【オルクセン王国史二次創作】ベーケ中尉相当官の鬱屈 ─砲撃目標、我等の銃剣─ 作:リラクシン
満足気な顔で自決した後備砲兵大尉。
全てを覆い隠す戦場の霧。
戦争犯罪捜査を任された、オルクセン参謀本部直轄エルフィンド戦役諸犯罪捜査委員会特捜官エーリヒ・ベーケ中尉相当官が垣間見た真相とは?
────星暦八七七年八月七日。
夏も盛り。
いかに過ごしやすいベレリアント半島と言えど、その暑気は耐え難いものであった。
もう三十分は駅に停車したままだ。窓を開け放っていても、車内の暑い空気は循環してくれない。シャツの襟を汗ばんだ肌から引き剥がし、エーリヒ・ベーケ中尉相当官はオルクセン王国首都ヴィルトシュヴァインでの事を思い出した。
ここに二つの辞令がある。
オルクセン内務省外事保全局第二課長は二枚の紙を差し出した。
一つは港湾環境整備部維持係長の辞令だ。
ふん。と第二課長は大して面白くなさそうに鼻を鳴らした。聞いたこともないところへ異動のおまけ付きだった。
もう一つは、参謀本部直轄のベレリアント戦役諸犯罪捜査委員会特捜官への辞令だ。どちらをとっても構わんぞ。
思い当たるフシはある。ハルセンでの捜査において、駐屯部隊の意向を完全無視したことだ。おそらく、駐屯司令が正式に抗議という形で、内務省に圧力をかけたのだろう。省庁間の縄張り争いのカードの一枚として使われたか?
後々角が立たないのは港湾環境なんちゃらの方だろう。
楽なのも。
ベーケはそちらの紙を取ろうと手を伸ばした。が、彼が手に取る前に、第二課長は素早くその紙をゴミ箱に放り込んでしまった。
あぁ、こっちはな、断っておいた。君の能力を適切に発揮するならば、特捜官とやらの方がいいだろう。それとな、正式に中尉の階級章を取り寄せておいた。つまりは軍属だ。何かあったら使え。
実に面白くない。
改めてベーケは思った。近頃、ため息が癖になっている気がする。全くよろしくないな。
二度と来るまいと思っていたエルフィンドの地を、再び踏むことになるとは思ってもいなかった。
しかも訳の分からない肩書きまで増えて────。
彼は、彼の言うところの"面倒な仕事"と向き合っていた。
オルクセン陸軍部隊による戦争犯罪捜査。
エルフィンドのとある村にて、オルクセン陸軍部隊が現地民を強姦し殺害するという、大変痛ましい事件が起きた。
まぁ戦争だからな。
ベーケはかなり倫理観に欠いた言葉を呟いた。
一個小隊全員が共謀し、白エルフを襲った挙句に銃剣で刺殺。
なかなかだな。
しかし、死体は見つかっておらず、犯行の事実も確認が取れていない。事件の発覚は、現地民からの申し出によるものである。とにかく行ってこいと言われ、押し付けられた資料では何もわからない。現地の捜査本部に行けば、これより詳しい捜査資料がある事だろう。
それはともかく、だ。
彼が乗る列車は、既に定刻を三十分も過ぎてもなお駅に停車していた。列車の運行について、オルクセンは神経質なまでに定時運行を心がけている。遅延するなら、車掌なり駅員なりが理由を言いに来るはずだが…。
ホームを見ると、緑色の腕章を着けたオルクセン陸軍憲兵や赤星十字の腕章の衛生兵までいる。
「何かあったのか?」
ベーケは車両通路を歩く憲兵を捕まえた。
「関係者以外にお教えすることは……」
「私は中尉相当官でね」ベーケは胸元から身分証を出し、憲兵に提示した。「諸犯罪捜査委員会の任務中だ」
「はっ…これは失礼しました。中尉相当官殿」
憲兵は───面倒だな…。という表情を覗かせつつ、ベーケに状況を報告した。
列車内のトイレで復員中の将校が自決した。現在、遺体を搬送と現場の保全のため、当該車両の切り離しを行なっている。
