はぁ……困りましたね。まったく仕事を増やさないでほしいですよ。
この先は『魔法少女ノ魔女裁判』のネタバレを含みます。5話までプレイしてから読むのを推奨します。
ネタバレを喰らいたいというなら、止めはしませんがね。ネタバレを踏んで魔女化されても面倒ですし、一応説明はしておきますね。ゲームとしてもいい区切りなので、やってみてください。
心の在処
「調子はどうかな?」
「えーっと」
病院のベッドでツバサは術後の様子を聞かれる。彼の左目には包帯が巻かれていた。
「分からない……です」
彼は今しがた、左目の摘出手術を受けたところだった。ツバサの左目は虐待によって視神経が傷つき、眼鏡による矯正も効かない状態となっていた。しかし傷に細菌が入り込み、状態が悪くなったため壊死が広がるのを防ぐために眼球の摘出をすることになった。
「まぁ眼球を取るなんて誰でも初めてだからね。調子が悪かったら言っておくれよ」
「おう、俺も見ておくぜ」
手術中、無駄にバイタルを消費しないようにパートナーのブルコモンは幼年期のユキミボタモンまで退化していた。
「目は残念だけど、命あっての物種だから……」
「覚悟は出来ていました」
付き添いの瑞希はツバサをフォローするが、彼は正直眼球が無くなったからどうしたんだという気持ちではあった。瑞希に保護されるまで食事もまともに摂れない状況が続いたため、本当に今生きているだけで十分なところはあった。
加えて、目の摘出になる可能性が高いとは医師に言われていた。
「ツバサは俺が見てるから、明日も仕事だろ?」
「うん。じゃあ、また」
ユキミボタモンにツバサを任せ、瑞希は病室を出る。
病室は個室ではなく複数人がいる。向かいのベッドでは老人が孫娘と思わしき少女のお見舞いを受けていた。
「……」
その様子を見て、ツバサは自分の祖父のことを思い出し、何もない自分の首元に触れる。そこには家出の初期に、祖父の形見であるゴーグルが掛かっていたのだ。
鷺谷ツバサの祖父は昔の戦争で戦闘機に乗っていたらしい。ゴーグルはその時に使っていたものだ。
家では左目が最終的に摘出されるほどの暴行を受けたが、その環境でも命だけは繋いでこられたのは祖父の教えがあったからだろう。どの野草が食べられるだとか、木の枝をほぐせば歯ブラシになるだとか、受け身の取り方など生き抜く知恵を教えてもらった。
ツバサの祖父は彼を引き取り、守って育てることが出来ないと悟っていた。だから彼に、せめて生きるための知恵を与えていたのだ。ツバサは祖父の教えが役に立ったからか、それともまともに接してくれる大人がいないからか、祖父を尊敬し、懐いていた。
ツバサに知恵を授ける時の、祖父の表情は記憶にない。声色は優しかった、それだけは覚えている。
「ほんじゃ、あてぃし帰るぜ~」
向かいのベッドの老人の、孫娘は面会時間の終了と共に病室を去る。孫娘は高校生くらいだろうか。制服の上からパーカーを羽織っている。
ちょうどその時、スタッフが食事を運んでくる。そろそろ食事の時間だ。ツバサは量が多くて完食にこそ苦心するが、おいしいので気に入ってはいる。
「ん?」
ツバサはふと老人の腕を見て、あることに気づいた。ツバサと同じデジヴァイス……バイタルブレスを身に着けているではないか。
「なぁ沢渡さんだったか? デジモンリンカーなのか?」
ユキミボタモンはベッドの端に移動し、その老人、沢渡に話しかける。ユキミボタモンは普段からこんな感じなので彼には特に怪しまれない。
デジモンリンカーとは、デジヴァイスを通じてデジモンとシンクロしている人間のことだ。ツバサや瑞希がそのデジモンリンカーにあたる。
「でじもんりんかー?」
「ほら、これ付けてるし!」
沢渡が理解していないようなのでユキミボタモンはツバサの左腕を示す。彼も今、デジヴァイスを装着している。
「似た時計だね。これはなんか、配っててな。健康にいいらしいから付けたんだけど……」
二人は沢渡の話を聞き、顔を見合わせる。脳裏に過ったのはあるヒーロー番組の封印された回だった。
「その時計絶対やばいって」
ある宇宙人が人間の血液ほしさに吸血腕時計を配る話があったのだ。ただどちらにせよ、配られた時計というのが怪しすぎてユキミボタモンは率直な感想を述べた。
「そうだねぇ、ココちゃんにも言われたし外すかね」
沢渡は素直に時計を外した。外見はツバサのデジヴァイスによく似ているが、バンドの固定やボタン、画面の画質などところどころで安っぽさを感じる。
@
