ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第十四話 十七歳

 名も知らぬ孤児と別れた後、ブレンは再び食堂を訪れていた。時間は午後六時、夕食の時間である。彼の体調もいつの間にか良くなり、食欲が戻ってきていた。

 食堂に入ってすぐ左手、やや年期の入った券売機の前に立ち、尻ポケットから取り出した団員証をカードリーダーに当てる。するとピッという電子音と共に商品選択のボタンが点灯した。そしてブレンは迷わずに「日替わりメニュー」のボタンを押す。

 下の排出口に落ちてきた食券を手に取り、今度はカウンターへ。受付の気の良さそうな中年女性へと手渡す。

 

「こんばんはブレンちゃん。今日のお昼は食べてなかったけど、どうしたの?」

「いやぁ、ちょっと体調不良でさ。今はもう平気なんだよ」

「そうなの。それはよかったわ」

 

 そう言いながら彼女は手際よく食券を切り、奥から一人前のカレーを持ってきた。空腹をさらに刺激する良い香りが鼻いっぱいに漂う。

 

「はい、いっぱい食べなさい」

「おっしゃ! ありがとうおばちゃん」

 

 ブレンはカレーがのった配膳板を手に席へと向かっていく。その背を見ながら、彼女は「おばちゃん、か……」と小さくため息をつき、自らの頬を触った。たるんでは無いはずだけど。

 そんなことも知らず、飲食スペースに来たブレンはその混雑具合に唖然とする。人、人、人。五十席もないスペースに四、五人のグループがいくつも散在していた。

 

「どっか空いてるとこは……」

 

 流石にグループの中に乱入する気はない。ブレンは辺りを見回し、一人だけ孤立して食べている者を見つけた。あそこにしよう。

 スタスタと歩いていき、目の前にドカリと座り込む。そして「向かい邪魔するぜ」と言おうとしたのだが。

 

「向かい、邪魔する……」

 

 顔を上げ、相手を確認してブレンは固まる。あー、よりによってこいつかぁ。

 

「……邪魔するなら、どっかに行ってくれないか」

 

 ブレンの向かいに座るその青年は、そう無愛想に言うと追い払うように手を振った。虫じゃねぇんだぞ。

 

「定型文ってやつだよ。一々真に受けんなって」

 

 そう言いながらブレンは両手を合わせてカレーに手を付け始める。スパイスは弱めだが味は濃く、具材もよく煮込まれていた。いわゆる家庭的な味、というやつだ。

 

「わざわざ向かいに来て食べるとは、嫌がらせか?」

「んなこと一々考えて座るわけねぇだろ……」

 

 ブレンは淡々とカレーを口に運びながら答えた。せっかくのカレーが不味くなる。止めてくれよ。そんな彼の思いもつゆ知らず、青年は怪訝そうな顔をしながら自分の夕食――フライの盛り合わせをつまむ。

 

「お前いつもそれ食ってんな。飽きねぇのか?」

 

 青年の銀色の眉がピクリと震えた。何かかんにさわったようだ。めんどくせぇ。

 

「僕が何を食べようと僕の勝手だろ。指図される筋合いはない」

 

 青年は静かに怒気を滲ませながらそう言った。赤と黒のオッドアイがブレンを睨み付ける。見慣れたものだが、やはりこういうふとした瞬間には恐ろしく感じるものだ。

 

「別にどうこうしろなんて言ってねぇだろ……」

 

 気圧されたブレンは早食いでカレーを平らげ、さっさとどこかに移動しようと口にかきこむ。するとそこへ少女の声が飛び込んできた。

 

「あ、やっぱりクリスとブレンだ。珍しい組み合わせだね」

 

 ブレンと青年――クリスは声の方を見た。そこには黒い服を身にまとった赤毛の少女がいた。手には黄色のフルーツジュースが入ったコップがある。少女はクリスに「隣、座るね」と言って隣に座った。

 

「サラ、依頼に出てたって聞いたけど、今回はなんだったんだ?」

「ん? ああ、今回の依頼はゼート15バンチに出てた盗賊団の頭領暗殺。依頼人はそこの警察署。いやぁ、楽勝だったよ! アジトで呑気に寝てたから首をシャッとヤッてきちゃった」

 

 さらりと物騒なことを語る少女――サラはジュースを一口飲んで歓喜の表情を浮かべた。それを隣でクリスが何を考えているか分からない顔で見ている。

 

「ほう。で、いくらだったんだ?」

 

 カレーを咀嚼しながらブレンは聞いた。行儀が悪い。

 

「ふふん。ふっかけて二十万! 頑張ったでしょ?」

「ブッ! 二十万!?」

 

 思わずカレーを吹き出すブレン。二十万とは彼の報酬とほぼ同じだ。その依頼の相場にしてはやけに高すぎる。

 

