ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版) 作:明日田錬武
ヤルタ連邦首国、アインテクス1バンチ。その郊外にある国防軍最大の地上拠点、リータリア基地。その一室に彼女はいた。
「――以上で報告を終わります」
かしこまった部下の戦後報告を受け、彼女は神妙な顔のまま腕を組み頷いた。
「分かったわ。報告ご苦労様、下がっていいわ」
「はっ」
敬礼をし、部下はつかつかと部屋を出ていく。残った彼女は軍帽を脱ぎ、その金髪をかきあげてため息を一つ。
「はぁ…… また民間被害なんて…… もう、いや……」
彼女を悩ませていたのは戦闘による民間被害。彼女の配下の部隊はアヴァランチとの戦闘で度々民間人の被害を出していた。今の報告も、戦闘による民間人死者の報告だった。今度は十七人だそう。
「国民を危機から防ぐ。ゆえに国防軍じゃなかったのかしら……」
理念を失い、ただただ戦いのみに全力を注ぐ。そして彼女は何度目かの後悔をする。こんなことなら、ヤルタになど与しなければよかった、と。しかし、今や技術中佐という地位を与えられた彼女には責任があった。放り出すことなどできない。
「でも、そもそも私は技術中佐。なんで前線部隊の指揮なんて」
技術中佐とは、本来後方で字のごとく技術開発に関わる地位だ。それは彼女の能力的にも適したものである。なのに今は人手不足から前線に向かう部隊の指揮を取らされていた。そしてその結果が民間人被害。彼女の精神は擦りきれる寸前だ。
気がつけば目元を熱いものが濡らしていた。もう帰りたい、本来の場所へ。
「みんなは、どうしてるのかしら……」
執務机の上、古びた写真立てを見て彼女は望郷の念に駆られる。あそこは、とても穏やかだった。
そうやって写真に意識を取られていると、突然部屋の戸が開かれた。ハッと気を取り戻し、咳払いを一つ。
「誰? ノックくらい……」
ノックくらいしたら。そう言い切る前に入ってきた人物は彼女へと話しかけた。
「ごきげんよう、技術中佐」
彼女の視界に映ったのは、白いスーツに身を包み、金装飾の仮面を着けた男だった。
「ラウ首相補佐……? 何の用かしら」
「イヴァン首相から貴女へと内密な依頼です」
「首相が? 私に?」
イヴァンの名を聞いて、彼女は即座に警戒した。この十年に及ぶ戦争の根元、ヤルタ連邦首相イヴァン・ケンプファー。彼女はイヴァンが嫌いであった。
「単刀直入に言うなら、貴女の『糸』の力をお借りしたい、とのことです」
その言葉を聞いて彼女の眉間に皺が寄る。直後に彼女が放った言葉は必然的だった。
「お断りするわ」
「ほう」
ラウは興味深そうな声を出したが、その真意は仮面に阻まれて見えない。
「詳細を聞いてからでなくてよろしいので?」
「この力は本来この世界に無かったはずのもの。私自身が戦いに与することはあっても、『糸』は貸さない」
「そうですか」
ラウはやれやれと手を振り、振り向いて戸へと向かう。
「どうなっても、知りませんよ?」
首相の依頼、それは実質命令と同義だ。それをはねのけることはつまり、反逆ともいえる。ラウの言葉には強い警告の意が含まれていた。
「国家反逆者として縛り首にでもする? いいわ。でもそれがどんな意味かは首相もよく分かってるはずだけど」
「そんなことはいたしません」
ラウは後ろを向いたまま首を左右に振った。ではどうするというのであろうか。彼女は底知れぬ不気味さをこの男から感じとる。
「首相へ報告します。では失礼」
そう言って戸の前に立ち、自動で戸が開かれた。しかし、なぜかラウはそこで立ち止まって動かない。
「……まだ用があるわけ?」
ラウは顔だけを振り向いて彼女を見、そして小さく笑った。
「それにしても、顔がずいぶんと暗くなりましたね。幻想郷にいた時はもっと明るかったというのに……」
その名を耳にして、彼女は衝撃を受けた。思わず「えっ」と言ってしまうほどに。
「なんで、その名を!」
震える彼女の声を聞いて、ラウはまたも楽しそうに小さく笑う。
「……ふふ、では失礼しますよ。『アリス・マーガトロイド』技術中佐」
ラウの姿が戸をくぐり抜け、自動で閉まった。部屋に一人になった彼女――アリスは寒気に身震いする。なぜ、あの男が幻想郷の名を知っているのか。そしてなによりも。
「あの男…… 幻想郷での私を、知っている……!」
その事実に気づいた時、アリスを襲う寒気は頂点に達した。あり得ない、あり得ないはずだ。なぜなら、彼女が幻想郷から離れたのは少なくとも百年以上前…… あの見た目で百歳以上な訳がない。
ならば導かれる答えは一つ。それすらもあやふやではあるが、確定したことがあった。
「ラウは…… この世界の人間じゃない…… いえ、そもそも人間じゃない……!」
アリスは手にした軍帽を握り締めていた。それは未知への恐怖か、あるいは無自覚な怒りか。いずれにせよ、真相に意図せず近づいてしまった彼女の運命は、さらに波乱へと進んでいくのであった。