訳アリな元用心棒   作:剣舘脇

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この小説を書くと決めた時からずっと絡ませたいと思ってたキャラとの絡み兼ヒロイン回、及び主の過去に何をしたか、その一部暴露回となりますm(_ _)m

とは言っても、あまりにも公式カプが強すぎる……
けど、どうしても絡ませたかったんや(´・ω・`)


騎士と『死神』

 "あの日"を境に私の目の前から忽然と姿を消した、かつて私が所属していた「組織」でも必ずと言っていい程に最重要警戒人物として名が上がる人物が居た。其奴はかつて私が所属していた「組織」に属する者全員の悩みの種であり続けたが故に、どんな手段を使ってでも排除すべきだと皆口を揃えて言っていたのを、記憶の片隅に追いやった今でも覚えている。

 その人物とは、紅い刃を携えた大鎌に変形する機構を備えた白い刀身を持つ片刃の大剣を己の得物とし、一個人にしてはあまりにも強大な力を有しているが故に一度戦場に出れば奴と敵対した者全てを葬り去るとまで言われ、やがて噂が噂を呼び、何時しか『死神』と呼ばれるようになっていた人物の事を指す。

 更に言えば誰が掛けたのかは不明だが、『死神』の首には一生を遊んで暮らしてもお釣りが返ってくる程の膨大な額の賞金も掛けられていた。誰がどう見ても規格外と言わざるを得ない程の額の賞金に目が眩み、賞金目当てで『死神』の首を狙う輩は数多く居たが、その全てが返り討ちに遭う程に奴は強かった。

 ()く言う私も(くだん)の『死神』の暗殺依頼を請け負ってからは奴に幾度となく挑み、日々の積み重ねによって(ようや)く寝首を掻く事には成功したものの、結局の所暗殺が出来ずに終わった。故に『死神』はこの手で殺し損ねた唯一の人物でもある。

 そして、何時しか首を獲る為に躍起になる暗殺者とそれを迎え撃つ賞金首という奇妙な関係が出来ていた私と『死神』だったが、"あの日"に邂逅した『死神』は何かが違った。今までと同じように奴の首を狙って暗器を振るう私を獣の頭部を模した衝撃波(デッドスパイク)を初めとした様々な技を用いて適当にあしらった後、尚も諦める事なく首を狙う私に対して何処か哀しげな表情を見せていたのが引っかかった。

 何時もの『死神』であれば気怠げな表情を見せる事はあってもそんな哀しげな表情を見せる事は無かったのに、何故今日この日に限ってそんな表情を見せたのかと自身の得物を振るう手を止めた私に対し、『死神』は己の得物たる白い刀身を持つ大剣を腰に提げ直した後、恐らく『死神』しか持っていないと思われる謎の力を使って私に"何か"を施してからその場を後にし、その数日後には行方を眩ませ、やがて完全に消息を絶ったのだ。

 

 表社会では勿論の事、裏社会でもその名を知らぬ者は居ないとまでされていた『死神』の名で呼ばれる人物。異名とはいえそこまで名を知られている奴が前触れも無く突然消息を絶ったという話は直ぐに広まり、奴の消息が絶たれてから間もなくして有志の集いによる捜索隊が結成される。

 然し、捜索隊の手によって隅々まで捜索の手が行き届くようになったにも関わらず、まるで最初からそこに居なかったかのように、『死神』は自身がこの街に居たという痕跡を一つ残らず消し去っていた。とはいえ、完全に痕跡を消し去るにしても人の手でやる以上何処かには必ず粗が出るもの。故に捜索隊はほんの僅かでも良いから『死神』に繋がる手掛かりが残っていないかどうかを闇雲に捜索していたのだが、確固とした手掛かりが掴めずただ悪戯に時間が過ぎていく。

 やがて『死神』に関する情報を一つも掴む事は出来ないだろうと判断したのか、捜索隊も解散する運びとなった。それを機に私も(つい)ぞ首を獲る事が叶わず、私に何かを施した後に消息を絶った『死神』の後を追う事無く「組織」を抜け、その後に出逢ったお嬢様──アストラの護衛兼マネージャーとして新エリー都で慌ただしくも充実した日々を過ごすようになったが、まさかこんな所で奴と……『死神』と再会するとは微塵も思っていなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その日も一瞬とはいえ目を離した隙に山積みの仕事を放って仕事場から抜け出したお嬢様の後を追いかけ、スターループにて無事確保後小言も兼ねた明日の予定を話していた時の事。長年培ってきたお陰か未だに衰えを知らない直感が何かを告げる。

 それと同時に何者かの視線を感じた為、それを頼りに其方へ顔を向けると、そこに居たのは少し離れた先に居たのは赤いジャケットを右側だけ脱ぎ、首元まで隠れた黒い長袖のシャツを着て、袴に似た太めのズボンに赤のリングブーツを履いた白髪の男性の姿があった。

 遠目から見ても目立つ容姿を持つ男性と目が合った際に一瞬だけ見えたが、その男性の右眼は赤く、左眼は碧い。所謂(いわゆる)オッドアイと呼ばれる眼をした白髪の男性はと言うと、私と目線が合うや否や目を見開いた後に首がへし折れたのかと見間違う程の勢いで顔を背け、右側だけ脱いでいた赤いジャケットを手早く着たかと思えば足早にその場を去ろうとしている。

 その男性を見た時、「組織」を抜けて今の仕事に就いてからは久しく思い出す事の無かった記憶が突然呼び起こされた。まるで切っても切り離せず、ごちゃごちゃに絡み合った末に解く事が出来なくなった因果の如く私の記憶の片隅に残っていた、一個人が持つ力にしては強大な力を持っており、何時しか『死神』の異名を付けられ、その名を欲しいままにしていた人物。

 その人物の容姿と完全に合致した奴を目にした時、此処で逃したら恐らく二度は無い。ならば是が非でも奴をこのまま逃がす訳には行かない。必ず奴を捕まえて問いださなければならないと、奴と目線が合ったと同時に思った事だ。

 それに加えて奴の反応から察するに、こんな所で私と出会うとは微塵も思ってもなかったとでも言うべき反応と言える。幸いと言うべきか、奴との距離はそう遠くなく、今から追いかけても十分に間に合う程の距離だ。

 

(さっきのは……見間違いか? いや、確かにアレは見間違いでは無かった。だが、イマイチ確証が持てない。真偽を確かめるには今すぐ追いかけるべきなのだろうが……今はお嬢様を送り届けるのが先だ。その後、急いで奴を追いかけても間に合うだろうか)

 

 そう思いつつ、一旦思考を切り替えてお嬢様の方へ向き直ると、先程まで小言を兼ねた明日の予定を話していた私が、何かに引かれるかのように急に後ろを振り返った事が気になったのだろう。お嬢様は不思議そうに首を傾げている。

 アレコレと小言を含めて話していた最中に突然後ろを振り返った事に関してはお嬢様に伝えても良かったのだが、それよりも優先すべき事柄としてこれ以上起きていると明日に控えている仕事に支障をきたす為、今日は早めに寝るようにとお嬢様に伝えてから送り届けた後に白髪の男性を追いかける事に決めた。

 

「確か、奴はこの先に向かった筈だが……先程の反応から察するに、奴は既にこの場を去った後か……(然し、疑問もある。私が見たのは本当に奴だったのか? 久しく忘れていたが、奴を見て漸く思い出す事が出来た。今も尚私の記憶の片隅に残り続けている『死神』と呼ばれていた人物。信憑性は限り無く低いものの、とある噂によれば『死神』は既にこの世を去っているとまで言われている。だからこそ信じ難い。奴と思しき男が少し前に此処に居たという事が)」

 

 頭の片隅でそんな事を考えつつ、足早に白髪の男性の行方を追いかけたのだが、お嬢様を送り届ける為にこの場を後にした瞬間に何処かへ行ってしまったのだろう。幾ら探しても先程まで居た筈の白髪の男性の姿は既に何処にも無かった。落胆しつつも、白髪の男性の容姿を思い出す。

