国内安全保障執行局〈D.S.E.D.〉〜再会したお姉ちゃんは、私のことを覚えていないようです〜   作:暁天花

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第二章 初陣〜Battle and Wizard〜
第三話 初陣


 午後七時、空が朱色から闇空(やみそら)へと染まる黄昏の時期。

 ロサンゼルス・ダウンタウンにある〈D.S.E.D.〉本部ビルから南東――リンウッドと呼ばれる住宅地区へと車を走らせるさなか。用意を終えたエレナ達A班の面々は、アイリスの運転の下現場へと急行していた。

 

 隣でアイリスが運転するのを横目に見つつ、エレナはミラー越しに後部座席のリゼ(お姉ちゃん)を見つめる。

 銀髪にはカチューシャ型の戦闘支援システムをつけ、服装は先程までとは一転、新品の制服へと着替えてもらっている。両腰のポシェットには拳銃が一丁ずつ収められ、座席の脇には長大な狙撃銃(スナイパーライフル)が置かれていた。

 彼女自身の適正と希望により供与された、今後リゼ・ヴェンツェルの愛銃となる銃器だ。

 

 リィンヴァース社製の脳内埋込み型コンピュータも何故か脳内に埋め込まれていたが、何せ急なものなので〈D.S.E.D.〉側との接続ができていないもので。それゆえに、エレナは彼女に対して口頭での情報共有を行っていた。 

 

「現在私たちが追っているのは、〈狐の剣(エスパーダ・デ・ソラ)〉と自称している違法武装組織よ。彼らの大半はヒスパニック系で、組織名がスペイン語なのもそれが理由。罪状としては違法薬物の売買に、民間では装備が禁止されている銃火器の所持および使用、強盗殺人に住居破壊など、テロ等準備罪も含めて合計二十四の容疑があるわ。また、そのうち十八の罪状については罪が立証済みで、そのために〈D.S.E.D.〉へは摘発、という名の無差別鎮圧命令が出ています」

「無差別鎮圧命令?」

 

 後部座席のリゼが問い返すのに、エレナは、

 

「鎮圧の為ならば容疑者の生死は問わない、といった趣旨の命令です。……とはいえ、全員を殺害してしまったら余罪や資金の隠しどころなどの自白を得られなくなってしまうので、基本的には組織の統率者は逮捕していますが」

「今回の件についても、統率者に関しては逮捕の方針だよ」

 

 と、運転席の黒髪黒瞳(こくとう)の少女――アイリスが軽快な口調で言う。

 “今は私がリゼ隊員(お姉ちゃん)と喋ってるんだから割り込んで来ないでよ”――という心を真っ当な理性で消し去り、エレナは座席裏にあるモニターの画像を切り替える。

 現れるのは、一人の男性の顔写真。真っ青な両眼を大きく開け、白い歯を見せて笑う三十代の男性だ。短い黒髪をオールバックにしているその姿は、テロリストとかと言うよりは大企業に務めるエリートサラリーマンといった雰囲気を感じさせる。

 

「ロベルト・アルバラード。そいつが〈狐の剣(エスパーダ・デ・ソラ)〉の統率者よ。年齢は三十五、近年は目に見えて高価な重武装を購入しているけれど、その資金の出処は不明。違法薬物の売買や銀行強盗だけでは到底払えるような金額でもないから、そのことを吐かせる為にもこいつを殺すわけにはいかないわ」

「じゃあ、こいつ以外はみんなやっちゃっても大丈夫ってことなの?」

「ま、そうなるわね。……仕方ないけれど、彼らを生かしたところでまた同じ過ちを犯すだけだし、それ以外に生きる術がない人たちよ。罪のない人々を守るためにも、ここでやっておくのが誰にとっても最善の道になるわ」

 

 言いつつ、“運命が少し違えば、自分もリゼもあちら側に居たんだろうな”――そういう思いが湧き出ていた。芽生えた哀しみを見て見ぬふりをして、エレナは座席中央に寝かせた軽機関銃に触れる。

 ……私は、たまたま児童局に引き取られて、たまたま()()の才能があっただけに過ぎないのだから。

 一連の会話が終わったとみたアイリスが、ミラー越しに一瞬だけ後部座席のリゼを見つめる。

 

「リゼっちは怖くないの?」

「え? うーん……、」

 