翌日のことだ。ツバサは運動を兼ねて病院内をユキミボタモンと共に散策していた。この病院ではツバサによって早々にデジモンの存在が認知されたため、リンカーのいるデジモンは幼年期Ⅰでいるルールが設定されている。
『コードブルー発令、スタッフはただちに……』
「また?」
ツバサは何度目かの、緊急救命の放送を聞く。何か災害でもあったのかとニュースを見ても、目立った話は出ていない。
「あ、いた! ツバサくん!」
その時、スタッフの一人が走ってやってくる。何か用事だろうか。
「ちょっと聞きたいことがあって……デジモンのことなんだけど」
「あ、はい」
ツバサは人類初のデジモンリンカー、ファーストデジモンリンカーである故、デジモン関連で困ったことがあったら彼に頼るしかない場面も多々ある。何よりメディーバルデュークモンとのパイプは強力だ。
「人間が凍ったみたいになって、意識を失うようになる技とかデジモンにない?」
「えっ? 氷?」
氷と聞き、ツバサはブルコモンのような氷系のデジモンを思い浮かべる。彼の故郷にはユキダルモンやヒョーガモンなど氷を操るデジモンは多かったらしい。
「でも凍傷じゃなくて……なんて言ったら……」
スタッフも初めて見る症状だけに状態の表現を迷っていた。そこでユキミボタモンが口を挟む。
「だったら知ってる奴に見てもらおうぜ。図書室にワイズモンがいたはずだ」
ツバサが病院内に迷い込んだデジモンを落ち着けてはいたが、スタッフもどこにどんなデジモンがいるかは全て把握していない。このスタッフもワイズモンの存在は知らなかったらしい。人間のスタッフでもこれだけの大病院では全員を把握できないのだから、急に住み着いたデジモンなど知る由もないだろう。
「こっちです!」
ツバサはスタッフを図書室に案内する。ワイズモンとの会話はまだ、ツバサを挟んだ方がいい。ツバサとスタッフは病院内にある小さな図書室に到着する。ツバサが迷わず本棚にある古びた本を取り出して開くと、そこから魔術師のような存在が出て来る。
彼がワイズモンだ。
「ワイズモン、力を借りたいんだ」
「お前の頼みなら」
「ありがとう。直接見てもらった方がいいかな」
ツバサはワイズモンと共にスタッフに案内され、問題の症状の患者がいる場所に向かった。緊急外来という、救急車で運ばれてくる人のいるエリアだ。
「またあの症状だ!」
「保温急げ!」
ストレッチャーで新しい患者が担ぎこまれる。その患者の近くまでワイズモンを持っていき症状をツバサは見せた。するとワイズモンは珍しく絶句する。
「これは……『コールドハート』じゃないか!」
「コールドハート?」
近くで患者を診ると、確かにスタッフが言っていたように凍ったような状態になって意識を失っていた。しかし、例え冬だとしても人間がひと目で見てわかる程度に凍るものだろうか。
「ああ、コールドハートとは人間が極端に生命エネルギー……バイタルを失うと起きる現象だ。長く続くと死にも至る」
ツバサはそれをへーと聞き流す。なぜデジモンと人間が関連した症状の知識があるのか、などまで考えが至っていない。そもそも大規模に人間とデジモンが関わったのがここ最近というだけで、細々とした関係は25年ほど続いている。
「他者のバイタルを輸血の様に注げれば治療も可能だ」
「じゃ、じゃあ……」
ツバサは腕を出すが、ワイズモンは止める。元々病弱な人間が術後にバイタルを融通するのは現実的ではない。
「おい、ツバサ!」
ユキミボタモンは患者の腕についているものをツバサに教える。デジヴァイスのような腕時計……それは昨日、沢渡が付けていたものだ。
「これ、沢渡さんも付けてた」
「患者の腕を見てくれ! 何か同じものがついていないか?」
スタッフはツバサの指摘で患者全員の腕を確認する。すると、見事に全員が同じデジヴァイスらしき腕時計を見に付けていた。
「ほう、ならその人間に話を聞いてみようか」
ワイズモンの提案でツバサとユキミボタモンは行動を決定する。
@
ツバサは病室に戻り、沢渡に話を聞こうとする。病院で全力ダッシュとはいかないが、早歩きでも彼は息切れしていた。
「沢渡さん、いますか?」
他の患者に緊急事態を悟られないようにツバサは声のトーンを落とす。
「お前! 飛ぶな! 止まれー!」
が、彼の配慮に対して病室は騒々しかった。元凶は沢渡の孫娘だ。彼女は何か、飛び回る黒いものを追っていた。虫ではなさそうだ。
「ん?」
ツバサのデジヴァイスに何か情報が送られてくる。そこにはあるデジモンの情報が記載されていた。
「キロプモン、成熟期、哺乳類型、ウィルス種……」
