国内安全保障執行局〈D.S.E.D.〉〜再会したお姉ちゃんは、私のことを覚えていないようです〜   作:暁天花

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第五章 混迷〜The feelings of each〜
第九話 混迷


 通信越しに司令を受けた一時間後、リゼとアイリスは他の残っていた隊員たちと共に〈白き魂(ホワイト・スピリット)〉拠点から本部ビルへと帰還。それぞれの自室に戻り、各自で休息をとっていた。

 〈D.S.E.D.〉本部ビルの八階――女子隊員寮。その一角にある自室で、リゼはベッドの縁に座ってぼうっと窓の外に広がる夕焼けを眺めていた。

 脳裏にちらつくのは、通信越しに聞いた報告会の言葉。

 

 ――無事だったいくつかの記憶データは、その全てがありとあらゆる拷問器具を使われ、泣き叫ぶといった内容の、()()の動画だった。

 

 それはつまり、拷問同然のことをされた人がいて、その人の記憶を、『リィンヴァース社』という大企業が商売の道具として扱っていたということだ。

 どんなことがなされていたのか、具体的な内容は誰も話さなかった。恐らく、リゼたちのような未成年者には到底話せないような内容なのだろう。それほどに残虐なことをされた『記憶』が残されていて、しかも商売道具にされていた。

 そっと、自分の左目あたりに走った傷に手を当てる。顔の上から下までざっくりと走った、大きな傷跡。

 

 ……もしかしたら、今回の事件はこの傷と関連があるのだろうか。

 自分の人生の中に、ぽっかりと空いた記憶の欠落。ここ数年以外の記憶が一切思い出せず、親がどんな顔をしていたのかも、どんな人だったのかも何一つ思い出せない。

 自分が居たという証拠が、ここまで生きてきたという証拠が何一つ浮かび上がってこない。今の生活が幸せになるほどに、過去の欠落が心をざわめかせてくる。

 

 ……その『消えた記憶』が、もし今回のように誰かに盗られているのだとしたら? 大企業の商売道具として扱われていたのだとしたら? 拷問同然の仕打ちを受けた結果、この左目の傷ができていたのだとしたら?

 ……もしそうなら、自分は、記憶を取り戻したいと思えるのだろうか。辛くて苦しくて、悲しいだけの記憶を。再びこの脳に、身体に戻したいと思えるのだろうか。

 エレナちゃんに拾ってもらってから約一ヶ月。ずっと自分の過去について考えてはいたけれど、こんなことを思うのは初めてだった。

 

 ――自分の記憶が戻らない方がいいのかもしれないと。そう思うのは。

 

「リゼっち、入るよ」

 

 と、突然のアイリスの声。ゆらりと扉の方に目を向けると、片手に購買の袋を()げた黒髪黒瞳(くろかみこくとう)の少女がいた。

 アイリスは優しい笑みを浮かべて、

 

「とりあえず一緒にプリン食べよっか」

 

 そう言うと靴を脱いでリゼの部屋に上がってくる。特に反応もせずに窓へと視線を向けていると、アイリスは「ちょっと失礼」とリゼの隣――布団の縁に座り込んでくる。

 ちらりと視線を向けると、アイリスは優しい笑みを浮かべたまま袋からプリンを取り出し、「はい」と渡してきた。

 

「ありがと」

 

 と何とかいつもの笑みを作って受け取り、フタを開けて中身をスプーンですくう。一口口に含んだところで、

 

「……報告会からずっとそんな感じだけど、大丈夫?」

 

 隣から直球の言葉を投げられた。リゼは少しの間押し黙ったのち、

 

「大丈夫だよ」

「嘘。大丈夫な人の表情してないよ」

 

 微笑みはそのままに、まっすぐ真剣な瞳がこちらを捉えて即答された。

 “……どうも、この子には(かな)いそうにないなぁ”と心の中で呟くリゼ。ふぅと一息つくと、リゼはなんでもないふうに強いて楽観的な表情と声音で、

 

「……別に、大したことじゃないよ」

 

 言い捨て、視線を夕日へと向けて、

 