 いやいやいや。さっき初対面したばっかりで“リゼっち”って。いくらなんでも距離の詰め方が早すぎるでしょ。

 思わず半眼になるエレナ。が、後部座席のリゼはとくに何かを思うこともなかったらしく、

 

「別に、かな?」

 

 と、“自分でも不思議なんだけど”とでも言いそうな微笑で返していた。

 

「こういった現場は今までに散々見てきたし、逃げてもきたしね。むしろ、こんなに頼もしい武器と仲間がいるんだから、怖くなる方がおかしいよ」

「あー、リゼっちはスキッド・ロウで暮らしてたんだっけか。そりゃあ、別に何とも思わないよね」

「そうそう。あそこ、銃声がない方が珍しいぐらいの場所だったからさ」

「ひえー、そりゃあ米国一治安が悪い場所なんて言われる訳だ」

 

 早速会話が弾んでいる二人の横で、エレナは“流石、天使の失われた町(Los Angels)だなんて言われるだけはあるな”――とか思っていた。〈Los Angels〉。三〇年代なかばから更に治安が悪化したロサンゼルス(Los Angeles)のスペルを文字った皮肉の言葉だ。

 そんなこんなで荒廃した住宅街を通り抜けてはや数十分――カーナビが目標地点たる偽装集積所への到着を伝えてくるのと同時。

 エレナの通信機に、渋い男性の声が響いた。

 

『来たな。この建物の包囲と周辺住民の退避は既に完了済みだ。いつでも突撃してきていいぞ』

 「了解」と、短く応答して。

 

 エレナは運転席と後部座席の少女たちに告げる。

 

「では、これより〈D.S.E.D.〉A班は〈狐の剣(エスパーダ・デ・ソラ)〉拠点への強襲作戦を開始します。アイリス隊員は、B班のブルシーロフ中隊長と共に武器庫と思われる地点の制圧を。リゼ隊員、」

 

 エレナは冷徹な表情のままに振り向き、

 

「あなたは、私と共に拠点中枢部の制圧およびロベルト・アルバラードの逮捕拘束を行います。……以上、なにか質問は?」

「大丈夫。【魔導】の使い方も、ここに来るまでに読んだから」

 

 真剣な表情で見つめ返してくるリゼ。エレナはこくりと頷き、

 

「全員、行動開始!」

 

 瞬間。三人の少女はそれぞれの手に武器をとり、車から降りると同時に光る天使の翼をはためかせた。

 

 

 

 “〈天使ノ翼(エンジェル・フェザー)〉起動”

 “〈魔導式強化弾(ウィザード・バレット)〉起動”

 

 脳内で【魔導】を詠唱し、リゼの背中に煌めく天使の翼が形成される。車を飛び降りたと同時、戦闘支援システムが前方の集積所から弾丸が迫るのを知らせてくる。

 

「各員散開!」

 

 言いつつ、その場を全速力で左へと退避。頬に弾痕を刻みつつも何とか回避し、集積所の塀へと逃げ込む。同時に侵攻を開始したB班およびD班が発砲箇所を逆算して狙撃による反撃を開始。その隙にアイリスが散弾銃(ショットガン)を両手で構えて集積所へと全力疾走、シャッターが開きつつある左側の建物へと突撃していく。

 その間、リゼは車体を床にして狙撃銃(スナイパーライフル)を構え、B班およびD班と共に敵狙撃手の射殺に加わっていた。

 

 敵の狙撃が収まったのを確認し、エレナはふわりと宙へと浮かぶ。

 脳内コンピュータに建物の構造データを立ち上げ、仮想視界に表示。最上階の一際大きな部屋をロベルト・アルバラードの部屋として――今の状況から逃げるには、裏口を通るしかない。

 

「リゼ隊員! 私たちは裏口に先回りしてロベルト・アルバラードの逮捕拘束を行います!」

『りょ、りょーかい!』

 

 言い捨て、エレナは全速力で建物の裏口へと空を()ける。

 

 “〈魔導ノ盾(ウィザーズ・シールド)〉起動”

 

 その間に脳内で再び【魔導】を詠唱、エレナの四方に半透明に光る〈盾〉が形成される。万が一予期せぬ攻撃を受けた時のための、その保険だ。

 数秒遅れてリゼがついてくるのを確認しつつ、ついに裏口へと到達。右手の軽機関銃を眼下に構え、裏口の扉が開くのを視認して――

 

