宇宙世紀0079年、某月某日。某コロニーにて――
「母さーん、早く!なにやってんの?」
「通帳と保険証!一応持っていかないと!」
「父さんもう車で待ってるよ。おばあちゃんも怖がってるし、早く連れてってあげてよ。俺が探してあとから行くから。」
スクーターで向かう。母からメッセ。
「T310番の避難シェルターにいます。パパもおばあちゃんも無事です(^_^)/」
まったく。呑気だなあ。了解。マップ起動。T310。小学校の横か。
瞬間。閃光。なんだ?小学校のほう?停電。大丈夫。シェルターにいる。到着。入り口。開かない。どうして。母さーん!父さーん!おばあちゃーん!返事ない。返事して。返事を。電気。点いた。入り口。開いた。母さん?
――汗だくで跳び起きるカズキ。心臓が早鐘のように打っている。息が浅く早い。落ち着け。落ち着け。ここはどこだ。
居住モジュールの4段ベッドの2段目にいた。男たちのいびきと歯ぎしりがきこえる。時計を見る。始業までは、まだかなり時間があった。
――
カッポウギは定期的にメンテナンスが必要なため、今日は一時的に使用できない。そのかわりに、放射線量が基準値以下であり、ノーマルスーツでの作業が可能な区画―レベルⅠ――に派遣されることになっていた。
「お洋服はお休み、俺らは通常出勤。」タケルが恨みがましく言う。
まもなくカズキたちのブランコはエリアHRN-8069に到着した。
今日の業務はデブリの分別がメインだ。比較的デブリの量も少なく、作業はブランコ組と手作業組の半々に分かれた。
ブランコ組は、タケル、ドウジマ、オカバヤシ、マサト、リョウゴ、ヨシヤ、ハセ。
手作業組は、カズキ、レム、カンタロウ、エンジ、コムラ、サイトウ、ヤイズミ、ケイスケである。
「よっしゃー!今日もルナチーいっぱい見つけるぞー!」「俺もー!」エンジとカンタロウが浮足立ってはしゃぐ。
「ちょっと待ってくださいね。」コムラが穏やかに制止し、決められた手順通りに最寄りのブイと通信して安全確認を行う。「よし。……よし。……うん。OKです。入ってよいですよ。」
エンジもカンタロウも、いつになくキビキビと働き、カズキは(わかりやすいやつらだな…)と心のなかで苦笑した。
作業は比較的スムーズに進み、交代で休憩を取る余裕もあった。
作業中のカンタロウの近くで、突然「ポンッ」と破裂音がした。カンタロウが驚きキュッと身をすくめると、衝撃で拳サイズの石が飛んできてカンタロウのヘルメットにゴツンと当たった。カンタロウはその場でくるくる回転する。
「おいっ!大丈夫か?」ブランコからオカバヤシ班長が呼びかける。
「…あ、全然、大丈夫です!」びっくりしたー、とおどけてみせるカンタロウ。
「ガスボンベかなにか混じってたか?使い切らずに捨てるヤツいるからな。」タケルがイラつきながら言う。
オカバヤシも少し心配して声をかける。「カンタロウ、休憩まだだろう。他もまだのヤツは一服してくれ。」
カンタロウとカズキが休憩室に行くと、ケイスケがメットを外して紙タバコを吸い終わったところだった。ここはレベルⅠなので休憩室でもメットを外せた。気まずいのか、また不機嫌そうな顔を作って入れ違いに出ていく。
カンタロウもメットを外してベンチに座る。「いてて…」
「ほんとに大丈夫か?」カズキが心配する。
「へーきへーき、オヤジに毎日ぶたれてたから、こういうの慣れてるんだ。」屈託のない笑顔に、カズキはどんな顔をすればいいかわからなかった。
マサトが様子をうかがいにくる。「あのう…大丈夫ですか?」
マサトが診ると、額の皮膚が少し腫れて盛り上がっていた。「ああ、たんこぶですね。」