「今回の事件が、ボクの記憶とも関係してるのかなって。ただ、それだけ」

 「それは」と言葉を詰まらせるアイリスにちらりと視線を向け、再び夕焼けへと目を戻す。ビルの摩天楼に美しく輝く、茜色(あかねいろ)の日差し。

「今回の事件が解決すれば分かるのかな?」

 

 しばしの沈黙。なんとも言えない数秒間ののち、不意にアイリスが口を開いた。

 

「……手がかりになる証拠がリゼっちの傷と記憶の空白しかないから、あたしには分かんないけどさ」

 

 アイリスは肩を竦め、真面目な眼差しでぽつりと呟いた。

 

「リゼっちの記憶とこの事件は繋がってる。そう、あたしは思うよ」

 

 

 

  †

 

 

 

 夕食をそれぞれのタイミングで食べ終え、とっくに就寝時間を過ぎた夜――午前一時。

 〈D.S.E.D.〉本部ビル屋上にあるヘリポートの端っこ。

 依然として明かりがつきっぱなしのビル街を眺めながら、白金(はっきん)の髪をサイドテールに()んだ赤瞳(せきとう)の少女――エレナはずっと頭の中を回り続けることについて考え続けていた。

 

 エレナの脳内をずっと回り続けるもの――それは、父、アイザック・リィンヴァースと今回の一連の事件との関係性について。

 アイザック・リィンヴァース。エレナの実父にして現在急成長中の軍産複合体企業『リィンヴァース社』の創業者兼現最高経営責任者(C E O)だ。

 昔から自分の企業を成長、拡大させる為だけに全てを捧げていた人で、それ故に彼はエレナを――家族を捨てることも厭わなかった。

 勝ったところでなんの旨味もなければ成果にもならない裁判を起こすこともなく、かといってお金を積んで探すほどの価値もない。

 

 結果、父は元妻に連れ去られた私を探すことすらせずにそのまま捨ておいた。新たな婚約者に娘がいたのもあったのだろう。エレナをわざわざ自身の元に引き戻す意味もなければ、価値も完全になくなったのだから。

 そんな、それこそ家族を捨てることすら厭わないような人がなぜ、人身売買や『記憶』のデータの取引などという行為を行っているのか。それがエレナには分からなかった。

 

 いくら単価が高額な取引といえど、それは『リィンヴァース社』が普段行っている億単位の取引からすれば微々たるもののはず。そもそも、貧困層の人間の記憶や、彼らそのものを買い取っていったいなんになるというのか。

 労働力は広告を少し出せば簡単に揃うだろうし、慈善事業で世間にアピールするにしてももっと簡単で合法的な手段がいくらでもあるはずだ。『記憶』の取引については、もはや全く意味が分からない。

 脳内にちらつくのは、創業以来変わらないリィンヴァース社のスローガン。『誰もが幸福に(オールフォアハピネス)誰もが楽しく(ファンフォアオール)』。その理論の果てに捨てられたくせに、脳裏に強く焼き付いて離れない父の理想の記憶。

 そんな理想を掲げていた父が、わざわざ非合法な取引に手を出す理由が分からない。実の父の考えていることが、何一つ分からなかった。

 

「なんだ、先客がいたのか」

 

 と、突然背後から渋い男性の声。気配が近づいて来るのは気にも留めず、エレナは、

 

「就寝時間はとっくに過ぎてますよ、ブルシーロフ中隊長」

「それは君も同じだろう? ヴェンツェル大隊長。……今回の事件について色々と調べることがあってな。一通りカタがついたから、気晴らしに来たって訳だ」

 

 そう言ってブルシーロフ中隊長は懐から煙草(タバコ)の箱を取り出し、 

 

「……吸ってもいいか?」

「ご自由に」

「じゃ、遠慮なく」

 

 隣で煙草(タバコ)の火が灯り、すぱーっと一服。煙をくゆらせる。

 

「丁度いい。今日分かったことを一足先にお前さんに共有しておく」

 

 その言葉に釣られてちらりと視線をブルシーロフ中隊長へと向ける。夜闇の中なのでよく見えないが、その精悍(せいかん)な顔に少しだけ疲労の色が見えた。

 

