎧のおもちゃみたいね……」
「おい瑞希! 戦ってる時に余計なこと考えるな!」
瑞希はかつて、おじさんから聞いた話をふと思い出した。変身前のフィギュアに鎧を着せていき、ヒーローになるフィギュアが昔あったそうだ。
「瑞希さん……どうしたの?」
遠くからその様子はツバサも見ている。彼女との付き合いはまだまだ短いが、唐突に変なことを考えだすタイプということだけはわかっている。
「スピリットって混ぜて使えない?」
「んなの無理に決まって……」
「ダブルスピリット、エボリューション!」
瑞希はヴリトラモンの制止を聞かず、拳を突き上げて叫ぶ。ヴリトラモンの姿が変化し、アグニモンのような姿になる。完全にアグニモンへなったわけではない。アグニモンとヴリトラモンの要素が混ざった姿になった。顔はアグニモンだが、身体の大部分はヴリトラモン。
「アルダモン! ……できた!?」
ヴリトラモン改めアルダモンも困惑していた。しかし、戦闘は一気に互角へ変化する。グランゲイルモンの攻撃を回避し、逆にアルダモンの攻撃を当てることが出来ている。
「あとは……」
ツバサはメディーバルデュークモンと戦うクリスペイルドラモンを見る。メディーバルデュークモンは避けず、防御もせずに攻撃を受けているが、傷一つ付いていない。
「アルダモン、貴様ならわかるだろう。貴様の持つスピリットを遺したエンシェントグレイモンが、なぜ伝説の十闘士と呼ばれたのか」
メディーバルデュークモンの問いかけにアルダモンは答えない。戦いを妨害する策だと思い、無視しているのだ。
「かつてデジモンの到達点は、完全体だと言われていた。その上の存在、究極体はただ一つ進化しただけではないのだ。圧倒的な差がある」
突如、ツバサはデジヴァイスから警告音が鳴り響いたのを聞く。画面が赤くなり、進化のリミットが迫っていることを知らせている。
「デジヴァイスの進化は仮初のもの。所詮はこの程度か……」
メディーバルデュークモンは常時、クリスペイルドラモンの上である究極体を維持している。デジヴァイスによる進化はそれらと勝手が違うらしい。
「進化が……ぐっ!?」
ツバサの視界が急にぼやける。決まって進化が解ける時は、彼の体調も急激に悪化する。
「ツバサ!」
クリスペイルドラモンはツバサのいるビルの屋上へ降り、進化を解除する。少し体調はよくなったが、それでも呼吸するだけで苦しい。肺が膨らまない様に固定されているみたいだ。眠気のようなものに襲われ、意識も遠のいていく。
「デジヴァイスの進化は人間も消耗する。デジヴァイスで見ていたぞ、鷺谷ツバサ。お前のことを」
メディーバルデュークモンが言うことを考えれば、瑞希が進化にリミットを持たないのも納得できた。成熟した大人でフィールドワークもある記者故に体力はツバサより多い。今もアルダモンの進化を維持している。
「アルダモン!」
「任せろ!」
瑞希がアルダモンに呼びかける。アルダモンの両腕にある剣が開き、そこから巨大な炎の弾をグランゲイルモンに打ち出した。
「ブラフマストラ!」
瑞希が技名を叫ぶと同時にグランゲイルモンに着弾。シンクロのラグもツバサより少ないように思える。
「そのデジヴァイスの開発コードは『バイタルブレス』。デジモンや人間の生きる力、バイタルを用いて進化を促す道具だ」
メディーバルデュークモンの言葉も、ツバサはまともに聞けない状態だった。声が遠い、耳もうまく働いていない。
「デジヴァイスでモニターした鷺谷ツバサのバイタルは非常に少なかった。デジヴァイスには進化を解除したデジモンの、増幅したバイタルを人間にも融通する機能がある。それが無ければとっくに死んでいた」
「メディーバルデュークモン!」
彼の方へ向かって、瑞希を乗せたアルダモンが飛んでくる。手には小さな鳥のデジモンが伸びた状態でつままれていた。おそらくは倒されて成長期に戻ったグランゲイルモンなのだろう。
瑞希はメディーバルデュークモンに問いかけた。
「メディーバルデュークモン、そのデジヴァイスで見ていたならわかるんじゃない? ブルコモンがツバサくんを助けるためにデジヴァイスを渡したことも、エビバーガモン達がご飯を食べさせたことも!」
「そうだ、わかっている」