デジヴァイスの画面と黒い物体を見比べると非常にそっくりだった。それを見てワイズも院はあることに思い至る。
「なるほど、デジモンアナライザーが追加されたのか」
いわゆるデジモン図鑑の機能がデジヴァイスに与えられていたのだ。これをバラまいた元凶であるメディーバルデュークモンの心境に変化があり、人間がデジモンと接しやすいような配慮が増えたようだ。
「捕まえた!」
「危ない! 腕時計、壊す!」
孫娘がキロプモンを捕まえる。キロプモンは何か目的があってここに来たらしい。
「こんにゃろー! 大人しくしろ!」
キロプモンを病室の窓から追い出そうとする孫娘だったが、ユキミボタモンがそれを止める。
「おい! そのキロプモン、何か伝えたいことがあるんじゃないか?」
「はぁー? コウモリなんてばい菌の巣窟病院に入ってきてんじゃねーよ!」
孫娘は気が立っているのか、ユキミボタモンの話を聞く様子がない。そこに沢渡が出て、どうにか落ち着ける。
「ココちゃん、その子はこれが何か危ないんじゃないかって伝えに来たんじゃないかな?」
沢渡は孫娘、ココに腕時計を見せる。もちろん、腕からは外してある。それを見て、ココは落ち着きを取り戻す。
「で、あんたこれが何なのさ」
「危ない! 壊す!」
しかしキロプモンは上手く説明できないのか、同じことしか言えなかった。そこをワイズモンが補足する。
「沢渡ココ、と言ったな? この腕時計……デジヴァイスもどきを装着した人間のコールドハートが頻発している。キロプモンはそれを感知して、助けに来たんじゃないか?」
「はー、そゆこと。だったら先に言えし」
思いのほか、デジモン自体には驚きを見せないココ。少し前に大規模なデジモン事件があったため、デジモンという存在自体は認知されているようだ。
「隠れ家、知ってる!」
キロプモンは紙のようなものをツバサたちに見せる。そこには沢渡や他のコールドハート被害者が持っている腕時計の画像が載っている。
「ならば、それは私が聞いておこう」
キロプモンは腕時計について何か知っていそうだったが、ワイズモンがそこは引き継ぐ。
(今日疲れたな……)
想定以上の移動で疲弊したツバサはベッドに潜り込み、眠ろうとした。
「ご飯になったら起こして」
「あいよ」
いつものようにユキダルモンをアラーム替わりにしようとしたその時だ。
「じーちゃん!」
ココの悲痛な声でツバサは飛び起きる。沢渡の体が徐々に凍り付き始めていたのだ。
「腕時計は外したのに!」
ツバサは凍結の一番激しい箇所を見る。すると沢渡の右肩に腕時計が張り付いているではないか。腕時計が自ら獲物を捕らえているのだ。
「人間の老齢期か、危険だ! 私の技で一時的に彼の時間を停止させる!」
ワイズモンは沢渡の身に起きた危険をココに伝え、対処も説明する。
「エターナル・ニルヴァーナ!」
ワイズモンは手にした石に沢渡を吸い込む。ココは愕然としていたが、説明のためにもう一つの石からホカホカのブリトーを取り出し、説明する。
「あちっ、まだ熱い! ……と、これは今朝、コンビニで買ったものだ。私のエターナル・ニルヴァーナでこの時空石に封じ込めたものは時間が止まる」
消費期限は明日までになっている。あまり持たないであろうコンビニのブリトーがまだ熱々。これがエターナル・ニルヴァーナの力だ。
「でも、他の人も危ないんじゃ……」
ツバサは沢渡こそなんとかなったが、他の患者のことも気にする。ここに運び込まれた人はコールドハートに気づいてもらえたが、下手をすれば誰にも倒れていることを気づいてもらえていない人もいるかもしれない。
「おいコウモリ! 犯人の場所教えろー! あてぃしが乗り込んでぶっ飛ばしてやる!」
家族に手を出されたからなのか、ココは再び怒りに身を任せキロプモンを問いただす。
「こ、ここはボクが……」
しかしココはデジモンリンカーではない。もしこれがデジモン案件なら普通に危険だ。ツバサが立候補し、解決に乗り出そうとした。
「ならば、これを持っていけ」
ワイズモンは時空石からデジヴァイスを取り出し、ココに渡す。
「何これ、なんかチーズ臭い」
「そ、それは……すまん」
時空石を弁当箱にした件は言い訳出来ず、大人しくワイズモンは謝罪した。
「ともかく、それでキロプモンとシンクロしろ。丸腰よりはいいはずだ。私は他の患者も時間石に封じて症状の進行を止める」
「ま、しゃーねーか。一旦よろしく」
事態が事態だけにココは大人しくキロプモンとシンクロする。
(でも、あの腕時計……誰が作ったんだ?)