「アイザック・リィンヴァースは元妻のリーナ・ヴェンツェルとの離婚後、新たに子持ちの妻と再婚している。相手の名はアリーサ・ヴァシレフスキー。俺と同じロシア系移民で、前の夫との間にレイラという一人娘がいる。……ただ、」

「ただ?」

「この妻子は三年前に共に交通事故で死亡している」

「……それが、今回の事件と何の関連が?」

 

 ブルシーロフ中隊長は再び煙草(タバコ)を吸い、続ける。

 

「この交通事故だが、何故か早々に調査が打ち切りになっていた。また、当時既にそこそこの規模になっていたのにも関わらず、マスコミが報道した記録が一切ない」

 

 “なにそれ怪しすぎない?”――と言い出したくなるのを抑え、エレナは無言で続きを促す。

 

「アリーサの方は特段怪しい情報はなかった。問題は娘のレイラの方だ。レイラ・ヴァシレフスキーは当時九歳、生きていたら丁度君の三歳年下の十二歳になるな。それで、問題なのが彼女の姿容だ」

「容姿が……?」

「レイラ・ヴァシレフスキーは赤髪赤瞳(あかがみせきとう)。……つまり、昨日襲撃してきた謎の少女と特徴が一致する」

 

 思わず生唾を飲み込んでいた。

 “まさかそんなことあるわけないでしょ”――と笑い飛ばしたくなる。が、脳裏に蘇るのは自分と同じぐらい幼い顔をした少女の姿で。エレナは小さく首を横に振り、

 

「……でも、そのレイラって子は既に死亡しているのでしょう?」

()()()はな。だが、死亡した交通事故はろくに調査もされていないし、遺体の司法解剖のされていない。……本当に死んでいるのかどうか、正直確たるものが見つからなかった」

「……まさか、死人が蘇ったとでも言うのですか?」

 

 何とか笑みを浮かべながら訊ねる。ブルシーロフ中隊長は目の笑っていない笑みを浮かべ、静かにそれを告げた。

 

「もしかしたら死を“偽装”して、何らかの施しをしたのかもしれん。いずれにせよ、あの赤い少女は最警戒対象だ。明日の作戦でも気を抜くな」

 

 

 

  †

 

 

 

 翌日の午前九時。〈D.S.E.D.〉 本部ビル最上階の長官室。

 そこに集められたエレナとブルシーロフ中隊長は、ロンメル長官から信じられない通達を受けていた。

 

「捜査許可が、下りなかった……?」

 

 あまりの事態に、エレナは敬語も忘れて思わず声が漏れていた。

 捜査許可の却下。それはつまり、〈D.S.E.D.〉は――それどころか司法省所属の全組織は『リィンヴァース社』に対するあらゆる捜査が許されないということだ。戦闘部隊を用いての武力制圧はもちろん、非暴力的な捜査ですらも許されない。

 これほどの非道と有力な証拠がありながら、調査を行うことすらも認められないなど。どう考えても異常だ。

 

「……どこからの横槍が入ったのですか?」

 

 と、ブルシーロフ中隊長の渋く険しい声。対して、ロンメル長官はいつもの調子と口調で、

 

「ホワイトハウス及び商務省、上下両院の議員連盟が協働して司法省へと圧力をかけてきた。どうやら私達はこの国の地雷を踏んだらしい」

「人身売買がこの国の地雷と?」

「問題はそこではないよ、ブルシーロフ中隊長。私達が踏んだのは新たな法律の制定についてだ」

「法律……ですか?」

 

 と、エレナの疑問の声。ロンメル長官は鷹揚(おうよう)に頷き、

 

「『記憶商品取引法』。それが今回私達が踏んだ法律草案(じらい)の正体だ。どうやらリィンヴァース社は『人間の記憶』を抽出する技術を確立し、それを商業化させることを目論んでいるらしい。同企業の株主達は既にこの法律の制定に多額のロビー活動の献金を投じ、この法律を成立させる構えだ。また、政府の考えとしてはこの法律が制定されれば貧困層の『記憶』をビジネスの商品とすることができ、無産階級たる貧困層の削減にも役立つというものだ」 

「っ……」

 

 絶句するエレナ。その横で、ブルシーロフ中隊長は静かに問う。

 

