国内安全保障執行局〈D.S.E.D.〉〜再会したお姉ちゃんは、私のことを覚えていないようです〜 作:暁天花
〈D.S.E.D.〉本部ビル四階。食堂。
会議が終わったのち、エレナは昼食――というか十五時なのでもはやおやつの時間になってしまっている遅い遅い昼食を、軽食を食べに来ていた少女二人と席を寄せ集めて食べていた。
「……というわけで、今日から一週間、私たちは休暇だそうよ」
と、ミートソースパスタを口に放り込みながら制服姿のエレナが言う。
その対面に座るのが黒髪
瞳と同じ漆黒のコーヒーを飲み下して、アイリス。
「結構久しぶりだねー。丁度三ヶ月ぶりぐらいじゃない?」
「え、そんなに休みないの?」
と、こちらは砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいた
「うーん……、ちょっと説明が難しいんだけどね」
ドーナツを食べる手を止め、アイリスは
「あたしら〈D.S.E.D.〉は、基本的にいつ出動できるのかの予測がつかないのは分かるよね?」
「まぁ。それは」
「んで、エレナっち指揮下の私たちA班は、特に戦闘能力が高い部隊として配置されてるわけ。ということは、もし私たちが休暇中に大きな事件が起きたら、初動が遅れるのは分かるかな?」
「うん。それも分かる。……あ、てことは」
「そゆこと。そっから先は難しいからエレナっちに説明任せるね」
「
突然、ウインクと共に言葉のボールがフルスイングで飛んできた。
“誰がエレナっちだヴェンツェル隊長でしょうが”――と言い出したいが、それはみっともないしお姉ちゃんの目の前なので叫びを自制。食べかけのパスタを飲み下してから、言葉のボールをきちんと受け取る。
「既に気づいている通り、私たちが休暇に入ることはそのままイコールとして〈D.S.E.D.〉の大幅な戦力低下に直結します。なので、基本的に私たちには名前の通りの正式な『休暇』は与えられず、『準待機』と呼ばれる、即応態勢を維持したままの状態が『休暇』として扱われている訳です」
「……なのに、今日長官に言われたのは、本当の意味でのほうの『休暇』で、だからそんなに驚いてたのか」
「そゆこと。……リゼっち、どっか行きたいとことかってある?」
コーヒーとドーナツを交互に飲み下しながらアイリスが横目に問う。
“なーにがリゼっちだ。私のお姉ちゃんに馴れ馴れしいしいぞアイリスのやつ”――と淡々とパスタを食べつつ思念を送り、エレナは今後の予定を考える。
――〈
……いや。現状は情報が少なすぎて単独での捜査は無理な上に、あのブルシーロフ中隊長に見つかりかねない。私が仕事絡みのことをやってると知ったら最後、ブルシーロフ中隊長による
なので、これはなし。
――では、お姉ちゃんと何か話して過ごすのは?
……いやいやいや。そんなのできるわけないでしょうが。何話せばいいのか分かんないし、そもそもお姉ちゃんは私に関する記憶が全て欠落しているのだ。変に喋りまくってボロが出るのは互いの精神衛生上よくない。というか。そもそも一週間それでもつわけないでしょうが、私。
よって、これも却下。
その他いくつか思案してみるが、どれも『一週間』という超長時間の
そうこうしてるうちに“……まぁ、射撃訓練場で過ごせばいいか”などとか考えていると、
「そういやリゼっち、私服って持ってるの?」
「一応、今まで着てた服なら」
「他にはない感じ?」
「うん」と頷く
“まぁ、確かについ最近までホームレス状態だったんだしそりゃそうか”――などと脳内で呟きつつ、エレナは昼食を続行。二人が話す傍らで淡々とパスタを平らげる。
「じゃ、せっかくだし一緒に服買いに行こうよ! 丁度あたしも新しい服買いに行こうとしてたところだしさ」
と、アイリス。
「そういうことなら、お願いするよ」
「よし。そうと決まればすぐに用意しなきゃね。そうだね……服はあたしの貸したげるよ」
「いいの?」
「もちろん」
アイリスはウインクを返し、
「リゼっちは素材いいんだから、ちょっとおめかしすればもう最強よ!」
そんな感じでテンション高めのアイリスを傍目にエレナは口元を拭い、席を立つ。食べ終わった食器を返し口に置いて、そのまま食堂の出口に向かいつつ、
「では、私はこれで。お二人とも楽しんできてくださ――」
「何言ってるの? エレナっち」
至極当然のことだとでも言うような表情で言葉を遮られた。