ツバサは腕時計の所在について疑問を持ったが、今は沢渡を助けることが最優先だ。彼の脳裏には祖父を失った日のことが浮かんでいる。目の前で同じことが繰り広げられそうになっていて、それで黙っていることは出来なかった。
@
「この廃墟か……」
ツバサは私服の赤いパーカーに着替え、首に祖父の形見のゴーグルをかけてココと共に沢渡を助けるべく現場へ急行した。
ツバサはデジモンの姿が描かれたカード数枚を手に、思考を巡らせる。これはデジモンをこの世界に送り込んだ黒幕、メディーバルデュークモンの渡したものだ。
(今は君にだけ渡そう。困ったらカードスラッシュだ!)
そんなことをメディーバルデュークモンは言っていたが、ツバサのデジヴァイス……バイタルブレスにはカードを通す場所はない。
「ここ!」
キロプモンの案内で該当の廃墟へたどり着く。刑務所らしき場所だったようで、あちこちに鉄格子が残されている。
「うーわ廃墟ってやっぱいかねー方がいいんだね。怪しい施設が隠されてるなんて」
ココはそんなことをぼやく。廃墟マニアは探検としてこういう場所に入るが、老朽化した管理されていない建造物はそれだけで危ない。加えて半グレの隠れ家になっているなど、ヒトコワな危険も潜んでいる。
「ん? 誰かいる?」
あれだけ大掛かりな機械を広域にばらまける相手の本拠地だ。警備がいないかは都度チェックしながら廃墟を探索する。
「あれは……」
ツバサ辺りの世代と思わしき、三つ編みを垂らした女の子がデジモンと一緒にスプレーでお絵描きをしていた。
「今のうち……」
相手の素性が分からない以上、見つからない方が都合いい。二人と二匹は女の子が絵に夢中になっている隙にその場を離れた。
「こ、今度は不良かよ!」
が、すぐ近くでココと同い年らしき少女がぶらついている。ここは不良のたまり場にもなっていたようだ。
「おっと!」
「わっ!」
キロプモンの案内で廃墟を突き進むツバサ達は道中、ここに似つかわしくない程度に普通の少女と出くわす。曲がり角でお互いにぶつかりそうになり、寸前で止まる。
「す、すみません」
「こちらこそ」
ツバサと少女は一度立ち止まる。少女の左腕を見るとデジヴァイスを装着しており、彼女もデジモンリンカーであることが分かる。
「なんか今日、人多いな」
「こんな廃墟なのに……」
ココとツバサは先ほどから人の出入りが多いことが気になった。廃墟にしては人が多い。その疑問にはキロプモンが答える。
「ここには他のデジモン、住んでる。それぞれで助け呼んだ」
「なるほどなぁ」
怪しい施設を見つけたデジモン達が人間を探して救援を求めたが、示し合わせていないため複数人が来たのだろう。
「そうなんだ。ボクもデジモンに呼ばれてきたんだ」
少女もその一人らしい。彼女は自己紹介をする。
「ボクは桜羽エマ。デジモンリンカーだよ」
「鷺谷ツバサです」
「あてぃしは沢渡ココ」
それぞれ名前を教え合い、情報も交換する。
「さすがにデジモンだと限界あっかー。怪しいのは分かるけど、それが何かまではって感じ」
ココの言う通り、デジモン達は人間界に来てから日が浅いのもあり不審なもの自体は見ているが、それが何かまでは理解出来てないようだ。つまり、デジモン達の助けに応じてここへ来ても、コールドハートの原因を作る腕時計の根本にたどり着くとは限らない。
「うん、ボクたちはそれぞれ個別で動いた方がいいと思うんだ」
「ツバサ、デジヴァイスの通信機能だ。アドレスを交換するぞ!」
エマの提案で個別行動が決定、ツバサはブルコモンに促されてデジヴァイスの機能を使う。
「デジヴァイスは音声通信が可能です。連絡先を交換しましょう」
「そだね。圏外になったら大変だし」
「うん」
全員はデジヴァイスで連絡を取れるようにした後、別れようとするがエマの声で物陰に隠れることになった。
「隠れて!」
「え? え?」
ツバサは素直に隠れたが、ココは何か逡巡し、抵抗する様子が見られた。ブルコモンとキロプモンが彼女を建物の物陰に引っ張り、三人は同じ場所に隠れる。
「ヒロちゃんだ」
やって来たのはエマの知り合いと思わしき黒髪の少女。礼儀正しそうな足取りにどこか怒りのようなものを感じる。
「知り合いか?」
ブルコモンがエマとヒロの関係を問いただす。エマはどこか言いにくそうにしている。
「うん。友達なんだけど……最近ちょっと……」
「はー……複雑だな」
ブルコモンは人間界の複雑な関係性に想いを馳せる。ヒロがこの場を去り、一行はまた別行動を開始する。
