国内安全保障執行局〈D.S.E.D.〉〜再会したお姉ちゃんは、私のことを覚えていないようです〜 作:暁天花
セントラル・ロサンゼルス地区。建築と自然の調和が美しい住宅街の一角。
その中の一際大きな
彼らの配置完了を聞き届けたブルシーロフ中隊長が、隊員専用のデバイスからエレナへと報告をよこしてくる。
『こちらブルシーロフ。C班からE班の全隊の配置が完了、包囲が完成した。あとはA班――ヴェンツェル大隊長らの突撃に合わせて俺達B班も突入を開始、君達が注意を引き付けている間に
“……あれ? ブルシーロフ中隊長も行くの?”――というエレナの疑問。
「ちょ、ちょっと待ってください。中隊長自ら突入するということは、包囲網の指揮は誰が執るのですか?」
『ああ、それなら俺の副官に任せてある。オスカーと言ってな。歳は若いが度胸があって有能なやつだ。心配しなくていい』
少しの逡巡ののち、エレナは、
『……了解しました』
と、返していた。
……正直少し心配ではあるが、歴戦の指揮官であるブルシーロフ中隊長が直々に『有能』と断じた人物なのだ。万が一逃亡者が出た場合には、彼の手腕を信じるほかない。
“……まぁ。逃亡者なんて出させないけれど”という幼い対抗心を理性で消し去り、エレナは長銃身の軽機関銃を手に取って先に車を降りていた二人の元へと歩み寄る。
二つ道を挟んだ向こう側、 正門に立つ警備兵を見つめたままアイリスが、
「準備終わったって?」
「ええ。あとは私たちが正門から突撃するのを合図に、
「てことは、ボクたちは囮か」
と、
「別に、そこまで『
「了解」「りょーかい」
二人の返答にエレナはこくりと頷き。直後、三人は頭につけたカチューシャ型の戦闘支援システムを起動。【魔導】を起動し、脳内で詠唱を開始する。
“〈
“〈
脳内に無機質な機械音声が流れ、それと同時に三人の背中に光り輝く
「作戦開始!
耳に着けた無線機に指令を告げる。ブルシーロフ中隊長らが証拠品を確保してくれることを信じ、目の前の戦闘へと意識を集中させる。
正門警備の二人が空に羽ばたく二人に気付き、手に持つアサルトライフルを撃ち放つ。それらの弾丸を魔導の盾で防ぎ止め、その隙に接近したアイリスが
後を追ってエレナとリゼが空から侵入。けたたましい警報音が鳴り響く庭を一息に駆け抜け、真正面の扉から建物の中へ突入を敢行する。
入って早々全方位から浴びせられる銃弾を魔導で創り出した光の盾で防ぎ、黒鉄に煌めく長銃身の軽機関銃を片手で構える。即座に引き金を引き――
建物の左右から集結する敵を、外で狙撃体制に入っていた
『こちらアイリス! 一階右側の掃討を完了、これより左側の掃討に移るよ!』
「了解。二階に留まる敵は私と
『こちらブルシーロフ。B班は現在一階右側に侵入し、地下への隠し通路がないかを捜索中だ。引き続き調査にあたる』
「了解」
そのまま通信アウト――応答のなくなった無線機から二階へと意識を移し、戦闘支援システムのレーダーを最大まで拡大。三階の一室へと続く唯一の階段の前に、多数の人間と重火器の反応を感知する。
“一旦外に出て、空から強襲する?” ――いや、それでは首領を誤って殺してしまいかねない。『何か』の取引記憶という極めて重要な情報を持つとされる参考人なのだ。ここで死なれては困る。
……なにより。これほどの煽動者を今殺してしまえば、英雄化されて今後の差別を助長しかねない。それを防ぐためにも、この男――ライアン・スティーヴンスは『生きて』逮捕しなければならない。
「リゼさん、聞こえますか?」
『うん。聞こえてるよ』
浮き上がったまま二階の柵へと手をかけ、地面に降り立つ。右手に構える軽機関銃の先端を下ろし、厳重に封鎖されている機器を解除していって赤いボタンへとたどり着く。
