『先日起きた事件は、果たして電波ジャックによるドッキリだったのでしょうか』
全てが終わってから数日が経過した。ツバサは病院に戻ったが、少し治療を受ければ退院できる状態になっていた。
テレビではメディーバルデュークモンの一件が報じられていたが、何が起きたのか分からないというスタンスではあった。当然だ。デジモンやデジタルワールドの存在が、すぐに浸透するわけがない。
『現代ではプロジェクションマッピングも可能ですが、それでは突風が説明できません』
ツバサとブルコモンは談話室で、他の患者が見ているテレビの音声を聞いていた。他人と一緒にいる訓練として、彼は談話室で過ごすことが多い。見知らぬ相手といると、硬直してしまうのでまずは多くの人がいる場所で慣らしていくように医師から言われている。
「どこも混乱しているね」
彼はテレビにかぶりつくでもなく、月刊アガルタのバックナンバーを読んでいた。
隣の世界、デジタルワールドからやってきた知的生命体デジタルモンスターが、二十六年もの間、人間を監視していた。この事実だけでも受け止めるのに相当苦労するだろう。
「デジモンって、みんなどう思ってるのかな」
ツバサはそんなことを思っていた。ブルコモン達はこの病院に馴染んでいるが、外ではどうなっているかなど分からない。
「ドッペルゲンガーねぇ」
ブルコモンが雑誌を覗き見る。ドッペルゲンガーというのは、自分にそっくりな何者かが現れるという心霊現象のこと。自分のドッペルゲンガーと出会うと死んでしまうらしいが、反物質を絡めた仮説などもアガルタには乗っていた。
「こんなものがあるんだ……」
「酸素の反物質があったら、今頃大変だな」
反物質というのは、現存する物質と性質が真逆の物質のこと。反物質と、それの元になった物質がぶつかると大爆発を起こしてお互いに消滅する。これが自分のドッペルゲンガーを見ると死ぬ理由、ドッペルゲンガーが自分の反物質であるという説の由来だ。
「ん?」
突如として談話室が暗くなる。停電ではない。窓から差し込む光が遮られたのだ。部屋にいる患者の悲鳴も聞こえる。
「何やってるんです?」
ツバサが窓を見ると、ヴリトラモンが蛙かヤモリの様に、窓に張り付いていた。彼からすれば、特に慌てるような光景ではないのだが、やはり周囲の人は驚いてしまう。
「大変よツバサくん!」
瑞希は窓を開けて、ヴリトラモンの背中から病院の中へ入ってくる。
「ドッペルゲンガーの遺体が見つかったの!」
「なんて?」
突然、意味不明なことを言われてブルコモンは聞き返す。ドッペルゲンガー自体が滅多に目撃されないものなのに、ましてやUMAでもあるまいし、河童のミイラみたいなノリで言われても混乱する。
「ツバサくんの保険証を探している時に、死亡届が出ているって言ったじゃない」
「そんなこともありましたね」
以前、ツバサのことを瑞希が調べた際に、そんなことがあった。そして、生命保険を受け取っていた両親が警察にしょっ引かれたとも。
「警察が捜査をしていたら、ツバサくんの遺体が病院の安置所で見つかってね」
「それがドッペルゲンガーの遺体ですか」
見つかったのはツバサの遺体。これはオカルトの匂いだとツバサも理解し始めていた。生きている自分の遺体が発見される。これはとんでもない事件だ。
「もしかしたらデジモン絡みじゃないか?」
「それもあるかもだし、警察もツバサくんに話聞きたいって」
ブルコモンはデジモンの関連を予想したが、警察の捜査中に見つかったというのもあり、ツバサ本人が行く必要もあった。
「とりあえず外出許可もらいましょう」
「そうだね」
ツバサの提案で、まずは病院の方に話を通すことになった。瑞希もそれに乗り、談話室を一緒に出る。
「死亡推定時刻が二月十四日の0時付近なんですって」
「じゃあ、もしかしたらボクは本当に異世界から来ていて、こっちの世界のボクは本当に死んでたりして」
ツバサは異世界へ行く儀式をしていたこともあり、そんなことを笑いながら冗談めかして言う。
「まっさかー。あはは」
瑞希はそもそも、オカルトとはフィクションであるという考えなので、別の理由を考えているようだった。
「やれやれ、俺は足として東奔西走ってやつだな」
ヴリトラモンは窓を離れて、ぼやきながら地上へ降りていった。
「よっしゃ! 新しい冒険に出発だ!」
ブルコモンはツバサと瑞希の後を追う。デジモンのいる異世界へたどり着いたツバサの冒険は、まだまだ始まったばかりだ。次に求めるのは、ドッペルゲンガーの遺体の謎。
「ああ、でもドッペルゲンガーとボクが出会ったら爆発してしまうので、気を付けないといけませんね」
「あ、あの記事見たんだ。ドッペルゲンガーと反物質の仮説」
世界に絶望し、異世界を求めたツバサは、確かに異世界へたどり着いた。こうして他者と他愛もないことで笑い合える異世界に。そしてデジモンがいる異世界に。
ツバサとブルコモン、瑞希とフレイモン、彼らの活躍次第では、『全ての人がデジモンといる異世界』へも行けるだろう。異世界、それはこれまで見たことのない出会いと可能性のことだった。
それは決して、大仰なものではなく、誰にでも異世界への扉は開く……のかもしれない。