満点青空が広がる今日。
俺はカナエと共に街に出てきている。
その訳は、遥が今日の昼に最終選別の地である藤襲山に向かうから。
なので無事に帰ってこれるように願掛けも兼ねて、色々と準備中である。
「羽織は取りに行ったし、後は……」
「髪飾りね。貴方とお揃いの物を取りに行かないと」
「っと。そうだな」
髪飾りとは、カナエやしのぶが身に付けている蝶の髪飾り。
俺の長い髪も小さな橙色の髪飾りで纏めてある。
これは俺が柱に就任した時にカナエから貰ったもので、以前は適当な紐で縛っていたのだが、カナエが『折角伸ばしているのだからきちんとしましょう』と言ったのをきっかけに、身に付けることになった。
「おや…?時雨にカナエかい?今日も一緒なんだね」
「っと…お館様に……」
「あまねさんも。おはようございます」
「おはようございます。雨宮様。胡蝶様」
偶然にもお館様とあまねさんと会う。
亡くなった隊士の墓参り…というわけでもなさそうなので、ただの散歩だろうか。
「二人は買い出しかな?」
「そんなところだな。遥が夕方に出立するから、色々と」
「あぁ…最終選別だね。あの子なら大丈夫だろう。桜と君が育てたんだから」
「お館様が言うなら心配いらないな。で?耀哉は?」
「君に子供の頃に
「あー…あそこかぁ……」
嫌な記憶が蘇ってくる。
まだ子供の頃、訳あって産屋敷家の当主になった耀哉をこっそり連れだして向かったお店。
あの時は…色々と大変だった。
「ふふ…桜達にこっぴどく怒られたね。私も君も」
「いや…まぁ…俺も君も悪いから仕方ないけど……。誰にも言わなかったし」
「逆を言えば、それだけ私が追い詰められていたということだよ。本当にありがとう」
「いいって。後悔してないし。幼馴染だから当たり前の事しただけだし」
連れ出した時と言うのも、お館様がかなり疲労していて追い詰められていた時期。
このままだと非常にまずいと察知したので、やや強引に連れ出すことに。
まぁその後は鬼より怖い柱達が待っていたわけだが。
(あの…あまねさん。お二人は本当に仲がよろしいですね)
(えぇ。雨宮様とご一緒の時は、本当に楽しそうです)
「ん…?どうしたカナエ?」
「あまねも。何かあったかい?」
「何もないわ時雨」
「はい。何もありません耀哉さま」
「「…?」」
二人から視線を感じたから聞いたのだが、どうやら何もない様子。
そういう事なら別に構わないのだが…。
「そうだ時雨。里に帰った時に奏と会ったのかな?」
「いや…会う前に帰って来た。手紙を見ている感じでは元気そうだよ義姉さん」
「義姉さん?お義姉さんいるの?」
「あぁ…って言ってなかったな。でもその話はまた後にしよう。時間押してるし。じゃあなお館様。また来月の柱合会議で」
「うん。会える日を楽しみにしている」
二人と別れて髪飾りを取りに行く。
その道中で、さっきの話に出て来た義姉についてカナエに話す。
俺の従姉妹なのだが、幼少期に両親が流行り病で亡くなったしまったので、父さんが引き取ったのだ。
今は里で刀匠として活躍している。
「どんな人なの?」
「…やんちゃ集団の親玉?男勝りの性格で口調もきつい。でも凄く良い刀を打ってくれる」
「ちょっと想像しにくいわね……」
「会って見たら分かるよ。裏表のない性格。言いたいことは絶対に言う人。気が向いたら屋敷にくるんじゃないかな」
「しのぶと喧嘩しないか心配かしら」
あー…絶対喧嘩になるに決まってる。
なったら逃げるか、義姉さん何言うか分からんし。
ともあれ、カナエと仲良く話をしながら蝶の髪飾りを取りに行き、他の買い出しも済ませてから屋敷に戻ると、玄関に見覚えある二人を見かける。
「あれ?不死川に匡近?どうした?」
「あ。時雨、こいつが怪我してさ。ちょっと見て欲しいんだよ」
