機動戦士ガンダム 0084 檸檬の唄   作:偽画 存美

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第五章 瓶詰めの真空

未明。薄暗い照明だけが灯る居住モジュールで、酔っぱらった作業員たちが寝っ転がり、それぞれ寝言を言ったり唸ったりしている。

 

「おい!カンタロウがやばい」

リョウゴが血相を変えてマサトを呼びにくる。

ベッドで仮眠をとっていたカズキも気になって起き上がる。

「ずっとトイレから出てこないから、さすがに見に行ったんだ。そしたら」

 

駆けつけると、便器にほとんど顔を突っ込むように倒れ込んだカンタロウが、吐瀉物まみれになってうめいていた。

声かけには、大丈夫…大丈夫…と、か細く応えるが、黙ってまた嘔吐する。すでに固形物はなく、赤黒い泥のような液体が口から垂れ続けていた。身体をブルブルと震わせる。「凄い熱だ。」

 

「救急シャトルを呼ぼう!」 リョウゴが居住モジュールに設置された緊急通信端末を操作し、医療センターに通報する。

 

端末のディスプレイが青く光る。「近くのシャトルを手配しています。しばらくお待ちください。」

 

――5分、10分、15分経過。ディスプレイの表示は変わらない。「しばらくお待ちください。」

その間にもカンタロウの症状は悪化していった。マサトが保冷パックを当て、少しでも水を飲ませようとするが、一度は口をつけるものの、すぐにむせて吐き戻し、苦しげに息を荒げる。吐瀉物に混じって、小さな血の粒が点々と見えはじめた。

 

――20分経過。パネルの表示が切り替わる。

「通信がタイムアウトしました。もう一度呼び出しますか? YES/NO」

 

「ダメだ。僕らで運びましょう。」マサトが脂汗を滲ませて言った。

 

宴会会場から、三台のブランコが出発した。カンタロウをコクピットに座らせマサトが同乗したブランコを中央に、リョウゴとカズキのブランコが両脇を抱えるようにして医療センターを目指した。

 

医療センターは8区画先にあった。途中PIFFのバリアを通過するたびに警告通知があったが、かまっていられなかった。

 

カズキたちはようやく白く滑らかに光る中規模ステーション――「マルゼン医療センター」――のエアロックに入っていった。

マサトがカンタロウを背負い夜間救急外来まで走る。尋常でない発熱がノーマルスーツ越しにも伝わってくるようだった。

待合室に到着し、受付にカンタロウのIDカードをかざす。

清潔な無人ステーションの静寂にカンタロウの針のように細いうめき声が響き続けた。

 

――何十分待っただろうか。カズキたちには永遠のように感じられた。カンタロウの首筋に紫色の斑点が広がっていた。

 

待合室の画面にカンタロウの受付番号が表示された。急いで診察室に運び込む。 診察室には白衣を模したデザインのコケシのような人型端末が立っていた。

カンタロウを診察ポッドに寝かせる。端末から優しい音声がする。「正確な診断のため、問診にお答えください。」

カンタロウはもう声を出せる状態ではなかった。どこまできこえているのかもわからない。マサトが代わりにタッチパネルに入力する。

「この症状が出たのはいつからですか?」

「既往歴はありますか?」

「現在、服用中の薬剤はありますか?」

カズキとリョウゴが声かけを続けるが、カンタロウの反応はない。

「最近、ストレスを感じる出来事はありましたか?」

「現在の気分を以下の中から選択してください:とても良い/良い/普通/悪い/とても悪い」

「アルコールは飲みますか?:毎日/週に2-3回/週に1回/月に1回/半年に1回/飲まない」

 

突如アラートが鳴る。

「バイタルが停止しました。」

カズキたちの心臓が早鳴る。

「AEDモードに移行します。ポッドから離れてください。」

カプセル型のポッドの左右から透明なカバーが現れ、カンタロウを覆った。ビーという電子音と振動が3度繰り返された。カズキたちは息を飲み込む。

 

「死亡を確認しました。これより凍結を開始します。」

 

ポッドの内側に急速に霜が広がった。三人がポッドに取りすがり、再び呼びかけ続ける。カンタロウは何も応えず、苦悶の表情のまま、赤紫色に凍りついていった。

 

「ポッドを冷暗ルームに移送します。離れてください。」

ポッドの頭側の壁が丸く静かに回転して開き、カンタロウの乗ったポッドを吸い込んでいった。

 

茫然としたまま、三人のブランコが帰途についた。頭も心も真空状態のように実感が湧かなかった。

 

―――

帰棟した居住モジュールは騒然としていた。

 

「サイトウとコムラが!おかしい!」

サイトウはピクリとも動かず、コムラの頭皮は黒く、紫の斑が沈んだように広がっていた。

 

マサトが唇を震わせた。

「たぶん……被曝です。」

 

―第五章 終わり―

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