 無造作に整えられ、まるでハリネズミのように尖った髪型をした白髪に赤と碧のオッドアイ、首元まで隠れた黒いシャツの上に赤いジャケットを着て、袴に似た太めのズボンに赤のリングブーツを履いているという遠目で見てもかなり目立つ容姿だ。

 その筈だというのに、その容姿を持つ男性はまるで最初からそこに居なかったかのように姿を消していた為、少し残念に思う。何せ『死神』と呼ばれていた彼の人物は、旧都陥落前のとある日、彼の者の首を獲る為に躍起になっていた私に対して"何か"を施した後に去っていったあの日から数日が過ぎた後、(およ)そ人の手でやったとは思えない程に一つ残らず痕跡を消し去り、完全に消息を絶っている。

 それから有志の集いによる捜索隊が結成され、旧エリー都の隅々まで捜索の手が届いたものの、彼等の捜索も空しく『死神』の手掛かりを一切掴めず、後に起きた零号ホロウの暴走によって旧都は陥落。その後、流れるように新エリー都に移り住んでからそれなりの年数が経過したが、これ迄幾人の首を獲って来た私が唯一首を獲る事が出来なかったあの『死神』は"あの日"を境にもう一度表舞台に出てくる事はなかった。

 それが原因なのかは分からないが、新エリー都に移り住んでからインターノットを中心として断片的に語られるようになった、信憑性に欠ける噂によれば、旧都に居たとされるかの『死神』は既にこの世に居ない……つまり、奴は既に命を絶っているか寿命を全うしたかの何方かだろうと言われている。

 その噂の出処は不明。違法合法問わず多種多様な情報が常に混濁しているインターノット故に仕方ない所もあるが、嘘か本当か不明な噂もまるで本当の事のようにまかり通っている。

 その為、幾らその人物と特徴が合致していたとは言え、消息を絶って何年も経過した果てに死亡説まで(ささや)かれている人物がふとした拍子に……それも私の目の前に偶然姿を見せるとは到底思えなかった。

 故に先程見た物は日頃の疲れが祟った影響で見た幻覚だったのだろうと思う事にした。明日に疲れを残さない為にも、疲れた身体を休める為に一先ず帰る事にした私は、ため息を一つついて(きびす)を返して帰宅しようと歩を進めた時だ。

 

「えーと、確かこの辺に居た筈なんだが……っと、居た居た。まぁ……なんだ。さっきは条件反射で逃げて悪かったな。お前も俺を見た時に思ったかもしれねぇが、俺もまさかこんな所でお前と再会するとはこれっぽっちも思ってなかったんだよ」

 

 ふと、声色からして男性が発したと思われる声が気怠げそうな調子で聞こえてきた。朧気ながらも何処かで聞いた覚えのあるその声の主を探すように目線を向けると、そこに居たのはつい先程私と目が合うや否や物凄い勢いで顔を背け、慌ててその場を去って行った筈の男性の姿がそこにあった。

 ここまで走って来たのかは定かではないが、若干息が乱れていたものの直ぐに息を整えたその男性を改めて見た時の事。カチッ、と長年嵌らなかったパズルのピースが噛み合ったような音が頭の片隅で聞こえたような気がしたのは言うまでもない。記憶の片隅に残っていた『死神』と呼ばれていた人物と思しき男性が今、私の目の前に居る。

 気怠げそうに此方を見ながら立っている白髪でオッドアイの男性は、私自身の運命を変える切っ掛けになった"あの日"を境に忽然(こつぜん)と姿を消して消息を絶った、その首に一生を遊んで暮らせる程の膨大な額の賞金が掛けられていたあの『死神』本人と思っていいだろう。

 だが、朧気ながら覚えている記憶と目の前に居る男性の特徴が合致したからそう思っただけである為、幾ら特徴が合致していたからと言って目の前に居る男性があの『死神』本人だと確定した訳ではない。

 故に人違いであれば申し訳ないのだが……仮に人違いであればそれで良い、『死神』は"あの日"を境にもうこの世から居なくなったんだと思う事にしようと決めた私は、目の前に居る白髪の男性に向けて問いを一つ投げかける事にした。

 

「……失礼を承知の上で単刀直入に聞きたい。お前はあの『死神』で合っているか?」

 

「あ"? 『死神』……ッチ、その名を知ってる奴はここら辺だと居ねぇ筈なんだが、此奴ならそれを知っててもおかしくねぇか。あー、クソ面倒だがここは素直に答えるしかねぇな……嗚呼、そうだよ。俺はあの『死神』だ。あー……その、なんだ。何年振りかは忘れちまったが、確かこの場合は久しぶり、って言えばいいんだよな?」

 

 目の前に居る白髪の男性に向けてあの『死神』かどうか問いかけた途端、男性は多少声を荒らげたかと思えば続いて舌打ちらしき音が聞こえ、何やら小声でボソボソ呟き始める。

 それからすぐに面倒だとでも言いたげに乱雑に頭を掻いて空を見上げた後、少ししてから改めて私と目線を合わせたと同時に至極あっさりと己自身があの『死神』だと言う事を認めた。

 ド直球に聞かれたからと言って馬鹿正直に『死神』と答えずに『死神』ではない、他人の空似だろうと否定すると思っていたのだが、そうでは無かった為呆気に取られてしまう。だが、気を取り直した私は言葉を続ける。

 

「久しぶり……嗚呼、()()()()だな。それにしても、意外だな『死神』。真正面から『死神』本人か否かを聞いたとは言え、私の予想では『死神』じゃない、人違いじゃないのかと頭ごなしに否定する物だと思っていたんだが」

 

「ん? 嗚呼、否定するも何も、俺を名前ではなく『死神』と呼ぶ奴なんざ、新エリー都に住んでる奴等の中でも極僅かに限られるからな。それこそ、当時の俺こと『死神』を知る奴……旧エリー都の生き残りなら俺を名前じゃなく『死神』と呼ぶだろうよ。お前みてぇにな」

 

「……ふっ、それもそうか。とはいえ、『死神』。あの日を境に行方を晦ましたお前に再び会えるとは思ってなかった。此処で出会ったのも何かの縁というべきか。お前には───」

 

 聞きたい事が山ほどある、と言葉を続けようとした所でくぅ、とお腹が空腹を訴えるように小さく鳴いた。その音の発生源は言うまでもなく私の方からだ。話を遮られる形で鳴った為、羞恥心で顔が真っ赤に染まりそうになるのを必死に堪えつつ『死神』へ顔を向けると、目付きの悪さはそのままに首を傾げている。

 

「ん、急に腹抱えてどうした? 具合でも悪ぃのか」

 

「……いや、大丈夫だ。気にしなくて良い。それより、本題に移る前に一つ聞きたい。『死神』、お前は今の音を聞いたか?」

 

「音……か? いや、俺は()()()()()()()()。まぁ、それよりもだ。お前が俺に話があるのは分かったし、こうして出会った以上お互いに積もる話もあるだろ? だったらよ、取り敢えず飯でも食いながら話をしようぜ。これから俺がお前にしようとしている話は勿論、お前がしたがってる話もこんな人目が付く所で堂々と立ち話するもんじゃねぇだろ?」

 

「……嗚呼。そういう事ならお前の提案に乗らせて貰う。積もる話はそれからにしよう、『死神』」

 

 恐らく、というか十中八九奴は先程の音を聞いていた筈。然し、確かに聞いていた筈だが聞いてないとしれっと答える『死神』。その言葉が嘘だと分かってはいたものの、奴に聞きたい事は山ほどある上に先程から執拗(しつよう)に訴えて来る空腹。それを一刻も早く鎮める為に、私は『死神』が出した提案に乗る事にした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「仕事とは言え、連日あちこち振り回して悪かったな。セリカ」

 

「ンナ! ンナ、ワタワタ…… (大丈夫! でも、少し疲れたから先に休んでるね……)」

 

「おう、お疲れさん。ゆっくり休めよー」

 

 その日もノックノックに届いたアキラとリンから直接頼まれた"依頼"を何時も通りこなした後に帰宅していたのだが、右に左と連れ回しすぎた影響か疲労困憊(ひろうこんぱい)といった様子のセリカが早々に充電器へ向かって行った。