 

 

 突如、その脇の壁が吹き飛んだ。

 

 

 

「はっ!?」

『えっ!?』

 

 突然のことに呆気にとられるのも束の間、崩れた壁の中から巨大な蜘蛛(クモ)のような兵器が現れるのを二人は見る。

 黒鉄色の巨大な本体を八脚で支え、その上部には重機関銃と思しき銃口が左右に四門ずつ、計八門が見て取れる。操縦席らしき強化ガラスの左右には、更に巨大かつ長大な砲身を二門備えていて。

 そしてその砲口と銃身が、一斉にこちらを向いていた。

 

「散開ッ――!」

 

 二人が弾かれたように左右へと逃げた直後、元いた場所に弾丸が下から雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。銃弾の雨の中、砲弾が途中で弾けて子弾(しだん)をばら撒き、一帯にバチバチと紫電を煌めかせる。

 

 ――〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉。

 周囲に特殊な化合物をばら撒くことで自然への干渉を阻害、【魔導】の発現を困難にさせるシロモノだ。

 

 ……けれど。それは製造過程が極めて複雑なために、軍ですら調達が難航している超高価な弾丸で。

 “……いったい、どうやって調達したんだろう?”――と一瞬の思考。が、今考えることではないと判断し、思考を即座に中断。目の前の巨大な蜘蛛(クモ)へと意識を集中させる。

 戦闘支援システムで目の前の機体のデータを呼び出し、その構造を即座に把握。砲身の狭間にある強化ガラスが、やはり操縦席であることを確認する。

 

 とはいえ、無策に突っ込んだところでこちらは〈天使ノ翼(エンジェル・フェザー)〉以外の魔導が使えないために自身の身体を守る〈盾〉が使えない。おまけに〈魔導式強化弾(ウィザード・バレット)〉も使用できないとなると、エレナの武装ではこの蜘蛛(クモ)に有効打を与えることは不可能だ。いくら撃ったところで、ドアノッカーにしかならない。

 かといって遠距離狙撃するには貫通力が足りないし、そもそも狙撃するように作られてもいないから大前提としての精度が足りない。

 弾幕を掻い潜りつつたどり着いた答え。それは。

 

「リゼ隊員、聞こえますか!?」

『は、はい!』

 

 通信機に応答の声が返る。即座に位置情報を特定し、彼女が集積所の屋上へと移動していたことを知る。

 ……その位置なら、いける!

 

「現在、敵機体の周囲は〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉の影響下にあり、あらゆる魔導の効果が大幅に減衰される状況です。よって、私の所持する軽機関銃ではこの機体を撃破することができません」

 

 “初陣からこんな情けない姿を見せちゃうなんてイヤだな”――という感情を頭の隅に押しやり、エレナは告げる。

 

「リゼ隊員はそこで潜伏を続け、弾丸に最大限の〈魔導式強化弾(ウィザード・バレット)〉を付与して待機。適切なタイミングで敵操縦席へと狙撃を実行してください」

『て、適切なタイミング?』

「私が機体周辺で撹乱攻撃を行い、隙を作り出します。合図は送りますので、その瞬間に射撃できるように体勢を整えておいてください」

『りょ、りょーかい!』

 

 “できるか分からないけどやってみる”――というような雰囲気を感じつつも通信アウト。

 ……スキッド・ロウという極悪の環境で生き延びてきたのだ、そのぐらいはできるに決まっている。そう確信しつつ、エレナは眼下で銃口を向けてくる巨体蜘蛛(グモ)を見つめる。

 戦闘支援システムによる検索の結果、ヒットしたのはリィンヴァース社製の試作兵器〈殺人蜘蛛(キラースパイダー)〉。だが、なぜそんなものがこんな泡沫武装組織の手にあるのかが分からない。

 

 謎の資金源に入手経路不明の謎の兵器。あまりにも分からないことが多すぎるが、ともかく今はこの蜘蛛(クモ)の対処を優先しなければ。そう思い直してエレナは右手の軽機関銃を構える。

 照準を終えた巨大蜘蛛(グモ)が射撃を開始し、それを予期していたエレナは最大加速でその場を退避する。背後でコンクリートとガラスが砕け散り、闇空(やみぞら)にパラパラと煌めく雨が降り注ぐ。決して市街地へと被害が及ばないように巧みに移動経路を選びながら、眼下の黒鉄へと軽機関銃の弾丸を撃ち穿(うが)つ。

