ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第十六話 夜襲

 天に広がる深い黒色。エデンの夜空には星が見えない。それは大気層が厚すぎるゆえに光が減衰しきってしまうから。しかし、天高く舞い上がれば話は別だ。そこでは地球と同じく、瞬く星々を見ることができる。だが、それは今やただの人々には手の届かない事だ。他ならぬ、戦争のせいで。

 夜空の煌めきを奪ったものの一つ、ヤルタ連邦国防軍。その基地の一つであるグローエイラ4バンチ駐留基地は、今宵もふざけきった空気が漂っていた。

 

「かんぱーい!」

 

 あるヤルタ兵が音頭を取ると、それに続いて各所で乾杯のコールが上がった。そして、各々が手にした酒類を一気に飲み下す。とても軍事基地の光景とは思えない。

 

「あぁ旨いッ!」

 

 音頭役の兵が口の端から酒をこぼしながら叫ぶ。

 

「隊長ー! イッキいきますよぉ!」

 

 若い兵の一人がジョッキを高々と掲げ、口を付けて喉を鳴らしながら嚥下していく。そして半分ほど飲み干した時、不意に動きが止まってうずくまったかと思うと、聞くに耐えない汚い音と共に胃の中身を床にぶちまけた。

 

「おいおいー! イッキじゃなかったのか!?」

「若いんだからもっといけよ! 俺なら四分の三くらいはいけるぞー!?」

「す、すんません! ははは!」

 

 アルコールと胃液の混ざった吐瀉物は酷く不快な臭いを辺りに放ったが、誰一人としてそれを咎めるものはいない。それどころか、またやれと言わんばかりにジョッキへと琥珀色の液体を注いでいく。

 

「もう一回! もう一回! いよぉぉぉ!!!」

 

 周りの兵に囃し立てられて、若い兵がまたも無茶へと挑戦する。そしてまたも同じ結果に終わった。

 

「ぎゃはははは! くっせぇ!」

 

 そんながやがやと喧しい兵舎をモニターで見ながら、司令室の椅子に座った男がほくそ笑んだ。胸には一定以上の階級であることを示す識章がついている。司令官だ。

 

「我が部隊は気ままで良いなぁ。ふふ、バカ真面目に戦争などやってられんからなぁ」

 

 その隣で副官と思われる男が頷きながらグラスの中の水面を揺らした。

 

「しかし、酒の飲み方はルールづけた方が良いのでは? 流石にあんな飲み方を見せられては……」

「いいではないか。我々は自由だ。幸いにも前線から離れたこの地は本部からの重要度も低い。懲罰もされんよ。……何をしてもな、ふふふ」

 

 グローエイラ4バンチ駐留基地は本来の役目が死に、離反した不良部隊の根城と化していた。彼らはその保有する戦力を矛に付近のコロニーを脅しては糧を得、毎日のように享楽の日々を過ごしている。もはや国防軍の名は形だけのものとなっていた。

 

「さて、明日は3バンチへの『徴収』の日だ。ほとほどにするように伝えておいてくれよ?」

「分かってますよ」

 

 徴収。それは名ばかりを取り繕った略奪だ。彼らとてこんな生活を長く続けることは不可能だと薄々気づいている。しかし、それを紛らわすためには他者に当たるしかなかった。

 無論、そんな彼らには天罰が下る。

 

「ん? 警戒レーダーに反応……?」

 

 副官がモニターの一つに目をやった。それは基地の周辺を監視するレーダーに繋がっていて、画面には「侵入者:3」と表示されている。

 

「司令官、侵入者です。こんな時間に一体何者……?」

「徴収に反逆するコロニーの愚か者でもやってきたか? ふ、適当に脅して追い払……」

 

 その時だ。二人が見ていたモニターの隣で別のモニターに光が点滅し始める。これは、基地に損壊が発生したことを意味するものだ。つまり。

 

「警備塔に損壊アラート……! 侵入者が来た方向です!」

「何!? 監視班は何をしていた!」

 

 副官は急いで無線機を手に取り、その警備塔へと繋げて怒鳴りつける。

 

「おい! 侵入者だぞ! 施設に損害が表示されている、何があった!?」

 

 しかし、警備塔からの応答はない。無線は不気味なほどに静かだ。

 

「応答しろ! クソ、何があったんだ……」

「警報を鳴らせ! 第一種戦闘配置! 歩兵部隊出撃!」

「あの飲んだくれどもは!?」

「フラフラだろうがめくら撃ちくらいできるだろう。相手はたった三だ。数で圧倒する!」

 

 

 

***

 

 

 

 基地内に低く不気味なサイレンが鳴り始めた。それと同時に基地本部の方で光が慌ただしく明暗し始める。流石に見つかったのだろう、光の方を見ながらブレンは頭をかき、大きく欠伸をした。その隣で勇平もまた、ゴキゴキと首を鳴らす。

 

「ブレン殿! 勇平殿! 塔内部の制圧は完璧であります!」

 

 警備塔の窓から身を乗り出して下の二人に手を振る。それを合図に彼らは顔を見合わせて頷いた。

 

「じゃあ俺らは先に出てくる連中を相手をする。……アイツへの指示、頼むぜ?」

「了解であります!」

 

 元気よく敬礼したエイジがそのまま塔に引っ込むのを見届け、二人は各々の武器を手に基地本部へと駆け出した。

 

「俺が先手を切る。散った連中の各個撃破は任せるぜ?」

「おう」

 

 勇平がそう答えるとブレンは走りながら自らの腰と太ももを見た。そこには先日のマルス討伐時にはなかった新たな装備。両太ももの外側には拳大の半球状機械が一つずつ、腰にはそれよりもやや大きい円錐形の機械が後方を向くように一つ。これはブレンの戦闘スタイルを補助するための欠かせない装備だ。とはいえ、マルス程度相手なら無くても構わないのだが。

 

「スラスタ、起動!」

 

 ブレンがそう宣言すると同時に、太ももの機械が小さく「キュゥゥゥン」と高い音を立てて起動。側面のスリットから淡い光が漏れだし、彼の身体に重力へと逆らう力がかかる。するとほんのわずかに地から足が離れた。ホバリングというやつだ。

 そして今度は腰の機械が起動して前方への推進力を生ずる。その速度は徐々に上がり、みるみるうちに徒歩の勇平を置き去りに加速していった。

 やがて、ブレンは機械――スラスタの燐光を発しながら基地本部へと消えたのだった。

 

 

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