産屋敷邸、ここは俺達がお舘様と呼ぶ鬼殺隊を束ねる人が住まう場所。
基本的には柱と、月に一回開かれる柱合会議に呼ばれた人しか訪ねてこないが、稀にお館様が個人的に関りを持っている人が訪ねてくることがある。
そんなお屋敷に朝早くから訪ねると、御お館様の奥様であられるあまね殿に迎えられ、そのままお館様が待っている部屋に案内される。
「やぁ時雨。朝からすまないね」
「構わないさお館様。前いいか?」
「勿論」
お館様…産屋敷家当主でもある産屋敷耀哉の前に座り、早速頼みごとを聞こうとしたが、それより先に近況報告も兼ねた世間話が始まってしまう。
こうなると中々終わらない、お互い会う頻度は少ないし、それぞれの立場もある。
手紙では話しにくいことや相談事もあるし。
ともあれ、世間話に盛り上がっていると気付けばお昼過ぎになったので、一旦昼食を取ってから本題に映ることになった。
「さて…今回呼んだのは
「手紙…って君達?」
「そう。君とカナエに。鎌倉の知り合いに手紙を届けて欲しいんだ」
「手紙を……」
それなら烏に届けてもらえば…と言いかけたところで気付く。
ただ手紙を届ければいいわけではないと。
何かあったな鎌倉で。
「鎌倉ってなると遠征だな。1週間位か」
「そうなるね。不在の間は他の柱で補ってもらう。それともう一つ。鎌倉で少々気になることがあってね。それの調査もしてほしい。詳しい話は手紙の宛先に聞いてもらえると助かるよ」
「了解。他には?」
「そうだね……。今屋敷に患者はいるかな?」
「患者は…いないけど?」
屋敷に怪我人はいなかった…はず、最近は運び込まれるのも減ってきているし。
因みに我が屋敷、鬼殺隊士の治療も行っていて、主にカナエとしのぶ、母様が主体で運営していたりする。
「それは良かった。時雨、最近は働き詰めだったみたいだから、少しは肩の力を抜いておいで。たまには休んでおかないと」
「そうそう倒れる体力ではないが…まぁ調査の片手間に少しぐらいならいいか。他は?」
「他にはない。くれぐれも気を付けて欲しい。何が出るか分からないからね」
「分かってる。さて…そうと決まったら行くか」
場所が場所だし今から向かわないといけない。
カナエにも声を掛けて、穴を埋めてくれる他の柱にも言伝しておかないと。
「じゃあまた。体に気を付けてな耀哉」
お館様に一礼して部屋を退出すると、彼は屋敷の外まで見送りに来てくれる。
『珍しいな』と声を掛けると、彼は優しい笑みを浮かべなら言った。
「幼馴染みを死地に送るんだ。せめて見送りぐらいはね」
「余計なお世話だな。自分の心配してろ」
お館様の額に人差し指を当てて軽く押すと、彼も同じように額に人差し指を当ててきた。
「懐かしいね。覚えてるかい?最終選別に君が行った日の事」
「最後まで反対だったからな君は。今は?」
「ふふ…答える必要あるかな?」
「それで十分だ。お土産期待してな。行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けて時雨」
軽く拳を当てあってから屋敷に戻ると、居間ではカナエが物凄く上機嫌で外出の準備中で、俺の顔を見るなり嬉しそうな顔を浮かべる。
「お帰りなさい時雨。話は聞いたわ。準備できてるけど今すぐ行く?」
「母様としのぶに声を掛けてからだ…と丁度良く来たな」
丁度良く母様としのぶが居間に来たので遠征の事を伝えると、しのぶは物凄ーく嫌な顔を浮かべる。
それに対して母様は何かを思い出したような顔を浮かべた。
「二人で遠征なんて私は反対。絶対に姉さんに手を出すわこの獣」
「誰が獣だ。というか出されるのはいつも俺。お前だって知ってるだろ」
「嫌だったら突き飛ばしたらいいじゃない。ま、そんなことして姉さんに傷でもつけたらぶっ飛ばすけど」
「俺はどう対応すればいいんだよ……」
「まぁまぁしのぶ。私はむしろ大歓迎だから、心配しなくても……」
「姉さん!」
(しのぶの説得は任せるか……)
しのぶの事はカナエに任せ、俺は母様の方に声を掛けると、母様は『羽目を外さない様に』と言ってから一通の手紙を渡してくる。
その手紙は父親の光鉄の物で、手紙には『刀仕上がったから取りに来い』と書かれている。
「帰りに寄ってきなさい。御館様には私から伝えておくから」
「了解。じゃあ準備してくる。ちょっと待っててくれカナエ」
「はーい。私は各方面に連絡してくるわ」
というわけで自室に戻って遠征の準備をし、各方面への連絡を済ませたカナエと共にいざ鎌倉に。
ここから鎌倉までは3日ほどかかるので、ひとまずは行けるところまで行く事にする。
道中で鬼の出現もあり得るから、体力も温存したいし。
「そういえば…おば様と何を話してたの?」
「あぁ…刀だよ。君と十二鬼月を倒したときに折れただろ?」
「あ…その…あの時はごめんなさい。足引っ張ってばかりで」
「いいって。鬼は討伐出来たんだから」
「でも貴方が私を庇ったからでしょう?」
「勝ったからいいんだよ。俺も秘密をカナエ達に知られたし」
一年ほど前にカナエと二人で討伐した十二鬼月の下弦との戦いで、俺の日輪刀は技に耐え切れずに真っ二つに折れてしまった。
他にも俺がカナエを庇って出血多量で死にかけたり、俺のちょっとした秘密を知られたりと、カナエにとっていい思い出ではないだろう(そもそも鬼ぐるみでいい事なんて一つもないけど)。