「……え?」
立ち止まって振り返り、なにごとかと首を傾げるエレナ。
と、不意にアイリスは立ち上がってこちらに近寄ると、エレナの右腕を掴んで、
「エレナっちも一緒に行くんだよ? ほら、早く着替えに行くよ」
そう言うとそのままの態勢で彼女はエレナの乗ろうとしていたエレベーター――下りのエレベーターの先にある上りのエレベーターへと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと……!?」
ちらりと向いた先では、
“一緒に行くもなにも、わたし私服ひとつも持ってないんだけど――!?”と叫びが喉から出かけた――その時。
隣のエレベーターからチン、という音ののち、ドアが開いた。
「お、丁度いいところにいたな、リゼ・ヴェンツェル隊員」
という渋い男性の声と共に、制服姿の見慣れた男性が進み出てくる。すっきりとした彫りの深い顔立ちに、短く刈り上げられた金髪。微笑に細められた
「え、えっと……。どなたでしたっけ?」
困惑の表情で答える
「そういやちゃんとした自己紹介はまだだったな。俺はパーヴェル・コンスタンチノーヴィチ・ブルシーロフ。B班以降の戦闘部隊と、情報捜査課の一部の指揮を兼任している」
「あ、ブルシーロフ中隊長さんか。こんにちは!」
「元気がよくて何よりだ。その暴れ様から察するに、これからどこか出かける用事かな?」
「そうです! リゼっちと一緒にエレナっちを
「何とも年頃のお嬢さんたちにはピッタリの用事だな。では、その邪魔にもならないよう、大人はさっさと用事を済まして帰るよ」
「用事、ですか?」
と、
「君に再確認したいことがあってな。……リゼ隊員、君が〈
真剣な空気を感じ取った
「はい。ボクが見たのは、確かに
――つまり。
……やはり、まだ私たちの知りえない『何か』がある。今の再確認で、エレナとブルシーロフは確信していた。
「ありがとう。助かった」
そう言って彼は元いたエレベータへと戻っていく。その扉が閉まるのを手で制し、彼はその
「久々の休暇、うんと楽しんで来るといい。邪魔したな」
扉が閉まると同時に、上がりのエレベータが到着する。エレナ以外の二人は頭上に『?』を浮かべながら、エレベータへと乗り移っていた。
†
〈D.S.E.D〉本部ビルの最上階――長官室。青い空とビルの摩天楼が織り成す、平和で資本主義的な光景を、〈D.S.E.D〉の制服を完璧に着こなした男が、部屋の奥にあるガラス張りの壁越しに見つめている。
「良かったのですか? ロンメル長官」
「よかった、とは?」
背後から訊ねて来る秘書の青年に、ロンメルは振り返りもせず問い返す。
「A班は、〈D.S.E.D〉の唯一の魔導部隊であり、我らの戦力の中核を担う存在です。そんな彼女らに、完全な休暇を与えてよかったのかと思いまして」
「良いに決まっているから、私は彼女に休暇を与えたのだよ。シノノメくん」
と、ロンメルは微笑をつくって振り返る。
「いくら彼女らが私達の重要な戦力だとしても、その前に彼女らは一人の『子ども』だ。本来、彼女らは私達大人によって庇護されるべきで、本当は治安維持に命を賭けるべき存在でもないんだ」
「ですが。彼女らにはこれ以外にまともに生きる術はありません」
「ああ、そうだ。今のアメリカに貧困児童の居場所はない。あるのは企業の奴隷としての居場所だけだ。……だが。それでも、彼女らは庇護されるべき対象なんだよ」
「……だから、せめて休暇ぐらいは、と?」
秘書の言葉にロンメルは静かに頷き、自嘲するような微笑を浮かべた。
「まぁ、偽善ってやつだよ。シノノメくん」
†
アイリスの部屋で彼女の私服を押し付けられ、渋々それを着て地下鉄の
地球温暖化による異常気象の中、三人は予め用意されていたアイリスの日傘をさして目的地へと進む。
無人の改札を抜け、そのまま南下。海が見えてきたところで右折すると、視界に飛び込んで来たのは最近できた大きな商業施設だ。
『
日傘を閉じて屋内に入り、身体を包む冷気に三人は、
「す、涼しい……」「すずしー」「あっつい……」
口々に呟きながら、騒々しい店内をエレナは見渡す。
入口を中央としたモール内は三階までの吹き抜けで、一階は飲食店に食料品、二階は文房具や書籍類。三階に目的地である衣服店が左右に立ち並んでいた。
涼しいというか汗が引いてきて寒くなってきた感もある中、既に元気を取り戻したアイリスは、
