なんでも遭遇すると死ぬとか、正体は反物質だとか、お馴染みの怪談ですよね。
そんなものの死体が現れたら、どうすればいいか分かりますか?
警察? 救急? 書類は? もう何がなんだか分かりませんよね?
次回、デジモンのいる異世界へいく方法。『ドッペルゲンガーノ死体』。
「なぁなぁツバサっち、これ何?」
「な、何でしょう……」
事件を解決した翌日、ココとツバサは病院の会議室に呼ばれていた。そこには瑞希もいた。各々のデジモン達、キロプモン、ブルコモン、フレイモンもいる。
「先日の事件で逮捕されていた鷺谷夫妻の息子が関わってたでしょ? だからその関係じゃないかな?」
彼女はツバサの両親が主な要因だと考えていた。そんな瑞希の胸部を見て、ココは自分の胸に視線を落として絶望する。
(なんでココさんそんな意図せず公開処刑を目の当たりにした人みたいな絶望顔を?)
(女心は複雑だからな。女性型デジモンでも厄介だっつーのに、そのデータ元だとなぁ)
ツバサとブルコモンはひそひそ話す。この場だとココしか気にしていないが、瑞希は所謂『巨乳』の部類。ココもネタにされたりいじられるくらい薄いわけではないだろうが、気になる年頃というわけだ。
「沢渡ココだったな。胸筋が気になるなら……」
「わー! わー!」
そこに空気を読まず、ダンベルを持ってフレイモンがやってくる。そのノンデリっぷりを見てツバサとブルコモンは急いで彼を取り押さえた。叫んで発言を打ち消すのもセットだ。
(体の話はデリケートなんです!)
(デジモンと人間は違うんだよ!)
後方でバタバタをしているのを聞き、ココは一同の話に加わる。
「いや気ぃ使って貰ったところ悪いけど、やっぱ夜更かしよくないなって」
「え? 私熱中してると徹夜するタイプだけど?」
せっかくココの生活習慣がいい方へ向かいそうだったのに、瑞希が全部台無しにする。天は何を思ってこの女にグラマラスボディを与えたのか。
「悪いこと吹き込むのやめてっ!」
「お前これが閉鎖空間で殺し合うタイプのデスゲームだったらターゲットにされてるぞ」
ツバサが真っ当に怒り、ブルコモンは瑞希に伝わりやすいように言い換える。
「ふむ、集まったようだな。デジモンリンカーたちよ」
時間が来たのか、会議室に見慣れない制服を着た若い男が入ってくる。前髪が左目に掛かるような状態になっているが、その理由はすぐにわかった。男はツバサを見ると左の前髪を持ち上げ、眼帯に覆われた左目を見せて告げる。
「お揃い、だな」
ツバサは最初こそあっけにとられたが、少し微笑んだ。
「初めましてだな。私は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地所属、土岐樹だ。そして……スカルナイトモン、ロード!」
男、樹は長方形の無線機らしき機械を虚空に向ける。すると、その画面から骸骨のようなフォルムを持つ小さなデジモンが現れる。
「お初にお目にかかる。私はスカルナイトモン」
「お前今どこから出てきた? リアライズ……じゃねぇな?」
ブルコモンは周囲を見渡し、スカルナイトモンが出てきた場所を探す。樹は手にした機械について説明を入れる。存在が曖昧となり姿が見えなくなる状態から実体化するリアライズとは勝手が違う。
「クロスローダー。デジモンの格納を可能とする、我々の開発したデジヴァイスだ」
ツバサ達の持つデジヴァイス、バイタルブレスとはまた毛色の違うアイテムだ。デジモンの格納、とは大きく出たものだ。
「そんなものが、もう開発されていたなんて……いえ、違うわね」
瑞希は技術に驚きつつ、自分の考えを語る。
「メディーバルデュークモンは25年前に、この人間界に来たと言っていた。ずっと昔からデジモンはこの世界にいた……だから陸自がクロスローダーを作った」
「賢いな、君は」
その説は合っているようで、樹も肯定する。
「君たちがデジモンと出会い、デジモンリンカーという概念が生まれる前から、この世界にはデジモンがいる。デジモンが敵となるか味方となるか、どちらにせよ国を守るならマークする必要がある」
