遥が最終選別から帰って来て早くも一か月経ち、正式に継子として迎え入れることになり、次の日から早速担当区画の見回りや、任務に付いて来ている。
「そうだ遥。改めてだけど母さんの羽織似合ってるぞ」
「ありがとうございます兄様」
遥が纏っている水面の羽織は、母さんが現役時代に纏っていたものである。
俺の羽織は、太陽が地平線に沈むのを模したもので、暁の呼吸を生み出した人が身に纏っていたものだ。
「所で兄様。私の日輪刀はいつ届くのでしょうか?おじ様が打っているわけではなさそうですが」
「あぁ。父さんに聞いたけど教えてくれなかったんだよな。多分里の誰かだろうけど。それに父さんは俺とカナエの専任の刀鍛冶だから、他の担当は難しいと思う。研ぎ直しなら兎も角」
柱の日輪刀は専用で用意されている者が多い。
使う呼吸の種類や戦い方。
体格等をを考慮して作られている。
例えば俺の日輪刀は身長の七割を占める長刀。
カナエは細い直刀型。
悲鳴嶋さんは鉄球と手斧を鎖で繋がれている物など。
人によって変わってくる。
「成程…では誰が打たれてるかは、持ってこられるまで分からないと」
「そうなるな。でもそろそろ届いてもいいけど…」
最終選別から一月。
そろそろ遥の日輪刀が届いてもおかしくない頃である。
打ち手が新人なのか、或いは蝶屋敷の場所が分からないのか。
どちらにしても、少し不安だ。
「よし。今日は切り上げよう。烏からの連絡もないし」
「分かりました」
見回りを切り上げて屋敷に戻ると、屋敷の門前で誰かが揉めているのを発見する。
誰かと思って遠目から見ると、三人の女性が揉めていた。
そのうちの二人はカナエとしのぶで、その向かいには、見覚えあるひょっとこのお面を被った女性がいる。
さて…先日カナエと話をした時点であぁなるだろうと予想はしていたが、本当になるとは思ってもいなかった。
「あ…あの兄様。助けに行った方がよろしいような…。遠目からでもしのぶがプチッといってるよな…」
「…そうだな。助けに行こうか」
気配を消してからお面を被った女性の背後に立つと、向かいに居たカナエは気付いたので、シーと合図を送ってから声を掛ける。
「おはよう義姉さん。朝から元気だね」
「あ…?っておぉー。時雨じゃねぇか。お帰り」
「ただいま。奏義姉さん」
女性はこちらを向いてお面を外す。
短髪で男らしい言葉遣い、強気で勝気なこの女性が義理の姉であり従姉妹の奏である。
「おーおー元気そうだな。生きていて何よりだ」
「そう簡単には死なないって。所で義姉さん。何かあった?」
「何かって…決まってんだろ。このチビ女が人の弟を如きって言ってな」
「……えっと。最初から聞きたいけど」
義姉さんの後ろで怒り心頭のしのぶを見ると、今はカナエが宥めている所だった。
ひとまずは屋敷に入ってもらおう。
話はそれからだ。
「とりあえず入ってよ義姉さん。何か用があって来たんだろ?」
「っとそうそう。そこのお前。親父から聞いた時雨の継子だろ。日輪刀持ってきたから見てくれよな」
「え…日輪刀…ですか?」
「そうそう。蛍のおっさんが担当になったんだけど、鉄珍爺様が止めたんだよ。時雨の刀は親父が打ってるから、お前の日輪刀はアタシが打てって」
「そっか…じゃあ見て来なよ遥。俺達は後から行くから」
「わ、分かりました。では…どうぞ」
義姉さんを遥に任せてからしのぶ達の所に向かうと、しのぶは俺の顔を思いっきり睨んでくる。
これは相当やり合った様子だな。
よし、まずは詳しい事情をカナエに聞いてみよう。
「義姉さん何て言ったのカナエ?」
「ふぇっ!?な、なにも言ってないわよ」
「……」
顔を真っ赤に染めるカナエ。
あの人…一体カナエに何を言ったんだ?