「了解。じゃあ先に道場行っててよカナエ。遥の仕上げしてるだろうし」
「えぇ。分からないことあれば呼んで頂戴」
「あいさ。二人はこっち」
不死川と匡近を診察室に案内してから不死川を正面に座らせて傷を確認。
場所は左手の薬指、第一関節から第二関節までバッサリと斬られていた。
「よくまぁいつも傷を負うなお前」
「るせェ」
「上司に対して…まぁいいか」
こいつの口の悪さに関しては今更なのでいいとして、まずは消毒してから傷口を縫って包帯を巻いて保護をする。
最低でも1から2週間ほどは安静だな、抜糸もしないといけないし。
「痛み止めと化膿止めも出しておくよ。抜糸しないといけないから1週間後に顔出す事。勝手に抜いたらぶっ飛ばすから」
「分かってるよォ。そういやてめェ。さっき誰かの仕上げとか言ってやがったなァ」
「期待の新人。今度の最終選別に送るんだよ」
「へぇ…継子候補?」
「まぁ…そうなるのかな。近頃忙しいから、早く一人前にしないとね」
柱の人数が少ないってのもあるけど、最近は忙しい。
鬼の出現情報も多いし、今みたいに隊士に治療も多いし。
屋敷の運営は分断してやってるけど、まぁ忙しい。
「普通に考えて胡蝶様と時雨の負担って結構多いよな。分断してるんだろ?」
「うん。隊士の治療は俺達三人でやって、薬の研究などはカナエとしのぶ。材料の調達は俺の仕事」
「そこから鍛錬に継子の稽古…。寝てるのか時雨?」
「……ここ一月は仮眠一時間だな。流石にカナエ達には寝てもらってるけど。だから怪我とか毒とか気を付けてな。こういう時に限って負傷者がわんさか来るから(経験談)」
「だってさ実弥」
「ふんっ」
本当に分かっているのか心配だ。
こいつしょっちゅう怪我するんだよね。
この前もしのぶがキレてたし、カナエもちょっと呆れてたし。
心配だわー本当。
なんて思っていると、道場に向かったはずのカナエが診察室に入って来た。
「治療終わったみたいね」
「終わった。問診票これ。目を通しておいて」
問診票をカナエに渡してから不死川に薬を渡し、再度念を押してから見送る。
念を押した所で学ぶ奴ではないから直ぐに運ばれてきそうだな。
死なないだけマシか。
「遥に渡した?」
「うん。とても喜んでいたわ。後は貴方が見送るだけ」
「そっか。それまでちょっと休もうかな。んっー」
大きく体を伸ばしてから脱力。
匡近と仕事の話をした影響か、一気に疲労が襲ってきたような感じだ。
近頃は疲れてばかりだな。
ちゃんと休まないと私生活や任務にも影響が出そうだ。
「じゃあ時雨。はい」
「……」
両手を大きく広げて『こっちおいで』と笑顔で伝えて来る。
確かに、カナエの様な美女に飛び込めば疲れなど吹き飛ぶだろうけど、それはそれ。
誘ってくるとはいえ、節度ある行動をしないといけない。
「もぅ。来ないなら私から行くわ」
「え?ちょ―――わふっ!」
頭に抱き着いて優しく撫でて来るカナエ。
思ったよりも力が強く解けそうにない。
まぁ…カナエが満足するならいいか、別に嫌じゃないし、とても落ち着くし。
とは言いえだ、こうも密着してると女性特有の柔らかい感触を感じるので、ちょっと力を抜いて欲しい。
「あの…もう少し力を抜いていただけると嬉しいのですが。ちょっと当たってる」
「……えい」
「えい。じゃないんですけど……」
腕の力が更に強くなり『絶対に離さないわ』という強い意志を感じ取ったので両手を上げて降参。
それから自身の膝に手を置くと、カナエは迷わず体を横にして座って密着してくる。
「……」
「ん?どうかした?」
「あ…いや。カナエが嬉しそうな顔をしてるから」
いつからだろか、二人きりでいると、カナエはとても嬉しそうな顔を浮かべている。
どうして嬉しそうなのか。
一度聞いてみようと思ったこともある。
