ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版) 作:明日田錬武
天高く日が登り、茜色の空。穏やかな惑星エデンの晴天にオレンジ色の液体が舞い散る。それは、飛び出したブレンが振るったダインスレイブによって文字通り「粉砕」されたマルスだったものだ。
「まずは、一体!」
飛散したマルスが仲間に降り注ぐ。群れが異変を察知した時には、既にブレンの魔の手は次なる犠牲者に。
大地を踏みしめた初撃よりも重い振り上げが、ブレンの手から放たれた。黒光りするダインスレイブの先は音速を超え、マルスのケイ素・炭素複合甲殻を易々と破砕し、下の柔らかな筋肉、内臓組織をペースト状にかき混ぜる。橙色の血液様体液、トリフェロンが霧となって辺りに漂い、特有の刺激臭が鼻腔をつく。
「脆い……! ウラァァァ!!」
振り上げられたダインスレイブをそのまま三体目へと叩きつける。勢いの乗った一撃はマルスの胴体を「両断」した。もはや「打撃」ではなく「斬撃」に等しい。勢いはマルスを殺傷しても衰えること無く、地面に深々と先端が食い込み、ワンテンポ遅れて大々的な爆発音と共に盛大な土煙が吹き荒れる。
仲間を瞬く間に三体屠られ、さらには土煙で視界を奪われ、マルスの群れは一瞬にしてパニックへと陥った。
ある一体のマルスは、土煙の奥で金色に輝く二つの光を視認する。そして、その複眼の眉間に真っ直ぐとダインスレイブが突き刺さった。マルスの串刺しだ。もっとも、ヒトにはそれを食べ、消化する能力はない。味も不味いし。
持ち手ギリギリまでマルスへとダインスレイブを刺したブレンは、その死骸ごと振り回し、遠心力で散らして範囲攻撃とする。バラバラに千切れたマルスの身体は、そのまま徹甲弾の如くかつての仲間たちへと襲いかかる。甲殻は無論、弾力のある肉ですら今は一片とて致命傷を与える凶弾だ。この散弾で一気にマルスが三体、大地へと還る。
しかし、マルスとてやられっぱなしではない。運良く散弾から逃れた個体は、目にも止まらぬ早さで地を這いブレンへと迫る。そして、ある程度近づくと弾丸のように飛びかかった。鋭利でありながら重厚な顎が彼へと迫る。
だが、その微かな抵抗すら、ブレンには通用しなかった。マルスの動きを読みきった彼はただ一歩横へとズレ、特攻をかわす。さらにマルスが掠めるその一瞬を捉え、ダインスレイブを横一閃になぎ払った。恐らく、マルスは何が起きたかも分からぬまま、胴体を上下にスライスされて絶命しただろう。
討伐というより狩り。狩りというより殺戮。殺戮というより享楽。そんな戦いが一方的に繰り広げられた。こうしている間にもマルスは次々と姿を消し、あとに残骸が残る。
逃げる個体にダインスレイブを叩きつけ、立ち向かう個体に拳をめり込む。この到底常人には不可能な戦い方を実現するのが、他でもないエクスソルジャーの力だ。
「こいよッ……! 鬱憤を晴らさせろッ!」
ブレンの両の目は煌々と金色の光を放ち、ありとあらゆるものを威圧する。見るものが見れば、きっと彼はただならぬオーラのようなものをまとっているに違いない。
マルスとの戦闘から僅か十数分。二十体以上いた怪物は、それを桁違いに上回る更なる怪物に殲滅された。揮発したトリフェロンが漂い、ヒクヒクと死後痙攣を起こす肉片が散らばる窪地に、一匹の修羅が立ち尽くす。
「……こんなんかよ。他愛ねぇ」
ブレンはどこか不満げであった。結果は目に見えていた。こんなに呆気なく決着が着くことも知れたこと。仮に彼自身がこの戦いで賭けをするなら、間違いなく自分に全ベットしていただろう。そのくらいに必然の答えだった。
