そうしてそしてこの現在。
二人はようやく邂逅した。
「…………」
「…………」
男女。
少年と少女。
学生、高校生。
齢にして一五か一六、その程度の未熟さ。端的に子ども。思春期成長期だとかいう当然の印象や事実は馬鹿らしいほどに排斥したところで変わらない程度に、未完。
その二人が向かい合う。揺れる葉っぱの、原っぱの上。彼我に十数メートルの余裕を持たせ、隔絶させ、視線を契る。互いの
険悪であるように見えた。
だとすれば彼ら、まったく年相応の
だってきっと多分おそらく、いいや絶対に『そう』見える。
『ああなんだ、高校生の男女が喧嘩している。若いカップルが青春を語らっている』──そうした風に、十中八九の印象を抱かれることだろう。とうの本人らからしたらそんな単純なものじゃなく至極真面目な、真剣全霊の一大事。どこまでも全力で、それでいて周囲の大人からしたら微笑ましく感じてしまうあの感情群。間違いではない。
こうした婉曲的な遠まわし具合で言葉を繋げているのであるが、その感想は的外れでなどなかった。そうとも、程度が違えどそういう話が本筋であるというに相違ない。ならばなぜ、こうも上げ連ねて文章を作るのか。ならばこそ簡単だ。
いかに根幹が青春のそれだろうと。
たとえ本筋が男女のそれだろうが。
──果たして『殺意』を、それと同系列に並べることに違和がないか。
つまりとても面倒な、もつれにもつれてこんがらがった、くだらない話。これは本当にそういう話。言うまでもなく脂っこく、後味も悪いドロドロの青春談。
……ただとまあ、当の二人が美男美女であったことが救いではあるのかもしれないが。四十路間近の中年らが見せる純愛だかよりも幾億幾兆ともマシであるほど、彼らの顔立ちの比類なきこと。
少年は美男である。美少年である。
男らしいと言える程度には長い黒髪で、身長は男子の平均をややと上回るほど。西洋人に比べれば見劣りするかもしれないがしっかりとした顔立ちで、だというのに中性的に見えるギリギリの女性らしささえ持っている。誤解を招くようだが女装の似合いそうな──しかし得てして男子の『美形』というものは、そうしたものを兼ねて
で、あるが。その鍛え上げる肉体のこと、引き締まる鋼は雄々しさの体現。
洋服の上からは判り辛い、いいや。それは服の上からでは判らないほどにまで絞り込まれたほどに完成した肉体ということの証明。その顔からは到底およびもつかない筋骨の鋭角。制服を内側から押し上げない程度にまで無駄を削ぎ、鍛え上げ、研ぎ澄ましたという、彼の想いのそれこそ解答。
まさに肉体の白銀比──純日本人たる至宝の領域だった。
少女は美女である。美少女である。
女性の髪形のなんたるやという長い黒髪で、人房にまとめた型は西洋風に言うところのポニーテール。女性のなかでは長身に分類される上背に、東洋人らしからぬ、というよりも年齢不相応に発育した乳房──なんとも奇妙な女性らしい男性らしさを限界まで引き出したような、男の色を持っている。しかし得てして女子の『美貌』というのは同姓すらも魅了してはばからないもの。顔の造詣、それは確かに至高の域。
で、あるが。その鍛え上げる肉体のこと、引き締まる鋼は日本刀の鋭利。
女性の特徴であるややと丸い肉体美を誇りながら、そこには極限まで編み込まれた筋繊維が束をなす。しなやかであり強固、牢乎であり柔軟、軽妙であり
まさに刀剣の曲線美──和製佳人たる至大の領域だった。
両者、至って普通の武芸者たるありさま。
なるほど。ならばそんな二人が向かい合うこの現在、険悪ととられてしかたないかもしれない。まるでここは、弾け飛びそうな嵐の前の静けさだった。不気味、おどろおどろしい、しかして青春。ガラスの敷居で隔たった、自由。
あわや喧嘩勃発の寸前だが、けれども子どもの睨み合いではあり得ない不穏要素が一つばかり。
