ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第二十話 小さな祝杯

 オルフェンズの食堂はいつになく騒がしかった。幼い孤児たちがはしゃいでいるのはいつものことだが、ある程度の歳のはずの正規団員たちも今宵は一緒になって騒いでいる。

 なぜか。理由は簡単で明白だった。エクスソルジャーたちが大仕事を完遂し、その報酬である大金三百万が振り込まれたことが明らかになったからだ。

 

「今夜は養殖肉が喰えるぞぉ!」

 

 ある団員は久々に食膳にならんだ生体由来の肉、養殖肉のステーキを前に歓喜の大声をあげて思いっきりかぶりついた。完全に均等でない肉の組織感、培養ではわざわざ再現されない筋、そして血の香り。肉の等級でいえば決して高等ではないが、それでも細胞培養肉のそれと比べれば天と地の差がある。

 夢中で肉を頬張る団員から目を離してみるなら、次に目につくのは人だかり。そしてその中心にいるのはブレンだった。

 

「さっすがブレンさん! こんな大金をゲットするなんて!」

 

 団員の一人がうやうやしくブレンのコップへオレンジジュースを注ぎ入れ、ブレンはそれをややためらいがちに受け取って礼を言う。

 

「ああ、ありがと。まあ、仕事自体はそんなんでもなかったがな」

 

 ブレンがそう言うと辺りに感嘆の声があがった。

 

「おぉ…… やっぱスッゲェ! 今回はどんくらいやっつけたんですか!?」

 

 その言葉にブレンは一瞬だけ顔をしかめるもすぐに元の表情に戻った。そしてさとすようにしつつ答える。

 

「やっつけたってよぉ…… 他の言い方ねぇんか? んで、たしか…… 歩兵が三、四十くらいか?」

 

 答えに対してまたも周りが勝手にわく。お前らそんなんでいいのか?

 

「やば! たった一人で歩兵をそんなに!?」

「俺一人じゃ仕留めきれなかった。他のヤツは勇平の戦果だよ」

 

 おおぉ、と今度はやや離れたところで別の人だかりに囲まれていた勇平へと驚異の視線が集まる。

 

「ん、なんだ?」

 

 勇平は図体に似合わず小さなイチゴをフォークで刺してちまちまとつまんでいた。

 

「勇平さん! 歩兵はどうでした!? やっぱり楽勝でしたか!?」

 

 リニアライフルに全身を撃たれた痛みと、敵兵の頭を踏み潰した感触を思いだし、勇平は苦笑いする。とはいえ、聞かれたなら答えねばならない。

 

「そうだな、そうだったと言っておくか」

「えぇ、なんか味気なーい」

「……楽勝だった」

 

 そう勇平が言い直すと、たちまち周りの団員たちはキャッキャと楽しそうに笑い声をあげる。端から見たならだいぶ異様な光景だ。

 

「そうですよね! だってエクスソルジャーですから! 良いなぁ、俺もエクスソルジャーになりたいなぁ……」

 

 団員がふざけ半分で漏らした言葉を勇平は聞き逃さなかった。彼は低い声で一言。

 

「止めとけ」

 

 とだけ言った。しかし、それを聞き取ったものはいなかったようだった。諦めたように彼はイチゴを再び口に運ぶ。

 更に別の席ではクリスとサラ、それにエイジが集まっていた。ここは先程の二人と違い、あまり他の団員からの絡みを受けることは無いようで静かである。

 

「いやぁ、やったね! 三百万もだよ! これでみんなが助かる。僕たち良い仕事したよね?」

 

 サラは八等分されたメロンの一片をはむはむと食べながらクリスへと話しかける。対するクリスはまたもフライを口に運んでは咀嚼し、無言のままだ。

 

「何か言ってよぉ。僕か~な~し~い~」

 

 甘えるようにクリスに頭を擦り付けるサラ。その隙をついて彼女の皿のメロンを一切れ、エイジはかっさらってかぶりついた。

 

「いただきであります!」

「あ! ちょっと!」

 

 瞬く間にメロンはかじり尽くされ、薄っぺらい皮だけになる。それからエイジは皮をじっと見、皮も彼の口の中へと消えていった。

 

「えっ、皮もいくの?」

「もったいない精神であります!」

 

 若干引きつつも、確かにそうだとサラは思った。今はたまたま大金があるだけで、オルフェンズの基本的懐事情は厳しい。とはいえメロンを皮まで食べるのはどうなのか?

 

「……二人とも、静かに食べよう。こういう時だからこそ、静かに」

 

 クリスはフライを口から離してそう言った。ヤルタと戦って、ヤルタから得た金で食べる。彼にとって今ほど複雑な状況はない。

 

「……それもそうだね」

 

 サラは少ししょんぼりとしながら再びはむはむとメロンを頬張る。

 

「了解であります」

 

 エイジはサラのメロンをまたも強奪すると黙々と皮から食べ始めた。……皮から?

 このようにところによって差はあるものの、ホームの食堂は団員と孤児たちで賑わっていたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 明るい食堂と対称的に、ホームの裏手に設けられた喫煙スペースは薄暗かった。未成年が多いオルフェンズではあるが少数ながら成人済みな団員も存在し、彼らの数少ない楽しみが喫煙と飲酒である。

 そんな癒しの場に人影が二つ。口元には紙巻き煙草、先端には淡いオレンジの灯りが点いていた。

 

「しばらくは金に困らないな。エクスソルジャーたちにはボーナスを出さなければだ」

 

 人影の一つ、副団長パトリックが煙を吐きながら言った。三百万という大金はオルフェンズにとって大きい。ならばそれに対する褒賞は必然だ。

 

「ああ。だが、あいつらにはかなり負担をかけた」

 

 もう一つの人影、団長アルザールは煙草の灰を落としながら遠くを見る。視線の先には星のない空、エデン特有の漆黒の夜空が広がっていた。

 

「妙な予感がする。直接戦争に関わったわけではないが、ヤルタの依頼を受けた。この事実は変わらない」

 

 アルザールはそう言うと煙草を咥え、ゆっくりと煙を吸い込む。舌の表面がピリリと辛く、それでいて苦い。大人の味とは建前の、毒の味だった。それでもエクスソルジャーたちの苦悩には及ばない味わいだ。

 

「F・ブレイブのロールアウトが済めば基礎戦力も拡充する。そうすれば大抵は勝ててしまえるようになるさ」

 

 パトリックの言葉には含みがあった。勝ててしまえる、それはつまり前提として戦いがあることを意味する。孤児だった団員たちを、再び戦いに送ることを。

 アルザールは眉間に指を当て、天を仰ぐ。そしてふと始まりを思い返し、パトリックへと語りかけた。

 

「俺たちは間違ってないのか。俺たちの行く末は正しいのか。なあパトリック、お前は…… 後悔してないか?」

 

 アルザールの問いに、パトリックは苦笑いを浮かべた。

 

「後悔先に立たず、してないわけないだろ。だが分かってたとしても、俺はお前とオルフェンズを創ってただろうな。団長がそんな不安でどうする」

 

「ふっ、そうだよな」

 

 アルザールは小さく笑った後、再び煙草の煙を含み、ゆっくりと吐き出した。

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