「現在、敵は三階へと続く階段に集結し、こちらを待ち構えています。これから私はそこへと突入を試みますが、もし『リィンヴァース社』が関与している場合、〈
迷わず赤いボタンを押し、軽機関銃の銃身が小さな駆動音を立てて一段階短くなる。――こういった室内戦を想定して、エレナの軽機関銃には銃身の短縮機能がついているのだ。
幾分か使い回しのよくなった軽機関銃を再び構え、敵の集結地点たる階段の前――十中八九罠が仕掛けられているであろう扉の前で立ち止まる。
『……ボクは遠距離からエレナちゃんの支援をしたらいいんだね?』
“任務中はヴェンツェル隊員と呼んで欲しいといつも言っているのに”――もはや諦めの境地にあるそれは口には出さず、エレナは静かに頷いて、
「今無線でそちらに送りましたが、まずは左右に置かれた
『了解』
短い応答。数秒後に戦闘支援システムが遠距離からの狙撃を捉え、その弾丸がエレナの指示通り
直後――突撃。罠だらけの扉を軽機関銃の銃身で盛大に開け放ち、敵の中に首領がいないと見るや即座に撃鉄を下ろす。
魔導によって貫通力と威力を大幅に強化された弾丸が、敵のヘルメットや防弾チョッキ、鉄製の障害物を撃ち貫いて過激な差別主義者たちをなぎ倒していく。
何とか掃射を逃れた数人が
即座に
「あなたたちの首領――ライアン・スティーヴンスの下へと案内して頂けますか?」
「わ、分かった! だから、命だけは――!」
“今ここで助かっても、刑務所で撲殺されるだけなのに”――とは思いつつ、エレナは無言で頷く。左腰から拳銃を取り出し、その手で前をゆく〈
“なんだかやってること悪役のそれだよなぁ”――という思考。こんな姿お姉ちゃんには見られたくなかったなとは思うものの、これが臆病者の首領に対しては最も効果的な確保の方法なのだ。仕方ない。
そのまま三階へと上がり、怯えた男に中へと入る旨を言わせる。その男を脇へと押しやり、
「この施設は既に〈D.S.E.D.〉によって包囲されています。変な気は起こさないように」
念を押してからエレナは左手で最後の扉を押し開く。
すぐさま拳銃を構え直し、中に居た白人の男――ライアン・スティーヴンスを照準に捉える。
「……まさか、この短時間に無傷でここまで来るとはな」
「あなたを各種の違法取引および所持、そして重要参考人として逮捕、拘束します」
「……重要参考人?」
近寄るエレナには一切の恐怖を抱くこともなく、スティーヴンスは眉を上げる。
「あなたの行っている取引についてです」
――と。丁度いいところでブルシーロフ中隊長の通信。
『地下への通路および部屋を発見。まだ何かの断定はできないが、どうも現金や薬物といったものを保管しているわけではないらしい。こういった組織によくある
目の前の男へと向ける眼差しが自然とキツくなる。が、スティーヴンスは気にしたふうもなく、むしろ楽しげに笑って、
「既に目星は付けられていたらしいな。俺の負けだ。……それを売った金でやりたいこともあったんだがね」
「やりたいこと……?」
「この国にのさばっている穢れた血の粛清だよ。分からないのか?」
――つまり。この男は、人種差別を目的として、大規模な虐殺を行おうとしていたと――そう言っている。それも、さも当然のことのように。
寒気と嫌悪と吐き気が一斉に押し寄せる中、エレナは何とか無表情を取り繕って、
「それも本部で聞きます。大人しくしていてください」
そう言って軽機関銃を床に置き、右手で胸ポケットから手錠を取り出して男に近づき――
突然、男の頭が砕け散った。
「――は!?」
咄嗟のことに思考が真っ白になる。目の前で頭のなくなった男が倒れ伏し、遅れて思考が戻ってくる。
「
『ボクじゃない!』
となると、いったい誰が――?