それは両者の背後にて控える、鋼鉄の塊。
両者より一歩引いたその程度の距離、そこに『なにか』を模した巨大な金属の塊が寄り添うように黙している。男に使えるは白銀、女に使えるは緋色。無機質な光沢で濡れるそれは、しかして模倣される『なにか』を思えば自然界に絶対にあり得ない。
生物を模していた。生命に似ていた。
昆虫だ。
白い蛾と、緋色の蟷螂。
しかし巨大であった。巨躯であった。
おおよそ人間よりも全長がある、二メートルほどだろうか。機械としては──昨今の工業事情を鑑みるに中型・大型二輪車程度の大きさであるかともとれるが、しかしておおもとたる昆虫を思えば、そうとも端的にあり得ざる。こんな強大な虫などいるはずがない。
強大に、見えた。
巨大な昆虫に圧倒される、それもある。
もっと純粋に虫とか関係なく大きくて驚いた、それもあるかもしれない。
が、そうではない。もっと明確で誤魔化しようのない、強大さ。
禍々しかった。厳つかった。恐ろしく怖ろしいなにかを練り込まれたかのごとく、不穏ななにがしかがあふれて止まらない。たかが鋼鉄ごときに、どうしようもなく背筋を嬲られる──まあもっとも、この二人にこそそんな感覚は無縁である。
その鋼、甲鉄の意味を知っていた。役割を知っていた。なんたるかを知っていた。
その装甲昆虫が『
ともに日本人であった。
学生であった。
子どもであった。
少年は洋服であった。白かった。
少女は和服であった。赤かった。
劔冑を持っていた。
美形であった。美人であった。
しかし男女であって、人間で。
どうしようもなく鍛えられてしまった武人でしかなく。
ただあるのは、彼我を埋めきれない空白の無音──。
言葉はない、会話はない。泥濘のごとき沈黙。
逢魔が刻の黄昏で、しかし流れる大気は優しく軽く。わだかまり凝る静寂の檻に、その暖かさは不相応。
健やかに、穏やかに。
このまま安寧に落ちて呼吸を止めることに否のない、安息。けれどもはりつめ淀むこの空間、冷たいままに暴力的だ。険悪であり、健やかであり、複雑怪奇明々快々なほどに断絶された不理解の二重螺旋。思惑があり、願いがあり、決意があり、悲嘆あり。けれど決して強制ではなく。
会話はない。会話はないのだ。しかし。
百の言の葉よりも雄弁に、この静謐には意味があった。意義があった。外気を震わせるまでもなく、互いに通じあっていた。
ゆえに、今さら言を
「我が心清く明し。
此れに因りて
白い男は
彼、織斑一夏は、極めて冷静平淡に己が劔冑に呼びかけた。
彼の背後にて控えていた巨大な蛾。白銀の鉄表面に走るわずかの蒼が有機的に装甲を着彩し、思わず蝶のごとし軽やかさを見る者に抱かせる。翼を広げれば雄々しくたくましく、ある種の神聖ささえも織り成している。そうした美術品の意味さえ持っている、美しさを持っている、艶やかで強かな美麗装甲大昆虫。
──だがしかし、それは優美可憐な揚羽にならず。
その殻は、秀麗な害虫の形成にほかならなかった。
劔冑──
纏う者を金鉄に鎧い、剛力を付加し、あまつさえ飛翔の術を授ける、いわば飛翔甲冑。
その劔冑の独立形態である白銀の蛾。
それが男の
舞い散る白片、蛾の鱗粉。
それが、目前へと手を伸ばした少年を包むように流動し、そしてその身を鎧う。
──装甲。
腕、脚と四肢が白くしなやかな鋼鉄に包まれる。曲線と直線の複合、鋭利と流麗の混合。本来の蛾によろしく
滑らかに清らかに。芸術品さながらの美しさ。男を知らぬ乙女の柔肌にもにて、神聖なまでに純白。それほどまでに面妖なありさまながら甲鉄の拵えに違和はなく、どころか整合性ささえ見せる白銀の比率。
ともすれば、これが戦いのために作られたことを忘れさせるほどに、美しい。
そして白片が最後の部位、彼の頭部を包むその間際。
「……
一瞬に滲んだその感情は、いったいなにを思ってだったのか。