 何故かは未だに分からないが、俺が仕事なり外出するなりしようとすればセリカは頑なにその後を着いて行こうとする。今となっては着いて来るのも当たり前になって来た為半ば諦めているとは言え、流石に連れ回しすぎたかと反省をしておく。

 日頃頑張ってくれている御礼として、以前依頼達成の報酬として受け取った、ボンプ向けメンテナンス・クリーニングサービスを行っているマルセルグループとやらが発行している、目の前でチラつかせるだけで文句一つ言わずに働くとされるボンプチケットを後で渡してみるかと決めたのは言うまでもない。

 疲れているにも関わらず、笑顔を浮かべながら此方にボンプ特有の小さな手を振り、それに対して手を振り返せば、ふらふらとした足取りでセリカがボンプ用の充電器に向かってそこで休んだのを確認した後、凝り固まった身体を(ほぐ)す為に軽く柔軟をしてから椅子に腰掛け、少しの間考え込む。

 

(さてと、漸く一段落ついたし、コレで俺も本腰を据えて休める訳なんだが……この後はどうすっか。正直言ってもう一歩も動きたくはねぇんだが……っと、そうだ。偶には外で食うか? ここの所忙し過ぎて外食なんて出来なかったし、そうすっかね)

 

 今日の夕飯をどうするか考えていた時、久々に外食にするかと思い至る。というのも、ここの所アキラとリンの二人からお願いされた依頼を始めとした様々な依頼を片っ端からこなしていたお陰で、此方に移り住んでから今まで特にこれといった趣味を持たなかった俺が唯一続けている趣味でもあった料理をする暇すら無い程に忙しかったのだ。

 最初は取り敢えず火を通せば何でも食えるだろうと雑に始めたのが切っ掛けだった。それからというもの、日を追う事に凝ったものを作るようになってからは空き時間を使って逐一作っていた。そのお陰で幾らかストックはあったものの、流石に温め直す気力すら起きなかったのも事実。

 いっその事空腹なんぞ気にせずに強引に風呂を済ませて不貞寝をかます事も考えはしたのだが……一度空腹を感じてしまった為かひっきりなしに腹の虫が空腹の訴えを起こしているのが分かる。このまま無理矢理寝たとしても少ししたら空腹で寝付けず、結局叩き起こされるのが目に見えていた。

 その為、腹の虫の訴えを抑えるには取り敢えず何でも良いから腹の中に入れるしかない。だが然し、俺に残されたやる気は積もり積もった仕事が一段落したのも相まってゼロである。更に言うと再びやる気を起こす気力すら無い状態だった。ならばどうするかと考えた矢先に外食にするかと思い至ったという訳だ。

 

「(思い切って外で食う事を決めた訳なんだが……如何せん唐突に決めたのもあって何処に行くか決めてなかったわ。どうすっかなぁ……)っと、そうだ時間は……大丈夫だな。んじゃ、久々に大将ん所に行くとするか」

 

 座ったばかりなのも相まって重い腰を上げ、自宅を出て空を見上げる。日が落ち始めている夕焼けの空を見る傍らスマホで時間を確認しながらそう呟いた。インターノットで知らぬ者は居ない伝説のプロキシ『パエトーン』、その正体であるアキラとリンの二人が経営するビデオ屋《Random_play》の近くには、二人がよく通っている拉麺屋《滝湯谷・錦鯉》がある。そこの大将であるチョップ大将自ら作る拉麺がこれまた絶品なのだ。

 何時だったかは忘れてしまったが、リンがアキラ不在の間に急を要する依頼を引き受けたものの、その日に限ってニコを始めとした邪兎屋の面々が忙しく、他に知り合った面子も各々の用事で手が離せずにいた事でその日は比較的暇だった俺に白羽の矢が立った為、二つ返事ながら引き受けた事があった。そうして、特にこれと言った問題も起きる事なく無事に依頼を達成出来た御礼にと拉麺を御馳走になったのだ。

 その味を知ってからは俺も暇さえあれば通う程の常連となっていたのだが、ここ数日は次から次へとやって来る依頼を片っ端からこなす為に新エリー都の各所や突発的に発生したホロウに加え、主を失って縮小傾向にあったものの完全に消滅していなかったホロウをもう一度訪れたりと休む間も無く右に左にと奔走していたのでチョップ大将の店に顔を出せずにいたのも事実。故に思い立ったが吉日とはよく言ったものである。

 その為、日が落ち始めて夜景が顔を出し始めた空が広がる六分街へと歩を進め、スマホを片手に今日の目的地である滝湯谷・錦鯉に向かって歩いていたのだが、その道中で見かけた掲示板に貼られている、新エリー都に住む人々なら知らない者はまず居ないであろう人物が大々的に載ったポスターを見かけて足を止める。

 

「あん? んだよポスターか。つっても、こんな所にポスターだなんて珍しいな。んで、確かアストラ・ヤオ……だったか? ったく、新エリー都の歌姫も忙しいこったな。歌姫の姿を見ない日は無いしよ」

 

 掲示板に貼られたポスターに載っていた人物を見ながらそう呟く。ポスターに載っている人物の名はアストラ・ヤオ。彼女は新エリー都で大人気の女性歌手であり、更に秀逸な演技力も持ち合わせている為、歌手だけでなく女優としてもその名を馳せている。天賦の才能を持って生まれた彼女は100年に1人の逸材とまで言われている程らしい。

 ビデオ屋の客としては勿論、プロキシ業の方でも日頃から世話になっているアキラとリンの二人もアストラの大ファンであり、アストラのファンの集いである『アストラーズ』の一員でもあるとの事。その証拠にと言ってはなんだが、二人と従業員のボンプ達が経営するRandom_playの店内BGMで偶に彼女の歌が流れているのを聴いた事がある。

 斯く言う俺も依頼や野暮用が無い日に自宅でゆっくりしている時にセリカの奴が偶に聴いていたり、ご機嫌良く歌っていたりするのを目にした事があった。身近な人からボンプ達、街ゆく人達までと新エリー都に住む人ならば知らない人は居ないであろう大スターがアストラ・ヤオだ。

 そんな彼女が載っているポスターには次の公演場所が掲載されており、ポスターの端には近日公演とも掲載されているのも視界に入る。大衆の目に止まりやすいテレビCMや広告だけでなくポスターでも公演を宣伝している辺り、宣伝に関して抜け目は無いといった所だろうか。とはいえ、本来であればそういう物に関してあまり気にする事なく立ち去るのだが、今日に限っては何故かその公演場所に目を奪われて立ち尽くす。

 

(アストラ・ヤオの次の公演場所はスターループ……スターループか。今日は腹一杯拉麺を食いてぇ気分だったんだが……しゃあねぇ、予定変更だ。今日はそっちに行くとするか)

 

 ルミナスクエアにあるスターループタワー、その上層階のコンサートホールが、新エリー都の歌姫アストラ・ヤオの次の公演場所だった。普段であればこういった大衆の目を惹く物に関して興味を示す事はあまり無いのだが、今日に限って何故かそれに興味を引かれた俺は、後ろ髪を引かれつつも今日の予定変更とばかりに滝湯谷・錦鯉へ行くのを辞めてルミナスクエアの方へ向かう。

 それから少しして、特に何事も無く無事にルミナスクエアへ着いた俺はジャケットを片側だけ脱いだ後、夕飯を何処で食うか考えながらスターループの方面へ歩いていたが……その道中で説教していると思われる多少怒気を含んだ声が聞こえてきた。

 普段であればそれを聞いたとしても些細な事だなと気にも止めないのだが、多少怒気が含まれた声が何故か何処かで聞いた事のあるような気がしてならない。確認も兼ねて声のする方へ視線を向ければ、二人の女性の姿が視界に入る。二人は共にモデルかと見間違える程にスタイルが良く、目を奪われる容姿をしている。その証拠にと言ってはなんだが、道行く人達が彼女達を見た際に二度見しているのが目に入った。

 それを他所目に二人の内の一人である金髪の女性を改めて見た時の事。多少顔を(しか)める程度の軽い頭痛が走ったかと思えば、それをトリガーとして旧都陥落後暫くしてから新エリー都へ居を移してからはホロウレイダーとして活動を開始し、それから久しく思い出す事の無かった遠い過去の記憶……旧エリー都で用心棒兼賞金稼ぎとして生活していた頃の記憶がふと呼び起こされた。