しかし、ここでブレンはある違和感を覚える。今回討伐したマルスは二十体規模。これは実は自然に発生した群れとしては中程度以上の規模だ。そして、その程度の規模であれば「アレ」がいるはず。
不意に地面が揺れ、本能的に危険を察知したブレンはその場からステップを踏むように跳ね飛ぶ。その判断は実に正しかった。
刹那、ブレンのいた場所の地面から垂直に何かが飛び出した。その勢いは凄まじく土を振り撒きながら高さ六メートルほどまで飛び上がった後、空中で姿勢を整えてズシンと重低音と共に着地した。
マルスだ。まだいた。だが、今度の個体はこれまでとは違う。基本的な身体の作りは同じだが、顎も、複眼も脚部も、腹部も、先ほどの群れのものより倍以上大きい。
「へっ、やっぱりいたか。『女王』!」
ある程度以上のマルスの群れで存在する「女王」 それは地球のアリやハチのように繁殖に特化しつつも、大きく違うのはそれ自体もアグレッシブに活動することだ。つまり、戦闘を行う。
女王は辺りに散乱する我が子だったものを眺め、それからそれらを殺害したブレンに大きな複眼を向け、怒りを表すかのようにカチカチと大顎を打ち鳴らした。
こいつは手応えがありそうだ。ブレンはダインスレイブを構える。それから間もなくして女王が突撃を繰り出した。七メートルの巨体を揺らしながら頭部を突き出し、噛みつきを仕掛けようとしているようだ。
距離と速度から接触タイミングを察知したブレンは、最適な瞬間にダインスレイブを振り上げた。が、感触がない。驚いて見てみると女王は彼の手前ギリギリで急減速をかけ、紙一重で一撃を避けていた。これは想定外だ。
「なっ、避けた!?」
ブレンの攻撃を避けた女王は、今度はこちらの番だと言わんばかりにその大顎を付き出した。黒曜石のナイフの鋭さと金床の重さを兼ね揃えた重撃がブレンに迫る。ダインスレイブは振るった勢いがまだ生きており、反撃に移れない。とっさに彼は自分の左腕、義手を前に出して防御の姿勢を取る。
ガキン。大顎と義手、金属同士がかち合う様な嫌な音が窪地に反響した。双方共にその衝撃を驚く。女王は攻撃を受け止められたことに。ブレンは思ったよりマルスが「やれる」ことに。
「ちょっとだけ本気だすかよ!」
ブレンの両眼の金色が一層輝きを増すと共に、彼の内なる力がさらに解放される。彼は右手に持っていたダインスレイブを地面に突き立てると、左の義手に噛みついた大顎の一方を掴んで「握り潰す」 並みの合金よりも高い剛性をもつマルスの大顎。女王個体ともなればその固さはヴァイスの軍用装甲を超える。それを彼は容易く破壊してみせた。恐ろしい。
大顎を砕かれた女王は何が起きたか分からない、と言わんばかりに一瞬だけ無防備に固まる。その隙を逃すブレンではない。左の義手を引き、勢いをつけて女王の「口」へと正拳突きのように拳を放った。それは口内と食道器官の途中までめり込み、衝撃でそれらの組織がズタズタに損傷される。だが、これではまだ致命傷ではない。
「……散れ!」
女王の体内に深々と刺さった左腕で「何か」をブレンはしたようだ。ドッドッドッドッと不可解なくぐもった低音と共に女王の体内が致命的に撹拌され、焼き焦がされ、蹂躙されていく。
僅か数秒後、左腕を引き抜いて付着した体液や組織を振り払うと同時に、女王はその命の灯を絶やして大地に沈んだ。
「ま、こんなもんか」
普通の者で対応するなら、ヴァイスの二個小隊は必要なほどの今回の群れ。それをたった一人で倒しきったブレン。拮抗でもなく、激戦でもなく、ただただ圧倒した彼はもはやヒトと言えるのであろうか。いや、その問いをするのは既に間違った認識だ。
ブレンはエクスソルジャー。ヒトの姿をしながら、ヒトならざる力を得た究極の強化人間だった。