「切り離し自体は先ほど終了しました。もう少しで発車できると思います」
「なるほど、ありがとう。痛ましいことだな」
「ええ、本当に」
「自決した将校の名は?」
知り合いでないことを祈りつつ、ベーケは尋ねた。
「は。ウォルフ・セルバッハ後備砲兵大尉であります」
「後備?予備役からの復帰組か」
「はい、中尉相当官殿。将校というのはどこも不足しているようで」
ベーケはご苦労さん。と慇懃に礼を言い、憲兵に任務の邪魔をしてすまないと付け加えた。
知り合いではなかったが、同胞が死ぬのは悲しいことだ。戦争を経験し、心を病んで自らの命を断つ者は少なくない。わざわざ予備役から引っ張り出されたロートル砲兵大尉といえど、平等にその顎から逃れることはできなかったようだ。
そういえば、と彼は資料を捲る。
かの小隊の結末は如何、と最後のページを開いた。
そこに書いてあったのは、たった二文字。
全滅────。
……つまらん小説のようなオチだな。
ベーケは白いシーツがかけられて運ばれていく担架を眺めつつ、資料を鞄に収めた。
捜査本部は、現地の馬小屋を借りて拵えたものだった。若干だが、馬糞の匂いまで漂っている。
「粗末なとこですがね。屋根があるだけマシだ」
先行して現地調査にあたっていたコボルト族コーギー種の憲兵は、本心からそう言っているようだった。
「穴の中で死体を片付ける訳でもありませんしな」
「現在の状況は?」
ベーケは彼の話を完全に無視し問うた。
「被害者と思われる遺体も凶器も、何も見つかっておりません。犯行に関わったとされる小隊については───」
「全滅した?」
「はい。それも友軍砲兵の砲撃で、です」
死体も残らなかったそうで。彼は唇をへの字に曲げ、呟いた。戦争犯罪人として裁かれるよりは良かったかもしれないが、味方に殺されるとはね……。
「容疑者全員が死亡したとはいえ、犯罪は犯罪だ。記録に残し、それが真実であるならば、然るべき裁きを受けねばならん」
「それはまぁ…そうですが」
コボルト族の憲兵は押し黙ってしまった。
わざわざ墓を暴く必要性はあるのか?と言いたいのだろう。そもそも、この事件は白エルフからの告発しか証拠がない。
あの、民族浄化をやらかすような選民思想の塊である、白エルフからの、だ。
ベーケも似たような感想は抱いてはいたが、それはそれとして彼が取り組むべき仕事は犯罪を明らかにすることだ。個人の感想は、仕事をやるかやらないかに関係ない。
「……ところで君はさっき、友軍からの砲撃と言ったな。誤射ではないのか?」
細かいところではあるが、妙にその言葉に引っ掛かった。
大砲というのは、敵を直接見て撃つのではなく、観測兵が送ってきた情報や味方部隊の要請に応じて、地図の座標を目印に砲撃する。
つまり友軍を撃つというのは、よっぽど指揮官が無能なのか、敵と味方が混淆する緊迫した状況下にあったのか。
「後者であります。中尉相当官殿」「当該小隊は、前哨陣地で警戒に当たっておりました」
そこへエルフィンド軍中隊規模による、局所的な夜襲が行われた。
「エルフ族は夜目が利きますからな。全土でエルフィンド軍は追い込まれていましたし、局所的な勝利を求めたのでしょう」
紅い目で闇夜を掻き分け、エルフィンド軍は前哨陣地に浸透する。
「気付いた時には陣地内に潜り込まれ、白兵戦になったようで」
周囲のオルクセン軍は友軍相撃を恐れて発砲もできず、ただ絶叫と怒声が闇夜に響き渡った。
「連戦に継ぐ連戦で手持ちの照明弾が無く、手出しできなかったそうです。間もなく小隊長の名で魔術通信が入りました」
砲撃要請。目標は前哨陣地────。
目標は、我等が銃剣の煌めき!