 

(っ、何なんだよ急に……! つーか、何であの時の記憶が……って、ん? 彼奴は確か、旧エリー都で俺の首を狙って来た奴にすげぇ似てるんだが……まさかとは思うが本人だったりするのか? いや、流石にねぇか。まぁでも、一応念の為に確認しておくか。見間違いならそれで良いしよ)

 

 頭痛によって呼び起こされた記憶により、何処か見覚えのある奴だなと思ったのは革のジャケットを羽織った金髪の女性。その女性はサングラスを掛けた女性、遠目から見ただけでよく見た訳では無いが、新エリー都の歌姫であるあのアストラ・ヤオに非常に良く似ているような気がしないでもない女性に対してクドクドと説教を続けているように見える。

 そんな二人を余所目に、特に金髪の女性にバレる事が無いように念には念を入れて、ホロウレイダーとして活動する傍ら、ホロウ内でばったり出(くわ)したら色々と面倒になる治安局や調査委員の奴等に見つからないように片手間で作成し、調整を重ねた末に漸く完成した《気配遮断の術式》を使って極限まで気配を消しつつ遠目で様子を見ていた時だ。

 術式を併用して極限まで気配を消していた此方の存在に気づいたのかは不明だが、金髪の女性が不意に此方を向く。突然の出来事だった為、一瞬反応は遅れたものの、何とか顔を逸らす事には成功した。その際、一瞬だけ女性と目が合ったのだが、あの紫紺の両眼を見たと同時に確信を持てた。

 

(クソッ、この時ばかりは見間違いであって欲しかったぜ……つーか、何でこんな所に居やがるんだ彼奴はよぉ……っ!)

 

 紫紺の両眼を持つ金髪の女性を見たと同時に心の中で悪態を付く。何せ、旧エリー都にて過酷すぎる日々を必死に生き残る為に用心棒兼賞金稼ぎをしていた最中、流石に暴れ過ぎたせいで何時しか『死神』の異名で呼ばれるようになった挙句に馬鹿げた額の賞金まで掛けられていた俺の首を狙って幾度と無く目の前に現れては刃を交えた暗器使いの女性と酷似していたのだ。

 『死神』の異名に加えていつの間にか馬鹿げた額の賞金首にもなっていた俺はというと、奇しくも姿と力を借りている本家本元(オリジナル)のラグナ=ザ=ブラッドエッジと酷似した存在となっていたのだが、それはそれとしてだ。他人の空似だろうと片付けるにはあまりにも似すぎていた彼女は恐らく……否、100%本人と断定していいだろう。

 とはいえ、今の状況は非常に不味い。目を合わせた後に反射的に顔を逸らしてしまった為、向こうも此方を怪しんだに違いない。冷や汗が頬を伝うのが嫌でも分かる。故に此方が取れる行動としては足早にこの場を後にするか、諦めてあの女性が此方に来るのを待つかの二択しか無かった。

 刻一刻と迫るタイムリミットに追われる形で選択を迫られる中、俺が選択したのは前者。籠った熱を放出する目的で片側だけ脱いでいたジャケットを羽織り直し、先程目が合ったばかりの女性が此方に来る前にこの場を後にする。然し、去ると決めたと同時にかつての俺こと『死神』を知っている筈の人物にもう一度会う事無く、尻尾を巻いて逃げて良いのかと内心思ったのもある。

 

「(ったく、ルミナスクエアには夕飯を食いに来ただけなんだがな……こんな事ならアストラのポスターを見掛けた時に今日はルミナスクエアに行くか、なんて変な気を起こさず大人しく大将ん所で拉麺を食うべきだったか? つっても、このまま六分街に引き返すのもなんか後味悪ぃんだよな……)仕方ねぇ、面倒だが適当に時間を潰してから此処へ戻って来るとするかね」

 

 ふとそんな思いが目覚めてしまったからなのか、足を止めて少し考えてから小さくため息をついた後、アレコレ考えながら人気(ひとけ)の無い裏路地に回って多少時間を潰した後、先程まで居た場所に戻る事にした。

 裏路地を適当に歩いてから嫌々ながらも先程まで居た場所へと戻って来ると、そこには俺を探しに戻って来たと思われる金髪の女性の姿があった。だが、既に俺がこの場に居ない事を悟ったのか踵を返して去ろうとしていた所だった為、今度は此方から声を掛ければ、俺の声に気付いたその女性は振り返る。

 声を掛けられた事に対しては然程驚きはしていなかったが、女性と一言二言交わす内に気付いた。やはりというか当然と言うべきか、金髪の女性は俺の事を知っていた。それも、かつて『死神』と呼ばれていた頃の俺を。となれば、彼女が知りたい事は一つしか無いだろう。

 

((おおむ)ね予想はつくが、()()()()()を聞きたいんだろうな、此奴。つっても、あの日の事を話すつもりなんざこれっぽっちも無ぇんだが……まぁ、偶然とはいえこうして再会しちまった以上、否応にもその事を話さなきゃ絶対納得しねぇなコレ。ったく、クソ面倒な事になったもんだぜ)

 

 彼女が知りたい事について少し考えた後、直ぐに結論が出た際に思わず内心でため息と悪態を同時につく。彼女が知りたい事と言えば、この世界に於いて俺しか持ち得ない力である『蒼の魔道書』、それを使って俺が居たという痕跡を一つ残らず消し去って旧エリー都を去る前、後に辺獄(リンボ)の名が付けられる事になる零号ホロウの暴走によって旧都陥落が引き起こされる幾日か前の日。

 その日も今まで通りに、襲撃回数も二桁を超えた辺りから数えるのを辞め、最早日常の一部と化していた程に性懲りも無く襲撃してきた彼女に対して行った"何か"。恐らく、というより十中八九それを聞きたいのだろう。だが、()()()を誰かに話す気は毛頭無い。無論、目の前に居る彼女に対してもだ。然し、何の因果かこうして再会してしまった以上話すしかないだろうと腹を括った俺は、その話をする前に取り敢えず飯に誘う事にした。

 これから話すと決めた事柄は誰にも話さず墓場まで持っていく物と決めた事であり、流石に素面(シラフ)で話す事柄ではない。更に言えば腹が既に限界だったというのもある。それは彼女の方も同じだったらしく、その証拠にと言ってはなんだが、話をするついでに飯に誘った際に彼女の方から腹の虫が小さく鳴いたような音が聞こえた気がした。

 人並みにある聴力が逃さず拾ってしまったお陰でその音がガッツリと聞こえてしまったのだが、彼女の名誉に懸けて此処は敢えて聞こえていない振りをしておく。誰が聞いても嘘と分かってしまう位のお粗末な嘘だから直ぐに見破られてるかもしれないが、馬鹿正直に聞こえたと言ったら彼女を(はずかし)める事に繋がる為、故に此処は自分の身を守る名目も含めて拙い嘘を付かせて貰った。

 

「あー……その、なんだ。俺から飯に誘っておいてこんな事言うのもなんだが、宛が無かったんでな。一先ず此処で良いか?」

 

「嗚呼、構わない」

 

「そうかい。んじゃさっさと行こうぜ」

 

 そんなこんなで思わぬ形で再会を果たしてしまった彼女を連れてスターループタワーへとやって来た。普段であれば此処へ来る事は殆ど無いのだが、過去の話諸々を含めた込み入った話をすると決めた以上、不特定多数の人々が居て誰が話を聞いているか分からない大衆食堂や居酒屋等で話す気が起きなかったのもある。

 ならば何処にしようかと考えた矢先にスターループタワーにも食事が出来る場所がある事を思い出し、そこにしたのだ。大将の拉麺屋や新エリー都に点在する様々な飲食店と比べてかなり値は張るものの、ここ数日の依頼達成による稼ぎ分に加えて念の為にと通帳を分け、いざと言う時以外は絶対に使わないと決めて厳重に管理している()()()()()()もある為、此処の支払いに関しては問題無いだろうと判断したのもある。