しのぶもブチギレてるし、余程の事を言ったんだな。
「正直驚いたよ。本当に姉いるなんて。全然似てないじゃん」
「義妹で従姉妹だからな。で…カナエの顔真っ赤だけど何言ったの?」
「……本人に聞けば?と言うかアンタも行きなよ。遥の刀の色。色によっては他の呼吸を教えないといけないし」
「分かった。じゃあまた後で」
どのみち本人からも聞かないと行けないので、先に屋敷に入ってお茶を持って遥達のいる場所に向かうと、丁度日輪刀の説明を姉さんと父さんから聞いてる所だった。
無論母さんも同席している。
「来たな時雨。ほら遥。早速抜いてみな」
「さぁて。どんな色になるかねぇ」
「き、緊張しますね…では」
義姉さんから日輪刀を受け取った遥は、深呼吸してから抜刀する。
義姉さんの打った日輪刀は、直刀型の長刀。
俺とカナエの日輪刀を組み合わせたものだった。
「おぉ…これが私の日輪刀……」
(問題は色だな。水の呼吸を扱うから青とは限らないし)
日輪刀の色によって、他の柱や知り合いの使い手に呼吸を教わる必要がある。
なので、出来れば青かカナエと同じ色の方が嬉しいのだが。
「あ…色が変わって…え?」
「おいおい……」
「マジか……」
「あらまぁ……」
(そう来たか……)
空気に触れた遥の日輪刀は、俺と同じ橙色に染まり上がる。
すなわち、俺と同じ暁の呼吸の使い手になれる可能性があるということだ。
正直驚いているけど、彼女の才能を考えたら決してあり得ないことではないだろう。
「兄様と同じ色…」
「初めて見るわね。息子以外でこの色が。槇ちゃんの一家なら分かるけど」
「煉獄の所は代々炎柱の家系だったな。元気か?」
「槇寿郎おじ様は…瑠火さんが亡くなってからは会ってないな。柱合会議にも顔出してないし。じゃなくて。遥の日輪刀が橙色だから、今後の事も考えないと。明日からは暁の呼吸も教えないといけないし」
水の呼吸はこのまま磨き上げてもらうとして、暁の呼吸も指導していかないといけない。
まずはどの型から教えようか。
難易度的には月・光・天・陽の順番かな。
生存能力を高めるためにも、月の技は最優先だ。
「あの…私に暁の呼吸は扱えますか?」
「やってみないと分からないし、全部会得する必要もない。母さんも光と月しか扱えなかったから」
「そもそも全ての型を扱えた人物がご先祖様と時雨だけ。無理をしなくていいわ。水の呼吸の練度を上げながらね」
「は、はい師範。頑張ります」
正直な話、遥の才能を考えると水の呼吸で十分だと考えている。
彼女自身も扱いやすいって言っていったし。
なのに色が違うということは、才能か、或いはここに来る前の道場での教えか。
確か遥が居た道場は、江戸末期に活躍した新選組が使っていた流派だったかな。
「さてと遥。今日か明日には任務が来ると思うから、普段の鍛錬は時間を短縮して内容を濃くしよう。水の呼吸は引き続き母さんに。暁の呼吸は俺が指導する。まずは月の型だな。あれだけは他の流派の派生ではない」
「他の型は?五大流派の技も入ってるけど」
「大丈夫。全部頭に入ってるから。でもまずは月の型から。そこから順番に」
他の流派の技術に関しては何とかなるだろう。
それに、教わる為にわざわざ出向く時間もないし、それなら俺が教えた方が早いだろう。
幸いにも、初代様が残した手記にみっちり書かれてるし。
「なら早速鍛錬ね。行くわよ遥」
「はい!お願いします師範!」
道場に向かう母様と遥、その後に父さんが俺の日輪刀を磨き直してくれるとの事で、屋敷の裏にある鍛冶場に向かい、この場には俺と義姉さんだけとなった。
ので、朝にしのぶと揉めていた事を聞くことに。
「何でしのぶと揉めてたの?」
「あぁ。アイツがお前の事を如きって言ったからだよ」
「だから何で?何か言ったの義姉さん?」
お茶を二つ淹れて義姉さんと俺の前に置き、お茶を一口飲もうをすると、義姉さんは一瞬だけ外を見てから言った。