デジモンは敵ではない、とツバサはとてもでないがいうことが出来なかった。彼が出会ってきたデジモンにはブルコモンを初め味方となってくれるデジモンもいれば、敵対する者もいた。怪我で錯乱し襲い掛かってきたクワガーモン、お互いの理解が足りずに戦闘となったウィッチモン、アグニモン。そして人間に失望していたメディーバルデュークモン。
さらに進化のため、人間を利用しているギザモン。
今の人間とデジモンの良好な関係は奇跡といってもいい。
「メディーバルデュークモンがおらずとも、偶発的に開いたゲートへデジモンが吸い込まれ、この世界へ来ることはあった。逆も然り」
「逆……つまり失踪事件のいくつかは、人間がデジタルワールドに迷い込んだもの……」
瑞希はそういう例もあるのだろうと考える。樹もそこは実例があると伝える。
「およそ25年前の夏、キャンプに来ていた子供達が僅か数時間、失踪する事件があった。その後、お台場でいくらかの騒動が起きて……。あれは無許可のドッキリが大ごとになった、というカバーストーリーにしてある」
「あとで調べるか……」
情報を聞いた瑞希は記者なだけあり、今後の予定を立てる。既にデジモン絡みで大きな事件が起きていた。それは調査の価値があるだろう。
「なぁなぁ陸自のおっさん」
ココは樹に気になっていたことを相談する。
「おいおい、私はまだ28だぞ。おっさんは……いや、おっさんだな! よし!」
自分の年齢を確認し、樹はココの質問を受けた。見た目は若いが十代のツバサやココからは十分おっさんだ。
「ツバサっちの弟、シーザーだったかな? そいつもデジヴァイス持ってんだわ。なんで悪人がデジヴァイス持ってんの?」
ココからすれば当然の質問であった。ツバサたちの持つデジヴァイス、バイタルブレスはメディーバルデュークモンが配下のデジモンに託し、そのデジモンが認めた人間に渡すシステム。
瑞希のものはウィッチモンから、ココのものはワイズモンから譲渡されたもので、彼らは人間界にこそ疎いが話せばわかる程度に善性を持つ者たち。バイタルブレスを悪人が持つ、というのはメディーバルデュークモンが配下を選定している点からも考えにくいことだ。彼自身も人間の悪性に絶望した者なのだから。
そしてクロスローダーは言わずもがな陸自の装備。銃火器よりも機密性が高いと考えられ、小型だが早々流出するものではない。
にも関わらず、皇帝はギザモンと共にデジヴァイスを所持していたのだ。
「君たちが目撃したのは『デジモンペンデュラム』。デジタルワールドの管理者が人間界に目を付けた際に考案した、バイタルブレスの先祖だ」
樹は彼らが見たデジヴァイスの情報も持っていた。皇帝が持っているデジヴァイスはゲーム機で言うと、switchに対するファミコンのようなもの。
「デジモンペンデュラムは25年の年月を経て、デジタルワールドでは容易に製造できるようになっている。野心を持つデジモンが持ち込んだり、販売したものだろうな」
「違法製造の銃みたいな感じかー……」
ココの言う通り、皇帝が持っているのは管理されていない凶器。デジモンも、それと繋がって進化する道具も人間界ではもてあます。それゆえ、デジモンリンカーは登録制。必ずリンカーとデジモンを記録しなければならない。
「沢渡ココ、メディーバルデュークモンにカードスラッシュをアンロックしてもらえた時のために、これを渡しておこう」
「あんがと、ツバサっちの持ってるみたいなカードだね」
樹はココにスカルナイトモンと『デットリーアックスモン』なるデジモンが描かれたカードを渡す。
「というかカードスラッシュって資格制かぁー」
「あいつは人間を全面的に信じているわけではなさそうだからな」
ココの言い分もそうだが、樹の意見も分かる。メディーバルデュークモンはカードスラッシュが強大な力になると踏んで、与えるのに慎重なのだ。
「鷺谷ツバサ、沢渡ココ。君たち未成年のリンカーに言っておくことがある」
樹はツバサとココに向けて重要なことを伝える。
「デジモンの事件に関われる人間はまだ少ない。君たちに力を借りねばならない時も来るかもしれんが、我々大人にも意地がある」
デジモンリンカーはまだ少数。リンカー免許の番号がツバサが1、瑞希が2という状態でココも一桁台。究極体へなれるリンカーに至ってはツバサのみ。だが、そんな中でも大人たちはあることを決めていた。
「戦う、守る責任は我々大人が背負うべきだ。君たちは自分の命を守ることを優先してほしい。戦ってよいのは逃げられない時、背中に守る者がいる時だ」