 そうこうしている内に席へと案内され、一先ず値段を考えずに注文した料理と酒が並ぶのを待ってから乾杯の一言を交わし、先に酒を入れてから一口二口と食べ進めた後。早速と言わんばかりに女性の方から話を切り出して来た。

 

「さて……早速で悪いが、本題に入らせてもらう。『死神』、お前には聞きたい事が沢山ある。今日この場で洗いざらい全て吐いてもらうつもりでいるから覚悟をしておく事だ」

 

「ん? 嗚呼、それは別に構わねぇよ。何の因果かこうしてお前と再会しちまった以上、全部話すつもりで既に腹を括ってあるからな。だが、込み入った話をする前にだ。お互いに自己紹介くらいはしとこうぜ?」

 

「自己紹介?」

 

「嗚呼。まぁ、本音を言うと俺はこれ以上『死神』と呼ばれたくねぇだけだし、いい加減お前の名前も知っておきたいってだけなんだがな。名前を知るくらいなら別に良いだろ?」

 

「……そう、だな。そういう事なら、私からしよう」

 

 そうして、お互いに名前で呼び合う為の自己紹介を交わした後、冷めない内に料理を食べながら世間話も交え、やがて本題へと移る。その本題とは勿論、あの日の出来事についてだ。

 それについて話すのなら、俺が持つ力の根幹……『蒼の魔道書(ブレイブルー)』とその力を反映したもう一つの力である『ソウルイーター』についても話さなきゃならないと思うと気が滅入って仕方ないが、腹を括った以上それ等も話すべきだろうと考えを改めた俺は、金髪の女性改め『イヴリン・シェヴァリエ』が聞きたがっている事に答える事にした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 私の運命を変える切っ掛けとなった"何か"を施した張本人である『死神』。"あの日"を境に忽然と消息を断ち、旧都陥落から今まで永らく表舞台に姿を見せなかったお陰で"『死神』死亡説"まで囁かれていた当の本人たる『死神』は今、脳裏に焼き付いた記憶の容姿と寸分狂わぬ容姿で私の目の前に居る。

 本名より異名の方で呼ばれる事が非常に多かった為か、『死神』のフルネームを知る機会が殆ど無く、私は勿論の事「組織」に所属していた人達も、『死神』の異名こそ知っていても本名を知らない人は大勢居た。

 一個人が持つには余りにも強大な力を有し、『死神』の異名で大層恐れられていただけでなく、その首に0が幾つも並んだ膨大な額の賞金を掛けられていた者の名は"ラグナ=ザ=ブラッドエッジ"というのだが……

 

『今聞いた通り、俺のフルネームは長ぇ。だから一々フルネームで呼ばずにラグナって呼んでくれたらそれで良い。こっちで知り合った俺の知り合いにもフルネームで呼ぶ奴は少なからず居るっちゃあ居るんだが、大抵はラグナって呼んでくれてるからよ』

 

 と名乗った直後に本人直々にそう言っていた為、今からは『死神』ではなく"ラグナ"と呼ぶ事にする。そうして、お互いに自己紹介を終えた後にテーブルに並ぶ料理に舌鼓を打ちつつ、各々が聞きたい事を聞いていった。

 

「……そうか。旧エリー都で賞金稼ぎをしていた頃とは違い、今はホロウレイダーをやっているのか」

 

「ま、俺の場合は机や書類に面と向かってクソ真面目に仕事をするよりかは、エーテリアスやゴロツキ共を相手に暴れている方が性分に合ってるからっつー理由でホロウレイダーをやってるだけなんだがな。つーか、そう言うお前の方はどうなんだよ。話を聞く限りだと、暗殺業からは足を洗ったと見て良いんだろ?」

 

「ん、私か? 嗚呼、それについては半分正解と言っておこう。お嬢様……アストラの身辺警護兼マネージャーを務めている今は、あの頃より充実した日々を送れているのは確かだ。お嬢様には感謝してもし切れないくらいに色々な物を貰ってしまっている。それ等を今後の私の人生全てを懸けても返して行けるかは分からないが……頑張るつもりでいるさ」

 

「……なるほどな。ま、心を許せる奴が出来ただけでなく、其奴から大切なもんを貰ったってのは良い事だと思うぜ。そういった掛け替えの無い物は替えの効かねぇ一生もんだ。大切にしろよ」

 

「ふっ、言われなくてもそのつもりだ。ラグナ」

 

 酒が入った影響かは定かではないが、(いささ)か紅潮した頬と共に笑みを浮かべるラグナ。それに釣られる形で私も軽く笑みを浮かべたが、直ぐさま思考を切り替えて次の話題へと移る。次の話題は勿論、"あの日"ラグナが私に何をしたかについてだ。思考を切り替えた私は、その事を問いかける。

 

「さて、お互いの現在(いま)の話は一旦ここまでにしておこう。ここからは話を変えようと思っているが……心の準備は済ませてあるんだな?」

 

「んなもんとっくに済ませてるって最初に言ったろ。ま、お前が一番聞きてぇ事は一つしかねぇのは分かってる。()()()()()()()()()、俺がお前に何をしたかについて……だろ?」

 

「その通りだ、話が早くて助かる。あの日、お前が私に一体何をして行方を晦ましたのか。それについてずっと聞きたいと思っていた。今ここで、全てを話してくれるんだろう?」

 

「話すも何も、どの道それを話さなきゃ納得しねぇだろお前。まぁ、その前にだ。その事を話すなら俺の持つ力も含めて話さねぇとならねぇ。俺の力については出来るだけ短く話すつもりだが……長くなる事だけは先に言っておくぞ」

 

 その問いに対して肯定の意味を込めた頷きを一つすれば、ラグナはグラスに残っていた赤ワインを飲み干し、一呼吸置いた後に"あの日の出来事"とそれに付随する形で自身の持つ力について話を始める。ようやく、あの日ラグナが私に対して施した"何か"と、それを可能にしたラグナの持つ力について分かる時が来た。(はや)る気持ちを抑えつつ、ラグナの言葉に耳を傾ける。

 

「んじゃ、先ずは俺の持つ力……『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』の二つについて話すとするか。先にも言ったが、あの日の事を話す前提として知っておかなきゃならねぇ事だからよ」

 

「ん、それは別に構わないんだが……『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』、その二つは一体何だ?」

 

「あー……まぁ、俺の力については今日初めて聞く事になるだろうし、そういう反応をするのは薄々分かってたわ。んじゃ、先に『蒼の魔道書』について要点だけを掻い摘んで話すが、十中八九聞いてる内に疑問が浮かぶだろ? だが、それを聞くのは最後にしてくれ。粗方話し終えた後に答えるからよ」

 

「詳細ではなく、要点だけなのか。分かった」

 

「……あ。そうそう、言い忘れる所だったわ。お前の口は固い方だろうなと俺は勝手に思ってるんだが……念には念をって奴だ。今から話す俺の力についてだが、『ソウルイーター』は兎も角『蒼の魔道書』の存在は出来る限り秘匿しておきたい代物だ。だから今日聞いた事は他言無用で頼むぜ。良いな?」

 

 話を聞くと決めた矢先にいきなり聞き慣れない単語が二つ、ラグナから告げられて疑問符が浮かんだのは言うまでもない。その事について首を傾げていれば、それを見越していたかのようにラグナは前置きをする。それに対して肯定の頷きをすると、その頷きを了承の意ととして捉えたラグナは己が持つ力の一つである『蒼の魔道書』について話を始める。

 ラグナ曰く、ラグナの持つ力の一つである『蒼の魔道書』は今より遥か昔の時代に存在したとされる《六英雄》と呼ばれる六人の内の一人が造り上げた代物との事。魔道書の名を冠しているのだから、私はてっきり本の形をしているのかと思ったのだが……話を聞く限りではラグナの右腕が『蒼の魔道書』そのものだという。何故ラグナの右腕が『蒼の魔道書』そのものなのかと疑問に思ったのだが、それを聞くのは一旦後回しにしておいて話の続きを聞いていく。

