宇宙世紀0084年――
かつてソロモンの名を冠したこの宙域は、一年戦争の戦禍により広漠な墓場と化した。
戦後、ソロモンはコンペイトウと名を変え、その死の匂いを急速に脱臭されようとしていた。
しかしそれも束の間、0083年11月10日、ジオン残党デラーズ・フリートによる連邦軍観艦式への核攻撃により、宙域はついに完全なる焦土となった。
そこに残るのは、数多の者の無念と虚無のみ――というわけにはいかなかった。
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「んあ゛っ!そっちは資源ゴミ!右から2番目の箱!」
ヘルメットのスピーカー越しにも鋭く耳を刺すような声で、タケルが怒鳴った。
「……すみません。」一拍、間を置いて静かな声でカズキ・カワモトが萎縮して謝る。
「研修センターではそこまで教わんないよ。あんま怒んないであげて。」コクピットの中から明朗な声で、リョウゴが共有チャンネルで通信する。
「ったくなんで俺が教えなきゃなんねえんだよ。めんどくせえな。」タケルがわざときこえるように愚痴る。
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核攻撃によって壊滅した連邦艦隊の主力艦は機密保持と再利用のため速やかに引き揚げられ、軍人の遺体も遺族感情と連邦政府の威信のため徹底的に捜索、回収された。
しかしそれでもなお、夥しい量の残骸がこの宇宙空間に放置された。想定、数十億片を超えるスペースデブリ――それも、放射性物質をまとった宇宙のゴミが。
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「こっちのゴミバコ、結構溜まったよ。」ヨシヤが落ち着いた声で伝えた。
「わかりました。いま取りに行きます。」気弱そうな声で応じたのはマサトだった。機体を小さく旋回させ、回収ポイントへ向かった。
「マサトのブランコちょっと傾いてない?」リョウゴが少し心配する。
「ああ、スラスターのバランスがちょい狂ってんな。こっち終わったら診とくわ。マサトく〜ん、コケなさんな。」整備ポイントからニヤついた声でドウジマがへへへと笑いながら言った。
各々が乗る"宙間軽作業用簡易式モビルワーカー"――作業員たちは「ブランコ」と呼んでいる――は、高さ約3mの真四角な箱のような見た目で、機体は装甲で覆われているが、どこかハリボテのような心もとなさを感じさせた。両脇の細い2本のアームでデブリをつまみあげ、識別センサーを通し、回収ボックスへと投下していく。無重力の空間で繰り返されるその一連の作業には、精密さと倦怠の入り混じった、奇妙な静けさがあった。
研修ステーションでの二日間の形式的なレクチャーを終え、カズキがこの第101作業班15名の一員として現場に出るのは今日が初日だったが、緊張の中にもすでに退屈が芽生え始めていた。
「おい、新人、その持ち方じゃあぶねーよ!」 タケルがまた怒鳴った。
「落っことすなよ。ここは地面がねえんだからよ。そのまま飛んでってどっかの誰かのアタマにゴツンだ。」
タケルは言葉こそ荒いが、安全意識は人一倍高いことは伺えた。
「これってリリ通した?」 「こっち除染スプレー尽きた。補充頼む。」 「オッケー。先に圧力チェックしてからいく。」「腹減ったブ〜」「13から15ブロックは除染完了。ブイに送信済みです。」 「誰かチリ紙まとめといてー」
共有チャンネルに響く会話は、専門用語と隠語と軽口の小嵐だった。
カズキは少しの目眩を覚えつつ、ブランコの旧式の操縦桿をおぼつかずに動かし続けた。