メディーバルデュークモンが見ていたのは数値だけではない。起きている出来事もデジヴァイスを通して見ていたのだ。
「確かに人間には悪い奴もいるかもしれない! でもツバサくんを助けたブルコモンみたい……に」
「おいどうした瑞希」
何かを言おうとして瑞希は言いよどむ。そんな彼女の心を見透かしたようにメディーバルデュークモンは続ける。
「鷺谷ツバサを助けたのは、デジモンだ。人間ではない。人間はむしろ、彼を苦しめて、あまつさえその命を奪おうとした」
「……言い返せないね」
瑞希からすれば、人間とデジモンは同じ括りだったのだろう。だが、途中でその区別を思い出してしまった。人間が助けていればツバサは今、ここにいなくて済む。
「冥土の土産だ。なぜ貴様らを滅ぼすのか、教えてやる」
メディーバルデュークモンは己のことを打ち明けた。
「私は三十年ほど前、この人間世界へ迷い込んだ」
迷い込んだ、それはつまり、自分の意思で来たわけではないということ。その時はまだ、デジタルワールドの隣に人間世界があると思われていなかったのだ。
「そこで私は、人間の成長期……人間にわかるように言えば、子供と出会った」
まるであの日の、ツバサとブルコモンのようなことがあったのだろう。言葉を続けるメディーバルデュークモンの口調は急に荒々しくなる。まるで、その子供のことだけはいい思い出であったかのように聞こえる。
「しかし、その子供は殺された! 親が食事を与えず、放置したせいで弱ったのだ! それだけではない! 暴力まで加えていた! 同族の幼年期や成長期を、自らの糧として狩る目的でもないのに、人間は殺すのだ!」
メディーバルデュークモンは怒りを滲ませる。ツバサとブルコモンのもう一つの可能性にも見える。出会いがもっと早く、助ける術がなかったのなら、ブルコモンも人間を怨んだのだろうか。
「私はそれから四年かけて、デジヴァイスを開発し人間世界の調査へ乗り出した」
話からすると、デジモンが人間世界へ来たのは二十六年前。そんなに長くデジモン達は人間世界を見てきたのだ。そこで起きる祝い事も、おぞましき事件も全て。
「そして恐ろしいことに、人間は技術の進歩だけは早かった。調査開始時点でエグザモンを描画できるコンピューターは無かった。だが、それからたったの十五年で可能となった」
「エグザモンは巨大なデジモンだ。人間界から観測するには、相当な性能のコンピューター機器が必要らしい。デカすぎて全体を把握するには、大きな範囲を観測できないとだからな」
デジモンには伝わる例え話だが、人間にはさっぱりなのでアルダモンが補足する。
「この速度で人間が発展すれば、いずれデジタルワールドを見つけるだろう。だが人間の精神は成長しないばかりか、狂暴性が増している!」
瑞希はメディーバルデュークモンに言い返せなかった。データの上では犯罪率が減っていても、彼が言いたいのはそういう話ではないからだろう。人間全体が事件を起こす比率が減っても、凶悪犯罪は犯人一人の意思で起きる。犠牲者も統計で見れば僅かだが、一人ひとりにフォーカスすれば人生をも変える悲劇だ。
「人間がデジタルワールドを見つけるとどうなる? 同族さえ容易に殺める生物が、自分と異なる生物の、より小さなものを目にした時、いったいどうなる? 人間がデジタルワールドに触れるということは、デジモンに悲劇を招く!」
悪い人間が一人、デジタルワールドにたどり着けばお互いにとって最悪な結果が待つだろう。その人間がしたことにデジモンが憤り、人間を襲えば人間も怒り、後に待つのは絶滅戦争だ。世界を巻き込んだ戦争はいつも些細なきっかけで始まる。要人の暗殺が五百万以上の戦死者を出した戦争の始まりにもなった。
「安心しろ人間。貴様らの世界はデジタルワールドの糧となるのだ」
メディーバルデュークモンの頭上で魔法陣が輝く。
「ファイナル・クレスト」
瞬間、辺り一帯が光に包まれる。
@
(何が……起きてるんだ? 痛くも、なんともない……)
視界が真っ白になり、何も見えなくなった。音も熱もない。何が起きているのか分からない。攻撃されたはずなのに、痛みがない。
(どうなったんだろう……)
(ツバサ! いるか?)