 ラグナの持つ『蒼の魔道書』は『蒼の魔道書』の製作者が所有している"本物"を模して造られた()()()との事。一個人が持つ力にしては余りにも強大すぎる力である、ラグナの『蒼の魔道書』。後にラグナは"本物を超える力"──《イデア機関》というらしい──を、命の危機を助けてくれたラムダという人物から託される形で手に入れた事により、その後の激闘に次ぐ激闘を制する事が出来たという。

 あまりにもスケールが大き過ぎる話を聞いている内に次々と聞きたい事が出てきたものの、それらを一旦後回しにして大人しく聞いていたのだが、ラグナの持つ『蒼の魔道書』が"製作者が所有する本物を模して造られた模造品"だという事実が未だに信じられない。少しの間言葉を失っていると、ラグナが苦笑いを浮かべているのが視界に入る。

 

「……概ね分かっちゃいたが、信じられねぇって顔してんなぁお前。まぁ、俺だってそうだ。《蒼の魔道書を己の力だと思うな》と、師匠に散々念を押されてきた『蒼の魔道書(コイツ)』が、"本物の碧を持っている心底憎たらしいクソ蛇野郎が造り上げた模造品"だと聞かされた時は信じられねぇって思ったさ」

 

「そう、なのか?」

 

「まぁな。『蒼の魔道書』について語るのは一旦この辺にしとくか。まぁ、ぶっちゃけると詳しく話す事も出来るっちゃ出来るんだが……少なくとも片手間に話せねぇ事が多過ぎる。時間も無限にある訳じゃねぇし、詳細について語るのはまた今度にしてくれ」

 

「分かった。今は聞かないでおこう」

 

「そうしてくれると助かる。まぁ、また何処かで会う機会でもありゃ、その時にでも『蒼の魔道書』について続きを話すつもりではいるからよ。んじゃ、次はもう一つの力である『ソウルイーター』についてだな」

 

 そう告げたラグナはいつの間にか注ぎ足していた赤ワインを飲んで一息ついたあと、続いてもう一つの力である『ソウルイーター』について話し始める。ラグナの持つ力の一つである『ソウルイーター』は、『蒼の魔道書』の本質である『奪う力』を反映した力との事。

 何かを奪う事に特化した力である『ソウルイーター』を行使する事により、『ソウルイーター』を用いた攻撃を受けた相手の体力を奪う事は勿論の事、使い方を変える事によって意志や願望(ユメ)といった人間ならば必ず抱く、人間を人間たらしめている物すらも奪えるらしい。

 ラグナは『ソウルイーター』を使って当時の私から《「組織」の為なら例えこの命を散らす事になろうとも一向に構わない》という確固たる意志を奪い去り、その後に自分が居た痕跡を一つ残らず消し去って行方を晦ましたとの事だ。

 漸く聞けた、旧都陥落前のあの日にラグナが取った一連の行動の真相。本人の口から聞いたばかりでまだ殆どを飲み込めてはいないが、『死神』ことラグナの持つ力を理解出来た事も相まってか、長らく喉元で(くすぶ)っていた溜飲(りゅういん)がようやく下がったような気がする。だが、依然としてまだ何かが引っかかっているような感じがしてならない。

 

「つー訳で、俺の力云々を含めて随分と話し込んじまった訳なんだが……"あの日"、俺がお前にしたのはそういう事だ。んで、まだ聞きたい事があるって顔してるな? それなら今の内にしてくれ。次、何時またこうして会えるか分かんねぇからよ」

 

「あ、嗚呼……そうだな。なら───」

 

 そんな私の心境を察したのかは定かではないが、話し終えて一息ついたラグナにそう言われる。だが、ここで少しだけ迷いが生じた。ラグナの話を聞いている内に、他にも聞きたい事が沢山出てきたからだ。『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』の二つについて詳しく知りたいと思ったのは言うまでもない。

 とは言え、先の二つよりも気になる事柄と言えば、遥か昔の時代……恐らく旧エリー都が出来る前より更に昔の時代。それこそ身近に起きる災害として認知されているホロウが発生する前、恐らく古い文献にすら遺されていないと思われる旧文明が出来上がる前の時代に存在したとされる《六英雄》と呼ばれる六人の人物達。彼等について聞きたいのは当然として、他にも聞きたい事はまだある。

 ラグナの力の源でもあり、今現在はラグナの右腕として存在を確立していると思われる『蒼の魔道書』。その『蒼の魔道書』に"製作者が所有している本物を超える力"を与えた『イデア機関』の詳細、『蒼の魔道書』を造り上げた"本物"を持つとされ、ラグナ曰く《心底憎たらしいクソ蛇野郎》と蔑称する人物についてもだ。

 それ等を含めて色々聞きたい事が山積みになっていたのだが、私が今ここで聞きたい事は一つしかない。故に他の事は一旦後回しにし、今は一番聞きたい事……"あの日"の事に連なる事を問いかける。

 

「『奪う力』……『ソウルイーター』と言ったな。話を聞く限り、その力は使い方次第で他者を容易に(あや)める事が出来る力なのは分かったが……何故それを()()()()()()()()()()()使った? 当時の私とラグナの関係と言えば、賞金首のお前を殺しに来た暗殺者()と『死神』として名を馳せ、常に命を狙われる立場に居た賞金首(ラグナ)の関係だろう」

 

「……嗚呼、当時の俺達の関係を表すならばそれで合ってる。お互い言葉を交わすより先に刃を交えてたし、今日みてぇにのんびりと会話なんぞする暇は微塵も無かったからな」

 

「だからこそ、分からない事がある。『死神』と呼ばれ、恐れられていたラグナの持つ力……『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』。その二つか、又は片方でも小細工無しに全力で振るえば、私の事など容易に葬り去る事が出来た筈だ。だと言うのに、()()()()()()()()()? その行動を取った理由が聞きたい」

 

「……なるほどな。お前があの日からずっと聞きたい事はそれだったのか」

 

「そうだ。答えてくれるな? ラグナ」

 

 ラグナの持つ力について話を聞きながらややハイペース気味に飲んでいたせいで予想以上に早く酔いが回って来た影響か、視界がボヤけ始めていたものの、なんとかラグナに聞きたい事を告げると、誤魔化すように咳払いをした後に赤ワインを一口飲んだラグナはため息をついた後、バツが悪そうに顔を背けてからその理由となる一言を一つだけ呟いた。

 

「……はぁ。ったく、コレは一度しか言わねぇから良く聞いとけ。あの時の俺がお前の事を殺さずにそうしたのはな、()()()()()()()と思っちまったからだよ。あの時、闇より深い漆黒……アレは多分、絶望の色っていうんだろうな。其奴に染まりきったお前の双眸を見た時によ」

 

「助け……たい? ラグナ、お前はあの時、私と幾度と無く刃を交えていた最中にそんな事を思っていたのか」

 

「嗚呼、あの時のお前は『命は不要だ』と言わんばかりに幾度となく挑んで来ただろ? 最初は何処の馬の骨が掛けたかは分からねぇが、俺の首に掛けられた馬鹿げた額の賞金目当ての野郎が又来たのかよと思っていたんだが……何度も刃を交える内に段々と見てられなくなって来ちまってな、勝手に世話を焼かせて貰ったって訳だ。ま、当時のお前からして見れば俺が勝手に焼いた世話なんぞ大層余計なお世話だったかもしれねぇがな」

 

「あの時、何か強大な力で外側から干渉を受けたような感覚だけでなく、自らの意志を削がれるような違和感を感じた理由はそういう事だったのか……ん? 勝手に世話を焼いた末の行動とはいえ、それのお陰で今の私が居るという事はだ。ラグナ、お前は私の恩人という事にならないか?」

 

「けっ、さぁな。傍から見ればそうなるかもしれねぇが、『ソウルイーター』でお前の固い意志を奪った事に関しては()()()()()()()()()()()()だ。それに対してお前が恩を感じる必要は全くねぇし、だからと言ってあの時の恩返しをしやがれ、なんて野暮ったい事を言うつもりもねぇよ」

 

「む、そうか。だが、仮にそうだとしてもだ。お前が私を助けてくれた事には変わりないだろう? だから……改めて御礼を言わせて欲しい。あの時、私を助けてくれてありがとう。ラグナ」

 

