ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第一話 エクスソルジャー二番

 骨に響く座席の振動。窓から見える景色は右から左へと流れていく。青年は手にしたリンゴをかじりながらそれをつまらなそうに眺めていた。

 

「まもなく、ニューラ7バンチ、ニューラ7バンチ。お出口は、左側です」

 

 妙な抑揚の乗った車内放送が流れると共に、青年は最後のリンゴの欠片を口に放り込んで立ち上がった。

 出口の前に立ち、扉が開くのを待つ。ガラス越しに見える駅の構内はガラガラ。人の気がない。

 やがてプシューという効果音と共に電車の扉が開け放たれる。この効果音はわざわざスピーカーから流しているらしい。これがかつての電車では自然に発せられていたもので、再現するためにコストをかけてスピーカーを車体に搭載していることなど、青年は知るよしもなかった。ただ、気だるそうに足を踏み出すだけ。

 新鮮、とはいえない構内の空気。それでも故障した車内の空調よりははるかにマシだ。深呼吸をして、伸びをする青年の後ろで電車が発進する音が聞こえた。

 

「……っで、どこに行きゃいいんだ?」

 

 青年はバッグから板型の端末を取り出して画面を叩く。点灯したロック画面は薄く黄色がかっていた。彼の所属する組織の資金難の現れだ。

 それから青年は慣れた手付きでパスコードを打ち込み、ホーム画面からとあるアプリケーションを起動。一瞬、チープなデザインのアイコンが表示された後、タイムライン状に文章が表示される。

 SNSアプリだ。青年は下部のタブからダイレクトメッセージの欄をタップし、一番上に目をやる。

 

『あなただけ♡ 一夜の熱い時間を共に過ごし……

 

 そこまで読んで、それが目当てのものでないことを認識すると次へと目を向ける。……またしても違う。そうして五つほどふざけた文章をスルーした時、青年は目を止めた。

 

『御依頼の件について ニューラ7バンチ市役所』

 

 一見すると、これも雑多な迷惑メッセージの類いに見えるが、青年はこれが本物であることを知っている。その証拠に、メッセージの送り主には「承認済」のマークが送付されていた。これは公的な機関に与えられるものだ。青年はメッセージに触れる。

 表示された堅苦しい文章の羅列に混じって、地図の画像が一枚あり、その画像の中に赤い印があった。ここが今回の依頼の受託面談場所だ。

 

「……ちっ、遠いじゃねぇか」

 

 青年は地図画像内の現在位置――ニューラ7バンチ南駅と目的地、ニューラ7バンチ市役所を交互に見てため息をついた。歩けないほどではないが、やや距離がある。

 仕方がないと気持ちを切り替え、端末をバッグに仕舞うと青年はぶらぶらと歩き始めた。

 青年の目的である依頼の受託面談とは、依頼とは。答えは簡単だ。青年は傭兵である。

 改札を出て、街道をわざと足を振って歩く青年。駅の構内ほどではないが、人の行き来は少なく、すれ違うことはほとんどない。

 道路を挟んで向かいの道に目をやっても、それは同じだった。建物は静閑とし、読んで字のごとくシャッターが下げられた建物が並ぶシャッター街というやつだ。

 不意に、青年の進行方向から騒ぎ立てる声が聞こえた。女の金切り声だ。青年が顔を向けると、正面から男が一人、手には女物の手提げバッグ。そしてその後ろには鬼気迫る表情の中年女性。

 引ったくりだ。男はただ真っ直ぐに駆け、このままでは青年にぶつかる。いや、ぶつかっても突き飛ばせばいいと思っているのだろう。確かに青年は見た目では細身に見えた。

 しかし、男は相手を間違えた。ただ脇を過ぎればよかったものを、アドレナリンの興奮に任せて気の大きなことをしようとしたがため、天罰が下る。

 

「どけぇ! ガキィ!」

 

 男は走りながら肩を突き出し、タックルの姿勢をとる。だが、

 

「おう」

 

 青年は驚くほどスムーズに横へとタックルを避けると、片足をヒョイと出して男の足に引っかける。男は勢いのまま前傾姿勢になり、そのまま地面を顔で削る。

 

「こぉんのひったくりがぁ!!」

 

 追い付いた中年女性はどこからか取り出した棒状の物で男を滅多打ちにする。鈍く肉の叩かれる音が辺りに響いた。

 

「……警棒、か。こんなもんが出回るほどとはな」

 

 青年はその光景を見ながら小さく呟いた。女性が振り下ろすそれが、本来は民間人が手にすることはない対暴徒用の警棒であることを、彼はよく知っている。

 叩く音にだんだんと水っぽい粘着質なものが混じり始めると、青年は肩をすぼめてそそくさとその場をあとにした。男がその後どうなったのか、彼は興味もない。

 それからしばらく歩く間に、五件のひったくりと二件の強盗を青年は目撃したが、もはやどれにも反応することはなかった。ただ、「面倒臭ぇところだ」と静かに考えただけ。

 やがて、ひときわ大きな建物の前で青年は足を止める。

 

「ニューラ7バンチ市役所。ここか」

 

 見上げる、というほどの高さもないが、青年は顔を上げた。

 その建物は灰色のコンクリート製の基礎に焦げ茶色のタイルパターン塗装が施されていた。確か古典主義デザインとかいったか。青年は詳しくもない建物のデザインに思考を回した。