子供に重責を負わせるわけにはいかない。例え人員が少なくとも、目の前に究極の力を持つ子供がいても、それは揺るがない。
「……わかった」
ココは普段の騒がしさが消え、真面目に答える。
「わかりました」
「ね、私とアルダモンいるし」
ツバサもそれは快諾する。瑞希とフレイモン……アルダモンも十分な戦力だ。
@
「早速で済まないが、ツバサくんと瑞希さんは市ヶ谷駐屯地へ向かってほしい」
ココと別れ、ツバサと瑞希は市ヶ谷駐屯地へ行くことになった。そこまで送迎する車は何故かパトカーだ。
「パトカーなのね。自衛隊なのに」
「往けばわかるさ」
樹に見送られ、瑞希はパトカーの助手席に乗り込む。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
彼女が礼儀正しく挨拶するため、ツバサも真似て挨拶する。彼とユキミボタモン、フレイモンは後部座席だ。運転席にいるのはスーツを着た若い男性。
「初めまして。私は大神リクというものです。警察庁の刑事をしています」
「け、警察庁……!」
その男性、大神リクの所属を聞いてツバサは目を輝かせる。
「警察庁? 警視庁じゃなくて?」
フレイモンは家のテレビで刑事ドラマを見て、警視庁の存在は知っていた。しかし警察庁に関しては詳しくない。一方でツバサは詳しいのか彼に解説をする。
「警視庁は首都、東京のなんとか県警みたいな立場。警察庁は日本の警察を束ねるとこって感じ。役割が違うの」
「ほう、詳しいな」
大人でも知らない二つの違いを的確に説明するツバサにリクも驚く。ツバサは少しうれしそうにしてから、俯いて理由を語る。
「お巡りさんになるの、夢だったんだ……」
夢だった、過去形なのには理由がある。犯罪者の親族は警察官になれない。法的な根拠があるわけではないが、一般的にはそう言われている。そしてツバサの両親は死体遺棄で逮捕されている。彼にとって、この夢はもう途絶えたものなのだ。
「ツバサくん……」
その思いは瑞希も悟るところだった。彼女も警察に関する知識がないわけではない。
「警察官だけで市民の安全が守れるわけではないよ」
そんなツバサにリクは優しく語り掛ける。
「え……」
「例えば、このパトカーも作って整備してくれる人がいなければ動かない。これが無ければ私たちは現場に急行出来ない。真面目に生きる人たち、一人ひとりが私たちを助けてくれる」
世の中とはそういうものだ。目立つ職業の人だけいれば成り立つというものではない。
「そして、私たちだけでは力が及ばない事態が今、まさに起きている。もちろん、子供たちに重荷など背負わせたくないが、もしもの時は究極の力……ヘクセブラウモンの力を貸してほしい」
「……はい!」
なによりデジモンに関する事件はリンカーの少なさから、対応できる人員に限りがある。
「しっかし意外だな、お前お巡りさんになりたかったのか」
ユキミボタモンはツバサの夢を初めて知った。長く一緒にいると、そんな仕事を夢見るようなタイプに見えないし感じられないというのが正直なところだった。
「昔、皇帝が線路に置き石して電車を脱線させたことがあるんだ」
「うわ、大事故」
夢を持った経緯を語るツバサ。しかし開幕大事故で瑞希は絶句してしまう。
「でも、ツバサくんの住んでいた地域の脱線事故か……」
「重要な情報だな」
しかし彼女とリクはお互いに調査すべきポイントは外さない。
「身代わりでボクが出頭することになったんだけど……実はボク、その事故に巻き込まれてたんだ。顔の傷はその時の」
ツバサは左の顔と耳に刻まれた傷を見せる。
「あ、穴は別か……」
耳にはピアス穴のようなものもあるが、別の時に開いたものらしい。なんで傷がそんなにあるんだ、と誰もが気になるが口には出来なかった。
「それでよく身代わりさせられると思ったな……」
フレイモンはツバサの両親に引いていた。普通に考えてバレバレである。だが、それを考えられないからツバサを虐待していたのだ。
「お巡りさんがそれに気づいてくれたんだ。だから、お巡りさんになりたいって思ったんだ」
もちろん、即座にバレた。対応した警察官が不審に感じて色々と調べ、突き止めたのだ。
