国内安全保障執行局〈D.S.E.D.〉〜再会したお姉ちゃんは、私のことを覚えていないようです〜 作:暁天花
『ニュー・ザ・グローブ』二階にある宝石店『
「
「すっ、すみません……」
銃口の先には、恐怖に涙を流し続ける少女と、その子を抱き抱える母親の姿がある。他の客はなんとか逃げ延びたらしく、彼女らの他には宝石店の店員が二名、それぞれ別の覆面マスクに銃を突き付けられているのが見えた。
人気のない二階の階段の近く、壁に隠れながらその様子を捉え、エレナはしばし逡巡。
「……私たちの存在はまだ気づかれていないようなので、作戦は先程伝えた通りに。こちらからの突撃はアイリスとリゼ隊員が行い、私が反対側から同時に突撃を敢行。あの覆面マスクの集団を奇襲、挟撃します。……なにか質問は?」
「はーい」
と、拳銃を両手で構えながらの
「人質の人たちを助けるのは大前提として、あのマスクたちはどうするの?
「そうですね……」
「それはやめた方がいいんじゃない?」
今度はアイリスの囁き声。
「あたしたちや大人はともかく、あそこにはまだちっちゃい子も取り残されてる。変に殺してトラウマを与えるのはよくないよ」
“確かに”――とエレナは心の中で相づちを打つ。自分たちは慣れているものの、普通の子どもにとって間近で人が死ぬ様子を目撃するというのはかなりの心理的負担になる。
さすが、〈D.S.E.D.〉設立前は
「……では、原則として射殺は禁止。挟撃ののち、五名全員の戦闘能力を奪い無力化、拘束してここの警備員に引き渡すのを目標とします。……それでいいですか?」
「うん。それでいいと思う」「異論はないよ」
二人の応答。エレナはさっと立ち上がると、その足で三階へと向かう。気づかれないように足音を殺して声を抑えつつ、脳内コンピュータを介して通信を発する。
「私が配置につき次第、号令を出します。それまではその場で待機。覆面たちの動向を監視してください」
エレナ
覆面マスクたちの手は五人全員が小刻みに震えており、リゼはそれが現在アメリカで絶賛大流行中の違法薬物――『フェンタニル』の禁断症状なのだと直感で理解していた。
貧困に喘ぎ、その辛さから逃げ出すために違法薬物に手を出し、そして今度はそれの購入資金と離脱症状に苦しめられる。普通に生きていても、そこから逃れようとしても永遠に辛さから逃れられない。さながら八方塞がりの未来。
……自分も、一歩間違えればあちら側にいたのかもしれないなと思う。この国の国民なら誰もが陥りうる、貧困の成れの果てに。
いや、今記憶がないだけで、過去には自分も同じような状態に陥りかけていたのかもしれないけれど。
けれど、今の自分は幸運にも〈D.S.E.D.〉という組織に――エレナちゃんに拾って貰えた。それに応えうる才能があったから、彼らのようにはならずにすんだ。
……全て、幸運に幸運が重なっただけのこと。決して自分の力でなった訳じゃない。
「ねー、リゼっち」
と、思考の外からアイリスちゃんの声。
「どうしたの? アイリスちゃん」
「リゼっちの姓って『ヴェンツェル』じゃん? んで、エレナっちの姓も『ヴェンツェル』なわけよ。……だから、もしかしたら何か関係あったりするのかなって」
“あー、確かに、そんなことも考えるよなー”――と思いつつも、リゼは観察の目を緩めることなく苦笑いをこぼす。
「まさか。ないと思うよ」
いやまぁ、記憶がないから断定はできないけれど。とはいえ、そんな何かの物語みたいなこと、現実にあるわけがない。
――と。そんなことをひそひそ言い合っていた、その時。
「……あっ!」「あいつら何を……!?」
目にした動向に、二人は同時に呟いていた。
視線の先、宝石店の中。店員に銃を突き付けていた三人の覆面マスクの一人が、痺れを切らしたかのように天井に銃弾を放っていた。
それに呼応して怒りを爆発させているらしい二人が、それぞれに店員の周囲に銃弾をばらまいていく。
「こ、こんなの待ってらんないよ……!」
己の中の焦燥と正義感が燃え上がり、無意識のうちに手に持つ拳銃が覆面マスクの一人に照準が向く。
「ま、待ってリゼっち! 今動いたら、それこそ人質が殺されかねないよ!」
「そ、それは……そうかもだけど!」
あくまで冷静に状況を見定めるアイリス。が、リゼにはそれが座して人が死ぬのを待つようにしか思えなくて。どうしたらいいのか分からないと歯噛みした――その時。
