ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第十一話 豚たちの議会

 静閑とした大部屋。空調は最新式のものが澄んだ空気と最適な温度・湿度を吐き出して快適で辺りを満たす。

 だが、そこで息をするものたちによってそれは穢されていく。物理的な汚れではない、魂の穢れだ。根から腐れた精神が、呼吸と共によどみとなって充満していた。

 部屋の中央にあるのは円卓。しかし、それを囲むのは騎士などではない。よれた軍服を纏った豚どもだ。今にもブヒブヒと鳴き出しそうな醜悪なもの達が、人の真似をして会議を開いている。

 

「さて、今期の成果はいかほどですかな。みなさん?」

 

 豚の一匹が下卑た笑みを浮かべながら、他の豚どもに問いかけた。そこにはどこか、仮にも仲間であろうものたちへの虚栄心が見え隠れする。そして、この発言で豚どもの耐え難い自慢大会が始まった。

 

「アストレイどもを二千匹収容しましたぞ! 社会衛生管理は政治の役目ですからな!」

「私はアヴァランチの拠点を四つ壊滅させました。処刑したアストレイは約七百。数では劣りますが、武装した害虫はただの害虫より駆除利益が高いのではありませんか?」

「はっはっは、みなさま御健勝でなによりだ。自分など、たかだか五千匹ほど去勢して野に放ったくらいだ」

「おっと? マルスの餌を増やしてはなりませんぞ? いや、共食いだから実質ノーカンですかな? ははは!」

 

 豚たちは聞くも耐えない悪行を語り合っては互いにマウントを取り合う。一体どこの誰が、この場が連邦国家の最高議会だなどと思うだろうか。

 

「……武勇伝はその辺にして、本題に入るべきでは」

 

 一人の若い男の言葉でピタリと鳴き声が止んだ。そして豚たちはその男を一斉に睨み付ける。まるで邪魔するな、と言わんばかりに。

 

「武勇伝とは失敬な! 我々は歴然とした国家防衛の成果を報告しあっているのではないか!」

「そうだとも! 成り上がりが知った口をきくな!」

 

 成り上がり。確かに自分は成り上がりだ。だが、この「成り上がり」こそ、この国の政治の起点ではないか。男はそう思いつつも顔に出さず努めて笑顔を作った。

 

「ではこの『成り上がり』めに正しきやり方を教えてはいただけませんか?」

 

 男は内心、怒りに震えていた。死ぬほど苦労して入った議会がこんなものとは。何のために戦果をあげてきたのか。

 

「ふん、正しいやり方? そんなもの決まっている! 一匹でも多くアストレイという害虫を減らし! 人類に再び栄光を取り戻す! そこから先のやり方くらい、自分で考えろ!」

 

 自分は間違っていたのか。この豚どもに囲まれ、共に腐り果てていくのが未来なのか。

 

「静粛に」

 

 円卓の一角に座る男が低く声を響かせる。豚たちは一瞬にして黙り込み、男の方を見て困ったような表情を浮かべた。

 

「い、イヴァン首相…… しかし、こんな若僧にナメられては……」

「静粛に、と言ったが?」

 

 イヴァン。そう呼ばれた男は鋭い眼光を豚どもに浴びせかける。彼の威圧感にたまらず、やつらは下を向いて固まった。あの若い男を除いて。

 

「エミール議員の言う通りだ。本題に入る」

 

 イヴァンは咳払いを一つすると傍らに立つ男にアイコンタクトした後、資料を読み上げる。

 

「本日の議題はアヴァランチ根滅のための、とあるヴァイスの開発計画の承認について、だ」

 

 豚どもはすっかり静まり返ってイヴァンの言葉に耳を傾ける。若い男――エミールもまた、彼の言葉の続きを待った。

 

「知っての通り、我々ヤルタ連邦は建国以来最大の危機にさらされている。アストレイという害虫どもの集まり、『アヴァランチ』による世界規模のテロ活動によって」

 

 それは違う。エミールはそう思った。あれはテロなどという範疇ではない。「戦争」だ。だが、あえてテロという名称を使うのはアヴァランチ、ひいてはアストレイを矮小化したいがための表現だろう。まったく呆れる。

 

「我々は懸命に大規模対テロ作戦を展開したが、残念ながらテロとの戦いは十年目に突入してしまった……」

 

 よく言うものだ。元を辿ればイヴァン、あなたの失策が原因だというのに。対テロ以前の。

 

