ファンタジア・レコード ~phant'asia-re'code~ (仮版) 作:明日田錬武
凄まじい惨劇の後、ブレンは狩り残しが無いか辺りを探索していた。半数以上はマルスの形すら残さないほどに破壊したが、逆に言えば残りの半分はまだ形が残っている。
すると案の定というべきか、やはり生き残りがいた。始めの方に死体散弾で仕留めたと思っていた個体だ。脚が数本もげ、頭部は半分潰れ、胴体に穴が空いて内臓が露出している。
だが、それでも生きているのだ。天を向き、脚が痙攣し、壊れた時計のように不規則な拍子で顎をカチカチと鳴らす。地球の虫の死後痙攣に似たこの状態からでも、時間の経過で再生してしまう。このしぶとさもまた、マルスが人類の敵に値する理由の一つだ。とはいえ、ブレンの前ではただ止めを刺されるだけなのだが。彼はマルスの頭部に拳を振り下ろして叩き潰した。今度こそ、マルスは痙攣することなく死亡する。
「こんなもんか?」
拳を振って、付着したトリフェロンを汚いものを払うように辺りに散らす。討ち漏らしはもうなさそうだ。しんと静まりかえった窪地の中央に立ち、ブレンは満足げに腕を組む。
しかし、同時にえもいわれぬ空しさも感じた。はたして、こんなことをするのが自分の生き方なのだろうか。他の命と引き換えに、今日の糧を得る。いや、そもそもの話をすれば全ての生物は必ず他の命を奪って生きている。ならばこれもまた自然の一つの形なのか。
答えのない問いにブレンが出した答えは、「仕事だから仕方ない」だった。そうだ、仕方ない。仕方ないのだ。
「考えたって、無駄だよな」
ブレンは一人そう呟くと、忘れ物が無いか確認して窪地の外に停めている軽トラへと向かった。その時だ。
「ごきげんよう。ブレン・アスター君」
思わず背にマウントしたダインスレイブに手が伸びた。ただならぬ気配、辺りには自分以外の人はいなかったはず。窪地のふちに足を踏み出した瞬間、声が後ろから聞こえた。ブレンは警戒しつつ、恐る恐る後ろへ振り向く。
「……誰だ」
そこにいたのは見知らぬ男。白いスーツを上下にまとい、顔には金色の装飾が施されたこれまた白い仮面を着けている。不意に風が吹き、男のやや長めの銀髪が流れた。
一見するとただの不審者だが、ブレンにはそうでないと分かった。この者、並みではない。本能がそう伝える。
「君の戦いを見ていたよ。実に素晴らしい。洗練さと、荒削りさ、それらを両立した本能的な『狩猟』」
狩猟。ブレンの本質をついたその言葉に、彼はさらに身構える。見られていたのか。どこから?
「……何が言いてぇ」
「まあそう警戒しないでいただきたい。君と一戦交える気はこちらにはない。『まだ』ね」
警戒させる気なのか、気を緩めさせる気なのか、男の言い振りからは真意が見えない。ダインスレイブに手をかけたままブレンが一歩前へと踏み寄る。
「『まだ』ってのはなんだよ。誰なんだアンタは。こんな郊外で偶然出会うなんざ有り得ねぇ話だろ。用件はなんだ」
「君と一戦交える気はない。そう言ったのだが?」
男は両手を広げながら大袈裟に敵意が無いことをアピールした。それが余計に警戒心を煽ることを知ってか知らぬか、男の不可解さをより高めている。
「じゃあなんで……!」
「君のことを直接見ておきたかったのだよ。有名ではないか。オルフェンズのエクスソルジャーといえば」
確かに、オルフェンズのエクスソルジャーとはいわば看板。傭兵界隈では、オルフェンズの戦力の七割は五人のエクスソルジャーに由来するもの、なんて噂が立つくらいには有名な存在だ。だとすれば、この男もまた傭兵なのか?
「アンタ、同業か」
「傭兵よりは、安定した立場。とだけ言っておこうか」
気に障る言い方だ。ブレンは傭兵という職へ特別に誇りとか理念とか、そういう深いものを持っているわけではないが、こうも貴賤を決めつけるような言い方をされれば流石に頭に来る。彼は踵を返して軽トラへと向き直った。
「おや、もう行ってしまうのかね?」
「アンタ、嫌なやつだ」
「おやおや、嫌われてしまったようだ。これは残念」
残念と口にしておきながら、全く残念がる雰囲気を出さない。この男を本気でブレンは嫌った。そして意識から逸らそうと足を踏み出したその時。
「近々また会えるだろう。その時が、楽しみだ」
「ぁあ? それってどういう……」
ブレンが振り返った時、既にそこに男はいなかった。あるのはただ、先ほど蹴散らしたマルスの残骸だけ。背筋にゾワリと悪寒が走る。
「なんだったんだ。あれは……」