キロプモンの案内で進むこだま、ブルコモン、ココ。その道中でココはあることをぽつりとつぶやく。
「なぁなぁ。ツバサっちさぁ、付いてきてくれるのはありがたいけど、病み上がりで他人のあてぃしらになんでそこまでしてくれるんさ」
確かにそうだ。ツバサは術後の身で病弱。ココの家族に首を突っ込むような余裕はないはずだ。ツバサは自分の首にかけたゴーグルに手をかけ、一言だけ答えを出す。
「ボクにもいたんだ、おじいちゃん」
「……そっか」
それで何かを察したのか、普段騒がしいココが優しく微笑む。
「ここ!」
ちょうど目的地についたようで、キロプモンが声を上げる。廃墟の奥にある部屋、そこに箱が大量に詰まれていた。
「なにこれ?」
「カードゲーム?」
ココとツバサが箱の文字を読むと、何らかのカードゲームがダンボール箱の状態で詰まれていたようだ。
「あー、これ転売屋の不法投棄だわ。見てみ箱」
彼女はそれが何かをすぐに理解する。口の空いたダンボールから一つ、シュリンクに包まれた飾り箱を取り出すがツバサには何のカードゲームか分からない。
「ドラゴンの迷路。MTGプレイヤーの間じゃ有名なハズレパックなんだけど、そこに入っているカードが高額で売れるってデマ流してね、転売屋爆死させた話あんのよ」
「カードゲームですか……」
カードゲームに詳しくないツバサは説明を聞いても何が何だかだったが、要するに兵どもが夢の跡といったところだ。
「はずれ……」
目的のものを見つけられず、キロプモンはしょげる。怪しい人間が出入りしていたというのは事実だろうが、腕時計の関係ではなかったのだ。
「あの紙はここで拾ったのか?」
「うん」
ブルコモンはキロプモンが持ってきた紙について聞く。とすると、何らかの理由で紙がここまで飛んできたのだろう。だとすれば、この近くであるのは間違いない。
「あら、あなた達……」
部屋を探索する二人と二匹に声をかける者がいた。
「あなたも……リンカー?」
青い竜型のデジモン、ブイモンを連れたココより年上に見える女性だった。黒髪を短くボブカットにして、服装もロングスカートを中心にした大人びたもの。妖艶だかどこか胡散臭い空気を持つ。
彼女はツバサの問いに答える。
「ええ。私もデジモンリンカー」
「鷺谷ツバサです。あの、何かここ以外に怪しいところ見ませんでしたか?」
デジモンリンカーという話を聞き、ツバサはこの女性に持っている情報を開示する。
「他のデジモン達がこの廃墟に怪しい人が来ているとボクたちに報告してくれました。それで……沢渡さんを助けるためにはここにあるものをなんとかしなきゃいけないんですけど……」
しかし、その生育環境からどうしても説明は下手。それを補うようにココが補足を入れる。
「あてぃしのじーちゃんが怪しい腕時計のせいで大変な状態でさ、今はデジモンが守ってくれてるけど、他にも同じような被害者いるから、それ止めないとなんだわ」
「あら、今そんな状態なのね」
女性はココの説明を受け、現状を理解する。
「私は宝生マーゴ、あなたは?」
「あてぃしは沢渡ココ」
お互いの素性を伝え合い、妖艶な女性、宝生マーゴはツバサに情報を齎す。
「ツバサくん、ちょうどこの近くに怪しい機械がたくさんある場所があったわ。見たことないものだったから、多分それかもしれないわ」
「ありがとうございます! 行ってきます!」
腕時計の根本らしき場所は確かにこの周辺にあるようだ。キロプモンが問題の紙をここで拾ったのも、距離が近く飛んできたからだったのだろう。
「でもね、あの部屋には少し大きなデジモンが三体いるの。あれはモリシェルモン、成熟期ね」
だがマーゴによると敵もしっかり配備されている様子。当然無防備ではないということだ。
「あてぃしとツバサっちと、そんでマーゴいれば行けるんじゃね?」
「残念だけど、私は足手まとい」
マーゴは少しスカートを持ち上げる。そこから覗く右脚には包帯が巻かれており、負傷が見て取れる。
「負傷するとバイタルに影響が出て、進化できなくなる。ツバサくん、あなたも今は進化出来ないんじゃない?」
マーゴは余裕のある笑みをツバサへ向ける。彼は迷わず、彼女の示した場所へ向かおうとする。
「それでも、やらなきゃいけないんです」
「おいおいおい、あてぃしはともかくツバサっちはもういいだろ? 術後だっちゅーの!」
そのツバサをココが止める。彼女の言う通りツバサは手術から僅か一日程度しか経っておらず、元々の病弱さを鑑みればあまり動くべきではない。