ブランコのコクピットは卵型のカプセルが機体の前面に埋め込まれた構造になっている。外殻は透明な強化ガラスで、機体のカメラモニターに加えて、有視界での作業が可能だった。
カズキがふと見下ろすとブランコに乗らずに作業する一群も見えた。大きく不格好で動きづらそうなスーツ。鈍色の金属パイプで組んだ足場に磁力ブーツで各々器用に立っている(あるいはぶら下がっている)。ヘルメット部分はブランコ同様の強化ガラス仕様。特殊加工で放射線の遮断性能は高いが、可視光線の透過・反射はクリアされており、お互いの顔はよく見える。
その中でも一際若く見える小柄な青年に目がいった。ヘルメット越しに柔らかそうな髪の毛が見える。栗色だろうか。前髪は長く目を隠すように下ろしており感情がよく読み取れない。左右の作業員のお喋りには交わらず、黙々と作業をしていた。
夕暮れ――地球やコロニーでいうところの――が近づき、穏やかだが疲労がにじむ初老の男―オカバヤシ班長の声がする。
「そろそろ今日の線量上限だ。早めに退勤しよう。」
手作業組も各々のブランコに飛び乗り、ぞろぞろと格納モジュールの5つのエアロックに順番に入っていった。
「シャワー室」と呼ばれるこの部屋では、まずブランコの外装を除染泡で洗い流し、その後、搭乗者がコクピット内側の保護フィルムを剥がしながら降機する。搭乗者はさらに次の小部屋に入り、防護服ごと除染泡洗浄を受ける。さらにブランコ、防護服の両方が放射線スキャニングを受け、クリアすれば再度ブランコに搭乗して格納庫内の所定の充電スタンドに戻し、その後、別の部屋で防護服を脱ぎ真空パックにして、最後に作業員本人が再スキャンを受け、クリアすればようやく待機室へと開放される。
「だ、か、ら、シャワー浴びたいのは"俺"なんだよ!」
汗だくのタケルが大げさに不満を叫ぶ。スーツを脱ぐと声に比べて小柄な印象で、黙っていれば整った顔立ちのように見えなくもない。
「それ毎回言いますね…」マサトがぼそっと言う。
「あ?なんか言ったか?」「いや別に…」「ハッキリ言えよ!こっちはきこえねーんだからよっ!」
オレンジに近い明るい短髪は燃えるロウソクのようで、耳周りを刈り上げており、その左耳はかつて激しい熱に晒されたように皮膚が硬く張りついていた。
すいません、すいません、とたじろぐ弱々しい眼鏡の青年―マサトは、声の調子に反してずっと体格がよく高身長だった。爽やかな黒髪のソフトモヒカンにスポーツタイプの眼鏡をかけているが、猫背のせいで些かアンバランスな印象である。
「だいたい臭すぎるんだよあのスーツ!脱いでも身体に染み付きやがる。」タケルがさらに大げさに愚痴る。
長髪を後で束ねた、大柄で落ち着いた男―ヨシヤが涼やかに応えた。
「大丈夫。地球の実家で使ってた肥料よりマシ。」
「肥料って?……何使ってたの?」
「馬糞。」
「…マジ気持ち悪くなってきた……」
ひとしきり騒いだタケルが突然、真顔になった。「ま、やるか。」
待機室のテーブルに無造作に置いてあったタバコの箱を取り上げる。一本取り出し、箱を隣に渡した。隣の者も一本取ってそのまま他の者に回していった。
カズキが戸惑っているうちにタバコは行き渡り、朗らかな笑顔を湛えた細身の男―リョウゴから「ほれ新人さんも。」と差し出される。
「俺…吸わないんで。」カズキが気まずそうに断ろうとすると「そうじゃなくてさ。"順番"。先っぽ、見てみ。」
カズキはおずおずと最後のタバコを取り出す。先端の白い紙の側面に小さな数字が書かれている。
「お、一番風呂、センキュー。お先にいただくぜ〜」ドウジマがせせら笑いながら飄々と待機室を出ていった。
各々、引いたタバコをじっと凝視しては「やった!俺2番!」「俺は5番」「11番かぁ~」と一喜一憂の声を上げる。黙ったままの者もいる。