『こちらエレナ・ヴェンツェル。配置につきました』
脳内コンピュータを介した通信が、二人の脳に響き渡った。
『これより鎮圧作戦を開始します。
エレナが告げた瞬間、対角線上の二階に位置していた二人が速攻で飛び出してくるのが見える。それに気づいた覆面マスクたちが銃口を彼女らに向けたところで、エレナが三階から降下。敵陣のまっただ中に着陸し、店員に銃口を向けていた二人の右腕――銃を持つ手を正確に撃ち貫いた。
銃を取り落としながら振り返る二人に、更なる銃撃。今度は左手を正確に狙撃し、銃での戦闘能力を奪い去る。
突然背後に現れた敵に、少し遅れて三人の覆面マスクたちが気づく。うち二人はアイリスと
「こ、こいつがどうなってもいいのか!」
“いやいやどんだけチープな展開してるんだ”――と内心呆れつつも、エレナは手に持つ拳銃を床に置いて相手側に滑らせ、両手を上げる。
エレナの背後では、無事に覆面マスク二人を打ち倒した仲間たちがその場で立ち止まる。
「エレナっち!?」「エレナちゃん!?」
『黙ってそこで待ってて』――と脳内コンピュータを介した無線通信。
「へっ……。撃てねぇよなぁ!」
と、全身で恐怖と焦りを表現しながら最後の覆面マスクが崩れた笑みを浮かべる。
片腕で小さな少女を締め上げ、もう片方で銃を突き付けながら、その男は宝石店の中へと入る。床には放り投げられた宝石の入った袋と、両腕を撃たれて身動きが取れない覆面マスクの二人。
「お、お前……!?」
「一人で逃げようってのか!?」
両手から血を流す二人の糾弾。が、唯一無傷の覆面マスクは、少女を片手に宝石の入った袋へとにじり寄る。
「これを売っぱらえばお前らの保釈金だって出せるはずだ! だから、今は大人しく捕まってろ!」
そういって片膝をつき、少女を締め上げた手を緩め、視界と意識が宝石の袋に集中した――その時。
エレナは全速力で走り出していた。
一歩目で脳内に【魔導】を起動。戦闘支援システムを介さないためにろくな出力は出ないものの、使い道はある。
二歩目で【魔導】の詠唱を開始。
“光よ、我の手に宿り給え”――起動成功。
エレナの右手に、球形の光が形成される。それを
三歩目。生まれた隙に男の右手から銃をひったくり、左腕の肘に一発弾丸を見舞う。力が弱まったところで幼い少女を抱き抱えてその場を即座に離脱。店の外で見守っていた二人の元へ悠然と歩み寄る。彼女らの傍らには、二人の店員と少女の母親が居た。
行動開始から、一分。人質は全員が無事、覆面マスクの男たちは全員が生存も四人が両手を負傷し戦闘不能。残る一人もじかに光の魔術――〈
つまり。これにて鎮圧完了となる。
ふぅと内心で一息ついて、エレナは告げる。
「これにて作戦終了。あとは警備員が来るまで待機します」
言ったあとでお姫様抱っこしていた少女を下ろし、背中を押して母親のところへと向かわせてやる。
「ユイ!」
「おかーさん!」
お互い涙目で叫びながら抱き合う姿を、三人の少女は安堵の表情で見つめる。もし、覆面マスクたちを殺しでもしていたら、こんな感動の抱擁は見られなかっただろう。
「じゃ、あたしはあいつらの拘束と傷の手当てをしてくるよ。……キミ、なにか縛るものと手当箱とかってある?」
「あ、あります!」
「よし。じゃあ、それ持ってきて。作業はあたしがやるから」
「は、はい!」
と、アイリスが店員二名を連れて店の中へと戻っていく。その視線の延長線上で覆面マスクたちの様子を伺うも、その場でじっとしているだけだった。もはや、勝つのも逃げるのも無理だと悟ったらしい。
“懸命な判断だ”――と思いつつ、そんなことはおくびにも出さずに監視を継続。隣に
「ねぇ、エレナちゃん」
「ヴェンツェル“隊長”です」
「エレナちゃん、ボクのことずっとリゼ“隊員”呼びだけど、それ、どうにかならない?」
“どいつもこいつもなんで隊長呼びしてくれないんだ?”――そんなことをエレナは心の中で愚痴る。とはいえそれ以外の呼び方は容認したくないので、粘り強く断固拒否の構え。
「ヴェンツェル隊長です。……なんというか、どう呼べばいいのか分からなくて。苗字で呼称してしまうと私と被りますし、かといって年上の人に呼び捨てなのもどうなのかなと」
ほとんど即興で考えた嘘を、さも今まで思っていたことのようにエレナは口にする。