 

 掃射(ダダダ)掃射(ダダダ)掃射(ダダダ)

 空を縦横無尽に駆けながら、小刻みに軽機関銃の弾丸を叩き込む。が、それらは貫通力・威力共に不足しているために装甲を僅かに凹ませることしかできない。

 操縦席であろう強化ガラスの突起も、この機銃と弾丸では貫通するには至らない。

 全て、予期していたこと。けれど、ここまで無力では流石に情けなくなってくる。

 “せっかくお姉ちゃんが見てるのに、こんなカッコ悪いところを見せる羽目になるなんて!”――という一瞬の思考。それを理性で振り払い、エレナは最後の掃射を敢行する。

 

 ダダダ、という銃声と共に通常の弾丸が放たれ、巨大蜘蛛(グモ)の背面上部へと降り注ぐ。その全ての弾丸がカンッ、という軽い音を立てて弾け飛び、周囲の塀や建物の壁へと弾痕を形成。どうやら背部はより装甲が硬かったらしく、今度は凹みすらつかなかった。

 くるりと、悠然とすら思えるような動きで巨大蜘蛛(グモ)――〈殺人蜘蛛(キラースパイダー)〉がエレナの方へと向き直る。

 そして。その行動でエレナは確信する。

 

 ――“今、こいつは全感覚を私に差し向けている”と。

 

 瞬間、エレナは通信機に叫んでいた。

 

「リゼ隊員!」

『ッ――!』

 

 返答もなく、集積所の屋上から一条の()()の弾丸が飛来。それは徐々に色を失いつつも強化ガラスへと迫り――

 色がなくなるのと同時に、強化ガラスの突起を撃ち貫いていた。

 くもった強化ガラスに赤色が飛び散り、巨大蜘蛛(グモ)が動作を停止。ガシャン、という重低音を周囲に響かせて地面に(くずお)れる。

 

 同時に、〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉の効果が消失。天使の光翼(こうよく)が本来の輝きと機能を取り戻し、〈魔導式強化弾(ウィザード・バレット)〉が正常に機能を開始したことを示すメッセージが脳内に流れてきた。

 ふぅと一息つく暇もなく、通信機に渋い男性の声。

 

『こちらB班、敵の武器貯蔵庫を制圧した。どうやら俺たちを迎え撃つ算段だったらしい、〈対魔導領域散布弾(アンチ・ウィザード・バレット)〉や携帯式対空ミサイル(スティンガー)など、多数の違法武器が確認できた』

『こちらアイリス! 敵の首領を逮捕したよー!』

 

 と、場違いに陽気な声と共に裏口のドアが開かれる。現れたのは、ぐったりとした成人男性を肩に抱える黒髪黒瞳(こくとう)の少女――アイリスだ。

 

「……ちゃんと生きてますよね?」

『大丈夫大丈夫! 銃床(じゅうしょう)で腹と頭殴っただけだから! 死にはしないよ!』

「そ、そうですか……」

 

 “いや、頭は当たり所が悪かったら目覚めない可能性があるんだけど”――というのは黙っておいた。言ったところで後の祭りでしかない。

 弛緩した空気の中、エレナは屋上でぼうっと立っているリゼ隊員(お姉ちゃん)へと近づく。

 

「どう、でした?」

「へ?」

「初陣にして重要な役目を負い、それを無事遂行できた気分は?」

「うーん……」

 

 リゼはしばし考え込むような仕草をみせ、それからにやっと笑って肩を竦めて、

 

「よくわかんないな。ただ、自分がちゃんとしないとエレナちゃんが死ぬかもって考えたら、自然とできてたから」

 

 “なにそれお姉ちゃんかっこいい!”――と幼い自分が言い出すのを理性で黙らせて、エレナはこほんと咳を一つ。

 

「……ヴェンツェル隊長、ですよ」 

「あ、あぁ、ごめんごめん。同じ苗字だからつい、名前の方で呼んじゃった。……お疲れ様、ヴェンツェル隊長」

「ええ。リゼ隊員もお疲れ様です」

 

 二人が互いを労り合う下で、武器貯蔵庫から向かってきたブルシーロフ中隊長がアイリスと話しているのが見える。恐らく、容疑者の輸送に関する話だろう。基本的に逮捕した人員はB班によって本部ビルへと送られるから。