休憩室の片隅に粗末な救急セットがあった。マサトは保冷剤と包帯を取り出しカンタロウの手当をした。
「ありがとう。マサトさん慣れてるね。何かやってたの?」
マサトがなんとなく気まずそうに言う。
「地球で看護助手やってたんです。でも、あんまり向いてなくて。手際悪いんで怒られるんですよね。本とかはある程度読んだんですけど、やっぱ現場では動けないと…ね。『デカいわりに使えない』とか言われちゃって。看護師の試験も実技で落ちちゃいました。」ははっ、と努めて明るく笑う。
一瞬、カズキの記憶がフラッシュバックする。――メール。連邦軍入隊試験結果通知。不合格。備考:心理的不適正(PTSD)――
「頭の怪我なので、後から脳出血の可能性などもあるので、念の為24時間くらいは体調に気をつけてください…って本には書いてありました。」マサトの口調はどこか照れくさそうだった。
退勤の時刻が来ると、エンジやカンタロウはやたらと急いでブランコに乗りこむ。
「ル、ル、ルナチー!ボ、ボ、ボーナス!」
はしゃぎながら「買い出し行ってきまーす!」とストアシップに向かって行った。
事故るなよー、とリョウゴが呆れるが、他の作業員たちもどことなく浮足立って帰途についた。
待機室にて。今月の給与明細を見ながらタケルが愚痴る。
「だいたい俺らの給料ってよぉ、額面はデカいけど……月々の居住モジュール賃料、水道光熱費、酸素代、二酸化炭素処理代、作業服レンタル代、クリーニング代、衛星通信料、各種保険料……諸々引かれて、これっぽっち。」
「ルナチーのボーナスだって、運搬費、査定料、事務処理手数料、給与明細書発行手数料……紙でよこせなんて頼んでねえよッ。」
憎々しく吐き捨てながら、いちおう畳み直してポケットに仕舞う。
「まあ、それでもたまの贅沢には充分でしょ。」シャワー上がりのヨシヤが髪を乾かしながら微笑んで言った。
食堂では狭いし味気ない、という誰かの意見から、急遽、協力して格納庫にテーブルとイスが運び込まれた。
ガンダムもテーブルを見守るようにレムが移動した。
「なんだ、ガンダムも参加するの?」エンジが見上げながら、からかい半分に言う。
やがて、部屋着に着替えた15人が格納庫に集まった。
「あれ?あれ?どこ!?」カンタロウが青ざめてブランコの隙間を見廻した。「酒!いっぱい買ってきて、ここに置いといたのに!?」
そのとき、「シュー…」という音がして――ガンダムの両脚の装甲がゆっくり開いた。冷気が一気に吹き出す。ガンダムの脚部の冷蔵庫に、キンキンに冷えた缶や瓶が大量に詰め込まれていた。
「レムが冷やしといたってさ。」ドウジマがニヤリと言う。驚嘆する面々。
「へー、脚なんて飾りだと思ってたのになあ。」リョウゴが感心してつぶやいた。
飲み物が全員に行き渡り、オカバヤシ班長が咳払いをして一言。
「えー、ではルナチー発見とカズキの歓迎を祝って。……乾杯!」
かんぱーい!!!作業班15人にとって初めての宴会がスタートした。
テーブルにはストアシップで買い漁ったバラエティに富む宇宙食が並べられている。各々、思い思いに飲んで食べた。リョウゴは意外とワイン党。ケイスケは仏頂面のままオレンジジュースを飲んでいる。ハセは顔色を変えず、やはり機械的にチューハイの空き缶をハイペースで積み重ねていた。
ヨシヤがビールを飲みながらしみじみと言う。「麦の香りだ。懐かしい。」
カズキが無言で興味をしめすと、白い肌の頬を紅潮させたヨシヤがゆっくり語る。
「実家で麦畑をやっててね。先祖代々の小さい土地だったけど。去年コロニーが落ちてきて、失くなってしまった。」
蒼い瞳が遠くに視線をやり、またジョッキに戻した。「まあ、生命あっての物種だね。」