「困った人に手を差し伸べられる大人か、いい目標だ」
リクはツバサの憧れをかみ砕き、警察官に触れず目標を示す。
「困った人に……なれるかな」
ツバサも夢こそ破れたが、夢の本当の姿を知ることが出来た。リクと出会えたのは彼にとって、大きな財産となった。
@
「デジモン案件は国家の安全保障、及び治安維持において重要な案件です。なので、陸上自衛隊と警察庁が合同でデジモン事案対策室……通称『デジ対』を設立しました」
「それでパトカー……」
市ヶ谷駐屯地にパトカーで入り、一行はリクから説明を受けつつ、ある部屋の前に通される。駐屯地というからもっとミリタリーで物々しいのかと思われたが、なんてことはない役所の延長みたいな建物だった。もちろん、それは中の話であって外は警備が厳しい。
「ここは霊安室だ。鷺谷ツバサの遺体がここに運ばれています」
ツバサが儀式を試したマンションで発見された、同姓同名の鷺谷ツバサの遺体。それがここにはある。
「なんでデジ対に?」
「鷺谷ツバサは『ファーストデジモンリンカー』です。加えて、あの事件で『明日の犠牲者』として名前が挙がった」
ここにツバサの遺体が運ばれた理由は大きく二つ。
まずは鷺谷ツバサがデジモンリンカーであるということ。同姓同名かつ同じ特徴を持つ鷺谷ツバサがデジモンに深く関与しているのだ。
そして、メディーバルデュークモンの起こした事件で名前が出ていたのも理由だ。彼は明日、助けられる理由で死ぬ人間をリストアップして深夜にテレビで、そのリストを放映していた。その中に鷺谷ツバサの名前もあった。
こうした経緯から鷺谷ツバサ死体遺棄事件はデジモン案件の疑いが掛かり、デジ対預かりとなったのだ。
「君はここで待っていてくれ。死体など、見るものではないからな」
リクはそう言って部屋の前にあるベンチにツバサを座らせる。
「鮫島さんは確認の為に見てもらう必要がありますが、大丈夫ですか?」
しかし一人は見てもらう必要がある。唯一の大人である瑞希が必然的にその役割が回る。
「損壊もないし水死体じゃないんでしょ? 余裕余裕」
「……まぁ、そう言うなら」
瑞希がそう言うのも強がりではない。
彼女は過去に震災とそれに伴う津波で家族を亡くした。あの日本を震撼させた原子力発電所の事故を伴う震災だ。自衛隊の出動もあったとはいえ彼らの人手には限界がある。ある程度は被災者自身で瓦礫の撤去をする必要があった。
そこで見たのは津波に呑まれ、水の中で放置された人々。最初は怯え、悲しんだ瑞希も段々と感覚が鈍磨していった。心を守るための働きだろうか、そのせいで彼女はグロ画像など見てもなんとも思わない状態になっていった。
「しかし、とはいえひと月以上前の遺体だ」
「うん、わかってる」
リクと瑞希は霊安室に入る。鷺谷ツバサの遺体が見つかったのは2月15日。今は春で、通常考えられないくらい長く遺体は保管されている。
「おお、思ったより綺麗だ」
瑞希は霊安室でツバサの遺体と対面する。自分の家族であるツバサは生きているが、同じ顔をした遺体があるというのは不思議な気持ちになる。
「顔の傷、微妙に形状が違う」
概ね身体的特徴は同じだが、瞳の化膿など死んでいるが故に分からない場所もある。また顔の左側にある傷は目に及ぶ点こそ同一ながら、形が異なっている。
「大神さん、もしかして歯の隙間に木の繊維が残ったりしてませんか?」
「……! どうしてそれを?」
瑞希の言葉を聞いてリクは動揺を見せる。
「あ、残ってるのね」
「なぜそんなことを?」
おまけに彼女はリクの反応から情報を抜き取ってくる。オカルト系と侮るなかれ、鮫島瑞希は記者としての腕も一流なのだ。そもそも人間の機微程度読み取れない者が、オカルトなどという理不尽の化身とやり合えるわけもない。
「ツバサくんですね、お爺さんから木の枝をほぐすと歯ブラシになるって教わったんですって。私も彼の状態の割に歯は健康的だったから、気になって聞いたんです」
「では……ツバサくんは両方とも同じような曾祖父を持ち、同じ技術を教わった可能性があると……」
僅かな情報だが特徴的。瑞希は目の前のツバサが、家族となったツバサの『並行同位体』にあたると考えた。
「というか、おじいちゃんってひいおじいちゃんだったのね。話聞く限り一人しかおじいちゃんいなかったみたいだし、ひいかどうか判別してなかったのかな」