「……それは結局、『貧困層』が更に資本主義へと呑み込まれ、記憶すらも剥奪されるだけなのでは?」

「そうだろうね」

 

 とロンメル長官は頷き、

 

「だが、この国は自由な市場による自由競争が何よりも至上であり、それを達成するために『小さな政府』を掲げ続けてきた。繰り返された規制緩和の結果激増した貧困層は『努力が足りないだけ』と片付けられ、富める者が更に富めるような社会を築き上げてきた。お陰で、こんな混迷の世界情勢下にあってもアメリカ合衆国(この国)だけは経済成長を続けている。1パーセント以外の人間を根こそぎ食い物にしてね」

 

 あまりのことにエレナは無意識のうちに奥歯を噛み締めていた。“まるで、貧困層には生きる価値がないと、国家の利益(経済成長)の糧となって死ねと言っているようなものだじゃないか”――だが、怒りと哀しみに同時に襲われた結果、言葉は何一つとして口からこぼれでなかった。

 ロンメル長官は手元のタブレットを操作しながら、

 

「だが、そんな社会は必ず破綻する。ましてや、企業と政府が癒着(ゆちゃく)してこんな馬鹿げた商売を推進しようなどというのは決して許されることではない。……そしてそれは、『()()()』も同じ考えだ」

 

 “司法省が?”――という驚きの思考。

 すると、ロンメル長官はタブレットを操作する手を止め、二人の方へと提示する。それをブルシーロフ中隊長と共に覗き込み――瞠目(どうもく)した。

 

「司法省より〈D.S.E.D.〉へ『強行捜査』の密命が出た。ただし、条件が一つある。……『リィンヴァース社』に一人の犠牲者も出さないこと。もしそれが実行できない場合、捜査は続行不可能。また、万が一捜査中に死者が出たのが確認された場合は、〈D.S.E.D.〉が責任を問われることとなる」

 

 いつになく真剣な眼差しで、ロンメル長官は告げる。

 

「作戦は予定より一日遅らせた明日早朝に実施する。リィンヴァース社傘下の民間軍事会社(P M C)が援護に来る前に、捜査を完了させろ」

 

 

 

  †

 

 

 

 〈D.S.E.D.〉本部ビル地下一階――所属隊員の駐車場兼銃火器保管庫の一角。

 急ピッチで進められる作戦準備の喧騒の中で、エレナ達A班はブルシーロフ中隊長から作戦の概要を伝えられていた。

 

「まずグレイフォード隊員(アイリス)は俺たちB班と行動を共にし、リィンヴァース社本社ビル内に存在するとされる『記憶データ』の保管庫を捜索、証拠品を今度こそ確保する。残るC班からE班は一階から順次上階へと侵攻、社内に展開されているであろう防衛線の主力部隊を誘引、拘束する。この三個班が敵部隊を陽動している隙をついてA班の残り二人――ヴェンツェル大隊長と隊員が本社ビル外から〈天使ノ翼(エンジェル・フェザー)〉で一気に駆け上がり、最上階に部屋を構える社長、アイザック・リィンヴァースを逮捕する――というのが今回の作戦の概要だ」

 

 こくりと頷く三人。見渡すブルシーロフ中隊長に対し、エレナは、

 

「作戦内容は承知しましたが……ですが、本当に外から強襲など上手くいくのでしょうか? 相手はあの軍産複合体企業のリィンヴァース社。〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉が使用される可能性は十分にあると思われますが」

「それについては検討したが、下層域での使用に留まるというのが俺と情報捜査課の見解だ。……ヴェンツェル大隊長、『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』については覚えているな?」

「はい。もちろん」

 

 『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』。一昨日の〈白き魂(ホワイト・スピリット)〉拠点の奇襲作戦の際に突如として現れた、赤髪赤瞳(あかがみせきとう)の少女のことを指す秘匿名称(コードネーム)だ。

 ブルシーロフ中隊長は一瞬仲間の方を見やってからすぐにこちらに向き直り、

 