 

「では、私たちも本部に戻りましょうか」

 

 そう言うと、眼下からアイリスが屋上まで飛んできた。改めて三人で健闘を称え合い、エレナはブルシーロフ中隊長へと通信を開いて、

 

「ここの調査はいつも通り連邦調査局(FBI)に移管します。ブルシーロフ中隊長はロベルト・アルバラード氏を移送、その他の班員は現場に残り、FBIが到着するまで封鎖を続行してください」

 

 帰ってくるのは人数分の『了解』の言葉。それを聞き届けてから通信を切り、アイリスとリゼに目を向け、

 

「これにて作戦終了。A班は本部へと帰還します」

 

 

 

 直後、三人の天使はダウンタウンへと向けて夜空を()けていった。

 天使の失われた街(Los Angles)、ロサンゼルス。今夜も居ないはずの天使が、夜空に煌めいていた。

 

 

 

  †

 

 〈D.S.E.D.〉本部ビル八階――女子隊員寮。

 それぞれ一人に割り当てられてはいるものの、肝心の女子隊員がほとんど居ないせいでがら空きの部屋たちの一室――エレナの部屋。

 黒で統一された必要最低限の家具と、ぎっしり本の詰まった本棚、ベッドに置かれたトビウオのぬいぐるみ。それ以外のモノが一切ない部屋の中で、夕食とお風呂を終えたパジャマ姿――といってもエレナとリゼ隊員(お姉ちゃん)()()()()支給ジャージ姿だが――の三人は、リゼ隊員の寝床について話し合っていた。

 というのも、リゼ隊員(お姉ちゃん)は今日入隊したばかりなので、自分の部屋というものがないのだ。いやまぁ、作ろうと思えば捻出はできるのだろうが、そこには最低限の家具しかないわけで。新入りにそこで一人で寝ろというのは酷だろうというのがアイリスの主張だった。

 

「――ていう訳で、こういうのは隊長がやるべきだと思うんだよね。……リゼっちもそう思うよね?」

「さ、さぁ……?」

 

 戸惑うリゼ隊員(お姉ちゃん)。“貴女の部屋がとっ散らかってて人入れたくないだけでしょ”――と言いたいのを大人な対応で抑え、エレナははぁと一息。

 

「私は別に構いませんが。リゼ隊員はどうです? 私の部屋でも構いませんか?」

 

 ちらりと視線をよこすと、リゼ隊員(お姉ちゃん)はちょっぴり苦笑したような笑みをこぼして、

 

「エレナちゃんがいいなら、ボクもそれでいいよ」

「よし。なら、決まりだ!」

 

 露骨にほっとするアイリス。エレナは平静を装いつつも、“お姉ちゃんと一緒だやったー!”――と、幼い心が叫び出しているのを感じていた。

 時計を見たアイリスが消灯時間の『十一時』に近づいていることを告げ、さっと立ち上ってドアへと歩み寄り、

 

「じゃ、二人ともおやすみ!」

 

 そう言ってドアを開けると、すたすたと足早に自分の部屋へと戻って行った。

 “相変わらず嵐みたいなやつだなぁ”――と思いつつも、リゼ隊員(お姉ちゃん)の前ではかっこよくいたいので言葉には出さず。アイリスを見送った後で、二人は顔を合わせて、

 

「……嵐みたいな人だね」

「でしょう?」 

 

 肩を竦めて、笑い合うのだった。

 

 

 

 議論の結果、エレナのベッドで二人並んで寝ることになり、消灯時間の十一時が過ぎて――翌日の午前一時。

 隣ですぅすぅと寝息を立てるリゼ隊員(お姉ちゃん)の寝顔を見ながら、エレナは一人思い耽る。

 私との記憶を全て失ってしまったお姉ちゃん。これから私は、どうやって接していけばいいのだろうか。

 ……もう、昔のようにお姉ちゃんとは呼べない。血の繋がりもない私たちには、記憶以外に姉妹だと証明する術がないから。

 寝返りをうって、エレナはリゼ隊員(お姉ちゃん)に背を向ける。

 ……もし、お姉ちゃんの記憶が戻らなくても。

 私は、リゼ隊員(お姉ちゃん)を守り続ける。そう心に誓った。

 

 

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