「毒の効かない体質なんてね。宇随さんが聞いたらどう思うかしら?」
「正確には毒を喰らっても血清が瞬時に出来上がるだ。俺の稀血の能力だな」
人間の中には稀血と呼ばれる鬼にとっての最高の獲物が存在する。
俺もその一人で、何と毒を喰らっても瞬時に血清が出来てしまうという、毒を扱う鬼にとっては頭が痛くなる様な能力である。
けど俺達鬼殺隊に取ってはそうではなく、この話を聞いたしのぶが俺の血を使って色んな薬を生みだし、隊士の生存率を大幅に上げることに繋がった。
「いつ気付いたの?毒が効かないって」
「子供の頃に里で摘み食いした時。致死量だったのに舌が痺れる程度だったから」
「何で摘まみ食いしてるのよ」
「鍛錬してお腹空いてたから。ちなみに味は結構いけた。確か10本ぐらい食べたかな?」
「何でそれだけ食べて舌が痺れる程度なの?」
頭を抱えながら至極真面な事を聞いてくるが、当時の俺もかなり焦ったぞ。
美味しそうな茸が台所に置いてあったから摘み食いしてたら、母様と父さんが慌てて来て毒茸って言ってくるんだから。
今でもあの時の母様の真っ青な顔と父さんの真っ白な顔は覚えている。
「まぁ生きてるしいいじゃん。むしろあの時の食べたからこの能力にも気づけたし」
「あのねぇ…まぁいいわ。それよりそろそろ藤の家を探しましょう。日も沈んで来たし」
「了解。烏に案内してもらおう。あと鬼の情報もね」
上空を飛んでる烏に合図を送ると、藤の家がある場所まで案内してもらいながら鬼の情報を聞くが、そちらは返事が無かったので近くに鬼は居ないのだろう。
それはとても喜ばしい事なので、このまま藤の家まで向かうことに。
藤の家に到着してからは、家の主に部屋まで案内され(なぜかカナエと同じ部屋になったが)、荷物を置いて一息つくことに。
「食事は明日の朝の分だけを頼むとして、風呂どうする?先に入るか?」
「……一緒に入る?ちょっと確認したいこともあるし」
「……いや、あのさぁ……というか確認したい事って何?」
「背中の傷。昨日の鍛錬でも思ったけど、まだ影響があるように見えたわ。傷は塞がっているから何も言わなかったけど」
「それなら風呂上がってからでもいいだろう。先に入って来て」
風呂がある場所に指を指すと、カナエはプイっとむくれながら視線を外して風呂場に向かう。
傷の確認をするだけなら、お風呂上がってからでも問題ないしね。
後、先に入ってもらわないと非常に困る。
俺が先に入ると高確率で入ってくるからだ。
「今の内に父さんに手紙を出しておくか」
いきなり刀鍛冶の里に訪ねるのは非常にまずいので、事前に伝えておかないといけない。
そもそも刀鍛冶の里の場所は秘密にされていて、向かうにも複数の隠に目隠しをされて案内される。
俺は刀鍛冶の里生まれなので場所を知っているが、行くときは必ず服装から全部変えた上に顔を見られない様にお面も付けている。
「さて…鉄珍様含めて里の皆元気だったらいいけど……」
近況報告含めて手紙を書いていると、風呂場から浴衣姿のカナエが出て来る。
思ったよりも早かったと思いながら手紙を書き、入れ替わりでお風呂に入って上がると、布団を敷き終えたカナエがニコニコしながら布団に手を置いていた。
「うつ伏せで寝て頂戴。確認するから」
「了解」
布団にうつ伏せで寝ると、カナエは浴衣越しに肩から背中へと順番に触診していく。
背中には右肩から左腰に掛けて大きな切り傷が残っている。
無論これ以外にも全身の至る所に傷が残っているが、この傷が一番大きくて、疲労が溜まると傷周辺の筋肉が張ったりする時がある。
自分でも知らないうちに庇ったりして、カナエが気づいたのかもしれないな。
「どう?問題ないだろう?」
「問題ない…?ありすぎて困るかしらッ!」
「いっ―――!」
カナエが肩甲骨辺りを押した瞬間、強烈な激痛が全身を走る。
痛い、超痛いです、的確に痛い所をニッコニコで突いてきますこの人。
おかしい、近頃は最低限の休息は取ってたし、今は借りごしらえの刀だから無茶はしていないはずなんだけど。
「あのねぇ、貴方の呼吸は体への負担が物凄く大きいの。子供の頃から修練を積んで、型を一切の無駄を無く使えるとは言っても、気付かない内に疲労が溜まって体の芯が傷ついているのよ。加えて貴方が編み出した四つの型も連発厳禁なのに、鍛錬でいつも使うわよね?」
「別にいいじゃないですか。いつあの鬼と会うか分からないし、型の精度を上げておかないと皆を守れないし」
「じゃあもう少し自分を大切にしなさい。自分を大切に出来ない人が皆を守れるとでも?」
「守れるわけがありませんね。後もう少し加減していただけると……」
「貴方に加減なんて必要かしら?みっちり行くわよ」
(あ…確実に死んだわこれ)
苦笑いを浮かべると同時に、カナエの容赦ない施術が行われ、肩から腰の筋肉は解れたが、お陰で過去一番の激痛を経験した気がする。
鬼との戦闘で負った傷の痛みよりもずっと痛かった。
「さて…明日も早いし寝ましょう時雨」
「うい。あー痛かった……」
まだ痛みが残る中、ゆっくりと仰向けになると、カナエが狙ったように隣に寝て体を寄せ来る。
そんな彼女の頭を優しく撫でてから、深く呼吸をして就寝するのであった。