さて、今日は柱合会議の日。
朝早くから産屋敷家に向かい、同僚達と近況報告等を行う。
と言っても、皆の言うことはほとんど変わらず、『柱の人数が足りない』や『隊士の質が悪すぎる』と言った様な事。
後者に関しては俺達も努力するとして、前者に関してかなり急務である。
現状の柱は7人だが、1人はほぼ頼りにならない状況。(理由を知っているのであまりきつく言えないのだが)
なので、それぞれの負担がかなり多い。
と言っても、柱に任命できるような隊士も今は不在。
地道に待つしかなさそうだ。
というわけで、今後の対応等が山盛りの中、柱合会議が終了し、各自軽く話をしてから退散したが、俺とカナエはお館様にお呼ばれされたので残ることになった。
「二人に頼みたいことがあってね。ここから東に三つ先の山を越えた所にある街で、夜な夜な若い女性が姿を消しているんだ」
「女性ですか」
「…(若い…女性…)」
お館様から聞き、思い浮かんだ鬼が一人。
自然と殺気が漏れてしまった。
まだそうと決まったわけではないけど、可能性としてはあり得る。
「少し調べてきてほしい。本来ならカナエに頼もうと思っていたけど、少し嫌な予感がしてね」
「嫌な予感…ですか?」
「うん。ちょっとした勘でもあるけど」
「勘…(先見の明か)」
産屋敷一族特有の勘。
声に踏まえてこの能力で産屋敷家は繁栄し、数多の財を会得したらしい。
その勘が告げているということは、事態が大きく動くのだろうか。
「時雨。君も付いて行ってほしい。いいかい?絶対に後悔しない様に」
「後悔って…分かった。君が言うなら。じゃあ準備しようカナエ」
「えぇ。しのぶと遥にも声を掛けましょう」
屋敷に準備の為に戻ろうとすると、お館様が手招きしてくる。
どうやら俺の方はまだ話があるようで、カナエに先に戻ってもらう。
「時雨。無理はしないで欲しい。2人が無事に帰ってくるのを祈っている」
「どうした?えらく心配しているみたいだが?」
「…あの時と同じ感覚がする。10年前のあの時と」
「母さんの時か……」
母さんが上弦の弐・童磨とあった日も、お館様は嫌な予感がすると言い、その予感が当たってしまう。
俺も、お館様がその事を言ってくれなかったら、母さんはあの時…いや、前回は防げたんだ。
今回だってきっと何とかなる。
「大丈夫だよ耀哉。ちゃんと帰ってくるから。信じて」
「勿論信じてる。信じているからこそ、祈ってる」
「君らしいな。じゃあ行ってくる。あまり待たせるわけにはいかない」
「気を付けて時雨」
お館様に手を振ってから屋敷に戻ると、準備を終えたカナエ達が門の前で待っていた。
俺も直ぐに準備を済ませると、珍しく母さんが見送りに来てくれる。
珍しいと思って聞いてみると、母さんも嫌な予感がしているらしい。
それを聞いた俺は、お館様も同じ予感がしてることを伝える。
「お館様も…気を付けて時雨。カナエも」
「うん。何もないとは思うけど…用心する」
「はい。無事に皆で帰ってきます」
母さんに見送られて目的の街に向かう。
その街はとても広く、纏まって情報収集するにはかなり時間がかかりそうだったので、分断して調べることに。
「じゃあ俺は西から北に。カナエは東から北。遥はしのぶと一緒に南を。何かあったらすぐ連絡」
「了解時雨。行くよ遥」
「はい。ではまた後で」
南に向かった2人を見送ってから俺も移動しようとすると、カナエが心配そうな顔を浮かべながら手を握ってくる。
もしかしてお館様と話をしている時の殺気に気付かれてしまったのだろうか。
いや、間違いなくそうだな。
顔を見たら分かる。
「大丈夫?怖い顔してたけど」
「大丈夫。まだそう決まったわけではないから。何かあったらすぐに呼んで欲しい。もしもアイツだったら約束守る事。直ぐに駆けつけて、絶対に守るから。無理だけはしないで」
「心配しすぎよ。大丈夫だから。ちょっとは信じて」
「……ごめん。余計なお世話だったな。じゃあまた後で」
「えぇ。後でね」
不安が残るが、カナエと別れて西側に向かって調査開始。
日付が変わる少し前のせいか、人が殆ど居ないし、電気も付いていない。
本当に夜な夜な女性が姿を消しているのだろうか?