誓約の口上が結ばれる。
頭部が定まり、白銀が型を成す。流麗な肌は聖なるままに、しかし天を突く二本の角は、まるで鬼を連想して止まらない。
「────山陰道織斑万冬、正雪」
その銘を、知る者はいないだろう。
サンインドウオリムラバントウ・マサユキ。真打。
山陰道──五畿八道の一つにして、神事に
その出雲が生まれ、その血族。『織斑』。
しからばして、それを銘に冠する『織斑』の装具とは、果たしていかな劔冑になるやか。しかし無論、それは誰にも知られない。
織斑万冬。
歴史から忘れられた女性鍛冶師。
出雲の名工が一族『織斑』。
正宗十哲にも名高い鍛冶師・初代備前長船兼光──正宗の真偽はともあれ、
なにせ彼らの技術は一子相伝。決して他の血を引き込んで弟子を取らない、継承しない。
だが武芸においても劔冑鍛冶においても、眉唾とばかりに珍しいことではない。親から子へ、その子ども、さらにさらにその子孫。そうした技術伝道はこの国だけのことでなく、世界中どこを見渡したってありふれるものだ。確かにそうして潰えることがあることも無論だが、ゆえに尊いものもあるのだと。
しかしそれに比較して、『織斑』はなお徹底している──ある種の怖気を持ってしまうほど。
そうだ。だってなにせその一族は。
「……知らんな万冬、正雪だと? いったいいつ頃のお婆ちゃんかな」
その、忘れられた劔冑の前に。
とうとう、もう一方から言葉が漏れた。
誓約の口上などでは無論なく、そして理解のための歩み寄りでも到底ない。ただの軽口、その場の雰囲気。なんとでもないことだから、なんとでもないと言を零して遊ばせるだけ。
「最期に残った『織斑』とやらがまさか無銘であるだなどと……些かおまえも焼きが回ったのだろうかなあ、一夏?」
その声は、存外軽やかな女の声だった。
見目麗しい少女。緑の黒髪と
その鈴なるのどで。
先までの静寂が嘘のように、嘲りを含有する言の羅列を
汚物のように、輝かしいものを裏路地の落書きから引っ張り上げてきた百科事典で
しかし決して、劔冑が無銘であることを笑ったのではない。馬鹿にしたのではない。
無銘だろうと、たとえ数打ちであろうと、この場のこの期におよんで織斑一夏が従えた以上、
「
それが彼女──篠ノ之箒の
「……箒。俺は、」
それは、悲痛の発露だったか。
装甲する兜面に表情は投影されず、なのにその言葉は痛々しい。
もう言葉に意味はないと知った。会話に先はないと確信した。だから対する篠ノ之箒同様に、一夏が侍らす言の葉もなんら意味のない無価値なるもの。なのに口腔を這い出でる声帯の稼働の、なんと悲痛なる哀なるや。
悲しい。辛い。苦しい。あらゆる感情を凝縮させた空気の震え。慟哭に似た激情を沈澱させて、その純度は黒より暗き。
思うは在りし日、あの夕凪。
今はもう遥かに遠い日を想って、織斑一夏は口にする。
「お前を、殺す」
「ああ。私もだ」
あの日の暖かみ、あの日の喜び。決して忘れぬ刹那の夢。友がいた、愛があった。ぶつかり傷付け決別し、けれど確かに笑い合えた日常があった。
それらすべての憧憬を胸に灯し、そして撃滅すると宣言する。
二人はもう交わらない。交わってはいけない。
彼ら二人の渇望はそういうもので、ゆえにだから譲れない。
しからばたとえ御敵が、最愛のひとであろうとも──
「
父母に逢うては父母を殺す」
──弑て滅して、踏み越えるほかはあるまいて。
「ツルギの理、ここに在り──!」
そして少女の
誓約の口上、それはいかな者でも殺害するという明快非道の大外道。
その渇望に呼応するは、銀蛾同様に後方にて控えていた緋色の蟷螂。赤ではなく緋色。清々しいほどに禍々しい純粋な緋は憤怒の現れに相違なく、ゆえに彼女に相応しい。
その蟷螂が弾け、分離する装甲群が箒を飲み込む。
自然が生んだ捕食者、蟷螂。
ならばそれが抱く呪いとは、果していかなるものなのか。