「ん? お……おぅ。まぁ、一応礼は受け取っておく。ったく、面と向かって礼を言われるのは恥ずかしいったらありゃしねぇ。つーか、急に笑顔なんぞ見せられたら調子狂うっての、全くよぉ……

 

 目線を合わせて微笑みを浮かべつつお礼を言えば、酒が入っている影響もあるだろうが、耳まで真っ赤に紅潮した顔を背けて何やらブツブツと呟きながら不貞腐れているラグナの姿があった。

 かつて旧エリー都にて『死神』の異名で呼ばれ、その名を聞いた人々からは有る事無い事様々な事を広められ、大層恐れられていた存在だったラグナが見せる意外な一面を見れた為、自然と笑みが零れる。

 それからラグナの過去についての話や他にも聞きたい事に関しては一旦置いておき、改めてお互いの再会に乾杯をしてから料理を食べつつ、お互いの状況についてより詳しく話していく。

 酔いが回って来たお陰も相まってなのか普段より饒舌になった影響かは定かではないものの、後半はほぼお嬢様の、アストラに対する常日頃から感じていた事柄に対する愚痴のようなものだったような気がするが……恐らく気の所為だろう。色々ぶっちゃけてしまったような気がしないでもないが、どの道ラグナ以外には聞かれていない為、気の所為と思う事にする。

 

「……飲みすぎだ、この馬鹿」

 

「んぅ……こうにゃったのも、誰のせいらと思ってる……」

 

「(……呂律が回ってねぇな。どんだけ飲んだんだよ此奴。いや、ただ単に酒に弱ぇだけかコレ) ったく、わーってるよ。ここまで長ったらしい話に付き合わせた俺の責任だから其奴に関しては強く言えねぇ。ほら、立てるか?」

 

「……大丈夫、だ」

 

 それから暫しの時が流れ、そろそろお(いとま)するかとラグナに肩を軽く叩かれて席を立とうとした時。酔いのせいで視界がぐらりと揺れて平衡感覚を喪い、足元がふらついて前方へ転びそうになったのだが……(すんで)の所で何かに引き寄せられる。

 

「おっと、危ねぇ……ったく、他ならぬ自分の身体の事だろが。俺から見ても大丈夫じゃねぇって分かるってのに、流れで大丈夫とか言うんじゃねぇよ、っと」

 

「あぅっ……にゃにをするラグナぁ……っ!」

 

 それと同時に半ば呆れたような声が聞こえて来た為、声が聞こえて来た方向に顔を向ければ、赤い右眼と碧い左眼を伏せてやれやれといった表情を浮かべているラグナの横顔が視界に入ると同時に額に軽い痛みが走った。一体何故、と痛みを和らげる為に額をさすりつつ、酔いのせいで上手く回らない頭を強引に回し、答えを探る。

 そうして、何とかして今の状況について考えた先に辿り着いた答えはというと、ラグナは危うく転びそうになった私を片手で自分の方へ抱き寄せてくれたという事だろうか。額に走った軽い痛みに関しては、転びそうになった私を見て呆れたラグナがデコピンしたのだろう。抗議の視線と言葉を送るも、当の本人は何処吹く風といった様にケラケラと笑っていた。

 デコピンされたのは良いのだが、問題はその次だ。今の状況から察するに、私はラグナに抱き締められている事となる。不可抗力とは言え異性に抱き締められているからなのかは分からないが、先程から自分の物であろう心臓の鼓動がやけに五月蝿く聞こえてくるだけでなく、それに加えて顔から火が出ているのではと錯覚する程に熱を持っているのが分かる。酔っている影響も少なからずあるかもしれないが。

 それはそれとして、未だに醒めない酔いのせいで頭がふわふわとしていて思考回路が上手く働かず、かと言って動こうとしてもガッシリとラグナの腕に抱えられている為、無闇に動く事も出来ない。故に今は暴れる事が出来ずに大人しくラグナに身体を預けるしか出来なかった。

 

「(此奴をこのまま一人で帰すのは怖ぇな。ここまで酔わせちまったのも俺に原因があるし、かと言ってこのまま一人にさせられる訳がねぇしよ……)ったく、仕方ねぇ。少しの間で良いから我慢しな。文句なら後で幾らでも聞くからよ」

 

 抱き抱えられているせいで借りてきた猫のように大人しくせざるを得ない状況下に置かれている私を横目に何やらブツブツ呟いていたラグナがそう言うなり、右腕で雑に抱えられていた状態から一旦解放された矢先にふわりと自分の身体が宙に浮く感覚を覚える。一体何故、と思うより先に先程とは体勢が変わり、ラグナの顔がしっかりと見えてしまう。

 それで理解してしまった。今の私は雑に抱えられていた状態から打って変わってラグナにお姫様抱っこされている状態なのだ。酔いが回り切ったせいで思考回路が上手く機能しない今の状態ではそれ以上の理解が追い付かず、今はただひたすらに疑問符を浮かべる事しか出来ない。

 

「ラグ、ナ……? 何を……」

 

「俺から飯に誘った手前、此処の支払いは済ませておいた。まぁ、それよりもだ。酔っ払ったお前をこのまま一人で帰すのは俺には出来ねぇ。昔話に長々と付き合わせちまった責任もあるしな。だから今日の詫びと言っちゃなんだが、このままお前の家まで送り届けるからよ。酔ってる所悪ぃが道案内頼むぜ? イヴリン」

 

「───っ! (何だ、今感じたこの胸の高鳴りは……?)」

 

 不意に名を呼ばれたせいかは分からないが、微笑みを浮かべているラグナの顔を見た途端にドクン、と胸が高鳴る。それに伴ってようやく引いてきた筈の顔の熱が再燃して来るのが嫌でも分かった。微笑みを浮かべているラグナの顔をマトモに見れなくなり、隠すように俯く。

 勘づかれる事の無いように顔を背けるしか出来なかった私は、ラグナにお姫様抱っこされたまま帰路に着く事になる。酔いのせいで回らない頭を必死に回している私の道案内の元、私をお姫様抱っこしているラグナが歩く。その道中、私の物と思われる心臓の音がずっと五月蝿く鳴り続けていた。恐らくこの音はラグナにも聞かれているかもしれないと思えば思う程、更に五月蝿く聞こえてくる。

 今まで感じた事の無い、お嬢様に出会った時とはまた違う不思議な感覚を感じてからは戸惑って仕方ない。だが、私が悶々と考え込んでいる間もなんとかして話題を出して場を繋いではいたものの、それからは特に何か起きる事は無く、ラグナは無事に自宅まで送り届けてくれた。

 

「ほら、着いたぜ」

 

「あ……もう、着いたのか」

 

「ん? おう。んじゃ、用も済んだし俺は帰るわ。またな」

 

 お姫様抱っこから解放されたのは良いのだが、解放された途端に何故か寂しさを覚える。まるで、ラグナとまだ離れたくないと心が訴えかけているかのように。それに気づいた時には、自分の用事は終わったと言わんばかりにその場を後にしようとするラグナを思わず引き止めてしまった。

 

「───ラグナ、待って欲しい」

 

「ん、どしたよ? アストラのマネージャーって事は明日も早いんだろ、お前。それに時間も時間だ、そろそろ休まねぇと明日に響くぜ。寝不足で目の下に(くま)なんか作ってみろ、そんなもん見たらアストラも心配するのが目に見えるだろ?」

 

「……それは言われなくても分かっている。だが、ほんの少しだけで良いから待ってくれるだろうか」

 

「あ? あー……まぁ、そのくらいなら別に良いけどよ」

 

 待って欲しいとは言ったものの、その後の言葉が中々出てこない。何か言おうとして言葉が出ずに口籠もる私を見て首を傾げて何かを悟ったのかその場に立ち止まっているラグナを視界に入れつつ、思わず引き止めてしまったのだからせめて何か一言話さなければと必死に考えていた所、待ち続けて痺れを切らしたのかラグナの方から切り出してきた。

 

「……なぁ、あくまでもコレは俺の勘でしかねぇけどよ、俺を引き止めた理由がこんな時間になってもまだ一緒に居たいとかじゃねぇだろうな?」

 

「っ、何故それが分かった……?」

 