そんな様子は見られないし、とても不気味な空気だ。
(…何か嫌な夜だな。胸が苦しいし、凄く嫌な予感がして仕方がない。耀哉の勘と母さんの勘…外れて欲しいけど……)
『落ち着け時雨。心が乱れているぞ』
流暢に喋る烏が肩に降りて来る。
この子は桔梗といって、誕生日の贈り物として譲り受けた鎹鴉。
普段は屋敷で待っているけど、今日は付いて来てくれたようだ。
「ごめん桔梗。ありがとう」
『気にするな。お前らしいがな。もう少しカナエを信じてやれ。件の鬼の対策はきちんと伝えているのだろう?』
「うん。あの時引き出した血気術については。特に粉凍りだけは絶対に吸うなって言ってある。アレを吸ってしまうと、肺がやられてしまうからな」
上弦の弐・童磨の血気術はどれも厄介な物ばかり。
中でも粉凍りは厄介極まり無いだろう。
初めて会った時に、母さんに言われてなかったら俺もやられていたと思う。
「ダメだ。思い出すとブチギレそうだ。気合入れて調べよう桔梗」
『ふむ。では上空から調べよう。何かあれば伝える』
「おぅ。任せた」
上空からの捜索を桔梗に任せ、こちらは地道に痕跡調べ。
人が居ればいいのだが、時刻は朝の三時。
人が居たらおかしい時間だ。
(気配とかは残っていないな。怪しいのも無いし…耀哉の思い違いか―――)
『時雨!!』
桔梗が慌てて肩に降りて来る。
この子がこれほど慌ててるのはとても珍しい。
とても…とても嫌な予感がする。
『カナエの所に上弦の弐が現れた!急げ!』
「ッ―――俺は直行する!遥としのぶに伝令だ!」
直ぐにカナエの所に全力疾走。
距離もそれほど遠くないから直ぐにたどり着くはず。
(急げ!急げ!あんなに苦しい思いするのはもう嫌だ!どうか―――間に合ってくれ!)
――――――――――
―カナエsideー
「もぅ…心配性なんだから……」
西に向かった時雨を見送った私は、街の東側に向かって調査していた。
けど、時雨が異様に心配していたことが頭から中々離れなかった。
「お館様の勘はよく当たるっていうけど…それでも心配し過ぎよ。全くもぅ…」
とは言ったけど、内心はとても嬉しかった。
一緒に暮らし始めた頃は、私達を心配したりすること何て全くなかったし、基本的に何をしても干渉してこない人だった。
ちょっと距離も取ってたし。
けど…今思えば、あの時の対応はあの人なりの気遣いだったのかもしれない。
当時はまだ、あの人の事を殆ど知らなかったから。
「本当は優しくて純粋な人なのに、ある鬼と出会ったせいで……」
たった一度の出来事で人は大きく変わってしまう。
私達もそう、鬼に家族を殺され、一体でも鬼を倒し、自分達と同じ思いをさせないために。
あの人も同じ。
刀を振るえない親友の為に、自分が経験した辛い事を、平穏に暮らしている人に同じ目に遭って貰わない為に、 あの人は刀を振るっている。
「だとしても、自分の心を殺してまで刀を振るう必要はないのに。あの人はもっと自分の心に素直にならないと」
けど最近は、とても素直になったと思う。
鉄珍様とお話しなさってからかしら。
よく笑うようになって、カナヲ達とも一緒に遊んでいて、とても楽しそうにしていて。
見ている私も、自然と笑顔がこぼれてしまう。
「さてと…こっちは特に問題なさそうね。このまま北に……ん?」
ふと視線を感じた。
その方向を見るけど誰もいない。
気のせいかと思っていると、背後から誰かが声を掛けて来た。
「こんばんは。今日は綺麗な月だねぇ」
「―――!」
声が聞こえた方向に居たのは一人の鬼。
声を掛けられるまで全く気付かなった。
私は直ぐに距離を取って鬼と向き合うと、その鬼の姿を見て言葉を失った。
その鬼は、頭から血を被ったような鬼で、にこにこと屈託なく笑う鬼。
そして…その鬼の眼には上弦の弐と刻まれていた。
「やぁやぁ初めまして。俺は童磨。君は?」
「…花柱・胡蝶カナエよ」
「柱なんだ君!女の子なのに凄いねぇ!」
「…(この…鬼は。笑っているのに感情が伝わってこない。そもそも…)」
この鬼は何も感じていないのではないだろうか?