混乱した思考の中、辛うじて冷静さを取り戻した部分を全力で回転させて通信回線を開き、
「ブルシーロフ中隊長!」
『なんだ。何があった』
エレナの
「何者かによってライアン・スティーヴンスが狙撃されました!」
『なに――!?』
驚きに満ちた声が帰ってくる。が、自失は一瞬、ブルシーロフ中隊長はいつになく硬い声音で、
『狙撃方向は』
「
『ということは
「了解」
通信アウト――即座に二人へと通信を繋げる。すうっと深呼吸を一つして心を落ち着かせ、床の軽機関銃を拾い上げながら、
「つい先程、
『もしかしてリィンヴァース社が……?』
と、
「不明です。が、可能性はあります」
『ボクたちはどうすればいいの?』
「アイリスは一階の地下室階段付近にて待機、B班の護衛を行ってください。リゼさんは屋内へと一時退避、私と共に行動し、更なる攻撃に対しての警戒を行います」
『了解』『りょーかい』
通信アウト――数秒して
周囲五百メートルに敵影らしき動きは見つからず、あるのは家に引きこもる近隣住民と包囲を形成するC班以下の〈D.S.E.D.〉人員だけ。少なくとも陸戦部隊が送り込まれたものではないらしい――と一安心しかけた、その時。
突然、高速の『何か』をレーダーが捉えた。
咄嗟に無線の通信回線を開き、待機状態にしていた魔導を戦闘状態へと変更。
「レーダーが高速飛翔体を検知! これは……人間!?」
直後、その高速飛翔体が
『こちらでも人型の『何か』を検知した! 至急援護を
「了解!」『りょーかい!』
エレナと
『ちっ! クソ、なんだこいつは!?』
『なんであたし達と同じ羽根を持ってるわけ!?』
羽根――という言葉にエレナはぞっとなる。飛行用の魔導は軍の持つ最高機密の魔導術式であり、それ以外の組織では唯一、開発元である会社――
魔導の盾を起動し、エレナは
弾倉のありったけを敵へと掃射し、見知らぬ刺客を蜂の巣にする。――が。弾倉が空になったあとに立っていたのは、背中に巨大な天使の羽根を携えた、
「……え?」
魔導の強化を付与した弾丸はその全てが『光の盾』に阻まれ、その奥に佇む少女には傷一つついていない。彼女の左手はバカデカい
一同が愕然とする中、隣の部屋から
ゆらりと、赤髪の少女の視線がエレナへと向けられる。
虚無を湛えた、
少女の左手に構えられていた
『――! 全員退避ッ!』
いち早く状況を悟ったブルシーロフ中隊長がその場にいる全員に告げ、遅れて事態を把握した各員が早急にその場から離脱する。
同じくその場を離れるエレナ。が、脳内ではある感覚が沸き起こっていた。
“あの子、どこかで見たことがあるような――?”という思考。だが、そんな考えは襲いかかってきた爆音と全てを焼き尽くすような炎によってかき消される。
『あの嬢ちゃん、
何とか建物の壁に隠れて炎と撒き散らされる破片をやり過ごす中、ブルシーロフ中隊長がいつになく驚愕した声音で呻く。そのことにエレナ自身も驚愕しつつも、冷静な部分でレーダー探査を実行。恐るべきことに、爆炎の真っ只中で少女が悠然と歩み去っていくのを捉える。
“――このまま逃がすもんか!”という感情のままに、エレナは立ち上がり、軽機関銃を構えて空を飛ぶ。
視界の先には、ちょうど今
「逃がすかッ!」
叫び、軽機関銃を構えて撃ち放つ。
だが、空を縦横無尽に
残ったのは、半壊した〈
――完敗。という言葉が脳裏にちらつく。
重要参考人は殺され、証拠品もたった今仲間と共に爆破された。何一つ、目的は達成できなかった。
ぎり、と奥歯を噛み締めながら、エレナは少女が去った
――あの少女は誰なのか。
それだけが唯一の手がかりだというように、記憶の欠片を必死で探りながら。
†
〈D.S.E.D.〉本部ビル――地下二階の情報捜査課の会議室。