「いや分かるも何も、只の勘で言っただけだ。まさか図星とは思わなかったけどな」

 

 十中八九酔いのせいだと思うが、勘で当てられる程に分かりやすかったのだろうかと軽く落ち込んだのは言うまでもない。お嬢様にも見せた事の無い姿をラグナには次々と見せてしまっているという事実。それが次の言葉を中々形にして外に出してくれない。その為、酔いが覚めつつある頭で悶々と考え込んでいれば、手の平に何かを握らされた感覚を覚える。

 それに気付いて視線を其方へ向けると、握らされたのはラグナの連絡先と思われる番号が書かれた名刺。裏面を見ると、何処かで見た事のあるような気がする幾何学的な紋章が黒と赤の二色を背景にして、白抜きで描かれていた。名刺の表と裏を何度か見た後、気になった私はラグナに問いかける。

 

「……ラグナ、コレは一体?」

 

「ん? 嗚呼、それは俺のノックノックの連絡先だ。何、其奴を今直ぐ登録しろとは言わねぇ。空いた時間が出来た時にでも登録してくれたらそれでいい」

 

「あ、嗚呼。分かった───って、何故コレを私に?」

 

「何故って、お互いに忙しい身だろ? 今日会えたのはマジの偶然だからな。次は何時会えるか分かんねぇし、それなら何時でも連絡取れるように連絡先を渡しておいた方が良いかと思ったんだよ。それに、ノックノック(其奴)なら余程忙しくなけりゃそっちでやり取り出来るしな」

 

「……そう、だな」

 

「ま、今日の所は一先ずそれで我慢してくれや。んじゃ、俺の連絡先も渡した事だし、俺はもう行くぜ。つっても、そんな顔しなくてもまた何処かで会えるだろうよ。またな、イヴリン」

 

 その言葉を最後に、ラグナは後ろを向いて右手を軽く振り、今度こそその場を後にした。段々と小さくなっていく背中を見送った後、漸く酔いが覚めて来たものの又名前を呼ばれたせいかは分からないが、熱が冷めずにほんのり暖かいままの頬に手を当てたまま、少しの間考え込む。

 不意に名前を呼ばれた時に感じた胸の高鳴り。それに伴うように顔から火が出てるのではと錯覚する程に熱を帯びる頬と周囲に聞こえているのかと思う程に五月蝿く鳴り響く心臓。それ等は初めて感じるもの故にそれ等の正体が全く分からないと来た。

 

「(あの時感じた、言葉では表せない感覚。アレは一体何だったんだ……?)嗚呼、駄目だ。酔いが覚めて来たとは言え、まだ本調子ではないんだ。今はこれ以上考え込むのを辞めよう……」

 

 酔いが覚めて来たとは言え、まだ万全では無い頭でアレコレと考え込みそうになった為、頭を振ってその考えを一旦払拭した私は、もう休む事に決めて自宅へと戻ったのだが、寝る前の支度を済ませて寝床に入ってから少しした頃だった。

 今日は何も考えずに眠ろうと目を閉じたものの、私の脳裏には"あの日"から幾年が過ぎた今日、偶然再会した『死神』元いラグナが見せてくれた様々な表情が焼き付いたまま。それのせいなのかは定かではないが、明日も仕事がある以上身体を休める為に無理矢理寝ようとしても何度もラグナを思い出してしまい、上手く寝付けないでいる。

 

(……次は何時会えるだろうか。気紛れで焼いたお節介でかつての私を救い、今の私にしてくれたと言っても過言では無い『死神』……ラグナ)

 

 何度か眠りにつく事に失敗していたが、次は何時ラグナと会えるのか楽しみにしている自分が居る事に驚きを覚えたのもまた事実。その事実に驚きつつも、漸くやって来た睡魔に身を委ねて緩やかに眠りにつく。

 だが、この時の私はまだ気付かなかった。今日、ラグナと再会してから名を呼ばれたり、お姫様抱っこされたりといった影響で感じた言葉では表せない一連の感情や想い。それの行き着く先が"恋"というものであり、更に言えば今日感じた物はそれの始まりだと言う事を。私がその事に気付くのは、まだまだ先の話だ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はぁ……」

 

 かつて旧都にて首を獲られまいと死闘を繰り広げた後、『ソウルイーター』で意志を奪い去ってからは久しく会っていなかったのだが、全くの偶然でルミナスクエアで再会し、過去の話をしていた最中に酒に酔った彼女、イヴリンを自宅へ送り届けた後に帰路に着いた俺は、その後特にこれといった出来事も無く自宅へ着いた。

 家に入ってすぐに椅子に腰掛け、スマホを取り出して時間を確認すると、時刻は既に0時を回って1時を過ぎようとしている。もうこんな時間になっていたのかとため息をつき、スマホの電源を落として机の上に置いた俺は、眠気が来るまでの間に天井を見上げながら考え込む。

 今日、自らの持つ力を含めて旧エリー都で何をやったのか、それ等を彼女に話したのだが、『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』は俺の力であって俺の力ではない。言うなれば借り物の力だ。それだと言うのに、『蒼の魔道書』と『ソウルイーター』の詳細を、意図的に伏せていた部分もあったが手にした経緯を含めて彼女に話したのだ。

 力について話した事は旧都で賞金稼ぎ兼用心棒をしていた頃に暗殺者として活動していた頃のイヴリンと出会った時に何をしたか、それについて話す前提として話さねばならない事だったから別に良いとして、あの時は酔いが回っていた影響もあってか何とも思っていなかった。

 だが、酔いが覚めて来た今になってそれを自覚してしまった為か、"俺自身の力で手にした力ではないのにさも己が手にした力のように、一寸先は果てしなく広がる闇と言っていい裏社会で生き残る為に、強いて言うなら俺自身の為に振るって来た"事を語ってしまったという罪悪感が胸中を埋め尽くすように後から込み上げて来ている。

 

(ったく、喪っていた記憶を取り戻す前からこの力を己の力として散々振るって来たってのに、誰かにこの力の事を話しただけで急に罪悪感を覚えるのは今更過ぎるっつーの……)

 

 今日一番の深いため息をつき、今しがた覚えたばかりの罪悪感を払拭するかのように頭を振った俺は、これ以上余計な事を考える前に寝る事にした。少しでも多く寝て疲れた身体を休め、明日に備えたかったというのもある。だが、寝る前の準備を済ませていざ寝ようとした所でふと思い至る事があり、自身の右腕として存在を確立している『蒼の魔道書』を見やる。

 

(……そういや、今日まで疑問にすら思って無かったんだが、『真の蒼』こと『蒼炎の書(ブレイブルー)』。其奴を今の今まで使えた事が()()()ねぇんだよな。今の俺が本編(CF)後の(ラグナ)だとするなら、『蒼炎の書』を使えてもおかしくはねぇ筈なんだが……『蒼炎の書』を使えないって事はその理由(ワケ)が何処かにあるって事か? ま、今その事を考えても分からねぇし、その辺はボチボチ探って行くとするか)

 

 右腕を見ながら『真の蒼』こと『蒼炎の書』を今まで使えてなかった理由が何処かにあるのかと考えていたが、それについて考えるのはいったん後回しにしようと頭の片隅に追いやった。『蒼炎の書』が使えなくても『蒼の魔道書』は問題なく使える為、現状は問題ないだろうと判断したのもある。

 その後、寝る前の支度を済ませて漸く眠りにつく事が出来たのだが、翌日の朝一番にアキラとリンの両名から昨日の夜遅くにスタイル抜群の金髪美人ことイヴリンをお姫様抱っこしてルミナスクエアの闇夜に消えた所を偶然目撃されていたのか、はたまたアキラとリンの知り合いに目撃されて情報共有でもされたのかは定かではないが、その事について問いただされる事を、この時の俺はまだ知る由もない。




漸く書けたぁ……(´・ω・`)
後は一話丸ごと戦闘描写を書いてから本編にって感じかな?

とはいえ、本編の何処に絡ませるか悩む……
前の話で『蒼の魔道書』を何度か使ってるって書いた以上、ゼンゼロの方はある程度物語が進んだ状態で絡ませたい……
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