近くにはブルコモンもいる。まるで床も壁も天井も、真っ白な部屋で浮かんでいるような感覚だ。上下も分からない。足場はない。ブルコモンの存在は感じるが、姿は見えない。
(どうなっている……! メディーバルデュークモンめ!)
クワガーモンの声も聞こえる。しかし瑞希やアルダモンの声はしない。なぜこの中で、クワガーモンの声は聞こえるのだろうか。そもそも彼の言葉は、人間のものと違うため明確に理解することはツバサに出来なかったはずだ。
(奴はおそらく、人間世界を貴様らごとバイタルに変換するつもりだ!)
(え?)
バイタルは人間とデジモン、双方に共通したパワーソースらしい。デジヴァイスが変圧器になっている可能性もあるが、そうでなければデジモンから人間がバイタルを受け取れるはずもない。
ブルコモンの進化が解けそうになるとツバサの体調が悪化する。しかし逆に、ブルコモンが進化するとツバサの体調も回復する。バイタルのやり取りは彼が一番、実感として理解している。
(あれ? 今調子いい?)
ツバサは体調のことを思い出す。立つことも出来ず、五感も曖昧だったついさっきと比べると、調子自体はいい。溶けてしまってバイタルになっているのが、調子いいと呼べるかはさておき。
(そうか! 今のツバサはバイタルで、変換中の膨大なバイタルの一部になっているんだ!)
ブルコモンの考えを聞いてツバサの方針は固まった。今自分はバイタルそのものにされている。そして他の人や、この世界そのものも同様。まとめてバイタルに変換されているということは個人の境界がなくなり、他人のバイタルも使うことができるはずだ。
「ブルコモン、進化!」
ブルコモンは容易にペイルドラモンへ進化する。そして、身体を輝かせてもう一度進化する。
「ペイルドラモン、進化! クリスペイルドラモン!」
ここに来て、ツバサはクリスペイルドラモンの姿が見えた。彼はその背に乗り、純白の世界を飛んでいく。
「……」
このままなら究極にもなれる、というところでツバサは少し止まる。バイタルに周囲のものが変換され、それを使うということは、下手をするとバイタルに変えられた瑞希を消費してしまう恐れもあった。
(ツバサ!)