笑っているのに、何も伝わってこない。
上部だけの笑顔、感情が全く込もっていない。
今まで色んな鬼を見てきたけど、こんな鬼は初めて見た。
「今日はいい夜だなぁ。君のような強くて可愛い子に会えるなんて。でも…どうしてそんなに怒ってるのかな?初対面だよね?」
「そうね。でも私は貴方の事を知っているわ。"大切な人"に聞いているから
「大切な人…そっか。カナエちゃん好きな子がいるんだ。どんなの子なの?教えてよ」
「…貴方もよく知っているはずだわ。10年ぐらい前に貴方と夜明けまで戦っていた」
「10年前…割と最近だね。よっと!」
「!?(頭を―――)」
童磨は頭に指を指して脳を弄る。
その異様な光景に言葉を失っていると、彼は『あーあったあった』と笑いながらその時の事を話し始める。
「雨宮時雨君。水柱の桜ちゃんの子供だよね。あの子の事は覚えてるよ。暁の呼吸だっけ?桜ちゃんより精度も威力も圧倒的に上でとても強かったよ。まだ子供なのに驚いた」
「本当に驚いてるの?その割には忘れていたみたいだけど」
「あぁ。それは普段から色んな人と会ってるからだね。でも印象に残っている子は決して忘れないよ。それしても羨ましいなぁ。時雨君、カナエちゃんみたいな可愛い子に好かれてるなんて。元気にしている?今でも俺を殺すために
「無駄な…努力?」
耳を疑ってしまった。
鬼の中に同じような事を言う鬼は何度も見て来た。
けど、その鬼たちとこの鬼は全然違う。
その違いはやっぱり…感情の有無。
今なら痛いほど分かる。
時雨がこの鬼の事を話している時、怒りつつもどこか哀れに思っていたことを。
「あの人の努力は無駄ではないわ。一番近くで見て来たもの」
「いやいや無駄だよ。人間は鬼には勝てないんだから。彼がどれだけ強くなっても、俺には絶対に勝てない」
「……(これ以上話をしても無駄そうね。哀れを通り越して気の毒だわ。空っぽで何一つ感じることが出来ない気の毒な鬼。口から出る言葉も全部嘘。本当に気の毒だわ)」
ゆっくりと日輪刀を抜く。
本当なら、この鬼とは一人で戦わず、時雨と二人で倒す予定でいた。
その為に対策も、作戦も念入に仕込んでいてた。
一人で遭遇した時も、出来る限り戦わずに撤退する。
下弦の鬼は兎も角、上弦は柱三人分と言われているから。
「(時間は十分稼いだ。あの人の足なら5分足らずでここまでくる。そこまで持ちこたえたら…)始めましょう童磨。貴方はここで斬るわ」
「止めて置いた方がいいんじゃない?一人じゃ何も出来ないよ。素直に斬られたらいい」
「残念だけど一人じゃないわ。あの人が来るまで持ち堪えて見せる」
「…あ。もしかして時雨君がいるのかな?来た所で変わらないけど…そうだ。彼に伝えたい事とかある?食べる前に伝えてあげるから」
「何も無いし、伝えたいことは自分で伝えるから」
呼吸を整えて日輪刀を構える。
これ以上言葉を交わす必要はないから。
(大丈夫。あの鬼の血気術は時雨から嫌と言うほど聞いている。間合いさえ間違えなければ時雨が来るまで持ち堪えれる。だから―――)
あの人が来てくれることを祈って、童磨を迎え撃つのであった。