いや、色々ありましてね?
兎にも角にも本当にお待たせしました
私は荷物を持って歩いていた。
見慣れた街路、穏やかな快晴で道ゆく人たちはありふれた日常の一日を過ごしている。
遮るもののない青空が広がっているのになぜか心は暗いままである。
その感情を振り切るように私は早歩きで歩道を行く。
曲がり角の先にどこにでもあるゴミ箱が今日も役目を果たしていた。
鞄から少し大きな箱をその中に慎重に置く。
「よし」
私の口から出た言葉は仕事を果たした達成感か、はたまた無事に小包の中味が爆ぜなかったことか?
何がいいのだ、これからやる事は悪い事だ。
そんな呪いのような言葉が脳裏で聞こえた気がして、私は逃げるようにその場を後にした。
アタシがトリニティ風紀委員会に入った時の事は今でも覚えている。
正義実現委員会と並びトリニティの双頭番犬と呼ばれるほど今と違って大規模だった。
しかし、私達は徐々に転がり落ちて行く。
情勢は変わりゲヘナとの武力衝突は鳴りを潜め、治安維持組織の縮小の波が私達にもやってきた。
治安維持組織は二つもいらないと答えが纏まったのだろう。
我々トリニティ風紀委員会は解体、正義実現委員会の予備部隊として名前だけ残す形となった。
エデン条約の件やキヴォトスの危機に正義実現委員会が活躍した後は完全に縮小され最早名前だけしか残っていない。
私達もあの危機に立ち向かったのに話題に上がるのは正義実現委員会だ。
許せなかった。
「各員、進捗はどうですか?」
私は一人、寂しくなった作戦統括室から無線を飛ばす。
「こちらガンキャリア、所定の位置に運搬完了」
「クロコダイル、バッチリよ」
「アーチャー、ゴミ箱に入れてきました」
部員達の報告を聞きながら私は計画図を眺め考える。
チャンスは一度きり、この機会を流せば私達は終わり。
この一件で私達は変わるんだ。
だから全て燃やしてやろう。
私達の辛く苦しかった時代も不要と決定した世界も全て燃やす。
誰も目を逸らさないほどに。
澄み渡る青空の下、議事堂の屋上に私は居た。
アオイに出す申請書、報告書、機材点検記録をシバキ回し、まだ昼前だというのに既に退勤後の事を考え始めている。
「こちらはクロノス報道部、川流シノンです!」
「トリニティで行われる連邦生徒会とティーパーティーで行われる会談の現場に来ています!」
「連日、連邦生徒会直属の部隊や装備がトリニティ入りをしており…」
スマホの画面には見たことあるニュースキャスターが議会場の前でリポートをしている。
全くご苦労なこった。
懐からいつもの七星を取り出して一本咥える。
ここは屋上、他に人は居ない。
蓋の付いたコーヒーの空き缶もバッチリ用意してある。
口のうるさいキョウカはモネと今頃ケンカしてるだろう。
そら、予算も下りているのに職員の善意とはいえ高い物を送られるとなればコンプライアンス的にも体裁的にもよろしくはない。
とは言え気配を消してここまで逃げて来たんだ、暫くは楽しめそうだ。
「この連邦生徒会の動きに一部からは越権行為と批判も上がっており…」
スマホに映る見慣れたシノンちゃんを横目に紫煙を吐き出す。
アトラハシース絡みの一連事案ではこんな事日常茶飯事だったのに時代は変わってしまったのだろう。
目に見えるキヴォトスの危機がなくなればすぐこうだ。
実際には危機が無くなったのではなく水面下で常に進行してしまっている。
現にこの会合の件だってとてもじゃないが一般へ公に出来るわけない。
余計な混乱を招くだけ。
しかし、彼らは知らないからそう見えているのだろう。
幼き日の私が憧れていた正義のヒーローなんて実際こんなものだったのだ。
危機が去れば疎まれ、困れば助けてくれと声をあげる。
都合の良いことだとこ。
消えない疲労感に私の感情は腐り始めた。
彼女が悪いわけでは無いのは理解している。
でもしっかりと対応すればするほど精神的に追い詰められやる気は削れていく。
一日が終わればもうボロボロだ。
手すりにもたれ掛かり眼下の作業を眺める。
連邦生徒会警務課の生徒がM167対空銃座を設置すべく忙しなく動いていた。
3口目を吸い込み空を見上げると変わり映えしない青空が僕らの頭上に広がっている。
空はこんなに広いのに酷く窮屈で息苦しい気持ちだ。
「せーんーせーいー!」
我らが蒼い稲妻、キョウカの登場だ、予想より早い。
もしかしてGPSをつけられているのだろうか?