「よし! じゃあ、まずは三階から順に回ってこうか!」
「じゅ、順に……?」
「うん。そうだよ? せっかくこんな所に来たんだから、全部回って遊び尽くさないと損じゃん」
「そういうものなの……?」
どうもそういったことには疎いエレナは首を傾げるしかない。ちらりと隣を見やると、
「そうと決まれば早速出発! みんな行くよ!」
テンション高めのアイリスに連れられて、ヴェンツェル姉妹は困惑しつつも彼女の後を追うのだった。
それからはもう、ヴェンツェル姉妹はそれはもう盛大にアイリスの着せ替え人形にさせられた。
三階に着いてからというもの、一つのお店に入っては彼女の選んだ服をものすごい勢いとテンションで押し付けられ、そのまま試着室へと連行されて着させられる羽目になった。何着もコーデを試した挙句購入することはないままにそのお店を出たと思ったら、すぐ隣のお店に連行され、ものすごい勢いとテンションでまた別のコーデと服を押し付けられて試着室へと突っ込まれる。
結局、三人は三階にある全てのアパレルショップを回り、試着し尽くした。
その結果、購入に至ったのはわずか数点。エレナと
“どう考えてもメイド服はアイリスの趣味でしかないだろう”――と思いつつ、そんなことを口にする気力すらなくなったエレナと
「いやー! 今日はすっごい楽しかったね!」
フードコートで買った夕食のファストフードを頬張りながら、アイリスが心底満足したといった表情と声音で言う。
そんな彼女とは対照的に、エレナと
「そ、そうだね……」
「どこからその元気は湧いて来るんですか……」
服のお金自体はアイリスの自費だから、二人に経済的な打撃はないに等しい。が、その代わりに一人の人間として大事なところをものすごい勢いで削られたような気がする。
「まさか、こんなに着せ替え人形になるとは思ってなかったよ……」
と、
“そうだそうだもっと言ってやれお姉ちゃん!”――という心の叫びとは裏腹に、エレナはどっと押し寄せる疲れで何も言うことができない。こんなに疲れたのは本当に久々だった。
そんな二人を傍目に、セットのポテトを平らげたアイリスは、
「そりゃああたしもこうなるとは思ってなかったよ? けどさ、二人が悪いんだよ?」
「え?」
「は?」
「二人が何着ても似合うのが悪いよ。今日選んだ二着だって、すっごい悩んだんだからね? 他のやつの方がもっとかわいいんじゃないかって」
「……あの服も?」
と、エレナがじとっとした目でメイド服の入った紙袋を見やる。
「あ、それは普通にあたしの好み。今度の休みはそれ着てあたしにコーヒー
「頼むから黙っててください」
“なんでこんなふざけたことを大真面目な顔で言えるんだろう”――そんなことを思いつつ、エレナはげんなりする。
気力を振り絞って
これだけ振り回されたあとだと、このしなしななポテトの塩気がやたらと身に染みる。
次こいつに誘われても絶対に行かないでおこう。行儀悪いこと極まりない体勢でポテトをかじっていた――その時。
二階の一角で、どぉんという爆音と共に赤い炎が巻き起こった。
突然火災報知器が鳴り響き、『テロ発生』を示すアラートがモール内に響き渡る。それを聞いた客たちが騒然となり、爆炎がした方向から悲鳴のような声が上がるのを三人は聞く。
「……強盗かな?」
「恐らく」
セットのジュースを飲みながら立ち上がるアイリスと、既に立ち上がっていたエレナが懐の拳銃を手に取る。
少し遅れて
「行くの?」
「もちろん。今、即応できるのは私たちだけなので」
とっくにいつもの任務モードに切り替えていたエレナが即答する。
とはいえ、今は三人ともいつもの銃器をもっていないし、カチューシャ型の戦闘支援装置も装着していないから【魔導】もほとんど使えない。つまり。今の三人は、拳銃以外に使える武器はない。
……だが。今、自分たちが動かねば要らぬ犠牲や怪我を生んでしまう恐れがある。治安維持組織の一員として、それを見て見ぬふりなどは決してできない。
「ま、あたし達なら
と、アイリスの軽い言葉。しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の目は全くもって笑っていない。真剣さに欠けるようでいて、その実隊の誰よりも真剣な、いつもの任務モード。
二人のあとから横に並んできた
「……ボクも、できることはやってみるよ」