いや、劔冑の鋳造過程を思えばこそ、知ればこそ、その言葉の意味がズレたるや。人の魂を代替に引き換えに型を成した鎧がゆえ、織り成す心鉄は生前の抱く根源が一。しからばそれをもってして、蟷螂という外装を得るに至ったのだ……語るまじ。これは、怒りがどうのと浅瀬で量れる深度ではない。
離散し装甲するが甲鉄に紛れ、あふれ出すは
ただ見てそこにいるだけで、健常な犯罪者から邪悪ささえも駆逐してしまうほどに、清廉潔白な『害意』。これを直視できるものはまさしく畜生、理解できるものは
──ならばそれを従え行使する彼女とは。
腕が鋭角な鋼鉄に包まれる。脚が鋭利な装甲をまとわせる。指一本爪の先に至るまで、それこそ全身が刃のように変貌する。そしてすべてが赫怒の緋。
それはまた、奇怪な拵えであった。《正雪》同様、非対称性の目立つ意匠であった。だがしかして、忘却の甲冑が精緻精密な白銀の非対称であるならば、そう。これは実に不快で不可解で不透明な、歪に歪んだ歪曲の極み。
緋色の甲鉄、装甲群。合わせ組成す鋭利と直線は
端的に言おう。不快である。
この劔冑は視聴者のことごとく、漏れなく不愉快にする畸形である。
その装甲に包まれる仕手が比類なき美少女であるのがなんとも、どうしようもなく、グロテスク。生ごみに埋もれゆくさまを見て、どこの人間が喝采するというのだ。
しかして最後、彼女の面が覆われる寸前。
「ひ、」
下卑た一息に、この邂逅の意味を一夏は確信する。
「────飛彈國明動陽、緋宵」
顕現するのは攻撃的に全身の装甲が尖った劔冑。
ヒダノクニアカルギヨウ・アケヨイ。真打。
刀鍛冶として直刀のみを追い求めたその意匠は
『織斑』をこそ異様異常と証したが。
ここに至れる明動陽も、漏れずに異端と言われてしかたない。
──生涯、己が伴侶のための劔冑を希求した男であった。
完結に、女が鎧うべく武装。
その意のみに腐心し、専心し、追求し続けた。
武を振るう上、男と女の差は絶対的だ。
心の強さ、頭の良さ。いかな尺度を持ちえども、それは倫理道徳に則った考え方に過ぎない。武とは暴力だ。武威とは理不尽だ。骨格、体格、筋力。身体的な有意差とは、こと本来の武術という観点から見ればどうしようもないほどに当たり前に立ちはだかる。
男勝り、女だてら。ああそれで? よもや自分が男性に取って代われるほど強大なものになれたとでも?
男女平等、馬鹿を言え。女は所詮、男に奪われ犯されるべき家畜に過ぎないと──各々解釈はどうあれ、事実として。いつだって涙を流すのは女なのだ。それは歴史に照らし合わせるまでもなく、純粋に個人間ですら証明されている。頭や心で人間に価値が決まるというのならば、そうとも女性の権利団体などが大声を上げる必要がないだろう。
ただ単純に力が弱いから、筋力のある男がのさばったと揶揄するが。
本来生物とは、それこそが当たり前なのだ。
女性は弱い──明動陽とは、それがなによりも許せなかったのだ。
だから彼は求めた。探求した。
女性のための、女が振るうべき理不尽を。
それはなんとも聞こえがよくて、事実悪いことではないだろう。
たとえ強弱が生命の本質だろうと、我々は知識と知恵と心を持った人間なのだから。
食い散らかすだけの物の怪ではない。搾取されるための家畜じゃない。回れ左と駆動するだけの機械じゃない。言語を介し、意思をぶつけ、分かり合いと傷つけのさなかでも明日に向かって地を踏みしめられる人間なのだから。
ゆえに。
──すべてのものを切り捨てようと、明動陽は求道に至った。
だからその果てに得た解答は。
「────滅尽滅相」
他者からどれだけ疎まれようとも、揺るぎのない真実なのだ。
滅尽滅相。
森羅万象のあまねくすべて、殺し殺して鏖殺する。
そう。その低劣愚蒙な渇望こそが、篠ノ之箒の唯一不変の祈りであった。
