童磨との戦いから早くも一カ月経った。
カナエは柱を引退し、蝶屋敷の運営に専念している。
けど、どこか元気がなく、時間が余っている時は縁側で一人日向ぼっこしていてちょっと心配だ。
その事を先日耀哉に相談したところ『そろそろ時雨も覚悟を決める時かな?』と俺の心とカナエの心を見透かしたような事を言ってきた。
あぁ…分かってるよ耀哉。
とっくに覚悟は決めている。
後はどう言葉にするかだけだから。
そんなわけで、カナエに想いを伝えるべく、朝からいつもお世話になっている小物店に足を運んでいた。
このお店ではカナエ達が身に付けている髪飾りを作ってもらったり、面白い小物を買いに来たりしていて、よく足を運んでいる。
「お。来たな兄ちゃん。例の物は出来てるぞ」
「ありがとうございます。では言い値で」
お店の店主さんが細長い箱を持ってきたので言い値で購入すると、店主さんは『武運を祈るぜ』と激励しながら箱を渡してもらう。
「えぇ。頑張ります。では」
店主さんに頭を下げてから屋敷に戻ると、屋敷は誰もいなかった。
おかしい、屋敷を出る前は皆いたはずなんだけど…とりあえず入って書き残しが無いか確認するか。
「全く…せめて一人ぐらいはな…っと。あったあった」
居間の机に一枚の紙があったので確認すると、紙にはこう書かれている。
『しのぶ達と隣町に行ってくるから、男見せなさい時雨』
「……以前から計画してたな母さん」
というかどうして今日って分かったんだ?
カナエには昨日時間を作って置いて欲しいとは伝えてあったけど…。
もしかして聞かれてたか。
でも…二人だけの方が変に警戒しなくて済むから、むしろ嬉しい。
「よし。カナエは…縁側か」
縁側に移動すると、綺麗な着物を着たカナエが青空を見上げて日向ぼっこしている最中だった。
気付かれるとは思うけど、ゆっくりと近づいて隣に座ると、カナエは体を寄せて来る。
「お帰りなさい時雨。無事に買えた?」
「うん。それと時間作ってくれてありがとう」
「別にいいのよ。時間は沢山あるから。それでお話って何?」
「その…だな」
やばい、いざ話そうとしたら心臓が凄い高鳴っている。
破裂するんじゃないかと思うぐらいだ。
けど…それだけカナエの事が大切で大好きだって事だから。
「以前の約束。そろそろ果たそうと思って」
「貴方が私の事をどう思ってるか。かしら?やっと教えてくれるのね」
「うん。やっと伝えれる。本当はもっと早く言いたかったけど、自分勝手な感情で、周りに迷惑を掛けたくなかったから」
「そんな事気にしなくていいのよ。でも貴方らしいかしら」
「ありがとうカナエ。じゃあ聞いてくれる?」
「うん。聞かせて時雨」
ニコニコと笑顔を浮かべるカナエ。
本当に俺の事を良く分かってくれて、それがとても嬉しくて、幸せに感じている。
だから、その事を伝えて、カナエにどうして欲しいかをちゃんと伝えたい。
「俺は…君と一緒に居ると楽しい。一緒に料理して、稽古して、買い出しに行って。何より、君の笑顔が大好きで、ずっと守っていたいと思っている」
「それはどうして?」
カナエは聞いてくる。
どうしてか、その答えはもう出てるから、思ったまま、ありのままに伝える。
「俺の残りの人生を全部君に上げたいぐらい愛してるから」
「……」
とても驚いた顔を浮かべるカナエ。
きっと、カナエが予想した言葉とは全く違ったのだろう。
それでいい、いつもカナエの思い通りになってるし、今ぐらいは俺の思い通りにしたいから。
「だから…さ」
立ち上がって、カナエの前に片膝を付いて座り、彼女の手を取ってから目を見て伝える。