「しかし、我々はテロに屈することはない。テロリストが未だ抵抗を続けるのなら、我々にも打つ手がある。各々、手元の資料を」

 

 皆が円卓に乗せられた紙束を手にする。エミールも手にし、そして表紙を見て固まった。その内容の衝撃さは豚たちにも走ったようで、困惑の表情で互いに顔を見合せあっている。

 

「これが、我々の次代の切り札となる、新型ヴァイスの開発計画だ。これが完成すれば、このテロリストとの戦いは終わる」

「イヴァン首相!? これは一体なんですか!」

 

 豚に混じってまだ人がいたようだ。ある議員が立ち上がって資料をバンと円卓に叩きつけた。そのページには、新型ヴァイスの基礎となる新システムについて書かれている。その内容は。

 

「マンマシンインターフェースなどあまりにも非人道的過ぎる! 機械との融合を、我々の兵士に強いるというのですか!?」

 

 マンマシンインターフェース。すなわち、パイロットとヴァイスを物理的に繋げることで戦闘力を高めるというものだ。

 

「……君は、テロリストに屈するのか?」

 

 イヴァンの肉食獣のような圧が立ち上がった議員へと降りかかる。彼は思わず身動ぎしたが、それでも立ち向かった。

 

「テロに屈することと、これとでは話が別です! 首相! 今一度お考え直しを!」

 

 イヴァンはため息をつき、議員を指差した。すると傍らに立つ男が議員へと歩み寄り、その肩を掴む。

 

「な、何を!」

「議会の進行の妨げになります。あなたにはここでご退室を願おう」

「は、放せっ!」

 

 男は異様な力で議員を引きずり、そのまま部屋の外へと放り投げてバタンと戸を閉めた。そして豚たちに振り返り、優雅な所作で御辞儀をして再びイヴァンの横へと戻る。

 

「さて、進行を妨げるものもいなくなったことである。この間に皆、内容は読んでくれただろう。早速だが議決したい」

 

 そこで慌てて豚どもは資料を高速でめくり始めた。そしてさほど内容も理解しないままに頷く。

 

「この新型ヴァイス開発計画に賛同するものは挙手を」

 

 イヴァンの多数決で豚たちは皆、瞬時に手をあげた。エミールはワンテンポ遅れて、手をあげる。

 

「全会一致。これにより、本計画を承認とする」

 

 その言葉が終わるなり、部屋には喝采が巻き起こった。ただ二人、エミールとイヴァンの横の男を除いて。

 

「なお、本計画の漏洩を避けるため、この議会の内容は他言してはならない。表向きには、今回の議題は別の新型ヴァイス開発計画の承認だったものとする。各議員には後日、偽装資料を配信するので熟読していただきたい」

 

 ほんのつかの間、部屋にどよめきが起こるがそれはすぐに収まった。他言無用。つまり、実際のヴァイス開発部への通達もしてはならない。唯一、イヴァン自身を除いて。それは今後の開発計画を全てイヴァンの権限で預かることを意味していた。ある意味権力の乱用だが、他の豚とてあんな得たいの知れないものとは関わりたくないので、これを反対する理由はない。

 

「これにて本日の議会は終了とする。解散!」

 

 イヴァンの号令と共に、豚たちが一斉に立ち上がって部屋の出口に向かって歩きだした。エミールはその一番後ろに続き、部屋を出る間際にイヴァンを一瞥してから去っていった。

 

 部屋に残ったのはイヴァンと傍らに立つ男だけ。イヴァンはゴキゴキと首を鳴らし、男に語りかけた。

 

「あのエミールとかいう若僧。お前はどう見る?」

「若さ故の真っ直ぐさ。でしょうか。しかしながら、やや警戒する必要もありそうです」

「そうか。……よいな?」

 

 イヴァンの意図を汲んだ男は、深々と御辞儀をして「御意」と小さく言った。

 

「期待しているぞ。ラウよ」

 

 ラウ――そう呼ばれた男は御辞儀したまま、またも小さく「仰せのままに」と答える。

 そして、ゆっくりと上げたその顔には、金装飾の施された白いマスクを被っている。そのままラウは部屋の空気へ溶けるように消えていった。

 本当にただ一人残されたイヴァンは、堪えるように目を閉じて静かに笑う。再び開かれたその右目には、なぜか赤黒い十字の紋様が浮かんでいた。

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