けど…聞いてしまったら良くないような気がして聞けていない。
「聞きたいことがあるなら聞いた方がいいわよ」
「……嬉しそうな顔してるから。気になっただけ」
「聞きたい?」
こちらを見上げて来るカナエ。
目を合わせると、ニコッと可愛い顔を浮かべる。
その時、一瞬だけ心臓が高鳴ったような気がしそた。
鼓動が早くなることはあっても、高鳴る事は無かったような。
「…あら?とても良い音してるわ」
左胸に顔を当てて、本当に嬉しそうな顔をカナエは浮かべた。
そんなに鼓動が早いのが嬉しいのだろうか。
俺には良く分らない。
「私の音も聞いてみる?」
「そんなことしたらしのぶに毒殺される」
「そんなことしないわ。あぁ見えて貴方の事は信頼しているから」
「その割はとげとげしい言い方多いけど……」
姉の事に関しては、過保護と言わんばかりな行動が多いしのぶ。
唯一の肉親だからというのもあるのだろうが、今は母さんもいるわけだし、もう少し控えめにしてほしいのだが。
と、思っていると、当の本人が診察室に入って来て、カナエが俺の膝に座っている光景をばっちりと見られてしまう。
(や、やべ。今すぐ―――)
「誰か来てたの時雨?」
「え。あ、あぁ。実は…(あれ…何もない?)」
しのぶの鉄拳が飛んでくるかと思いきやそんなことは無く、先ほどの来客について聞いたので、カナエに渡してあった問診票を見てもらう。
問診票を見たしのぶは、薬の在庫を確認してから診察室を出ようとするけど、その前に俺を指を指して言った。
「時雨。アンタちょっと働きすぎ。ただでさえ見回り区画馬鹿みたいに広いんだから休んで。屋敷の大黒柱が倒れたら回らないから。分かった?」
「お、おぅ」
「頼りにしてるんだから。ちゃんと休んでよね」
やや怒り気味で言ってから診察室を出ていくしのぶ。
カナエが言っていたのは強ち嘘ではなさそうだ。
しかし、しのぶにまで心配されるとは。
本当に気を付けないといけない。
「ね?言ったでしょ?私も含めて皆が頼りにしてるんだから」
「そうだな。嬉しく思う」
そっと彼女の球を撫でながら頬に触れる。
彼女と…皆と一緒に居るととても落ち着く。
耀哉とお話している時みたいに。
里の皆と遊んでいる時みたいに。
杏ちゃんと一緒に鍛錬している時みたいに。
(皆、大切で大好きな友人。でもカナエはちょっと…いや大分違う気がする。その違いが分からない)
「どうかした?とても難しい顔してる。もっと笑わないと。ほら」
ムニムニと両手で頬を引っ張ったり押したりを繰り返す。
こっちもお返しでやったやろうと思うけど、カナエは常時笑顔だし必要ないか。
太陽の様な眩しい笑顔。
どうかずっと浮かべていて欲しい。
「ありがとうカナエ。疲れが吹き飛んだ。良い時間だしそろそろ遥を見送ろう」
「……」
「何?どうかした?」
「何も。とても素敵な顔だったから。さぁ行きましょう。ちゃんと見送ってあげないと」
「そっか(何を考えていたんだろう?)」
カナエが何も言わないならいいか。
とても気になるけど、安易に女心に入る物でもないだろう。
そういうわけなので、診察室を出て、出立の準備をしている遥を手伝った後、屋敷の外で見送ることになった。
「気を付けて遥。最終選別は鬼を倒すのではなく生き残る事。生存を第一に。大した鬼は居ないから―――いや。一体居たな。アレは放置していい」
「アレって。あの大きい鬼だよね。確かアイツ以外全滅したんだっけ」
「そう。鱗滝さんの所の弟子が倒したんだよ。アイツ以外ね。生きてたら今頃は…っといけない。ともかく生き残る事。母さんや俺…カナエとしのぶの教えを大事に」
「はい。では行ってきます」
深く頭を下げてから、遥は藤襲山に向かった。
そして七日後、彼女は傷はおろか埃一つなく、無事に帰ってくるのであった。