二人を見てマーゴは更に問いを投げかけた。
「見たところ、きょうだいでは無さそうね。とするとツバサくん、あなたがそこまで戦う意味は何?」
真剣そうな質問だが、マーゴは笑みを浮かべて興味本位で聞いているかのような態度を見せる。
「ボクにも、おじいちゃんがいたんだ。たった一人の家族だった」
ツバサはゴーグルを握りしめ、自身の祖父に想いを馳せる。両親から虐待を受け、学校でもいじめられていたツバサにとって、唯一心を許せる相手だった。そんな祖父は、なぜかツバサといる時、少しだけ悲しそうな表情をしていた。
それを今になって思い出した。
「だから、他の人にも無くしてほしくないんだ」
その言葉を聞き届けたマーゴは納得し、彼を見送る。
「……そう。全滅を避けて情報を持ち帰るのも重要よ。頑張ってね♡」
「わかりました!」
ツバサとココはマーゴと別れ、目的地まで急ぐ。彼らの姿が見えなくなってから、マーゴはポツリとつぶやく。
「信じさせてみて、私のこと」
ツバサとココはパートナーと共に目的の部屋に到達した。見たことのない機械が大量にならび、その排熱のせいか少し暑い。
「うーわ、これ何? あの腕時計の関係?」
ココが機械を眺める中、ツバサは手掛かりになるものを探す。部屋の中には書類があり、漢字が多くツバサには読めないが手掛かりになると考えてそれをかき集める。瑞希の背中を見て育ったが故の判断だった。
「これ、あの時計!」
資料を読み進めると、コールドハート被害者が身に着けていた時計の写真が出て来る。どうやらここは本当に、あのデジヴァイスもどきと関係があるらしい。
「キロプモンの持ってたページと同じものだ。誰かに配る資料が風かなんかで飛んだのか」
ブルコモンはそれを見て、キロプモンが情報を得るに至った経緯を悟る。機密なようで管理は結構ガバガバだ。しかし世の中、そんなものだ。
悪さをやる奴はバカ。知能犯と言われるような犯罪者でも例外ではない。本当に頭がよければ法を犯すリスクに目が向くし、合法のステージで稼げるからだ。
「誰だ!」
子供らしき声が飛び込んできて、二人は部屋の入口を振り向く。そこには太り気味の子供が一人立っていた。それを見てツバサは身体をこわばらせる。
「……皇帝」
「しーざー? 知り合い?」
ココは状況を読めていなかった。小太りの子供、皇帝はツバサを確認すると怒りを滲ませる。
「おい……なんで生きてる! じゃあなんでパパとママは捕まったんだよ!」
「話が分からないんだが?」
ここに至るまでの経緯をココは当然知らない。どうやらツバサの両親は何かして逮捕されたらしい。いつ逮捕されてもおかしくないような二人だったので、ツバサは驚きはしなかった。
「ぼ、ボクも……捕まったんだ」
しかし何で捕まったのか分からないため、ココに一切補足することが出来ない。
「へぇ、デジモンに呼ばれて感動の再会ってわけか」
ブルコモンは皮肉を込めて言う。皇帝の隣には哺乳類型のデジモン、ギザモンがいる。ブルコモンはツバサがどうやって育ってきたか、その大体を知ってしまったため皇帝に対して敵意を向けている。
「ギザモン……あいつがパートナーを持てるなんて……」
ツバサはデジモンアナライザーでデジモンの正体を調べる。彼がここまで言う程度に、皇帝は他者と関係を築けない人間なのだ。
「んなわけねぇだろ! また俺の邪魔をするのか! これで三度目だ!」
「どうやらここは、あのおデブの隠れ家みたいだね」
ココも皇帝の口ぶりから、この場所に関与していると踏んで挑発する。この分なら多少煽れば、何か情報を零しそうだ。
「これは貰っていくよ! 親子水入らず、留置所で川の字だな!」
ツバサは手に入れた資料を皇帝に見せる。特に、沢渡らコールドハートの被害者が付けていた腕時計のページが見えるように。
「おぉ、ツバサっち煽りセンスいいじゃん」
ココは歳不相応な語彙に関心していたが、皇帝の方は何を言われているのか分かっていない様子だった。
「……悪口、分からない。興味深い」
「あちゃー! 煽りも頭悪いとわかんねーのか!」
キロプモンとココはそれを見て頭を抱える。ここまで状況のまずさが皇帝に理解出来ていないとは思わなかったのだ。
「なんだか知らんが、ここは俺が究極の力を得るための場所だ! 邪魔させるか!」
ただ、その馬鹿さに助けられた。皇帝はわざわざ、自分でこの場所について自白する。
「おーいそこのギザモン! 操られてんの?」
ココは皇帝の味方をするギザモンに声をかける。
