ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版) 作:明日田錬武
人の手が入らない自然とは、これほどまでにたくましいのか。ブレンは軽トラを走らせながら少しばかり感嘆した。
高さがあのコロニー出入口をゆうに超える大木。うっそうと繁り鮮やかな花を咲かせる雑草。緑の楽園とはまさにこの事だ。灰色の人類史とはかけ離れた緑の深さにブレンは魅入られる。
だが、同時に人の遺した過去の遺産もいやがおうにも目に入った。コロニー外に建てようとして頓挫した建築の跡。彼が知らないくらい昔の軍用車だったと思われる傷だらけの残骸。そして……
「……おいおい、この辺はこんなものまで残ってんのかよ」
ブレンは軽トラを停め、降りて「ソレ」へと近づいた。草木が絡み付いているものの、かろうじて姿を残している。
それは巨大な「人型」だった。手を持ち、脚がある。胴体があり、頭がある。人と違うのは、大きさとその材質だ。
それは「ヴァイス」と呼ばれる機械だった。胴体に人が乗り込み操縦する兵器だ。かつてこの星に人が移住する前から使われているという、何気に歴史のある機械。
ブレンはこの残骸に見覚えがあった。かなり経年劣化が進んでいるが、前にライブラリで見たものとそっくりだ。
「これ、G・オーレムじゃね?」
G・オーレム。はるか三百年以上前に現役だった人類史の英雄。量産型でありながら、確かな性能で当時の人類の生存権確保に大きく貢献したとされる機体。もっとも、その天下はとある歴史的出来事で長くは続かなかったらしいが。今は公的に運用されることはなく、ライブラリ上かあるいは歴史博物館に展示されているものを見るしか目にすることはないと思っていた。それがまさかこんなところにあるとは。
思わぬ歴史との対面にやや怖じ気づきながらも、ブレンは今との差に気落ちする。かつての祖先たちが死に物狂いで得たこの地。その大地の上で、下らない理由で子孫たちが争っていると知ったなら、祖先たちはどう思うか。
感傷に浸りかけたのを振り払って、ブレンは軽トラに乗り込みアクセルを踏む。今は今を考えるべきだ。
草花を踏み進み、サイドミラーからG・オーレムの残骸が離れていくのを見届けて、ブレンは正面を向く。目的地までもう少しだ。
それから五分も走らずに目的地は見えてきた。だが、ここからは軽トラでは進めない。地形的な意味ではない。「索敵」的な意味でだ。
軽トラを目立つ木の下に停め、ブレンは再び地を踏む。視線の先にはややくぼんだ地帯がある。そここそが、今回の目的地、マルスの群生地だ。軽トラで突っ込んで轢き回してもいいかもだが、それだと帰りの足が無くなる。
荷台からダインスレイブを手に取り、背中のマウンタに嵌めてブレンは忍び足で進んだ。正直、ブレンにとっては真正面からどころか逆に奇襲されても素手で返り討ちに出来る相手ではある。しかし、なんだかそれでは味気ない。そんな少々子供じみた思考から、わざわざ慎重に動いていた。
じりじりと足を進め、窪地の淵から下を覗き込む。居た。
多間接の脚。節で構成された胴体。日光を不規則に反射する複眼。そして鋭い牙。
マルスだ。体長は約三メートル。群れの規模は約二十体といったところか。特に変異体などはいないようで、いわゆる「普通」だ。もっとも、その「普通」ですら一般人には大いなる脅威なのだが。
「この群れの規模、よく見かけると見るべきか、それとも特異と見るべきか……」
マルスの生態は、ここ数百年も人類と付き合っているにも関わらず不明な点が多い。それは単純に観察が難しいにことに加え、あの「第二次マルス大戦」が影響しているだろう。あの出来事から、人類は衰退した。
ブレンはまるで敵地に潜入する工作員のように、慎重に匍匐前進で窪地へと侵入した。まあ、オルフェンズには彼よりもっと潜入に特化した者がいるのだが。
這い進み、岩の陰からマルスの群れを観察する。マルス共はブレンにも気づかず、互いに毛繕いするかのように舌のような器官で舐め合っている。哀れなものだ。
素直に言えば、ここで奇襲をかけても十二分なほどに勝機はあるが、それをやらないブレンの幼さがあった。なお、忘れてはならない。彼はまだ齢十七の青年である。
息を殺し、死神のようにマルスの群れに近づく。その鎌を振るえば、一瞬で死が撒き散らされる。なのにそれをしないのは、彼のいわば嗜虐心の表れでもあった。ブレンは原始の残虐性に呑まれつつある。
次第に距離は近づき、群れとの間はもう五メートルもない。勘の良い個体は得も知れぬ殺気に、カチカチと顎を鳴らしてどこへとなく威嚇する。
実に哀れだ。かつて人類を絶滅へと追いやった生物が、こんなに哀れに映るとは、過去の人々が見たなら仰天するだろう。
そして、ブレンの我慢は限界に達した。この世に顕現した破壊神が、その力を儚き命に叩き込む。