ガンダムLEM//ONが、格納庫から後ろ向きに出発し、回転して宙域の外周の方向に翔び立った。右腕には煤けたビーム・ライフルを装備している。
PIFFを通過するたび、警告音と不快な衝撃が走ったが、カズキはさらにブースターを加速させる。
見上げた先に巨大な四角い建造物――"マルゼンの棚"――が見えた。憮然とした佇まいで、強化ガラスを何重にも重ねた内部に黄金に輝く無数の箱が整然と並べられている。
ブイと連携した警備用の無人ザクたちがこちらに気づき、アルゴリズムに従ってガンダムの行手を遮ろうとする。左腕に切頂八面体が幾何学的に展開し、透明なPIFFの盾を構えた。六体のザクが制圧盾で取り囲むようにガンダムに迫る。カズキは重なり合う盾の隙間を掻い潜りながら進んでいく。
ザクたちの右手には、ビームサーベルの半分ほどの長さだがずっと太く電磁的な力を帯びたビームバトンが握られており、羽虫を叩き落とすように振るわれる。
その一撃がガンダムの左肩を掠め、左腕がちぎれ飛んだ。ガンダムがバランスを崩す。カズキは咄嗟にスラスターを吹かし体勢を立て直した。
直後、ザクのバズーカから蜘蛛の巣のような粘着網が射出され白い繊維が目前に広がる。ギリギリで躱す。ちぎれた左腕が網に絡め取られた。
カズキは振り向かずにひたすらブースターを吹かし、ザクたちを振り払うように加速していった。機体の各部のジョイントが火花を上げる。
正面にマルゼンの棚の入り口が見える。カズキは操縦桿を握りしめ――右に軌道を曲げた。
入り口を通り過ぎ、そのままさらに加速し、棚の外壁に沿って上昇していった。
マルゼン宙域の最外殻。透明だが誰も突破できない堅牢なPIFFの壁。その向こう、遥か遠くに、古びた衛星が見えた。
――
宇宙世紀0011年――
急速に宇宙へと拡大していた人類にとっての課題の一つは、地球及びコロニー間での通信手段であった。主たる高速電波通信ネットワークの他に、非常時に備えたバックアップインフラとして、なんらかの補助的通信網が必要とされた。そこで実用化されたのが、「SD-NET」――Star-light Dial System for Notification and Emergency Telecommunication / 緊急災害用星間通信ダイアル――である。
しかし、技術の発展に伴い、この低容量かつ暗号化も不可能な通信手段は無用の長物と見なされ、打ち捨てられたまま、ほとんどの人類から忘れ去られていた。
――
ガンダムが外殻のPIFFの寸前で減速し、停止した。後方から警備ザクの小隊が追いかけてくる。見上げると、彼方にSD-NETの円盤状のソーラーパネルがかすかに瞬いている。
ガンダムがビーム・ライフルを構えた。
――
「モールス信号って習ったか?」
ドウジマが懐中電灯をカチカチしながら何の気なしにたずねる。
「いちおう小学校で。」 カズキが答える。
「ツー・トン・ツー・トン……ずっと昔はなぁ、海の船の連絡は光でやってた。遠くまで届くからなぁ。」
「光はどんどん眩しくなって……人を焼き殺すようになっちまった。」
「だけど、その名残りが今でも残ってる。誰も憶えちゃいねえけどな。」
ドウジマがへへへと笑う。
――
> > ENERGY CHARGE: 100.00%
> > STATUS: READY
> > MODE: TRANSMISSION
カズキが引き金を引く。
ビーム・ライフルの銃口から幾千束の光のシャワーが解き放たれる。それぞれの光線は各々のリズムで明滅しキラキラと輝いた。
息もできない暗闇の中を、光は、迷うことなく真っ直ぐに伸びていく。
光を吐き出し尽くして、砲身が焼けて溶け落ちる。
光を受け取った衛星がひときわ瞬き、それから四方八方へと光が伸び、次々と星座のように中継衛星をリレーしていった。
光の雨が降り注ぐ。コロニーに、月に、地球に。
そして、無数の端末がデータを受信し――報道局で、軍の司令室で、学校で、ベッドの上で――モニターやスピーカーに、それらが一斉に配信される。カズキがLEM//ONに保存していた、オカバヤシの事故報告書、労災申請書、医療センターの実態、正体不明のMA、一人一人の顔、行動、死、そして、彼らの唄声が。
警備ザクがガンダムを組み伏せた。PIFFの壁に押し付けられ、LEM//ONの頭部が砕けた。
―第十一章 終わり―