「13番。……なんたる不吉ッ!」
タケルが苦虫を噛み潰したような悲嘆の声を上げる。
「まぁまぁ、昨日もそうだったじゃない」リョウゴがフォローともおちょくりともとれる声をかける。
「昨日もその前も13番だったから不吉なんだろうがーッ!!!」
カズキも、そっと自分の数字を再確認する……14番。まあ新入りとしては穏便なところか。
待機室からシャワー室に向かう者、タバコを吸い始める者、いったん居住モジュールに戻る者。各々バラバラに自分の時間を過ごした。
カズキはぐったりして、待機室のベンチで何をするでもなくシャワーの順番を待った。シャワー室は3つあるそうで――なんでブランコ用より人間用の方が少ないんだよ!という不平がタケル以外の口からも漏れるが――カズキの番まではまだしばらく待たされそうである。
いつの間にか待機室にはカズキ一人になっていた。しかしすぐに13番のタケルが戻ってくる。自販機で缶コーヒーを買う。「奢るとかはないからな。」とわざわざ言ってベンチに座りプルタブを開けた。
カズキはふと気づいた。「あれ?15番の人は……?」そういえばタバコを回すときに居たのは14人だけだった。
タケルがコーヒーを飲み干しながら答える。「ああ、レムな。あいつはいつもシャワーは最後でイイんだと。たぶん格納庫にいるよ。」
壁のパネルの「シャワー使用中」のサインが一つ消え、タケルが待機室を出ていった。カズキはなんとなく気になって、格納庫のほうに向かった。
広々とした殺風景な格納庫は、空調の音が低く唸り、ひんやりとした空気の中で、ブランコたちがやはり疲れ果てたように整然と並んでいた。
格納庫の最奥に大きな窓があった。カズキは惹かれるようにそちらに足を運んだ。
窓ガラスに反射する自分の顔。蒸れて乱れた黒髪、細面というよりやつれた頬。やや大きく黒目がちではあるが疲れの滲む両眼。けして年寄りではないが、青春はとうに過ぎてしまった、そんな男の顔だった。
何か見えないか、とガラスに額と手を当てて覗くが、その方角には月も地球もコロニーも見えず、ただ寒々しい虚空と遠い星々の遠慮がちな光だけがあった。
カズキが小さなため息を吐いたとき――肌に視線を感じた。
格納庫の右隅。奥まって少しひらけたその一画に、巨大な立像があった。
無感情な両目がカズキを見下ろしていた。
「おセンチかい新人くん。」
一番風呂上がりのはずが無精ひげのままの年齢不詳の男―ドウジマが、やはり薄ら笑いのまま声をかけた。
「これはレムのだ。廃棄するはずのブランコを勝手に私物化して、デブリの屑をくっつけて魔改造してやがるのさ。」
ブランコの両側の長細いアームはがっしりした角ばった肩と腕に取り換えられており、その先にはマニピュレーターの代わりに人間そっくりの掌があった。宙間作業では不要なはずの立派な2本の脚があり、そのため普通のブランコの2-3倍の背丈があった。ほとんどのパーツは既成のものではなく、よく見ると細かなデブリを精緻に組み上げて造形されているようだった。
胸部のコクピットは甲虫のような装甲で覆われ、黄色いペイントで大きく「LEM」と書かれている。
機体の一番上には丸く複雑なデザインの頭が載っており、細い菱形の両目が光なくこちらを見ていた。
その額にはやはり昆虫のような2本のアンテナがVの字に生えていた。
カズキが静かな威圧感さえ覚えながら見惚れていると、不意にコクピットのハッチが開いた。
降りてきたのは、栗色の髪の小柄な青年―レムだった。やはり長い前髪で目元を隠し無表情だ。
(これは……)と言葉につまるカズキに気づくと、レムは初めて口角を上げて誇らしげに言った。
「ガンダム。」
―第一章終わり―