神ゲーの夜は終わらない   作:ホルン

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某ソウルライクゲームに200時間近く持って行かれたので投稿します。


神ゲーの夜は終わらない

 

 

 雨が、降っている。

 

 

 

 薄暗い廃デパートを、身体を引きずるように少女が歩いている。

 

 

 亜麻色の髪の彼女は、負傷していた。

 退魔士に支給されている戦闘仕様の学生服の上から、大きくわき腹を抉られ、傷を抱えるようにして撤退していた。

 

 足元には蛞蝓や虫が這いまわり、丸々太った蝿がぶんぶんと飛び回る。

 

 数十年前に潰れ、良からぬ噂と怪奇現象で放棄され、話題に出すことさえも避けられる曰く付き物件。そんな場所を息を殺し、極力音を立てないように静かに歩く。

 

 

 ぐちゃり、と水っぽい音がする。

 

 

 肉を踏み潰す生々しい感触に眉を潜め、しかし無視して歩を進める。

 

 不愉快な感触だが、仕方がないことだと無理矢理納得する。

 正体不明の赤黒い肉が、通路一面に植物のように根を張っているのだ、避けたくても避けられない魔物由来の何か。.........まあ幸いなことに敵対的な存在ではないようだから、そこまで注意を割く必要はない。

 

 油断したところを襲われる可能性も否定できないので、完全に無視できないのが嫌なところだが。

 

 出血による痛みと、意識の混濁をどうにか堪え、歩き続ける。

 

「………失敗したなぁ」

 

 退魔士としての、低級魔獣の討伐任務。

 露払い程度の簡単な仕事の筈だったが、運が悪かった。

 

 

 まさか上級の魔物に遭遇するとは。

 

 

 それなりに経験は詰んでいたが、最低でも2人以上で戦うことを推奨される怪物相手は分が悪かった。

 

 結果、わき腹を食い破られてこの様である。

 辛うじて離脱は出来たが、果たして拠点まで持つかどうか。

 

 

「............?」

 

 

 ふとした違和感に首を傾げ、少し黙考して違和感に気が付く。

 

 

 辺りが、妙に静まりかえっている。

 

 

 先ほどまでは不快で仕方なかった蝿の羽音も、這いまわる蛞蝓と蛆の水っぽい音も、肉植物の幹から響く脈動も全てが聞こえない。 

 まるで何かから逃げたのか、或いは隠れているかのような不自然な静寂。

 

 嫌な予感がして、周囲を見回す。

 

 通路は広く薄暗く、壊れかけの商品棚や張り巡った肉植物などの障害物で視界が悪い。

 索敵に心得がない自分では見逃すもの方が多いだろうし、そもそもただの勘違いかもしれないが、背筋を這いまわる悪寒が何かを探せと急かしている。

 

 神経を尖らせて視線を走らせる。

 

 

 .........()()

 

 

 先ほど通り過ぎた通路、そこに生えた肉植物の大樹の洞にソレはいた。

 

 

 ソレは人間ではなかった。

 

 

 4本の脚、人間を明らかに超える体躯、剥き身の筋肉、だが、歪んだ人の顔が張り付いた、物陰に身を潜め、赤い眼でじっとこちら見ていた。

 

 

 ――――――人面犬(マンフェイス)

 

 

「…………っ!」

 

 自身を撤退に追い込んだ異形の犬。

 理解の及ばないナニカに、観察されていたという事実に皮膚が粟立つ。胸の奥底から湧き上がる怖気に思考が止まり、一瞬遅れて「逃げる」という選択肢が浮かび上がる。

 

 

 ______あまりにも遅かったが。

 

 

 人面犬と目を合わせるべきではなかったし、合わせたのなら即座に逃げるべきだった。それを実行できなかった時点で只人の末路は容易く確定する。

 

 弾けるように駆けだした魔犬が迫る。

 

 擦りつけるような当身で、壁に叩きつけられる。

 

 血が飛び散る。

 

 骨が砕ける。

 

 力なく地面に転がる自分の上を、涎を垂らした犬が狂気的な笑みを浮かべる。

 

「.........ここまでかぁ」

 

 情けない声が漏れる。

 

 抵抗できないほどの負傷、明確な実力差。

 

「■■■■■!!」

 

 獲物を捉えて異形がげたげたと嗤い声を上げる。

 

 怪物に捕まった人間の結末は明白だ。

 特に()()()()()()死か、それよりも悪い事の二択しかない。そして目の前の異形から自分は逃げられず、この状況を覆せる力もない。

 

 ここで、終わりか。

 

 諦めと絶望で目の前が真っ暗に染まりかけ______

 

 

「イィィィィイイイイヤッホォォオオオオオオオオウ!!」

 

 

 横合いからの金槌が、異形の頭を吹き飛ばした。

 

 金槌。

 

 ホームセンターで市販されているような、片面に釘抜きの付いた小振りの槌。

 

 ともすれば武器とも言えない道具によって、肉と骨が砕けて粉砕される快音が耳を打つ。

 真夏のスイカ割り、というよりも地面に力尽くで叩きつけられたザクロのように異形の頭がはじけ飛ぶ。

 

 頭部を失った異形の身体はふらふらと揺れた後、ざらりと塵になって消滅した。

 

 残ったのは情けなく地面に倒れる自分と、魔物の核であった地面に転がる魔石だけだ。

 

 まだ呆然としている自分に、乱入者から手が差し伸べられる。

 

「――――――貴公、夜狩りか?」

「え?」

「………ごめん、ちょっとハイになってた。やり直していい?」

「う、うん」

 

 差し伸べられた手を取り立ち上がる。

 

 命の恩人は、同じ陰陽寮の少女だった。

 やや細身、陰陽寮の制服以外は、顔立ちからは何処にでもいそうな、ごく普通の少女の印象を受ける。

 

 先ほどのやたらと高いテンションからは考えられないほどに、今は落ち着いている様子だ。

 

「初めまして、私の名前は浅井 瞳(あさい ひとみ)。キミの名前を聞いても良いかな?」

「こ、小金 律(こがね りつ)です」

 

 ヒトミ、と名乗った少女が名前を聞いて目を見開く。

 どこか驚いたような、あるいは何か懐かしいものを見たような、とても不思議な瞳だった。

 

「そっか、やっぱり物語には、主人公がいないとね」

「………すみません、何の話か見えなくて」

「ごめん、こっちの話だから気にしないで。それよりも、傷が痛むでしょ。列車まで運ぶよ」

 

 ふと見れば、彼女の表情は落ち着いたものに戻っている。

 

 気のせいかと錯覚するような、一瞬の出来事だった。

 

 歩くために肩を貸してもらいながら、彼女が小さく呟く言葉を耳で捉える。

 

 

 

 

「――――――やっぱ、神ゲーの世界だなコレ」

 

 

 

 

 これが、小金 律と転生者の最初の出会い。

 

 

 

 夏の温度が色濃く残る、大雨の夜の話だった。

 

 

 

 

 

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