瑞希はついでにツバサのおじいちゃんが曾祖父であるという情報も掴む。ツバサにとっては誰であれ唯一自分の味方をしてくれる『おじいちゃん』であるということは揺るがない。
「事件はどう収束を付けるんですか? ツバサくんは生きてるし、死体もあります」
「彼は同姓同名の別人、と警察は考えています。もし彼の証言通り、異世界からツバサくんが来たとしても、このツバサくんとは無関係の別人です」
生きている鷺谷ツバサと鷺谷ツバサの死体が同時にある。とはいえ常識的に考えれば、奇跡的によく似た二人として対処するのが普通だろう。
「ツバサくんの親は死体遺棄、偽りの死亡届けを出した件で逮捕……起訴は行きそうね」
「今は拘留されているはずです」
ツバサの両親は既に逮捕。その息子がデジヴァイスを手に暴れているという状態だ。
「ツバサくんは生きているけど、このツバサくんはここで……終わりなのね」
瑞希はツバサの遺体を前に、そんなことをポツリとこぼす。
「福島に私の家族のお墓があるんです。ツバサくんのお骨、そこに収めてもいいですか?」
「このままでは無縁仏だろう。弔ってくれるならむしろありがたい」
助けが間に合わず、死んでしまったもう一人のツバサ。彼を眠らせてあげられるのは、瑞希しかしないのだろう。
「ん?」
「なんだ?」
ツバサの遺体を前に話をする二人を強烈な違和感が襲う。その時だ。ツバサの遺体が無くなっていたのだ。何か揺れたり停電したり、そんな分かりやすい変化すらなかった。
「ない!?」
「馬鹿な……!」
二人は慌てて霊安室を出る。部屋の前に座るツバサ達は何が起きたのか、というように顔を見合わせた。
「どした?」
「そんなに慌てて」
ブルコモンとフレイモンが事情を聞く。
「ツバサくんの遺体が消えたの!」
「誰か怪しい人を見なかったか?」
瑞希とリクは周囲を見渡し、状況を確認する。誰も通り掛かった形跡はない。いくらツバサが小柄で軽いとはいえ、遺体はそう簡単に持ち運べないはずだ。
「だ、誰も……」
「誰も見てねぇぞ」
ツバサとブルコモンはお互いに否定する。だが瑞希はそこに違和感を覚えた。
「ユキミボタモン、進化したの?」
「今日は病院出てからずっとブルコモンだぞ?」
「そうだっけ?」
僅かな違和感。何か少しだけ選択が違うような、そんな感覚だった。
「た、大変です!」
そこに一人の自衛官が走ってくる。いつの間にか駐屯地に設置されたサイレンが鳴り響き、周囲が警告灯の光で赤く染まる。
「駐屯地にデジモンを伴った侵入者です!」
「なんだと……」
まさかの緊急事態。ツバサとブルコモンは顔を見合わせたが、リクは即座に自衛官へ指示を飛ばす。
「富入本部長か止木警視正が到着するまで、警察のデジモンリンカーが現着するまで包囲して警戒を! 侵入者の動向は?」
「鷺谷オレオと名乗っています。鷺谷ツバサくん死体遺棄事件の被疑者です!」
その名前を聞いた瞬間、ツバサは誰が来たのかを察知する。
「あいつか……!」
「ツバサくんの、血縁上のお父さん?」
瑞希はそう言ったがツバサは父として認識していなかった。元々、曾祖父を『唯一の家族』と認識していた上に、瑞希の養父という父親の手本みたいな人間を知ったので当然ではある。
「戦うかどうかはさておき、とりあえずリンカーは現場にいた方がいいね」
「よし、任せとけ」
瑞希とフレイモンは前線に出るが、リクは苦々しい顔をしていた。民間人を危険に晒すというのを警察官として恥じているのだ。
「ああ、ツバサくんは出てこない方がいいかも。相手を刺激するから」
「わかりました」
ツバサは瑞希の指示に従い、駆け付けた自衛官と共に避難。非戦闘員が避難するエリアに向かう。
「あれか……」
瑞希とフレイモン、リクは侵入者である鷺谷オレオのいる場所へ向かう。入口の駐車場だが、ちゃんと敷地内なので不法侵入だ。
「罪重くなってて草」
死体遺棄もそれなりに重いが、場合によっては死刑一択の内乱罪になりかねない状況で瑞希は少し笑ってしまった。
「お前たちは税金を無駄に使い人殺しの訓練をしている! 何の罪もない俺達を捕まえて何をする気だ!」
オレオは知能が低いのか、叫んでいる内容もどこかで聞いた文句かつ曖昧で、要領を得ない。それ以上に瑞希の目を引いたのが、その見た目だ。