その時、脳裏にあるイメージが浮かぶ。アルダモンが炎のバリアで瑞希を守っている、そんな光景が見えた。バリアはひび割れており、長く持ちそうにない。ここで躊躇っていたら意味がない。
ツバサはバイタルをかき集め、クリスペイルドラモンへ流した。
「クリスペイルドラモン、究極進化!」
クリスペイルドラモンが輝き、ツバサを吹き飛ばして進化する。ツバサは白い空間に浮かんでその様子を見ていた。クリスペイルドラモンの頭部が強固に変化するが、それは左肩になった。これまでの竜から大きく変わり、青い鎧の騎士に進化を果たした。
「ヘクセブラウモン!」
究極進化したヘクセブラウモンは真っ白な空間の中を飛び、ある場所を殴りつける。すると空間いっぱいに青いラインが走り、白が砕け散って元の景色に戻った。
「純白の厄災……デジタルワールドの氷河期から命を守り抜いた、青き英雄か」
メディーバルデュークモンの仕掛けていた魔法陣も消えていた。ツバサは瑞希とアルダモンのいる屋上へ移動していた。アルダモンはボロボロになりながら瑞希を抱えており、バイタル化から守っていたのだ。
「人間世界をバイタルに変換するのは複雑な魔術……途中で妨害されれば効果は消える」
アルダモンは手にした剣をヘクセブラウモンに投げる。
「バイタル化が解けたんだ! お前の進化は有限だぞ!」
「なら、即座に決着をつけるだけだ!」
その剣を軸に氷を纏わせ、ヘクセブラウモンは氷の大剣と槍を両手にメディーバルデュークモンへ迫る。
「ヘクセブラウモン……」
ツバサは腕のデジヴァイスを見る。ピンクのバンドは徐々に鮮やかな青へ変化していく。本体にあるボタンの部分は依然としてピンク色で半端な進化に見えたが、進化にリミットなど今はないような気がした。
「おおおおおっ!」
ヘクセブラウモンは剣と槍でメディーバルデュークモンと何度も切り結ぶ。二本の武器を斧だけで捌き切るのも大概だが、そんな相手にヘクセブラウモンは互角だった。
「レイジオブ……ワイバーン!」
ドラゴンの姿をした風を打ち出し、メディーバルデュークモンはヘクセブラウモンを襲う。しかし彼は迷わず武器を捨てて手を突き出し、雪の結晶でバリアを作ってそれを防ぐ。氷の武器は地面に落ちて突き刺さる。防御するヘクセブラウモンも当然、微動だにしない。
「これでどうだ!」
メディーバルデュークモンは炎や水などでドラゴンを作り、それを一斉に放つ。ツバサは脳裏に浮かんだ技名を叫び、それを防御する。
「サモンフロスト!」
近づいた魔法は氷となり、砕け散る。ヘクセブラウモンは腕組みし、自身の正面に氷でできた杖を浮かべる。
「へクスエッジブリザード!」
吹雪の様に無数の氷でできた刃が、メディーバルデュークモンへ襲い掛かる。彼はそれも斧で防ぎ切ろうとするが、あまりに数と威力が多く斧が折れてしまう。
「チッ! 運のいい奴め……ファイナル・クレストの反動か」
「負け惜しみだな!」
ヘクセブラウモンは氷の鎖を作り出し、地上に落ちた武器をそれでひっかけて手元に呼び戻した。
「ぅ……」
しかし現実は無常である。ツバサは顔を伝う暖かい感覚に手を触れると、それは血であった。鼻血が出ている。体への負担は全く軽減されていない。むしろ究極体になったことで、維持が困難になっただけだ。
進化だけはどうにか相手の計画を利用して奇跡的にこぎつけたが、それを維持する力がないのだ。
「どうやら限界の様だな……」
「まだだ!」
メディーバルデュークモンは終わりを感じているような態度だったが、ツバサは諦めない。彼はそれに不審そうな態度を取る。
「お前も人間は滅んだいいと、分かるだろう。何を人間にされたのか、忘れたのか?」
