「オーライ、オーライ…」
格納モジュールの搬出用エアロックから、15台のブランコが後ろ向きに宇宙空間に降りていく。
整備の都合上、配電装置などは機体の前面に集中しているため、比較的装甲の厚い背面から発進するほうが不意のデブリ衝突などに対し安全性が高い。
「新人はカッポウギ組は初めてだったよな」
また知らない言葉を聞かされた。
マルゼン仕様の除染作業専用特殊防護服――作業員は"愛と親しみ"をこめて「カッポウギ」と呼ぶ――は潜水服を思わせる不格好な形状をしているが、特殊な化学繊維ナノレインガーゼを裏地に使用し、従来品の数百倍の放射線遮断率を誇る、と謳われている。
除染作業は基本的にはブランコで行われるが、ある程度のサイズ以下の小さなデブリには向かない。結局は作業員が直接手作業で行うほうが地道だが確実ではあるのだ。
「この区画は細かいデブリが多いようだ。今回は全員カッポウギで行く。」
オカバヤシ班長が息苦しそうにいう。「コムラ、新人に指導頼む。」
ブランコで協力して足場を展開した後、作業員全員がカッポウギ姿で現場に降り立った。頭蓋骨ほどのコンクリート片からネジ程度の小さなものまで、多種多様な細かなデブリがそこら中を漂っている。
(これを全部…そんなことが可能なのか…?)カズキが茫然としていると、横から「では、よろしくお願いします。」と声がした。
黒縁眼鏡の中年男コムラがレクチャーを始めた。
「基本的にはブランコでの作業と変わりません。順番としてはスキャン、除染、スキャン、分別です。」
コムラの説明は非常に実務的だが丁寧であった。
「実際にやってもらうほうがわかりやすいとおもいます。まず、好きなデブリを手で掴んでみてください。グローブは頑丈なので、ほとんど怪我の心配はないですが、それでも尖ったモノなどには気をつけて。最初は手のひらサイズのモノから選ぶとやりやすいです。」
カズキはちょうど目の前に浮かんでいたソフトボールほどのサイズの石を掴んでみた。
「掴んだら、手首のリング部分を当ててください。リリセンサーといいます。」
両腕の袖の部分には燻し銀のような金属セラミックスの大きなリングが嵌め込まれていた。
「基準値以上の放射線を感知した場合、リングが赤く光ります。
もし青く光った場合や、なにか他の色に光った場合は…ほとんどないんですが…後で説明する分別に進みます。」
カズキが言われた通りに左袖のリングで石に軽く触れると、たしかに赤く光った。ヘルメット内にも「ピピッ」と軽い音がして、カズキの心はざわついた。
「放射線を検知したら、除染作業に移ります。腰にあるスプレーを抜いてください。」
右手で腰のスプレーヘッドを引っぱると、腹部に収納されていたホースが伸びてきた。
「スプレーするときは、必ず後ろの安全スイッチを押してからレバーを引いてください。無理に引くとボトルが破裂するので注意です。」
目と指でスイッチの位置を確かめ、親指で慎重に押し込む。
「デブリの表面に対して、なるべく垂直に吹き付けます。やってみてください。」
カズキが恐る恐るレバーを引くと、思いのほか勢いよく、蛍光の青緑色の泡が吹き出した。
「そうです。細かくスプレーするより一気に全面に吹き付けてしまったほうがうまくいきます。」
石を覆った泡は、数秒ほのかに青緑色に光った。そして今度は白く固まって乾いていった。ついにはボロボロと剥がれ、粉々に散っていく…かと思いきや、どういうわけか再び一つに凝集して、小さく圧縮し、紙くずのようになった。
「それが"チリ紙"です。ある程度弱まってますが放射性廃棄物ではあるので取り扱い注意です。チリ紙はこちらの箱に集めてください。」
チリ紙の箱はまるでカズキの実家の部屋のくず入れと変わらない見た目で、こんな宇宙空間でなければ見分けがつかないな、と思った。
「除染できたか確認するために、あらためてリリでスキャンします。どうぞ。」
再び袖で石に触れると、リングが青く光った。
「よかったです。また赤く光ったら除染し直しでした。」
今度はカズキのほうから質問する。「もし、やり直しても赤くなったら?」
「もし除染を3-4回繰り返しても青にならない場合は、"不可除染デブリ"としてあそこの赤い箱にまとめます。この石は"除染済み資源"になりましたので、こちらの透明な箱に入れてください。どちらも後でマルゼンのドローンが回収に来るそうです。」
(回収したあと、マルゼンはこのゴミをどうするんだろうか……)カズキの頭には様々な疑問が浮かんだ。
「他にもお知らせしたいことは色々あるのですが、まずはここまで覚えておいてもらえばOKです。慣れれば一度に何個か除染することもできるようになりますが、くれぐれも焦らずで。もしも何か困ったことや、他の色に光ることがあれば、そのとき声をかけてください。では。」
コムラが会釈をして自分の持ち場に戻っていった。
(とにかく今日は余計なことは考えず手を動かそう)カズキはコロニーの中学時代、放課後にバスケのシュート練習をしていたのを思い出した。
「それぞれ適当に休憩入れろよ」オカバヤシが共有チャンネルで声をかける。