「ハンギョモン、完全体か」
フレイモンはオレオが連れている、魚人型のデジモンを見て呟く。瑞希はそのデジモンとオレオを見比べて首を傾げた。
「どっちがハンギョモン?」
「マジか……」
彼女がそう言うくらいには、オレオはとんでもない魚顔をしていたのだ。
「あれとツバサくんが親子? 血筋? ないない?」
「まぁ似ても似つかぬとはまさにこのことだが」
フレイモンもツバサとオレオが全く似ていないこと自体は認めた。人格由来の表情の歪みがそう見せている、というよりはそもそも造詣自体が違うような気もする。
「日本は平和主義国家! なのになぜ軍隊がいる!?」
オレオの口元をよく見ると歯がほどんど残っておらず、そのせいか滑舌もフガフガしている。どもりがちなツバサの方がまだしっかりと話せているレベルだ。もうこれは物理的な要因。歯を大事にしたツバサの勝利だ。
「あの! もしかしてインスマスって港町のご出身!?」
「何言ってんだかわかんねぇよおおお!」
瑞希の煽りをオレオは理解していなかった。クトゥルフ神話の引用も知らないくらい教養もない、ということだ。今の時代、誰が深きものじゃくらい返せて当たり前だ。
「それに演説も全然だめ。自衛官の前で演説を打つならこうしないと」
瑞希はその辺りに置かれた拡声器を手に、駐車場の一角に移動する。
「聞けい! 聞けい! 男一匹が命を懸けて諸君らに訴えているのだ!」
「お前は女だろ!」
しかしこれもオレオに伝わらない。
(三島由紀夫か?)
(三島由紀夫だな)
(三島由紀夫知らないとかマジか?)
(三島由紀夫も分からないとか義務教育何してたんだ?)
自衛官たちには元ネタがキチンと伝わった。三島事件自体が自衛隊と関わりのある案件なので、隊員は知るところだろう。そうでなくても一般教養としてはインスマスより難易度が低いはず。
「まぁいい。俺達はデジモンという圧倒的な力を得た……」
オレオはハンギョモンを自衛官たちに差し向ける。
「俺も人間を得た! これで俺は究極に至れる!」
ハンギョモンも同意の上でのパートナー関係なのか、彼はやけに張り切っている。皇帝と組んでいたギザモンと考えは同じなのだろう。
「ふふふ……顔は地味だがいいモン持ってるじゃねぇか」
オレオは瑞希の胸を見て下卑た笑いを浮かべる。瑞希は彼の目当てにピンと来ていなかったが、彼女をオレオの薄汚い視線から隠すようにリクと、密かに進化していたアグニモンが立ちふさがる。
「妻帯者とは思えん下品な男だ」
「俺が行こう」
アグニモンはハンギョモンににじり寄る。
「見たことねぇデジモンだな。いいとこ成熟期ってとこか?」
ハンギョモンは目の前に敵がいるにも関わらず余裕を見せていた。
「完全体の俺に勝てぶほあ!」
当然、そんなのだからアグニモンにぶん殴られてフッ飛ばされた。
「お前よくそれで完全体まで生き残ったな」
「完全体ってクリスペイルドラモンとか? 進化の概念がよくわからないんだけど」
瑞希に問われ、アグニモンはハンギョモンをいなしながら答える。デジタルワールドについての知識はまだ、人間たちに知られていないところも多い。
「デジモンの進化レベルだな。二段階の幼年期、ブルコモンやフレイモン、キロプモンにこいつのガキが連れてたギザモンが成長期。幼年期から生き残れば自然と成長期になるが、デジモンの進化レベルは人間の年齢と微妙に違う」
微妙に違う、とアグニモンが語ったのは時間経過で進化するパターンとそうでないパターンがあるからだ。
「成熟期もまだ、時間経過で到達できるラインだ。もちろん質の良し悪しはあるがな。完全体への到達はそれなりに努力が必要だ」
「へぇ、じゃあハンギョモンも凄い側なんだ」
「えっへボゲッ!」
瑞希に凄いと言われて自慢げなハンギョモンは隙を晒し、顔面にアグニモンの拳が突き刺さった。
「人間でいうと高卒ってところだ。システム上、100%を保証しないが大多数の人間は持ってるって感じだ」
デジモンの完全体を人間に例えるとアグニモンが言った通りになる。全員成れる保証はないが、多くは到達するライン。
「だから完全体の先に行った伝説の十闘士は伝説となったし、究極体は特別なんだ。完全体の名の通り、元来デジモンは完全体がゴールだ」
