宇宙世紀0083年12月、地球連邦軍上層部ではデラーズ紛争中のコンペイトウ宙域で発生した"事故"における南極条約に関連した懸念事項が極秘裏に検討された。
並行して、該当宙域の放射能汚染は連邦の軍事・流通航路において悩みの種であり、効率的な除染及び希少資源回収の方法についても具体的な運用を含めた検討が進められた。
0083年12月23日、宙域の除染と復興事業を目的とした地球連邦政府とアナハイム・エレクトロニクス社の合同出資による官民合同公社「連邦宙域復興改善推進機構(通称マルゼン)」が正式に発足した。
0084年3月10日、公的記録から"事故"に関連する一部情報の訂正が完了。翌0084年3月11日、マルゼンの除染及び資源回収事業が正式に運用開始された。
とはいえ、実際に現場に動員されたのはマルゼン所属の社員ではなく、その下請け・孫受けの民間企業に雇用された作業員達だった。
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「マルゼンってどんくらいでっかいの?」
居住モジュールの狭い食堂でレーションを頬張りながら、ぽっちゃり気味の若者―カンタロウがたずねる。
「直径800kmのボールん中に5000人。俺らみたいな作業員だけだけどな。」タケルがまだ眠そうに言う。「マルゼン社員の皆さんはどっかのステーションか地球で、もっと素敵なモーニングをお召し上がりですことよ〜、知らねーけど。」
「いいなー、俺しばらくレーションしか食ってねえもん。」のんびり言うカンタロウにエンジがつっこむ。
「ウソつき〜!お前昨日もチューブプリン食ってたくせにぃ〜」「違うよー!チュルプリンは"飲み物"なの!」
カンタロウは屈託ない笑顔で丸っこい体型だが、どうも"健康優良"という感じではなく、偏った食生活の影響が窺われる。
エンジは長めの金髪を整髪料でセットした均整のとれたルックスの若者だが、顔にはまだあどけなさとニキビ痕が残っている。
「だいたいお前の髪の毛のほうがプリンじゃんか!」「てめっ!しゃーねーだろ、ストアシップにブリーチが全然入荷しないんだっつーの!」
カズキは朝から元気な若者たちを微笑ましく眺めていた。5年前、一年戦争より前の自分にもあんなふうな時期があっただろうか。
食堂を見渡すと、そんなふうに騒ぐのはエンジとカンタロウくらいで、ほとんどの作業員は1人で黙々と食事――補給という表現の方が合っているが――を済ませていた。
最年長と思われる寡黙で気難しそうな老人―ヤイズミは腕組みをして座ったまま、眠っているのか目を瞑っているだけか分からない。
タケルやレムより背は高いが最年少らしい青年―ケイスケは、幼い顔立ちだが不機嫌そうで、いかにも"話しかけるな"という雰囲気を醸して隅でタバコをふかしている。
黒縁眼鏡の小太りの中年男―コムラが缶コーヒーを飲んでいた。天然パーマの黒髪の頭頂部はかなり薄く、ヒゲはきちんと剃っているが青ヒゲが目立ち、眉毛は不揃いでどうも冴えない印象だった。
一方、背は低いが岩のような筋肉質の男―ハセはスキンヘッドで、ヒゲも、眉毛すらも完全に剃り上げていた。静かに立ち上がると、トレイを捨てて待機室に向かって行った。
その後、中肉中背のこれといって特徴の無い男―サイトウもそれに続いて無言で席を立った。
「そろそろ始業だ。」時計に目をやりながら、すでにくたびれた声で初老の男―オカバヤシ班長が一声かけた。
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「復興改善特別宙域」――通称「マルゼン宙域」――は、“事故”の爆心地点を中心に、直径約800kmの球状を描くように広がる宙域である。その内部は細かな区画に分かれ、総区画数は27,606。そのうち、除染・復興対象として指定されているのは18,716区画である。
宙域は、特殊な立体格子構造である切頂八面体で区画整理されており、その各頂点には直径約3mの球型の多機能ドローン「ブイ」(B.U.O.Y. / Boundary Unit for Orbital Yard / 軌道区画用境界ユニット)が配置され、ネットワークを構成している。各ブイの間隔は250m、一辺5kmで1つの区画として仕切られている。
区画と区画の境界面には、ブイによって特殊バリア「ピフ」( P.I.F.F. / Permeable Interference Fence Field / 透柵性干渉フィールド)が展開されており、可視光線を除くあらゆる物質や電磁波を遮断するため、区画間のデブリや放射性物質の流出入が防がれている。
マルゼンにID登録されたもの――ブランコや防護服、各種モジュール等――のみが、区画間の通過を許される。ただし指定された区画外への越境には警告と給与へのペナルティが科される。
宙域の最外殻には、内部とは別種の強固なPIFFが張られており、資源の輸送艦等、特別な許可を得たもの以外は通過できない。
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「『宇宙から国境線は見えなかった』……」
リョウゴが珍しく物憂げに言う。
「なんすかそれ?誰かのセリフっすか?」エンジが首をかしげる。
「スペースシャトルがあった時代の地球の日本人だよ。モーリ博士。」
リョウゴは、移動中の格納モジュールの窓から見える無数のブイの影を数えながら、つぶやいた。
「それにひきかえ、今じゃ宇宙はハチの巣だ。」
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作業班の仕事は、各区画に“派遣”される形で行われる。
一つの班には、ブランコや作業に必要な物品を積んだ格納モジュールと、作業員が寝泊まりする居住モジュールが配備されている。
それぞれは推進装置を持ち、マルゼンに統括管理されたスケジュールに従って、指定の区画までオートメーションで移動、停泊する。
一つの区画での滞在期間は業務量によって異なるが、概ね3〜7日間。
宙域全体では数百の班が稼働しているが、一つの区画に複数の班が配置されることはない。
通常、居住モジュールと格納モジュールは連結されたまま航行するが、状況に応じて格納モジュールのみが現場へ向かうこともある。また、稀にではあるが格納モジュールだけが別区画に派遣される指示が下ることもある。
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「そろそろピフ通過だ。みんな掴まれ。」オカバヤシ班長の普段より張った声が響く。
各自、衝撃にそなえる。
ミシミシと格納モジュールが軋み、同時に肌の内側を電磁的に撫でられるような悪寒に似た不快感がカズキたちを襲った。
「こいつにゃどーも慣れないねえ。」ドウジマの薄ら笑いにも若干の冷や汗が滲む。
「もう間もなくだ。」オカバヤシが告げる。
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宙域の作業区画は汚染度によりレベル0〜Ⅴの6種に分類されている。レベル0は通常の宇宙空間と変わりなく活動できるが、レベルが上がるごとに防護服の着用基準や船外活動の時間制限が厳しくなる。
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やがてモジュールは静かに減速し、指定の位置に停泊した。
オカバヤシが疲れた声で言う。
「エリアCNB-4026。123.51ミリシーベルト毎時。レベルIII。6時間で上がるぞ。」
―第二章 終わり―