「花柱に『お前が時雨の嫁か?』って」
「ぶっふぅ」
義姉さんの言った言葉に、お茶を盛大に吹いてしまう。
しのぶがブチギレていた理由がよーく分かった。
そりゃ自分の姉に『嫁か?』って言われたらキレるに決まってるわ。
「で?どーなんだよ?」
「どうって…良く分らない」
「分からないって。一緒に居て楽しいとか。ドキドキするとかさ。あるだろ?アタシだって結婚しても旦那と一緒に居たら楽しいしドキドキするぞ」
「そういうのは…うん。結構感じる。一緒に居ると楽しいし、心拍数も上がる。体も熱くなるし」
「へぇ…成程。詳しく教えろよ。普段どんな生活送ってんだ?あぁ鬼殺隊関係以外だぞ」
「そうだな……」
こういう話は殆ど義姉さんとしないので、折角だから話すことに。
一緒に料理したり、趣味でやっている家庭菜園や保有している山での狩りとか。
私生活の話を一通りする。
「ざっとこんな感じかな。忙しい日もあるけど、楽しくやってる」
「そうか。で、カナエは?露骨に話さなかったけど?」
「カナエは…一緒に居ると楽しいよ。ずっとニコニコ笑顔でさ。あの子の顔を見ると疲れも吹き飛ぶし、ずっと見ていたいし。鼓動も本当に早くてさ。早すぎて苦しい時もある。けど辛い苦しさじゃない。どう言葉にすれば分からないけど」
「……(ベタ惚れじゃねーかコイツ。カナエも満更どころか待ち状態だし。何でくっつかねーんだよ)」
「ん?義姉さん?」
「何でもない(やれやれ…問題はコイツだな。こんだけ惚れてるのに自覚ないのかよ)」
なんか急に静かになって考え事を始めたんだけどこの人…。
というか、自分で話しておきながら凄い恥ずかしい。
顔も熱いし、心臓もバクバク鳴ってるし。
「お前…カナエに恋してるんだな」
「…恋?男性が女性に好意を寄せる奴?」
「それは…ともかく。お前はカナエに恋してるんだよ。一緒に居て楽しいとか、胸が苦しいとか。傍に居たいとか。守りたいとか。どうだ?お前にとってのカナエはただの同僚か?同居人か?」
「よく…分からない。でも…大切で大好きな友人とは違う。もっと別の…何だろう?言葉に出来ない」
「(それが恋って奴なんだ。って言えればいいんだけど、こればかりは自覚しねぇと)お前らしいがなぁ…」
どこが俺らしいのか聞きたいが…俺は本当に恋をしているのだろうか?
と言うかその前に、今の話しを元に義姉さんに聞かないと。
「その恋って…何?さっき言ったのとは違うみたいだけど」
「そうだな…こればかりはお前が見つけないといけない。出来る限り早く」
「俺が…見つけるか。分かった。でも何で早く?」
「決まってるだろ。お前らは柱だ。明日死ぬかもしれない。お前は兎も角カナエは…死にきれねぇだろ」
「…?」
どこか悲しそうな顔を浮かべる義姉さん。
どうしてそんな顔を浮かべるのかが分からないし、何でカナエが死にきれないのだろうか?
「そういうわけだから頑張りな。応援してるぞ」
「あぁ。分かった」
「よし。じゃあアタシは親父と帰る。たまには長期で帰ってきな。地下の手記や大量の手紙だって読まないといけなだろ?」
「うん。一部を今回持ってきてもらったから後で読まないと。いつもありがとう」
「良いって事さ。さぁ帰るかね」
荷物を持った義姉さんは、父さんに声を掛けてから屋敷に出る。
俺達は二人を門の前まで見送ったのだが、視界の端で義姉さんがカナエに何か耳打ちしていたのが見えた。
(何を言ってるんだろう?)
「というわけだからあんまし心配するな。あぁ見えてカナエにベタ惚れだから」
「そ、そんな風には見えませんけど…頑張ります」
「何を話してるの姉さんに奏さん?」
そんな二人に気付いたしのぶは声を掛けるが、カナエは顔を真っ赤にして誤魔化し、義姉さんはニヤケながら父さんと一緒に里に帰っていくのであった。