「あの少女は十中八九リィンヴァース社の差し金だ。これは推測だが、リィンヴァース社は今回の事案――『記憶データ』の取引が露見するのを恐れていた。そんな中、司法省に存在する内通者によって、俺たち〈D.S.E.D.〉が〈白き魂(ホワイト・スピリット)〉へと奇襲を仕掛けることを知らされた。その帰結としてリィンヴァース社は今回の取引の証拠になるライアン・スティーヴンスおよび地下の記憶データを消し去ろうと画策し、そのために狙撃班とあの赤髪の少女『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』が動員されたと見ている」 

「……ということは、」

 

 ブルシーロフ中隊長は険しいおもてで頷き、

 

「アイザック・リィンヴァースに至る道のりで、再び『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』が現れる可能性大だ。下層にあの少女を配置したところで〈天使ノ翼(エンジェル・フェザー)〉は真価を発揮できないし、そもそも君たち『魔導士(ウィザード)』はその戦闘能力的に団体戦には向いていない。更に下層で戦闘を行っている最中に上層階へと奇襲される恐れもある。上層階に通常部隊を拘置しておく理由もないから、少なくとも下層に『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』が現れることはない」

 

 それはすなわち下層部では〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉が使用される可能性が高いということ。そして、上層階へ――父へと至る道のりで、あの少女が立ち塞がる可能性が高いということでもある。

 脳裏に過ぎるのは、昨日の夜に聞いた少女の名前――“レイラ・ヴァシレフスキー”。

 三年前に交通事故で死んだはずで、生きていたら十二歳の――それこそあの時見た赤い魔女(レッド・ウィッチ)と同じぐらいの見た目になっていたであろう少女。

 赤髪赤瞳(あかがみせきとう)の、血の繋がっていないもう一人の姉妹。エレナの妹になっていたのかもしれない女の子。

 

 “……まさか、『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』は本当にレイラ・ヴァシレフスキーなのか?”――時が経つに連れて、その疑問はどんどん大きくなってくる。だけど、そんな事情を知らないリゼさん(お姉ちゃん)は何の感傷もなく、

 

「てことは、その『赤い魔女(レッド・ウィッチ)』とは空中戦をやるかもしれないってことだよね?」

「ああ、そうなるな。慣れないかもしれんが、頑張ってくれ」

「しかも殺しちゃいけないんでしょ? 結構無理ゲーじゃない?」

「大丈夫大丈夫、リゼっちとエレナっちならいけるって!」

 

 “なんだその何の確証もない楽観は”――底抜けに明るいアイリスの言葉に呆れると同時に、なんだか先程まで沈み込んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。

 あと、エレナっちじゃなくてヴェンツェル隊長でしょうが。もう聞かないので言うのすらしないけど。

 ……まぁ。どんな事情があるにせよ、戦うことは避けられないのだろうなとエレナは思う。

 

 父は――アイザック・リィンヴァースはほぼ黒確だ。必ず生きて確保し、司法の名のもとに裁かれなければならない存在だ。

 正直、あの圧倒的な力量で殺さずに倒すだなんて芸当は困難極まりないが……。それでも、やらなければならないのだ。この国が三権分立を堅持し、司法が他の権力に屈せず、真っ当な力と過程によって勝利を得るためには。 

 あの少女が何者なのかは、全てが終わってから彼女に直接聞けばいいこと。そのためにも、まずは打ち勝たなけらばならない。

 

 全ての謎は、目の前に立ち塞がる壁を乗り越えれば解けること。

 “絶対に成功させてみせる”――より一層の決意を、エレナは胸に刻んだ。

 

 

 

  †

 

 

 

 リィンヴァース社本社ビル最上階。最高経営責任者(C E O)の席で、()()を鋭く見据えた壮齢の男はタブレットに表示されたデータを見て呟いた。

 

「奴らが動いた。各階層の防衛機構を解放、総員、戦闘態勢へと移行せよ。……聞こえるか、〈突嵐(バルヴィーフ)〉」

『……はい』

 

 返ってくるのは、舌っ足らずで無感情な少女の声音。

 

「〈D.S.E.D.〉がこちらへ強行捜査を行うようだ。お前も防衛態勢に移りたまえ」

『はい』

 

 通信アウト――室内に静寂が戻る。

 壮齢の男は席を立ち、背後のガラスに映る風景を見て呟いた。

 

「……まさか二人揃って来るとはな」

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