メディーバルデュークモンはツバサをデジヴァイス越しに見ており、ツバサがそこまで必死に人間を守る理由が分からなかった。バイタルは他の人間に比べて低い。ここまで数値が落ちるのは一時的な体調不良ではない。長年、暴力を振るわれたり育児放棄でもされない限り、ここまでにはならない。
「最初は……そう思ってた! でも、ブルコモンや瑞希さんと出会って、いい人もいるんだってわかった! だから、負けない! 世界を壊させはしない!」
瑞希たちのいる世界をバイタルに変換させたくない。それがすべてだ。人間に悪い奴といい奴がいるとか、そういう難しい話ではない。ただ、瑞希たちを守りたい。それがツバサの全部だ。
「だが、もうすぐ進化が解けるぞ」
しかし現実は非情。デジヴァイスの画面が赤く光り、警報がなっていた。進化のリミットだ。これ以上は戦えそうにない。ツバサも手先が痺れて、頭がぐるぐる回ってきた。
「え?」
これまでかと諦めかけた時、デジヴァイスから電子音が鳴る。モニターにはクワガーモンの姿が映し出される。
「クワガーモン?」
クワガーモンが飛翔し、ヘクセブラウモンの隣に並ぶ。それを見てツバサはある可能性へ思い至る。
「あ……シンクロ!」
デジヴァイスによるシンクロ。それを咄嗟にクワガーモンへしていたのだ。彼は進化などしていないので、ツバサのバイタルを無駄に削ることもなかった。
「今更、一人増えたところで変わるものか。私はお前の進化が維持できなくなるまで持ちこたえればいい」
余裕を見せるメディーバルデュークモンだが、ヘクセブラウモンは左肩の龍の顔から凄まじい冷気を放つ。
「これを見ても、それが言えるか!」
ツバサにもその技がわかる。
「アブソリュートブラスト!」
ヘクセブラウモンは放った冷気に突撃し、それを纏ってメディーバルデュークモンに斬りかかる。しかし相手は魔法陣での防御を試みており、クリーンヒットとはいかなそうだ。
「お願い、クワガーモン!」
クワガーモンは後ろで闇を鋏に纏わせ、それを撃ち出す。メディーバルデュークモンのバリアにそれが直撃し、バリアを砕くことも弾かれることもなく拮抗した。初めて見る技だが、これもツバサにはわかった。
「シャドウスラッシュ!」
ツバサが技名を叫ぶと、バリアが粉砕される。これでヘクセブラウモンの攻撃も当たる。
「貴様が……ダブルアタックだと!?」
デジヴァイスを生み出したメディーバルデュークモンは知っていた仕様だったが、ツバサに使われるのは全く予期していなかった様だ。
「これで、終わりだああああ!」
ヘクセブラウモンの両手の武器がメディーバルデュークモンへ直撃する。しかし彼は強固な防御力を持っており、まだ持ちこたえている。
「究極に上がりたてのひよっこが……私に勝てると!」
武器は相手の硬さに負けて砕ける。しかし中から出てきたのは、芯にしていたアルダモンの剣。瑞希が叫ぶのに合わせて剣が開き、炎を吹きだす。
「ブラフマストラ!」
「ぐおおおおッ!」
メディーバルデュークモンは炎の剣で吹き飛ばされ、地面に墜落する。
「お? おわーっ!」
ブルコモンも進化が解けて飛べなくなり、落っこちてきたが途中でクワガーモンが背中で受け止めた。
一行は落ちたメディーバルデュークモンの下へ向かう。あれだけ戦ったが、幸いなことに空中での戦闘だったのであまり被害は出ていない。
「エレベーター使えばいいのに」
「災害時は止まっちゃうんだよね」
アルダモンは進化を解き、フレイモンになってビル内の階段を降りる。フレイモンは長く人間世界にいたが、瑞希の言うようなことはあまり知らない。人間との交流が少なかったからだろうか。
「これが……新時代の幕開けか……」
「おい何いい話風に収めようとしてんだ!」
メディーバルデュークモンの下には先にブルコモンとクワガーモンがいた。何か納得しているメディーバルデュークモンにブルコモンがご立腹であった。
「いいだろう。あと二十五年猶予をやる」