今のところ彼女が見たデジモンは自分を案内するキロプモン、ツバサのパートナーであるブルコモン、そして祖父を助けてくれたワイズモンと善玉揃い。てっきりギザモンは皇帝に操られていると思っていたのだ。
「操られている? 俺は利用してんだよ、進化のために!」
だがギザモンは自分の意思で皇帝についていた。
「なるほど、バイタルか!」
ブルコモンは自身も体験したため、ギザモンの目的が理解出来た。デジヴァイスでシンクロしたデジモンは感情や生命力……すなわちバイタルの高まりで通常より進化がしやくすなる。それをギザモンは狙っているのだ。
「デジモンにも悪いやついんだな」
「人間と同じ」
ココは驚いていたが、キロプモンの言う通り人間と同じで悪人も善人もいるのがデジモンだ。
「皇帝! 見せてやれ! 進化するぞ!」
「おう!」
ギザモンにせっつかれた皇帝は掌に収まる、長方形の万歩計をかざしてそこから放たれる光をギザモンに浴びせる。
「ギザモン進化! シーラモン!」
ギザモンは身体が大きくなり、古代魚シーラカンスのような姿へ変化する。成熟期、シーラモンへと進化したのだ。魚ではあるがヒレが手足のように発達しており、地上でも歩くことが出来るようだ。
「ここで暴れられたら証拠が……」
皇帝のことだから口封じと証拠隠滅を兼ねてはいないだろうが、ツバサはここにある証拠品が壊れることを危惧した。
「進化だ!」
「おう!」
ツバサはブルコモンに進化を促す。だがデジヴァイスがエラー音を吐いて、進化することが出来ない。
「バイタル不足!」
術後に動き回ったことが災いして、進化させるだけのバイタルが無かったのだ。
「え?」
その時、ココの脳裏にある言葉が浮かぶ。それを叫ぶことにした。
「パラライズエコー!」
するとキロプモンが口を開き、そこから超音波を発する。
「な、なんだ今の……? 変な言葉が頭ん中に……」
困惑するココだが、シーラモンは超音波にやられて動きを止めてしまう。
「アイスマッシュ!」
ツバサが叫ぶとブルコモンが氷の爪でシーラモンを突き飛ばす。この場からシーラモンを引きはがすことには成功したが、まだ敵は戦う気だ。
「し、進化出来ない雑魚の癖に!」
「成長期に負ける……? 俺が?」
皇帝とシーラモンの連携は揺らいでいた。デジヴァイスによるリンクはお互いの信頼が必須なのだ。
「パラライズエコー!」
「ベビーヘイル!」
それぞれ技をぶつけ続けるが、さすがに相手は成熟期。なかなか倒れてはくれない。
「クソッ! これを使うしかねぇ!」
皇帝も追い詰められているようで、デジヴァイスを掲げて奥の部屋から光のようなものを受け取る。するとシーラモンがオーラを纏い、機敏に動き出す。
「おい! それは究極に至るための……」
「ここで負けるわけにはいかねぇんだよ!」
シーラモンと皇帝のやり取りからして、あの部屋の機械に腕時計で人々から奪ったバイタルが溜まっていたらしい。
「そうだ! このまま追い詰めよう!」
ツバサは何かを思いつき、攻撃を再開する。
「なんだかわかんねぇけど、あいつすっげー慌ててんじゃん!」
ココもそれに乗り、シーラモンを攻撃する。人間の手を借りてでも成熟期になりたかったギザモン、その実態は悲しいことに、非常に弱いデジモンであった。シーラモンになっても硬い装甲で攻撃が通らないだけ。ブルコモンとキロプモンに攻撃を当てることは出来ない。
「クソ! 当てろ! 当てろよ!」
皇帝の弱さもツバサは熟知済みだ。自分より弱い相手でも、複数人で集まらないと何もできない。安全圏からしかイキることの出来ない存在。それはツバサが一番よく知っている。
「もう一押しほしい……」
だが、シーラモンの硬さに進化無しで挑むのはなかなかしんどい。皇帝も当てることに夢中でシーラモンがダメージを受けてくれないと、先ほどと同じことはしてくれないだろう。
「カードスラッシュ、か」
メディーバルデュークモンに言われた通り、カードスラッシュを考えるツバサ。その時、彼のデジヴァイスが光り、その周囲にバーコードのような光の帯が漂い始めた。
「これか!」
ツバサは状況を理解し、その光の帯にカードを触れさせる。
「カードスラッシュ!」
「パラライズエコー!」
ツバサが何かをしようとしていることに気づき、ココはキロプモンの技でシーラモンを足止めする。
「いやー、ゲームのマルチやっとくもんだわ」
「ありがとう! カイザーネイル!」
ツバサがスラッシュしたカードはワーガルルモンというデジモンが描かれたもの。ブルコモンは爪でシーラモンを斬り裂き、厚い装甲を貫いてダメージを与えた。