「おいおい、一体どんな手を使って…… まさか……! 変なことを……」

「するわけないでしょ! 普通に交渉だよ!」

 

 ブレンはホッとして口元をぬぐう。そしてハッと気がつき、恐る恐る正面を見た。そこにはカレーにまみれ、明らかに、されど静かに激怒しているクリスの姿が。

 

「……僕が言いたいこと、分かるよな?」

「ま、待てって! そんなに怒るなよ。せっかくの銀髪が余計に威圧感を出してるぜ?」

 

 プチッと音がして、クリスの額の血管が弾けた。しかしそれも一瞬で再生する。なお、噴き出したわずかな血が二、三席隣の団員にふりかかり、彼らは突然の赤色にパニックになった。

 

「その銀髪を台無しにしてくれたのはお前だろうが……!」

 

 クリスはフライ用の手拭きを使って髪、顔、服へと飛散したカレーを拭き取る。そして茶色に染まった紙をグシャッと握りしめてブレンへと投げつけた。ポスッと軽い音でブレンの頭に紙が当たり、運悪くそのまま彼の食べているカレーの中へ。

 

「あ」

 

 サラは口元を押さえ、辺りに充満し始めるとてつもないプレッシャーを感じ取った。回りで食事をしている他のものたちもそれに気づいたようで、それぞれ顔を見合わせた後、そそくさと配膳板を持って離席していく。気がつけば三人の周りには誰もいない。

 

「なあ、俺、今日昼食えてねぇんだよ」

「それがどうした」

「やっとありつけた飯にさ、紙が落ちてるんだ」

「だからなんだ」

「カレーにさ、茶色に汚れた紙が落ちてるとよ、まるでうん……」

「皆までいうな!」

 

 クリスはバンッとテーブルを叩きながら立ち上がる。よほど食事中に下品な話をするのが気にくわなかったのだろう。

 

「でもよ、これやったのお前だぜ? 俺がお前のフライに直接何かやったか? やってないよな?」

 

 ブレンもまた、静かに怒っていた。思わぬ反論にクリスは歯ぎしりする。

 

「ちょ、ちょっと二人とも……」

 

 サラが間に入ろうとするも、両者の放つ雰囲気に阻まれて決定的に介入できない。このままでは。

 

「そもそもなんで僕の前で食べようとするんだ!」

「他に空いて無かったんだよ!」

「他の者たちに混ざって食べればよかっただろうに!」

「それはお前も同じだろうが!」

 

 だんだんとヒートアップしてきた。こうなったらもう止められない。サラは頭を抱えた。

 

「ボッチがよ! 俺はあえて静かに食いたかったんだ!」

「僕だって静かに食べたかったさ! それをお前が邪魔するんだ! お前が他のやつらと一緒に食べればやかっただろう! このコミュ障が!」

「んなっ!?」

 

 両者の応酬は次第にエスカレートしていき、しまいにはテーブルの上で互いに襟首をつかんで額をかち合わせている。

 

「崩れ貴族の坊っちゃんが!」

「流れ魔法使いの息子が言うか!」

「止めてよ! 物壊したらアルザールに僕も叱られるんだよ!? 『なんで止めなかった』って!」

 

 そして、両者は互いに拳を振りかぶり……

 

「ノーサイドだ、バカども」

 

 何者かが二人の拳を握った腕を掴んで捻りあげた。二人は苦悶の声を漏らして妨害者を同時に見る。

 

「ってぇなぁ! 何すんだよ!」

「邪魔しないでくれ!」

「ノーサイドだっつってるんだろうが」

 

 その人物はさらに二人の腕を捻りあげる。

 

「いだだだだだ!! わかった! わかったから!」

「ぐっ、ぐあっ、きっ、や、やめるから……」

 

 それを聞いてその人物は手を離した。二人は席にぐったりと座り込んで腕を押さえている。

 

「ゆ、勇平? いつからいたの?」

 

 サラは突如として現れた勇平に驚いていた。もしかして彼も食事に来ていたのだろうか。

 

「アルザールから全員の呼び出しを頼まれて、探してたら食堂で騒いでるってチビたちが言ってるじゃねぇか。全く、お前ら十七だろ」

「お、お前も十七だろ……?」

「んなこた今はどうでもいい。とにかく、三人ともミーティングルームに来い。エイジはもう行ってるぞ」

 

 そう言い残して勇平はズンズンと食堂をあとにした。残された三人の内、サラは「じゃ、僕行くね」とジュースを飲み干してから食堂を出ていき、「チッ、行くしかねぇか」と悪態をつきながらブレンが続く。最後にクリスが立ち上がり、腕を押さえながらカウンターに一礼。

 

「お騒がせしました」

「あんまり喧嘩しちゃダメよ」

 

 そう受付の女性に言われながら、クリスもまた食堂を去っていった。

 

「……まだ十七なのよね」

 

 受付の女性はそう呟きながら、自分の頬をさすった。

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