 と、いうのもこの建物、明らかに経年劣化が激しい。塗装は所々で剥げ、その下の基礎には若干のヒビが見受けられる。

 大丈夫なのかこの建築。そんなことを思い、足を踏み入れるのに躊躇したのだ。

 だが、止まっていても始まらない。青年は観念したように前へ一歩前進する。

 自動ドアが途中で何度か止まりながらも開き、青年を迎え入れる。当の本人は招かれている気などしなかったが。

 中に入って正面、エントランスの壁には数枚のポスターが貼られていた。その中の一枚に目をやる。

 

『第二次マルス大戦終戦二百五十周年! 人類の栄光の歴史を共に!』

 

 などと呑気な内容に、青年は辟易する。何が終戦だ。ふざけている。

 やや気分を悪くしながらも、青年は建物内のガイドパネルを見つけ出し、目的の「第三会議室」の場所を把握。

 

「三階、か。エレベーターは……」

 

 パネルの横に設けられたエレベーターを見ると、誰も乗っていないのに扉が開いていた。しかも半端に。

 

「……階段だな」

 

 乗っている最中に墜ちられでもしたらたまったものではない。しぶしぶ階段へと足を進める。

 三階分の階段など青年には他愛のないものだったが、その道中にみた壁面のひび割れのせいで、酷く動悸がする。本当に大丈夫なんだろうな。

 登りきった先には廊下が続いていて、その最奥にこれまで見てきたものより少しだけ小綺麗な戸が見える。

 目を凝らすと、そこに「第三会議室」のプレートが見えた。ここだ。

 青年はすたすたと廊下を進み、「第三会議室」の前に立つ。戸の向こうから音は聞こえない。まさか誰もいないとかではないよな? そんな不安を感じつつ、彼は取っ手に手をかけた。

 ガラリと開けた先、広がる空間は予想通りというか、質素なインテリアの部屋。折り畳み式の長机、パイプ椅子。所々が切れたLED照明、薄汚くシミのあるホワイトボード。普通と言えば普通だが、これまでに目撃したもののせいでこれらも何か劣化の激しいものに見えてしまう。

 内装から目をずらし、奥に目を進めるとそこに一人の人物。パイプ椅子に腰掛け、長机に肘を付き、こちらを見て何やら眉間にややシワを寄せていた。

 

「……」

 

 男は無言で青年を見つめている。青年もまた無言で男を観察する。白いシャツはシワが入りつつも黄ばんではおらず、思ったより小綺麗だ。下は黒色のスラックス。色合いのせいか細かい部分はよく見えない。まあ、多分シャツ同様にそこそこだろう。それより気になったのは、上も下もパツパツなことだ。太っている様子はない。むしろがっしりとした体格のようだが、それに服のサイズがあっていないのか、「締め付けられている」印象を得た。

 

「……名乗りなさいよ」

 

 男の声で青年はハッと意識を取り戻す。思わず観察に集中してしまっていた。

 部屋へと足を踏み入れ、後ろ手で戸を閉める。……中の空調は移動に使った電車よりはましか。そんなことを思いつつ青年は男へと向かって歩いた。

 近くまで行くと、パイプ椅子二つ分ほどの間隔を開けて席に着く。背負っていたバッグを長机に置き、足を組んだまま男へと椅子を向き直す。その態度は御世辞にも良いとはいえない。

 

「……少し遅刻ですよ。その上、態度もよろしくない」

 

 男の言葉にカチンときたのか、青年は一瞬だけ眉をひそめたがすぐに元に戻る。いちいち反応するもの面倒だ。

 

「悪ぃなぁ。この街、そこかしこで『お祭り』やってるみたいでよ。ちょっと見ちまったんだよ」

 

 無論、祭りなどやっていない。青年が何を言いたいのか察して、男はやや表情を強ばらせる。どうやら何か図星だったらしい。

 

「……それは失礼。では、早いところ話を進めましょう?」

 

 男はそう言って手を差し出す。握手の催促ではない、「渡せ」という手振りだ。青年かかったるそうにバッグを漁ると、小さなパスケースを取り出して男にポイっとと投げ渡す。

 受け取ったパスケースと青年、そして手元のPC端末に映された情報とを順繰りに見比べていた男は、あるタイミングでピタリと動きを止める。そしてぎこちない動作で顔を上げ、青年を見つめる。やっと気づいたか。

 

「……本当に、あなたが……?」

 

 何度か似たような反応をされたことがあった。最初こそなんとなく優越感を得たが、今となっては飽き飽きする反応だ。

 

「ああ、そうだ」

 

 青年はぶっきらぼうに言い放つと大きくあくびをした。その間に男は再びPCの画面に目を向け、そこに書かれた言葉を呟く。

 

「……中立傭兵団オルフェンズ所属、そして――」

 

「エクスソルジャー」

 

 青年へと男は顔を向ける。言葉を遮られたことより、発せられた内容に対して反応したのだ。その表情にはどこか怯えが混じっている。

 青年は立ち上がって男に近づき、手を伸ばした。男は固まったまま動けない。そして、男が手に持っていたパスケースをひょいと取ると、元の椅子に戻って両手両足を組む。

 

「あー、名乗ってなかった、よな」

 

 そういうと青年はわずかにニヤリと口元で笑い、続けた。

 

「中立傭兵団オルフェンズ所属、エクスソルジャー部隊二番」

 

 そこでほんの少し間を空け、

 

「ブレン・アスター、だ」

 

 青年――ブレンはそういうと、不意に組んでいた両手両足を解き、男に詰めるように前傾姿勢になってさらにこう言った。

 

「さあ、商談しようぜ」

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