「ぐおおおおおおッ!」
「何やってんだ! クソッ!」
皇帝はシーラモンの回復を狙い、デジヴァイスを翳す。奥の部屋から飛んでくる光をツバサは左腕、デジヴァイスを付けた腕で受け止めて、横取りする。
「なにっ!」
「やっぱり、バイタル!」
デジヴァイスに表示された輪のようなメーター、バイタルを示すそれが虹色に輝いたことでツバサは予想が当たっていたことを悟る。そして、そのままブルコモンにバイタルを届けた。
「ブルコモン、ワープ進化! クリスペイルドラモン!」
二人の心は同じだった。究極の力のために人々を危険に晒すというなら、究極の力で野心をへし折るだけだ。お前はボクたちに勝てない、と。
「クリスペイルドラモン! 究極進化!」
クリスペイルドラモンに乗り、ツバサは天高く舞う。光り輝くパートナーから空中で離れ、その究極進化を見届ける。
「ヘクセブラウモン!」
ヘクセブラウモンはツバサを空中で受け止めると、左肩の龍の口を開く。
「アブソリュートブラスト!」
そこから放たれた冷気の一撃がシーラモンを粉砕。プランクトンのような幼年期、ピチモンへと一気に退化させる。
「グギャアアアアアアアッ!」
退化によりバイタルを消し飛ばされた皇帝は凍り付きながら地面を転がる。コールドハート寸前になっているが、意識は残っており動くことも出来る。
「ひ、ひぃいいい!」
皇帝はそのままピチモンを置いて逃げ出す。ピチモンは急いでその後を追いかけていった。
『よくやった、ツバサ! ココ!』
事件の収束を確認したメディーバルデュークモンからデジヴァイスに通信が入る。
「どちら様?」
『初めましてか。私はメディーバルデュークモン。デジモンと人の……』
「あーあいつか。おめーすっごい掌ドリルだな! 何があったし!」
ココはメディーバルデュークモンの名前は知らなかったが、存在は把握していた。彼は以前、とんでもない事件を起こしてツバサにボコられて改心したという経緯を持つ。
『その批判は甘んじて受け入れよう。だが、私も人間が嫌いなわけではない。子供を守れぬ人間が嫌いだったのだ』
「まーいいけどさ、何の用?」
普通にため口で話すココに対し、ツバサとブルコモンは顔を見合わせて「神経太いなー」などと思ったりした。
『沢渡ココよ、お前の祖父のコールドハートは解除された。腕時計も外せたぞ。他の被害者も無事だ。ワイズモンのおかげだな』
「ふぅ、よかった~」
報告を受けてココは安心する。目的である沢渡の救助は完了。これで一件落着だ。
『しかし、その部屋はなんだったのだろうな? 座標データは受け取った。あとは人間の警察に任せよう』
「そうだね」
部屋のある座標も転送済み。ぬかりはない。キロプモンと戦い抜いたココにメディーバルデュークモンはある提案をする。
『沢渡ココ、キロプモンよ。お前たちさえよければ、リンカーとしてやっていかぬか?』
持ち掛けられたのはココとキロプモンのリンカー契約。
「うーん。そうだね、デジモンの事件が増えたら危ないし、やってみっか」
「うん、やる!」
二人は最初の関係性からは想像もつかないくらい、リンカー契約に乗り気だった。デジモンと人間が共存する社会に一歩近づいた中で、ツバサは少し考えていた。
(たしかドッペルゲンガーの遺体……ボクの死体が見つかったんだった)
ツバサと皇帝の両親が捕まったと聞いたが、心当たりはドッペルゲンガーの死体の件だろう。
鷺谷ツバサの死体が、彼が『異世界に行く儀式』をしたマンションのエレベーターから発見された。その件で警察に話を聞かれたが本当に軽い聴取だけで、両親の逮捕も聞かされていなかった。
警察としては、ブルコモンのリンカーである鷺谷ツバサは遺体で発見された鷺谷ツバサと同姓同名の他人という見解を示していた。瑞希もいろいろ仮説は立てていたが、それを司法が証明することは困難で、結局警察の見解と結論が同じになるので警察に話すことはなかった。
ココはキロプモンに、ツバサは自身の家族に起きたことに夢中になっていて気づいていなかった。この戦いを見届けた影がいるということに。
デジモン図鑑
キロプモン
成長期 哺乳類型 ウィルス種
コウモリに近い姿をしたデジモンで、無音に近い羽ばたきと優れた情報収集、解析能力が特徴。ただし収集する情報はキロプモンの興味関心に左右されるため、広い雑学程度のものしかない。
闘争心も低く戦闘には不向きだが、仲間のサポートにおいては優秀。リンカー次第、ではあるが……。