キョウカはいつものボディーアーマーに愛用のMPXを引っ提げ、ドスドスと擬音が流れそうな足取りで私へと近づいてきた。
「どったの?」
「どうしたもこうしたも無いです!巡回ですよ!」
喧嘩の件で気が立っているのかプンスコと怒る彼女を眺めながら空き缶へ煙草を落とす。
どうやら出番のようだ。
危機は確かに存在し私らは限られたカードを切るしかない。
非常事態というワイルドカードを出すには条件が揃ってないのが現状だ。
今までの経験から私の勘は難しいと告げている。
後手回ってしまった我々には時間は残されていないだろう。
最悪な状況にならぬ様どこまで誤魔化せるかに懸かっている。
動画投稿サイトのページを閉じようとスマホを手に取ると何処か見覚えのある上空映像が目に飛び込んだ。
水色のツインテールとブサイクなメガネがスマホを覗き込んでいる。
「キョウカ、上空警戒」
「え?」
「クロノスの生配信に俺らが写ってる」
彼女もスマホを取り出し配信を確認している。
スマホの映像を頼りに探してみれば空に浮かぶ何かがあった。
「ご覧の通りこの議事堂にも厳重な警備が敷かれ…あ!」
「屋上に特務課顧問の喫煙者先生です!蒼い稲妻のキョウカさんも居ます!」
キョウカの肩を叩き空を飛ぶ物体へ指差した。
それはドローンだった。
「あー!関係各所に飛行禁止区域を連絡したのにー!」
彼女は頭を抱えて空を見上げ叫ぶ、これは非常に不味い。
「煙草を吸いに来たのでしょうか?私的には禁煙して欲しいですけど」
シノンがコメントをすると映像がズームされ私がデカデカと映された。
こちらの活動が不特定多数に共有されてしまうのは警備上とても良く無い。
「あ、連邦生徒会と特務課広報からメッセージが…」
配信のコメント欄には連邦生徒会公式アカウントと特務課広報アカウントが撮影を辞めるよう求めるコメントが流れた。
「連邦生徒会から圧力が掛かるほどの人物、彼は一体何者なのか!」
「巷では連邦生徒会の暴力装置や子飼いの犬などの噂も否定できません!」
広報アカウントはチハヤちゃんの管轄だ、シスターフッドのエリンから通報が入ったんだろう。
彼女は仕事ができるからな…
「飛行禁止区域なんだよな?ここ?」
キョウカへ問いかけると彼女は首を縦に振る。
なら、これから起きる事は正当な行為だ。
空調の室外機の影に隠して置いたハードコアケースを開けてモノをとりだす。
木製の肩当てとハンドガードと金属の綺麗な黒色が私を出迎える。
ハードコアケース内に入れた緑の紙箱を開ければ赤いプラスチックシェルとご対面だ。
銃を取り出しチューブへシェルを挿入、ハンドガードを前後して初段を装填する。
「喫煙は教育に悪いという事でしょうか?尚更、禁煙してほしいです。」
「うるせぇ、好きで煙草吸ってんだ」
多分シノンに届くはずはない。
手始めに意思表示として私はドローンに向け中指を立てる。
ありのままの自分を受け入れるしかない。
誤魔化したって何も解決しない、耳障りの良い綺麗事や正論では誰も救えやしない。
「先生?!」
キョウカの驚く顔を他所に私はドローンへ銃を構えた。
M870から発射されたペレットは拡散しドローンの回転翼とボディを粉砕する。
被弾した反動で宙返りし、制御を失うと大地へと落下した。
「あー!ドローンが!」
キョウカのスマホからシノンの悲鳴が聞こえてきた。
「先生!なんてことを!」
「飛行禁止区域での飛行でワンアウト、職員の個人情報を流布したのでツーアウト、防空設備撮影の疑いでスリーアウト」
薬室から撃ち終わったシェルを排出、地面へと転がり音を立てる。
映像は私達にフォーカスされていたのは幸いな事だ、設営場所が映っていたら…陣地転換を行わなければならないだろう。
視聴者全員が善人とは限らない、手荒な対応ではあるが事前通達の通りではある。
リンちゃんは怒るだろうなぁ…
「だからって…」
彼女は不満げに口を開く。
「考えてみろ、なんかあった時テロリストに情報を流したとシノンに矢が飛ぶんだ」
「それを防いだんだ、誓って銃口から愛が溢れてるって言えるよ俺は」
排出し地面に転がるシェルを回収し銃と共にケースにしまう。
「そろそろルイ達も来る頃だろ?」
「さぁ、キョウカ?仕事を始めようぜ」
ハードコアケースを閉じてハンドルを握り、持ち上げた。
この重みが僕らの責任であると告げ、私は強く握り締める。
責任を背負えば時に石を投げられる事は避けられない。
しかし、投げられるかもしれない石に怯え、足を止めてしまえば何も救えないだろう。
だから腹を決めてやるしかない、状況は待ってくれないのだから。