かつてのデジタルワールドでは完全体が最終進化だった。その先に行った者たちが築いた道が、今のデジモンを作っている。
「確かに、ブルコモン見てると究極体だけ毛色が違う……」
瑞希も心当たりはあった。ブルコモンは進化しても氷のドラゴンという基礎が崩れることはなかった。だが究極体のヘクセブラウモンになった途端、魔法騎士という別物へと変貌を遂げた。
「ぼげぇえええ!」
会話しながら、という片手間でハンギョモンはボコボコに殴られてダウンする。アグニモンは決して敵を侮っているわけではない。正当に敵の戦力を評価した上でこうしているのだ。
「クソ! もっと頑張れハンギョモン!」
オレオはデジモンペンデュラムを振ってハンギョモンにバイタルを送る。バイタルを急速に吸い取っているせいかオレオの体は徐々に凍り付いていった。
「なるほど、そういう機能か」
アグニモンが一気に勝負を着けなかったのはデジモンペンデュラムの性能を確かめるため。瞬殺した方が安全だが、犯罪者に出回っているデバイスの性能は今後のため明らかにしておくべきだろう。それがデジモン犯罪を取り締まる組織の眼前で出来るなら、なおさら。
「ウガアアアアア!」
ハンギョモンは傷が癒え、巨大化していく。それと同時に殆どオレオは凍り付いてしまった。まるで解凍する前の冷凍うどんだ。
「さ、寒い……なんだこれ」
バイタルを失うと発生するコールドハート。体温を生み出す生命力が消耗しているわけだから、寒さを感じるようだ。
「瑞希!」
「ええ!」
敵が本気を出した。アグニモンはビーストスピリットを用いて進化する。
「スライドエヴォリューション! ヴリトラモン!」
アグニモンは大きな翼を持つ龍、ヴリトラモンに姿を変えて攻撃に出る。
「いや、全員伏せろ!」
ここからが本番、と思った矢先だ。ヴリトラモンは周囲にいる自衛官に向かって叫ぶ。天から何かが降り注ぎ、巨大化したハンギョモンを打ち据える。
「な、なんだこれは!」
ダメージを受け、あっという間に幼年期のピチモンにまで退化したハンギョモンに動揺するオレオ。地面に突き刺さったのは青い、六角形のパネルだ。それは止むことなく空から降り注ぐ。
「瑞希さん、こちらへ」
リクは瑞希の肩を抱き寄せて庇うようにしつつ、屋根のある場所へ避難する。他の隊員もヴリトラモンの援護を受けて退避していった。
「空に蝶みたいなデジモンが!」
瑞希はその中でも、敵の正体に気づいていた。
「鷺谷オレオが逃げます!」
「今はそれどころではない!」
オレオはパネルが飛び交う中、一目散にピチモン共々逃亡する。本来は捕まえなければならないが、正体不明の敵が出た以上はそちらの対処を優先することになる。
「俺が近づいたらデジモンアナライザーを使え!」
ヴリトラモンは天へ飛び、デジモンに接近する。瑞希がデジヴァイスにある図鑑機能を使うと、敵の正体が判明する。
「完全体、エオスモン? 暁の女神?」
ギリシャ神話において暁を神格化した女神エオス、その名を冠したデジモンだ。姿は人に近いが、ブルコモンの龍やキロプモンのコウモリのようにベースが判然としない。蝶に見えたのも翼の配置故。
「っ……! フレイムストーム!」
瑞希は脳内に流れた技名を叫ぶ。ヴリトラモンは翼を羽ばたかせ、熱風を巻き起こす。だがエオスモンは六角形のパネルを盾にし、攻撃を防いでくる。
「なかなか厄介だな!」
両腕の剣で応戦するヴリトラモンだが、パネルは堅く攻撃が通らない。
「……いや、ダメだ!」
再び技名が浮かぶ瑞希だが、そのコロナブラスターでは防がれると考える。かといってアルダモンになれば、相手は強い技を警戒してくるだろう。防がれるイメージを持たせたまま、不意打ちのように仕掛けるべきだ。
「そうだ! ブラフマストラ!」
瑞希の声に応じ、ヴリトラモンの剣が開いてそこから高熱の弾丸を大量に連射する。エオスモンはパネルを構えるが、重い攻撃が何発も放たれてパネルが砕け、攻撃を受けてしまう。
「アルダモンの技がなんで?」
「ツバサくんが試してたの、教えてもらったんだ」
技を放ったヴリトラモンが困惑する中、瑞希は種明かしをする。ツバサは以前、ブルコモンの技を色々試していた。その調査でブルコモンの状態でも、進化前のヒヤリモンが使えた技は使えることが判明したのだ。