メディーバルデュークモンはあれだけ戦ったにも関わらず、すんなりと立ち上がって去ろうとした。しかしそんな態度に瑞希は抗議する。
「ちょっと、これだけやらかして帰る気?」
「元はといえば、同族の成長期をいたずらに殺す人間が、デジタルワールドの近くに存在することが問題だったのだ。たった二十五年とはいえ、猶予をやると言っている。それでいいだろう」
しかしメディーバルデュークモンの態度は変わらない。一応、譲っているつもりなのだろうが釈然としないツバサであった。
「あの、メディーバルデュークモン……ついさっき、三十年も前に子供が死んだことに、今もすごく怒っているよね? 他人がされたことで怒れるのは、メディーバルデュークモンがいい人だからだと思う」
ツバサは拙くても自分の思いを伝える。
「そうだ! 人間は同族の子供を容赦なく殺すおぞましい生き物だ!」
「それはボクも途中まで、ブルコモンと会うまでは思っていたよ」
メディーバルデュークモンの怒りにツバサは同調する。ツバサ自身も人間など助けを求めても無視する冷酷な生き物だと思っているところはあった。だからどれほど今が苦しくても家出などしなかった。遠くへ逃げても変わらないと思っていたから。
しかし、ブルコモンと出会ったことでそれが覆ったのだ。遠くに行けばもしかしたら。そう思って旅に出た。そしてそこで、瑞希と出会った。
「……鷺谷翼。お前は私のことを『いい人』と言ったな?」
「え? うん」
メディーバルデュークモンはツバサの言葉を思い起こしていた。同様に瑞希の言葉も。
「鮫島瑞希、お前はデジモンを人間と同じ括りにして話していたな」
「あ、そうだっけ?」
先ほどの戦いで瑞希はメディーバルデュークモンに反論する時、ツバサを助けた人がいるという文脈でブルコモンやエビバーガモンを人間カウントで上げていた。それのことを彼は言いたいのだ。
「不思議な連中だ。人間は同族の子供を殺める者もいれば、生物として違うものを同じ枠組みに入れる者もいる」
彼は魔法陣からテレビカメラを取り出し、自分に向ける。
「あの映像カメラで撮ってたんだ……」
唖然とする瑞希をよそにメディーバルデュークモンは、カメラに向かって話始める。
「人間世界に住む人間の諸君、今回の非礼を謝罪する」
そして素直に頭を下げて謝罪した。メディーバルデュークモンの態度があのままでは、人間がデジモンを脅威に思って、人間とデジモンの間で軋轢が生まれる恐れさえあった。彼の中で、何か心情の変化があったのかもしれない。
人間は子供を殺すような者ばかりでないと、遠くから覗くだけでなく目の前で感じて理解したのだろう。ツバサもドラマや本で、自分と同じ境遇の人を助けている人物がいるのは知っていた。だが実感としてはまるでそんな気配を感じられず、フィクションだと思い込んでいた。
「しかし、今後も同族の子供へ危害を加えるようならば……わかるな?」
いい感じで終わりそうであったが、メディーバルデュークモンが最後に圧をかける。
「はは……」
「台無しじゃねーか!」
ツバサが乾いた笑みを浮かべる中、ブルコモンは放送に割り込んでいく。
「お前な、これ謝罪なんだから余計なこと言わなくていいんだよ!」
「だが大事なことだ」
「それは人間がやるから!」
メディーバルデュークモンによって引き起こされた、二十六年の長きに渡る事件はここでひとまず終局を迎えた。
デジモン図鑑
ヘクセブラウモン
究極体 魔法騎士型 データ種
古代デジタルワールドに氷河期が訪れた際、デジモン達を救った英雄。その後、別次元のデジタルワールド『ウィッチェルニー』に渡ったと言われている。
魔法騎士型はヘクセブラウモンとゼファーガモンのみが分類されている。ゼファーガモンに至るプロテモン系統が発見されるまで長らくはヘクセブラウモンだけが属していた。