つまりこの万遍狂いなき清純な殺意の塊は、劔冑の呪いやら
なんてことはない。邪悪・邪念・悪道外法の蒙昧を極める武者甲冑に倣うまでもなく、篠ノ之箒とは猛悪なのだ。
すべてを殺すべしと結論を下した虐殺の劔冑。
すべてを殺したいと求道に至った鏖殺の
呪いの祈りが奏でる殺意は天井を知らず、天意を笑い、しかして天命よりも尊く大きく清らかであった。生命を犯すことのなんたるか。人を殺すことのなんたるか。畜生が修めるべく八虐の大咎残さず、魂の根っこから体現している。
彼女は彼女の望むまま、着の身着のまま邪悪であるだけ。
己の醜悪さを誰よりも自覚したまま、改悪すべくもない鬼畜なのだ。
────悪鬼。
このさまこそ。この在り方こそ。この生き方をこそ。
紛れもなく、非道無道の第九圏にすら
笑い嗤い哂いに
──いやさ無貌、べんぼう、笑い転げる鬼天狗が射干の一味に見えるのを、少なくともこの場の誰もが気づいていなかった。果たして彼女の心眼こそが光を捕らえぬ第三の眼となり得るのか……きっと今わの際の最期の淵で、腹を掻っ捌くまではわからない。
ただ、それでも。
「────照破白業」
その最期を介錯する断頭台は存在する。
腸を捩れ狂わせて爆笑する殺意の前に、なおと白い
照破白業。
あらゆる者を照らし導く、白の御業──ゆえ、極悪無情の悪鬼など、撃滅討滅排斥されてしかるべき。
そうとも、殺意だ。殺意なのだ。
人が持つべき聖なるもの。仁義八行、十戒、四元徳、十二使徒の教え、中庸の徳、道徳経、信仰や希望や愛──信じる神こそ違えど、老若男女身分の差、人種の違い、言語の壁、それらに起因すらしない人間の真なる根幹において、誰しもが知っている『正しいもの』。
その正しさを抱いてなおと、織斑一夏は殺意を握る。
なにせ、誰しもが正しいことを知っているのと同様に。
──いったいなにが『悪』であるかと、人はみな知っているのだ。
正義ではない。大儀ではない。
けれども揺るがぬ根源の、人間が理解している善のもの。
すなわち。
────悪を殺すことは、善である。
そして再び静寂が下りた。
すでに時は夕闇をていし、太陽の舞台に幕を引く。
光は堕ち、言葉も落ち、けれど赤熱の願いは未だに恒星。無明に向かうただなかを、ひたすら燃ゆる雷火の意思。
言葉は要らぬ。光は要らぬ。
語るも騙るもすべては剣。抜き放つ紫電に己を賭けて、沸き立つ赤のその意味を。
「…………」
「…………」
空気が刃に変容する。空間が軋んで歪み、割れる空虚を感情が走る。
夥しく殺意、清々と害意。緋色の悪意を翻して、銀光の善行を加速して。
恒常的に灼熱が跋扈する脳漿は雷撃の思考を狂いなく回し、目玉はガラスよりも透徹に眼前の怨敵なるやを見据えて話さない。一秒一瞬、刹那六徳虚空を寸断した清浄の先の先まで、時間の最小単位に挑むがごとく、対面の一瞬を
熱烈。黄色の歓声こそ胸に鳴らし、声帯に望むはその意の発露、練気の一息。
滅尽滅相──下劣畜生、鏖殺の道理。
照破白業──真実人間、破魔の原理。
ともに生粋迷いなく、己を信望して違いなき。信念、決意、八虐仁義。滂沱の集合意識を個我の一撫でで殺し、五体満足の五臓六腑の隅々まで踏破した思惟を噛み合わせる。殺意か、悪意か、果たして害意か、いいやもっと単純な感情。
大義を掲げ、道理を説いて、覇を唱え、けれども根幹心鉄には、やはり在りし日の確信を。
どれだけなにかを言い募っても、結局。結局はそれだけのことが始まりだったのだから。
在りし日の真実、それは。
それは。
「────往くぞ、俺の
「────逝くぞ、私の
ただともに、その在り方に憧れたというだけだったのだから。
後に一瞬。
二つの紫電を黄昏に引いて、憧憬の分断作業が始まった。
元より互いに、『そういう存在』ではないのだから。
されば嘲笑の歓喜する渦に、喜劇の幕よ、いざ上がれ。