ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版)   作:明日田錬武

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第四話 壁の向こうへ

 背に物騒なダインスレイブをマウントして、荒廃した街をブレンは往く。人がほとんどいないのもこういう時には目立たなくていいな、などと彼は思った。普通なら街中で鉄パイプ状のものを持ち歩く人物など、騒がれて下手すれば通報ものだ。

 異様に静かな街道を進むと、あの強度が心配な市役所が見えてきた。ブレンはそのまま入り口へ……入らずに建物の脇へと進む。ふと壁面を見たら、一ヶ所の窓が割れて内側からベニヤが張ってあった。窓ガラスぐらい交換しろよ。

 建物の横を通りすぎて裏手にまわると、そこにはまたしても経年劣化の激しい建物が一つ。正面には大きめのシャッターが四つ、横一列に等間隔で並んでいる。

 ブレンはそのうちの一つに手を掛け、上へと引き上げる。嫌な金属音と共にガラガラとシャッターが上がり、上からパラパラとサビ片が落ちてきて彼の頭上に降り注ぐ。無言で頭を振ってサビを振り払った。

 

「うわっ……」

 

 シャッターの奥にあったものを見て、ブレンは心底落胆した。そこにあったのは車体の所々に赤錆がわいた軽のトラック。元の塗装は白だったのだろうが、今は滴った錆で茶色く変色している。特にランプのところは濃くサビが付き、まるで血涙を流しているかのようで不気味さ極まりない。

 

「何がオフロードだよ…… ただの軽トラじゃねぇか。もしかして四駆だったり……」

 

 するわけないよな。一抹の希望も、フロントから覗き込んだ運転席の操縦系配置を見て吹き飛ぶ。四駆切り替え用のレバーなど存在しなかった。一瞬、他のシャッターも見てみようかと思ったが、おそらく結果は同じだろう。ブレンはしぶしぶこの軽トラを借り受けることにした。

 

「まあいいや。荷台はどうなっ……」

 

 ブレンは言葉を失った。車体の後ろに回り込んでみると、荷台の底面にはそこかしこに穴が。試しに手を乗せて軽く力を入れてみると、メリッと小さく嫌な音。これに大切なダインスレイブを載せていかなくてはならないのか……

 仕方なく乗り込もうと思ったその時、やけに日の光を感じると思い天井を見上げると、そこにはひと一人が通れる程の穴が。車庫なんだよな、ここ。本当に。

 急に崩落が心配になったブレンは軽トラの運転席を開け、磨耗して端から中のスポンジが見えているシートに急いで座る。早く発進しよう。

 慣性でキーに手を伸ばす。のだが、何も感触がない。おかしいと思ってハンドルの脇を見ると、キーが刺さってない。こんなところだけ妙にセキュリティがあるな。

 

「なんでこんなときだけ…… ええと、こういう場合はだいたいサンバイザーの隙間に……」

 

 運転席の上、サンバイザーの隙間に手を差し込んで探るが、ない。サイドポケットも、ダッシュボードの中も、どこにもない。セキュリティが高いどころか低すぎたのだ。多分、盗まれてる。

 

「あああああ! クソッ、めんどくせぇ! ……こうなりゃ」

 

 ブレンはキーの穴に右手の人差し指を当て、念じる。その刹那、ブレンの脳内で特殊な信号が流れた。その信号は脳の細胞を刺激し、「この世の理」をねじ曲げる力を生み出す。

 バチッ、と音がしてキーの奥でロックが強制的に外される。メーターパネルに光が灯り車が駆動状態に入った。

 

「あんまりやるとバレた時がめんどうなんだがなぁ……」

 

 それでも背に腹はかえられない。ブレンはアクセルペダルを踏み込んで車体を発進させた。電気駆動のはずなのに、妙に振動が伝わって不安感を煽る。

 市役所を出て道路に出た直後、不意に車体にガコンと衝撃が伝わって視界が傾く。何事かと思いアクセルを踏み直すが、モーターの空回りする音だけが響く。仕方なく車外に出ると、前輪が道路の陥没にハマっていた。

 

「なんなんだこの街は!」

 

 悪態を吐きながら、ブレンは片手で軽々と「車体を引き上げ」陥没から抜け出す。そして周囲をより警戒しながら再び走り始めた。

 そこからしばらく走る間に、道路の陥没を四ヶ所避け、電柱に衝突したまま放置された車の脇を三台すり抜け、道端で倒れた人を二人見かけた。本当にどうなってるんだこの街は。

 異様な街を走り、郊外へと近づくと遠くから何かが見えてきた。それは地平線に沿って迫り、大きくなっていく。

 これは通称「壁」 コロニー、すなわち街を郊外の脅威から守るために築かれたものだ。かなり昔に造られたもので、少なくとも三百年以上は前だという。だが、中世のロマンとかそういうものは一切無く、今も淡々と修繕がされている。はずだ。

 壁の麓まで来るとその大きさが分かる。ブレンが窓から見上げると、眼前にとてつもなく高い人工の山がそびえていた。高さは確か一キロ程だと聞いたことがある。そこまで高さをとるのは、それ以下だと飛行性のマルスによる襲来を受けるから、らしい。まあ、今は空飛ぶマルスは根絶されたのだが。

 その壁の一角に、高さが十メートルほどの出入口が設けられている。付近には壁の外へと向けて配置された機関砲。万一マルスに侵入された時の対策として軍が置いたものだ。もっとも、今は砲手もいなければ、弾もない。それでも銃口の前を通るのは気が引けるが。

 軽トラをガタガタと走らせ出入り口の中へ。そこは本来、天井のライトで中が照らされているはずだが、故障しているのか今は真っ暗になっている。事務所を除いて。

 

「わりぃ、出入り記録を頼む」

 

 唯一の光源である事務所の窓口前に軽トラを止め、ブレンは中の事務員に話しかけた。コロニーの出入りには記録が必要なのだ。しかし、事務員は彼を一瞥すると何もする素振り無く、進むように合図を出した。まるで、厄介事に関わりたくないと言わんばかりに。

 万一何かがあったらどうすんだよ。そんなことをブレンは思う。だが、どうやらこの街ではもはやこれがスタンダードらしい。頭の中に引っ掛かりが残りつつも、彼は軽トラを発進させた。

 暗闇を少し進むと急に明るくなる。外は快晴、街の中と変わらぬ天気ではあるが、心なしかここの方が空気が澄んでいる気がした。

 

「さて、目的地は……っと」

 

 ブレンはカーナビを操作しながら低速でコロニーを離れていく。こんなオンボロ車とはいえ、流石に標準装備のカーナビは乗っているのだな。と、少しだけ安堵したのも束の間、載っている地図データのバージョンが三年前であることに気づいて彼は顔をひきつらせた。まあ、郊外はさほど変化するものでもないし、支障は無いのだが。

 数分の間、端末に送られたデータとカーナビを交互ににらめっこして、ついに目的地を見つける。ここまできてナビをセットできなかったら……と心配したが、どうやら侮り過ぎたようだ。問題なくナビは目的地とそこまでのルートを示した。合っていれば、の話ではあるが。

 

「さぁて、一か八か。運命のドライブタイムといこうじゃねぇか」

 

 低速ギアからアクセルを踏み込み、高速へと切り替えてブレンは郊外をかっ飛ばしていった。

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