カズキも気分転換の必要を感じ、現場にぷかりと浮かんだ休憩ボックスに入った。
休憩とはいえ、放射線に満ちたこの部屋ではヘルメットを外すことはできず、それぞれメットの中で、ストローチューブでカフェインジュースを飲んだり、ニコチンの煙を吸ったりしていた。
煙が満ちて顔が見えなくなったメットの中から、少し咳き込みがきこえ、そのうち煙がおさまるとタケルの顔があらわれた。
「ニコチン減らすって言ってなかったっけ?」リョウゴがからかうように言うが無反応。タケルはたまにきこえないふりをする。カズキにも最近わかってきた。
「ほんで新人。どんな感じ?」タケルが横目で睨むようにカズキにきく。
「…なんというか、まだコツが掴めなくて…」タケルは首で休憩室の窓の外を示して言う「ハセを見倣うといい。」
カズキが視線を外に送ると、スキンヘッドの男が休憩もとらずに作業を続けているのが見えた。男はせわしないわけでもなく、一切無駄の無い動きで流れるように大小のデブリを処理していた。スキャン、除染、スキャン、分別。
カンタロウが尊敬の眼差しで言った「すげえなハセさんは。まるで職人みたいだ。」
コムラもそっと同意した。「僕らの3倍ですね。」
みな休憩から戻って作業を再開する。
ふいに共有チャンネルに「…ピピピピ」と初めてきく音が鳴った。作業員が一斉に反応する。ヨシヤの左袖のリリの赤い光の隣にもう一筋、緑色の光の輪が輝いている。
「おっ」「まじか」「やったな」
エンジが「よっしゃー!待ってました!」と歓喜の声を上げる。
ポカンとしているカズキにドウジマが説明する。
「緑はイリジウムだな。リリには希少金属のセンサーもついてる。バナジウム、クロム、タンタル、ニオブ、モリブデン、ハフニウム、その他諸々だ。それぞれ別の光り方をする。イリジウムは中の下ってところだが、コレ的には悪くない。」ドウジマがニヤニヤしながら指で輪を作る。
「ボーナスだ!俺はこのために働いてるんだ!」エンジは宇宙空間で飛び跳ねるように手足を動かした。
作業員の給与は基本的には固定給であるが、一部歩合制であり、希少金属を回収した場合、その希少度や量に応じた賞与が発生する。
ヨシヤがその小さな金属片の除染を済ませ、乳白色の箱――除染済み特別管理資源用――の投入口に収めた。エアロックが閉じ、再スキャンの青い光が外枠を走ると、箱は納得したように再び沈黙した。
ざわめきはやがて落ち着き、現場は再びいつもの単調な作業に戻っていた。浮足立った空気が引き潮のように引いていく中、誰もが疲労と退屈の色を隠し切れなくなってきていた。
「レム、お前またなに拾ってきたんだ?」エンジが呆れたように言う。
レムが抱えているのは大きめの座布団のようなくすんだ灰色のよくわからない物体だった。
「ふわふわしてる。」「どれ?貸してみ?…おっ、ほんとだ。」「ガンダムのコクピットで使う。」
なんかへんなもんだなー、とエンジがいじっていると、スライム状に伸縮したそれはふっとエンジの手を離れ、カズキのほうに飛んできた。
咄嗟に避けきれず、それはカズキのヘルメットにペタリと張り付いた。が、なんの衝撃も抵抗もなかった。カズキが慌てて剥がすとそれはまた座布団の形に戻った。その座布団の隅に小さく、どこかで見覚えのあるマークがあることに気づいた。
「これ、アナハイム社のロゴです。」
「ほう。」ドウジマが興味を示した。「レム、これどっからもってきた?」
レムが頭上の暗がりを指さす。「あっちから流れてきた。」
「ひょっとしたらひょっとするかもしれんぞ。」ドウジマが意味あり気にニヤリとした。「来れるやつはついてきてくれ。」
ドウジマに続いて、カズキやレム、手の空いた数人がカッポウギの小型スラスターで"ふわふわしたなにか"の源を探しに泳いで行った。
大きな瓦礫の壁を抜けると――そこに数基の大きなコンテナが浮かんでいた。その中のひとつの扉が半開きになっており、そこから、"ふわふわしたなにか"が漏れ出ていた。
「こりゃアナハイムの輸送コンテナだ。やっぱりこいつは緩衝材だな。」
数人がかりで扉をこじ開けると、緩衝材が溢れ出て、それらに包まれていた大きな金属板が露出した。
カズキが驚いた拍子に左袖で触れると、「…リ……リ…リリリ…」と鈴のような高い音が皆のメットに響き渡り、リリのリングがなごやかな桃色に光った。
「ルナチーだ。」
ドウジマが興奮を抑えきれない様子で笑った。
「ルナチタニウム合金。連邦軍のモビルスーツや戦艦に使われてる素材さ。……俺も初めて見たが、かなり純度の高けえやつだぞ。しかも緩衝材のおかげでほとんど汚染されてなさそうだ。」
「ルナチーって、めちゃくちゃレアなヤツじゃ……」エンジの全身がわなわなと震える。
タケルの声にも堪らず笑いが漏れる。「レアもレア、超最強SSトップレアだッ!ボーナスの桁が違うぞ!」
ほとんど咆哮に近い、男たちの歓喜の声が、宙域全体に響き渡るように轟いた。
「新人、あんたが気づいたおかげだぜ。」タケルが握り拳をかざした。
カズキは少しためらって、しかしゆっくりと、拳を合わせた。
―第三章 終わり―