負傷した隊員たちを救急棟に運び込み、僅かに残った証拠品を解析して、一人だけ残された〈
各種の調査を終えたあとで、それらの情報を取り纏めた資料を作成したブルシーロフ中隊長とアイリーンは、E班を除く各隊の隊長とエレナを集めて臨時の報告会を行っていた。
「まず今回収拾した証拠品だが、これは脳内埋め込み型コンピュータに接続可能な『データ』であることが判明した。この『データ』がどこで造られたのか、また誰の手に渡る予定だったのか現状は不明。現場に残った隊員達で調査を進めてはいるが、何せ重要そうなのは全部爆破されてしまったあとだ。新たな情報を得られる可能性は低い」
ブルシーロフ中隊長の渋い声に続き、次はアイリーンの報告。
「〈
ははっと肩を竦めてニヤつくアイリーン。“不謹慎じゃない?”といった思考は脳内に留めておいた。
「ただ、彼の記憶と供述に驚嘆すべきものが出てきね。……資料を見てくれ」
そう言ったのと同時にタブレットの資料が切り替わり、彼女の言う『驚嘆すべきもの』が表示される。簡潔に纏められた文書の内容を黙読して――
「……え?」
エレナは思わず声が出ていた。
タブレットの資料に記された文書の内容。それは。
アイリーンがにやりと笑う。
「〈
そう言ってタブレットの資料が切り替わる。映し出されるのは、三階でスティーヴンスの部屋の守衛をしている男――レイバーグの視点。ほどなくしてスティーヴンスが数名の男と共に部屋に入っていくのが見え――
そこで動画が止められる。アイリーンはおかしくてたまらないといったような笑みを浮かべ、言った。
「この記憶映像に映っている男を国民データベースで検索した結果、
「……は!?」
驚きの声を上げるエレナ。同時に他の隊長も驚嘆の声を漏らし、たった五人しかいない室内は騒然となる。それを気にするふうもなく、アイリーンは更に告げる。
「また、彼がすぐに思い出せない深層記憶の方をスキャンした結果、この動画の奴以外にも複数の
「なんだと!?」
なんと、ブルシーロフ中隊長が声を荒らげて立ち上がっていた。“こんなに怒ってる中隊長初めて見たかも”――という驚きの思考。だが、それは次に彼が発した言葉によって粉々に打ち砕かれる。
「あんな
「拷問……? 記憶の動画……?」
エレナの呟きに、ブルシーロフ中隊長がはっと我に返る。周囲の視線を受けながら着席して、
「……すまない」
「いいや。君の怒りはもっともだ。謝る道理はない」
と、アイリーンがいつになく真剣な目つきで宥める。ブルシーロフ中隊長はエレナに目を向け、少し逡巡する様子を見せたのち、ゆっくりと告げた。
「無事だったいくつかの記憶データは、その全てがありとあらゆる拷問器具を使われ、泣き叫ぶといった内容の、
「……はい」
エレナはこくりと頷く。
――リィンヴァース社が関与していた。
――それも、人間に非人道的な行為を加えて。しかもそれを商売の道具にして。
……父の会社が、突然巨悪と化して目の前に立ちはだかっていた。
無意識に奥歯を噛み締めるエレナ。その様子を周りの大人たちはあえて言及せず、最後にブルシーロフ中隊長が告げた。
冷徹に。けれどもあらんばかりの憤怒を滲ませて。
「これより〈D.S.E.D.〉はリィンヴァース社の強制捜査、および社長の
その場にいる全員が、通信でこの報告会を聞いていたE班隊長と
この事実を聞いた全ての〈D.S.E.D.〉隊員が、無言を貫いていた。
「……では、私はこれよりロンメル長官に強制捜査の申請を行う。予定実行日は明日。B班からD班については全員本部での休息を。E班はあと一時間を限度とし、現場を離脱。君達も休息を
向けられる視線に、エレナは苛烈な意志の炎を宿して頷く。
「私が知る限りのことならば全て話します。……アイザック・リィンヴァースの娘、エレナ・