「胡蝶カナエさん。俺と…夫婦になってもらえますか?人生かけて貴女を幸せにする。貴女を守り、貴女が守りたい物を守り続けるから」
「………」
カナエは何も言わない。
何も言わずにただ俺の瞳をずっと見続けている。
俺も逸らすことなく見続けると、カナエは小さく頷いてから抱きしめて来る。
力いっぱい、俺を離さない様に。
「本当に幸せにしてくれる?私の事愛してる?」
「愛してる。君が居ないとダメになるぐらい愛してる」
俺も彼女を力いっぱい抱きしめると、カナエも自分の想いを言葉にする。
「時雨。私も貴方の事を愛してます。貴方に残りの人生を上げたい。だから…私を奥さんにしてもらえますか?」
「うん。断る理由なんてない。喜んで」
「……ありがとう時雨。愛してるわ」
カナエは頭に手を回してから唇を重ねる。
10秒、20秒と重ね続け、1分程経ったところでカナエはゆっくりと離れる。
その時見た彼女の顔はとても嬉しそうに、幸せそうに頬を赤く染めて微笑んでいた。
「やっと言ってくれた。中々言ってくれないから、そろそろ強引な手段が必要かなって考えてたのよ」
「その強引な手段についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
恐ろしい単語が聞こえて来たので聞いてみるが、返答の代わりに再び口付けをしてくる。
うん、話す気無いねこの人、後で母さんや雛さんあたりに聞いてみよう。
「カナエ。渡したいものがあって。受け取ってくれる?」
「あら。貴方から贈り物なんてとても珍しいわ」
「あれ…結構送っているような…。まぁいいか、よっと」
カナエを持ち上げて縁側に腰を下ろして彼女を膝に乗せると、いつものように体を横にして寄せて来る。
彼女の頭を優しく撫でながら、朝取りに行った細長い箱をカナエに見せると、彼女は嬉しそうに受け取って箱を開けた。
「あ…素敵な簪。しかも、私の髪飾りと同じ色の蝶の装飾品もあるわ」
「…父さんがさ、母さんに同じことしたんだよ。父さんは何も言わずに無言で渡したけど」
もとより口数はあまり多くない父さん。
母さんも口説き落とすのにかなり苦労したとか。
けど、あの二人は同じ刀鍛冶の里で生まれた幼馴染。
なんだかんだ言ってお互いの事は良く分かっていたとか。
「無言で渡すあたりおじ様らしいわ。よし…それなら私も。えいっ!」
「わふっ!」
カナエがいきなり顔に抱きつき、髪を縛っている髪留めを遠慮なく外すと、カナエの空気がとても変わった。
何故か分からないけど怒っているような気がする。
「ちょっと時雨。折角髪を伸ばしてるから、ちゃんとお手入れしようって言ったわよね?かなり傷んでるけど?」
「気のせいだと思うけど…?」
「気のせいじゃないわ。この前触れた時はもっと艶があって、手櫛が抵抗なく入ったから」
「そうだったかな…?」
「そうよ。全く…一緒にお風呂に入った時にでもお手入れしてあげるから」
「じゃあ頼むよ…(って、一緒にお風呂入るのは確定なのですね…)」
今更突っ込んでも意味がない気がするのでされるがままにしておこう。
少し待っていると、カナエは再び髪を結んで膝に座る。
その時に、カナエの髪飾りが二つとも外れている事に気付き、結んでいる箇所に触れると、大きい蝶の髪飾りが付けられていた。
「カナエ…いいの?」
「うん。素敵な簪のお返し。もう一つはカナヲに上げようと思って」
「そっか。ありがとう」
「どういたしまして。では時雨。簪…付けてくれる?」
「喜んで」
カナエから簪を受け取って、ゆっくりと慎重に落ちないように、蝶の髪飾りがあった場所に簪を挿す。