「ある種の自決ですな。おのが身を犠牲に部隊を救った」
美談だな。
オルクセンの名を穢したのか、否か。真相はもはや闇の中というわけだ。
「彼等のいた陣地は徹底的に砲撃され、後には何も残っていなかったと」
「小隊長の資料はあるか?」
「資料と呼べるほどではありませんが、簡単なものであれば」
「どこだ?」
「ウから始まるところです。名前はたしか……」
コボルト族の憲兵は眼鏡を取り出し、書類棚を漁り始めた。
「ありました。こちらです」
薄っぺらいファイル。
ペラペラと慣れた手つきでページを捲り、素っ気ない事務的な記載を指し示した。
「ヴァルジニア・セルバッハ少尉ですな」
エルフィンド軍が前哨陣地に夜襲をかけた理由。
「白銀樹の護符の気配だな」
ハルセンでの事件を思い出し、ベーケは確信した。
小隊は犯行の発覚を恐れ、現地民に口止めのうえ、遺体を陣地内に隠していた。
護符の意味するところを知らず。
エルフィンド軍は、オルクセン軍陣地内に護符の気配を感じ、同胞が捕虜に取られているとでも勘違いしたのだろう。そして、哀れな同胞を救うべく、彼女達は救出のため夜襲をかけた。
その護符の持ち主が、既に死体となっているとはつゆ知らず。
小隊は発覚を恐れていた。それが重大な犯罪であることを理解していたから。
俺たちの頭の上に砲弾を落とせ────。
おそらくは、証拠の隠滅をはかったのだ。徹底的に。
死体も、凶器も、そして実行犯も、全て戦場の霧の中へ覆い隠した。
ベーケは二つの墓標の前に立っている。二つとも最近建てられたようで、墓石はまだ新しい。
全くつまらん話だ、と心の中で毒づいた。いつまで経っても親は親、子は子。子のケツを拭くのは親の仕事というわけか。
ウォルフ後備砲兵大尉は臨時の派遣砲兵隊指揮官として、ヴァルジニア少尉の所属する大隊の支援任務についたのは、犯行日と思われる日の翌日だ。
久しぶりに会った息子はどうなっていたのだろう?
戦争という異常が正常となり、正常が異常となる空間で、彼等はまともでは居られなかった。
ひょっとすると、息子から砲撃要請が来た時、彼はホッとしたのかもしれない。
名誉を取り戻し、親としての役割を果たせる、と。
ふざけるな。とベーケは吐き捨てた。
将校としての義務も果たさず、何が名誉だ。
「ベーケ中尉相当官。ご苦労だった。この件については決着が着いた。君にはまた別の捜査に当たってもらいたい」
唐突にそう申し渡された。本国へ、ベレリアント戦争における、ヴァルジニア少尉の精神状態の調査の申し入れを行った際の返答だった。
「決着が着いた?まだ何も、被害者の遺体の発見にすら至っておりません。ヴァルジニア少尉の犯罪は……」
「ヴァルジニア大尉だ、中尉相当官」
二階級特進だと?戦争犯罪の容疑者が?
「どういうことです。そしてあなたは誰ですか」
「それは重要な事かね?それに、戦死者には平等に名誉が与えられるのは、軍隊の鉄則なのだ」
ああ、そうか。そういう事か。
畜生め。臭いものには蓋をしちまおう。なに。蓋になるものが、臭いものからできているのであれば、なお結構なことではないか────。
「いいかね中尉相当官」相手は小さな子供を諭すように言った。「世の中には、『それはそういう事になった。だから気にしなくていい』そういうものもある」「君の信ずる正義や信念は誰にも伝わらない。伝わる必要がないからだ」
「脅迫ですか」
「脅迫?とんでもない」
「揺るぎない事実だ」
オルクセン軍がたとえ味方であっても、戦争犯罪を許さないという姿勢を取るのは、諸外国────特に星欧列国に対するポーズもある。
我々は野蛮なオーク族ではない。一流の文明国であり、あなた方と対等に話ができる国なのだ、と。
エルフィンドという悪に対する、オルクセンは正義なのだ。
本事件は被害者も実行犯もこの世におらず、そしてそれを知る者もほぼいない。裁く対象もいなければ、犯罪が行われたという事実すら明白ではない。インパクトに欠ける。
結構なことだ。
彼は、オークの牡としてまことに普通と言うべきサイズの牙を撫で、憮然とした顔で呟いた。
「ウォルフ砲兵少佐、ヴァルジニア歩兵大尉。勲章ですぜ。よかったですな」
ベーケは墓標に対して敬礼し、鞄から取り出した勲章をハンカチを下敷きにして置いた。
「それでは」
彼は踵を返し、墓標を後にした。
二つ並んだ勲章だけが、血に塗れた銃剣の如く鈍く光っていた。
大サトーとオルクセン王国史が好きですの。
レッドサンブラッククロスの短編のオマージュです。