「じゃじゃ〜ん!肉も買ってきたんすよー!」満を持して、エンジが自分の手柄とばかりに宣言する。
「どうせ合成牛肉だろ?固くて冷たいやつ。」とタケルが捻くれたことを言う。
レムが、ちょっと待ってて、とガンダムに乗り込んだ。中でなにかの操作をした気配がする。
……ガタガタとガンダムが振動し、腹部から何かがせり出してきた。だんだん周囲の空気が熱を帯びる――ホットプレートであった。
「焼き立てだ〜!!!」しっかり焼き色の付いた合成肉にかぶりつき、皆が舌鼓を打つ。格納庫はいつもの機械油とは違う脂の匂いと男たちの熱気に満たされていた。
(あれ?レムは?)カズキがふと気づくとレムの姿が見えない。
突如、空中に四角いビジョンが現れた。ガンダムの両目からプロジェクターが照射されている。レムの仕業だ。
「…ダムチャンネルをご覧の皆さん、こんにちはー!」
「なんだ…これは…」寡黙なヤイズミもさすがに声を漏らした。
レムがコクピットから何か持って降りてきた。「マイク。デンモク。」
初めて見る旧時代の遺物に興味津々で群がる面々。ドウジマが色々と弄ってみる。「…なるほど。ここが送信機になってるんだな。で、こうして…ここで検索して…送信っと。」
♪ザジャン!チャチャン チャチャン ザジャン!……
勇ましい電子和音とメロディアスなギターが格納庫に響き渡る。
「うし。きたきた。新人歓迎会、カズキくん、どーぞ。」ドウジマがマイクを無理やり押し付ける。「いや、俺、あの、ちょっと…」「大丈夫!字幕も出るっぽいぞ!」
♪タカタカタカタカタカタカ…
「…あおざめたひーとみーふるえるーほーのおー…」
ヒューヒュー!いいぞ!うまい!方々からヤジや合いの手が入る。
「…それがさーだめーでも!あいわなげったちゃんす!ぜつぼーのそーらにー」
カズキもつい歌声に熱が入ってしまう。
「えらばれーしーものーっ!めんおぶですてにー!」
いえーい!パチパチパチと拍手が響く。
(久しぶりにこんな大声出したな……)カズキはふぅと息をついた。
「よしっ!俺も歌う!」エンジがたまらず飛び出す。
「はや〜すぎると〜きぃ〜のまたーたきにさらされて〜」
自己陶酔感全開でフリつきで歌い上げる。
俺も俺も、とあちらこちらにマイクが回っていく。
「あおくね〜むるぅ〜みずのほし〜に〜そおっと〜」「アニメじゃない!(アニメジャナイ!)アニメじゃない!(アニメジャナイ!)」「もしもあのかいさつのまえでぇ〜」
オカバヤシ班長がすっと立ち上がり挙手する。
「オカバヤシ、いきまーす!」
目が据わっている。完全に出来上がっている。
「はっげっすぅっうぃっあめっぐぁ!きょきょろをふるわせるぅう!」
癖ツヨいな〜、とリョウゴがこっそり苦笑する。「すたんだっぷっとぅずぁゔいくとりぃぃぃいいい!!!」
「はい、次コムラさんの番!」
薄い髪の下の頭皮がすっかり真っ赤になったコムラがデンモクを受け取る。送信。マイクを構える。
静かに、シンプルで穏やかな前奏が流れはじめた。
星が流れるときは
目を凝らし 指の隙間
どんな願い事でも
そうすれば 叶えられる
美しく優しい声が、ブランコを揺らした。
皆が息を呑んだ。はしゃいでいたエンジも「コムラさん、すげぇ……」と聴き惚れた。
愛する人にだけ
いつの日か伝えたかった
心に抱きしめてた
幼い夢を
――
夜が更けていく。明日の仕事のことも今は忘れて、宴はまだ続いていく。
カズキはガンダムをちらと見上げた。感情は読み取れなかった。
「ようし!酒だー!酒もってこーい!…ゥ、オエ…」カンタロウが口を押さえてうずくまる。
エンジがちょっかいをかける。「おいおい!調子乗って飲み過ぎだぜ!」「エヘヘ…そうでもないんだけどなぁ……?」
―第四章 終わり―