そっと手を離すと、カナエは優しく簪に触れ、ほんのりと頬を赤く染めながら体を預けて来る。
そんな彼女の頭を優しく撫でていると、屋敷の中から慌ただしい音が聞こえて来た。
気配からして、母さん達が帰って来たようだ。
「皆に伝えに行こう」
「そうね。皆なんて言うかしら」
「うーん。普通に喜ぶと思うけどなぁ…」
とか言いつつも、みんなの反応はとても気になるので伝えに行くが、反応は思ったよりも普通だった。
きよ達三人娘やアオイはとても喜んでいて、カナヲはちょっとだけ空気が変わっていたので何かしら反応があったみたい。
しのぶは『姉さん悲しませたらぶっ飛ばすから』と言われ、遥には『おめでとうございます。お二人の幸せを守れるよう精進します!』と彼女達らしい言葉を貰う。
そして母さんは……。
「歓迎するわカナエ。息子の事…頼んだから。貴女が居たらこの子も馬鹿な事しないわ」
「任せてくださいお義母様」
「馬鹿な事する前提か……」
息子としてちょっと傷つく言葉だが、思いあたることが多すぎるので素直に受け止めておこう。
それにしても母さん、安心して嬉しそうな顔してるけど何かあったのかな?
ちょっと気になるけど…一応聞いてみようか。
「何かあった母さん?もしかして体調悪い?」
「ん?全然。むしろ絶好調よ。さっき槇ちゃんに一発かましてきたから」
「……ええっと?」
「……また喧嘩かしら」
この辺りは聞かないでおこう。
槇寿郎おじ様と母さんは入隊当初からの仲だし、同じ柱として切磋琢磨していたから。
だからこそ今のあの人を許せないのだろうけど。
「アイツの事よりこれ。隣の屋敷の鍵。二人で好きに使いなさい」
「ありがとう母さん。カナエは行った事あったかな?」
「何回か掃除に行った事があるぐらいかしら。本当によろしいのですか?」
「勿論。二人だけの空間も必要でしょ。心配しなくても、庭で繋がってるからいつでも来れるわ」
実は隣にもう一軒屋敷がある。
そちらは誰も住んでいないが、定期的に掃除は行っているので住むには問題ない。
広さも蝶屋敷より一回り小さいぐらいで、二人で住むには広いぐらいだ。
「じゃあ荷物持っていこうか」
「えぇ。ある程度はこちらに置いておきましょう」
それぞれの荷物を隣の屋敷に持っていく。
それなりの量だが、生活に必要な物は屋敷に置いて合ったので、俺達の私物を運び込むだけだ。
「これで全部かな…っともう夕方か」
「指令来たの?」
「今日は来てないから見回りだな。そろそろ出ないと」
手短に準備を済ませて庭に出ると、桔梗が肩に降りて来る。
どうやらお館様に報告に行っていたようで、そのまま各柱に伝達が行ったらしい。
近いうちに耀哉や柱の皆が訪ねてきそうだな。
「さてと…じゃあ行ってきますカナエ」
「はい。行ってらっしゃい時雨」
そっと頬に触れ、顔をジーと見て来るカナエ。
俺も負けじと見続けると、彼女はニコッと微笑んでから口付けをしてきた。
「ん…気を付けてね」
「大丈夫だ…と言いたいけど、そんなに心配するならこれも持ってて」
羽織っている羽織をカナエに渡す。
暁の正当な後継者である証だが、必ず俺が持っていないといけない理由はないし、カナエが持っていてくれた方が、俺が居なくても安心出来ると思う。
「カナエが持ってて。君が持っていた方が羽織も喜ぶだろうし。暁の呼吸を生み出した人も女性だったから」
「…ありがとう。なら代わりの羽織を私は用意するから。楽しみに待ってて」
「待ってます。では改めて言ってきます」
「うん。帰ってくるの待ってるから」
カナエを優しく抱きしめてから、見回りに向かうのであった。