本当は、“お姉ちゃん”と呼びたいのだと――けれどその呼び方が許されなくて、距離感を測りかねているだけなのに。
そんな葛藤など知る由もない
「そんなことで悩んでたの? もー、エレナちゃんは変なところ真面目だなー」
「真面目なのはいいことでしょう」
「ま、そうだけどさ? でも、やっばりボク一人だけ『隊員』呼びなのは、ちょっと傷つくなー」
“え、そうだったの!?”――幼い心が驚愕と絶望を同時に受け止める。まさか、傷ついているだなんて思いもしなかった。
自分の
「……では、どう呼べばよろしいですかね?」
「うーん……」
と、エレナより一回り小さな姉は腕を組んで逡巡し、
「ま、普通にリゼって呼び捨てでいいよ。どうせそんなに歳離れてるわけでもないんだし」
にっと笑って、そう宣言していた。
「では、リゼ……さん」
「あ、やっぱり呼び捨ては難しかったか」
「まぁそこは仕方ないかー」と肩を竦めるリゼ隊員――もといリゼ
“これでも私としては最大限の譲歩なんだけどな“――と複雑な心境で思いつつ、曖昧に笑みを作っていると、
「おねーちゃん」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには先程二人が救出した母親と、自分が助け出した少女が揃ってこちらを見つめていた。
「どうしましたか? ……あ、もしかしてなにか怪我でも――」
「おねーちゃん、ありがと!」
幼い少女は、涙の乾いていない笑みで告げてきた。
「……え?」
とっさのことで硬直するエレナ。そんな自分の隣で、次は自分の番だと母親が
「……あ、えと。どういたしまして……?」
ようやっと捻り出した言葉は、〈D.S.E.D.〉の戦闘部隊大隊長とは思えぬカッコよくもなければ気が利いてもいない、とても普通で情けない言葉だった。
自分で自分が嫌になるエレナの視界の端に、ふと、紺色の服装が入り込んでくる。目を向けると、そこには遅れて到着した警備員たちが目を丸くして立っていた。
そんな彼らにエレナは近寄り、
「強盗犯グループの制圧は私たち〈D.S.E.D.〉が既に完了いたしました。あとはあなた達に引き継ぎます」
「……君たちに要請を送った覚えはないが?」
と、警備員の隊長が鋭い眼差しで見つめてくる。
まるで、“お前らの出る幕ではない”――といったような。
「たまたまこの施設に居合わせたもので。同じ治安維持組織の一員として、見て見ぬふりはできませんでした。なにとぞご容赦ください」
ぺこりと頭を下げ、エレナはくるりと振り返る。ちょうどいいタイミングで、犯人たちの手当てを終えたアイリスが帰ってきていた。
「では、私たちはこれにて失礼します」
そう言って脳内コンピュータを介した通信。
『ほら、二人も帰りますよ』
『りょーかーい』『う、うん』
と、アイリスと
「……ありがとう。助かった」
なんとも複雑そうな声音で、警備員の隊長が告げていた。
エレナは一瞬だけ立ち止まり、けれども振り返りもせずに、
「いえ、これが私たちの仕事ですので。お気にならさず」
言い捨て、三人は足早に『ニュー・ザ・グローブ』をあとにした。
空はいつの間にか真っ赤な夕焼け色に染まっていた。
†
〈D.S.E.D.〉本部ビル地下二階、情報捜査課の捜査室の一室。
〈
目に過度な負担のかからない、少し薄暗い部屋の中で、すっきりした金髪の男――パーヴェル・ブルシーロフは、書類を相手に眉間に深いシワを寄せる。
「……中々骨が折れそうな案件だな」
〈
その上、摘発した違法組織の
しかし、現在、アメリカの軍需産業のトップを走るのは相変わらずブローニングやジェネラル・ダイナミクスなどをはじめとした歴史ある企業ばかり。
『リィンヴァース社』が近年急激に規模を拡大している軍産複合体とはいえ、流石にこの割合は異常としか言いようがない。企業規模のわりに、あまりにも突出しすぎている。
――違法組織の
――押収した重火器の内訳で、あまりにも突出した『リィンヴァース社』と、それに酷似した武器の割合。
……とても、偶然だとは思えなかった。少なくとも、ブルシーロフの長年の勘は、これが『
ふぅと息を吐き、席を立って壁際の灰皿へと近寄る。内ポケットから
「何かを推測するにしても、あまりにも情報が足りん。まだまだ地道にやるしかないか」
灰皿に灰を落として、ブルシーロフは小さく呟いていた。