ヴリトラモンとアルダモンは同じヴァリアブル体という、通常の進化レベルと異なる位置にいる。しかしアルダモンのブラフマストラはヴリトラモンも持つ武器『ルードリー・タルバナ』から放たれる。そのため、もしかしたらと考えたのだ。
「さすがにアルダモンの時よりは威力低いか……」
撃てはしたが、スピリット二つを宿す姿には出力が劣る。それでも効果はあった。
「倒せた……のか?」
エオスモンは撃破され、そのままデジタマに戻るのかと思われた。しかしエオスモンは映像の逆回しでもしているかのような動作で撤退していった。
「なんだあいつ……」
戦ったヴリトラモンも不気味さを覚えていたが、今は窮地が去ったことを安堵すべきだろう。
@
「逃走した鷺谷オレオは現在、警察が捜索中です。安心してくれ、と言いたいところだが……」
リクは言葉を濁しながら瑞希とツバサに状況を説明する。
「逮捕された、と聞いていたけど……」
瑞希はオレオが捕まった、という話を聞いていたのでそこを問う。リクも聞かれると思っていたのか、そこを示す資料は手にしていた。
「この資料によると、国選でない弁護人がついて鷺谷夫妻の釈放手続きをしたとのこと。つまり、鷺谷夫妻は今、自由の身です」
「ええ!? 悪い奴出しちゃったのか!?」
話を聞いてブルコモンは驚く。詳しくないとそう感じるのも無理はないため、ツバサが解説を挟む。
「逮捕ってすごく制限が厳しいんだ。だから証拠隠滅……この件だとボクの死体とか燃やしたり隠したり、それと逃亡の恐れがない場合は逮捕出来なかったりする」
「それ野放し?」
「ううん。逮捕は刑罰じゃなくて、証拠隠滅と逃亡を防ぐ捜査の手段。だから家にいるまま起訴出来る在宅起訴ってのがある。そうなったら起訴拘留で拘置所ってとこに送られるんだ。起訴拘留も裁判を受けさせるためのもの。刑務所に行くのは刑罰が確定してから」
詳しくないと混乱するが、逮捕、拘留、懲役や禁固は全て別物。この辺りは覚えておくとニュースを見る時に役立つだろう。
「だから犯罪によっては逮捕されてから、いろいろして保釈されることもあるんだ。もちろん、保釈金ってのを払わなきゃいけないけど……」
保釈金は逃げなければ帰ってくるお金、スーパーマーケットのカートを使うために入れるコインみたいなものだとツバサは追加する。しかし逃げるのを防ぐシステムである以上、決して安くはない。
「国選じゃないってことはお金払って弁護士を用意したんだろうけど、うちにそんなお金あったかな? こんなことになった以上、警察も弁護士を調べると思うけど」
そしてツバサが気にしているのは、保釈中の被疑者が駐屯地に乱入したという事実。これは非常に重たい。保釈は逃げないこと、捜査に協力することが前提となる。それが別の犯罪をしているのだからとんでもないことだ。
「確かに、資料には弁護士についての初見が書かれている。普段こういう仕事を受けない弁護士が何故か、ここに来て出てきていると」
リクは資料を見てツバサの予想が当たっていることを確認した。
「鷺谷夫妻の死体遺棄事件は引き続き捜査中。遺体が無くなっても採取した証拠が無くなるわけではない」
ツバサの遺体自体は消えたが検死などの記録は残ったままなので、彼らの罪が曖昧になるわけではない。
「ともかく我々警察も全力を尽くす。君たちも警戒してほしい」
「任せとけ! あんな雑魚何匹来ようが俺の敵じゃねぇ!」
リクは警戒を呼び掛け、ブルコモンはやる気満々だ。人間の大人でも成長期のデジモンには敵わないだろう。人間は刀を持っても猫までしか勝てないという。氷を吐くドラゴンに勝つのは不可能だ。
(それにしても、あのエオスモン……ツバサくんの死体が消えたことと関係が?)
瑞希はエオスモンの存在を気に掛ける。あれは一体なんだったのか。そして消失したツバサの遺体はどこへ行ったのか。謎は残るばかりだ。
デジモン図鑑
ハンギョモン
完全体 水棲獣人型 データ種
半魚人のようなデジモン。陽気な性格をしている個体が多いという。いつもネットの海を泳ぎ回っている。
デジモン図鑑にはデジモンの性格に関する記述もあるが、デジモンも生物。あくまで種の傾向でしかなく、オレオのハンギョモンなど該当しない個体も当然存在する。