ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版) 作:明日田錬武
鼻をつく薬品臭。何に使うのか分からない器具。やけにテンプレ的な謎のピストン構造を持つ機械。ドクターのラボはやはり不可解と不気味に溢れている。
そのラボの一室――いちおうは「採血室」とされている部屋――でブレンは椅子に座り審判の時を待っていた。無駄に冷や汗が止まらない。
「ほれどうした。発汗しておるぞ? そんなに嫌か」
「嫌に決まってんだろ注射なんて!」
ドクターが手にしたぶっとい注射針を見て、ブレンは子供のように叫んだ。実際まだ子供と呼べなくもない歳ではあるが。
「観念せい。ほらぁ、動くと変な所に刺さるぞぉ? がっはっはっはっ!!」
そう言うドクターの手はプルプルと震えて、明らかに血管への狙いが定まってない。冗談ではないぞ。
「動いてんのはアンタなんだよジジイ! 頼むからしっかりしてくれ!」
「へいへい」
その瞬間、ブレンの右腕に鈍痛が走る。直後に凄まじい速度で内側から何かを吸い出されていく感覚。何かおかしい。
「お、おい。これなんか吸出し速度おかしくねぇか?」
注射針に繋がった採血管。そしてその先の瓶に溜まっていく真っ赤な液体。どうみてもその集まる速度は普通の採血ではありえないほどだった。これでは採血ではなく吸血だ。
「ありゃあ? 圧力を間違えたかな?」
とぼけた様子でドクターが顎に手を当てて首をかしげる。この間に血液は吸い上げられ続け、一リットルもありそうな瓶が既に七割は埋まっていた。ふざけるなよ。
「な、なあ。本当にこんなに必要なのかよ。さすがに少し変な感覚になってきたぞ……」
瞬間造血能力も強化されたエクスソルジャーとはいえ、アドレナリンも出てない状態でこんなにも失血すると不調が出てくる。その証拠に、不意にブレンは視界が霞んだ。これヤバくね?
「ん? ああ、血液は百ミリありゃ十分だが?」
「ざっけんなコラァ!!」
激昂したブレンは乱暴に自らへと刺さった針を引き抜くと勢いよく地面に叩きつける。そのあまりの力に針は床へ深々と突き刺さった。空回りしたコンプレッサーが異音を発するが、知ったことか。
「余裕で倍以上採ってるじゃねぇかよ!」
「ああこら! アルマ製の針は高いんじゃあ! まだ使えるのに!」
「アルマ製とか知るか! あと、さりげなく針を再利用しようとしてるんじゃねぇ!」
予算が……などとブツブツ言いながら採血機器を操作し始めたドクターを尻目に、ブレンは自分の右腕を見る。採血痕からは未だ血が滲んでいた。やはりアルマによる傷は治りが悪い。
「チッ、やっぱり自動修復は遅いな……」
ブレンは採血痕へと意識を集中する。すると、一瞬シュワッと水蒸気が上がり、数秒後には何事もなかったように元の皮膚に戻っていた。
エクスソルジャー特有の異常を極める再生力。それは本来特効であるはずの特殊合金「アルマ」による傷すら意識すれば治せるほどに高かった。ブレンの傷が治る様子を横目に見て、ドクターは不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、やはりそのくらいなら瞬く間に修復されるようだな。計算通りだ!」
計算通りとかいうなら採血量もちゃんと計算通りにしてくれよ。とブレンは苛つきながら思った。しかし、当の本人はそんなことに気づく素振りもなく、検査機器にかけられたブレンの血液に夢中になっている。このジジイ……
「おお、これは…… ふむ…… なるほど…… ……オオッ!?」
突然ドクターが大きな声を出すものなので、ブレンはビクッと背を震わせた。今度はなんだ?
「ブレン! 喜べ! お主は無事、エクスソルジャーステージivへと到達した!」
「……はぁ?」
いきなりそんなことを言われても、ブレンにはちんぷんかんぷんだ。そもそもステージとはなんだ?
「その顔、自分の状態が分かっておらんようだな。よろしい! 私が直々に教えてやろう!」
勝手に話を進めるんじゃないよ爺さん。ブレンは困惑しながら迷惑そうに顔をしかめた。確かにステージとやらが何か彼は理解してないが、別に教えてくれとは一言も言っていない。
「よいか? お主らエクスソルジャーにはステージと呼ばれる段階がある。手術したての頃のステージi、ウイルスが定着し始めたステージii、全身にウイルスが完全に定着したステージiii。そして、更なる進化を遂げたステージiv…… がっはっはっはっ!! 予想よりも早い到達だ! 好方向の予想外は嬉しいものだな!」
「さっぱりわかんねぇ…… 何がどう進化なんd……やっぱ説明しなくていいや。どうせ長いんだろ?」
ブレンは嬉々として長々と語り始めるドクターの姿を幻視して、追求を止めた。そしてそれは正解だっただろう。その証拠にドクターはやや不満げに眉をひそめた。語らせろ、ということなのだろう。
「ぬぅ、分からぬことを分からぬままにしておくなど…… エクスソルジャーの名が泣くぞ! 探求心を持て!」
探求心の塊が結果としてどうなったか。それが目の前にいるのでブレンはただ苦笑いするしかない。もしかしてこれは高度な自虐ネタなのか?
「まあどうでもいい。とにかく、これで検査は終わりだろ。戻っていいか?」
「なんじゃい、つれないヤツめ。へいへい、帰れ帰れ」
そう言うとブレンへシッシッと手を振り、自分は機器に相対して更なる分析を始めた。全くもってめんどくさいジジイめ。ブレンは踵を返して部屋から出ていく。
油の切れたドアがきしんで閉まり、ラボにはドクターのみが残される。そして、ブレンから採った血液を観察しながら彼は不気味に笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ、順調順調。このままのペースなら早いとこvまで行きそうだな。しかし、そのためには発破が必要…… さて、どうしたものかな?」