宴から七日が経った。
リョウゴとヨシヤはブランコに乗って粉塵回収装置の静電ユニットのフィルター交換の作業をしていた。
直径10mほどの真四角の外枠を取り外して、隙間に詰まったデブリを掻き出す。
粉塵を吸着する高電圧のパネルが剥き出してぬるく鈍い光を放っている。一歩間違えれば危険な場所ではあるが、2人は慣れた手つきで安全確保しながら共同作業する。
「なあ、ヨシヤってマージャンってやったことある?」
「きいたことはある。昔地球で遊ばれてたボードゲームだよな?」
「レムが新しくガンダムに搭載したらしい。全自動麻雀卓。」
「ほう。」
「4人必要なんだよ。イマんとこ俺とドウジマさん。ヨシヤもやらない?」
「いいね。ほかのメンツは?」
「カズキからは丁重に断られた。マサトは自分は勝負事は向いてないとかなんとか。オカバヤシさんはなんか渋い顔してた。ケイスケやタケルはムキになりそうだから誘ってない。ハセさんは…無理だろうな。」
「レムは?」
「自分はやらないらしい。よくわからんやつだ。」
「言えてる。このあいだ俺、レムに頼んだんだよ。」
「何を?」
「腰が痛いから、コクピットにマッサージ器つけてくれないか、って。振動してほぐしてくれるやつ。」
「いいじゃん。」
「だろう。でも速攻で却下された。」
「できそうなのになあ。」
「できるけど『カッコよくないから』だって。」
「麻雀卓はカッコよくって、マッサージ器はカッコよくないんか。基準がわからんな。」
「まったくだ。」
「……しかし、今はこの暑さをなんとかしていただきたい……。」
「ああ。宇宙は寒いってきいてたんだがな……。」
「やっぱ冷却装置、点けちゃダメかな。」
「おすすめはしない。静電場で逆流する。」
「ですよねー。……それにしてもコクピットが蒸し風呂だ。終わったらなんか冷たいモノ食べたいな〜。」
「アイス、シャーベット、かき氷とか。」
「それだ!ガンダムにかき氷器つけてもらおう!レム〜!レムはどこいった?」
視界の隅から、レムのブランコがやたら大きく長細いデブリを牽引してやってきた。
「またへんなもん拾ってきやがって!」タケルが相変わらず大きい声で怒鳴るが、腹を立てているわけではないらしい。
鈍い銀色の、筒状の金属塊。長さは10mほどあるだろうか。
レムが本人なりのドヤ顔で言う。「ビーム・ライフル。」
「なぬっ!?マジもんじゃねえだろうな…?」
タケルが訝しむとドウジマが割り込む。
「いや、マジもんだぜ。……ジャンクだけどな。」
旧式のビームライフルだが、砲身は錆びつき、機関部のエネルギーCAPは完全に大破している。
「このウェザリング感がいいんだと。な、レム。」
レムは無言で頷くが、前髪で隠れた目の奥が輝いているのが伝わってくる。
「レム、お前なんかキラキラしてね…?」
とタケルもなんだか大人しくなった。
終業時間。無駄に大きいビームライフルをブランコの貧弱なスラスターでよいしょよいしょと引っぱって帰ってくる。
除染はちゃんとしてあるんだろーな?とタケルが気にするが、バッチリ、とレムが指でOKサインを作る。
エアロックをなんとか無理やり通して、格納庫内に運び込んだ。さっそくガンダムの腕に装備させるつもりらしい。
その晩、レムは格納庫に籠もりっきりで、ビームライフルの取り付けに夢中になっていた。重心の調整がなかなか難しく、まだ悪戦苦闘している。手に握らせるのは諦めて直接ケーブルで接合することにした。
カズキが姿を見せる。
「レム、飯も食わないで…こんつめすぎだぞ。せめて少し暖まれよ。」
温かいコーンスープのマグカップを受けとって、ガンダムの右足をベンチ代わりに腰掛け、ちびちびと飲んだ。
カズキも左足に座った。
見上げたガンダムはなかなか精悍で、(たしかにカッコイイな…)とカズキも思った。
視線を落とすと、ふと右足のつま先の黄色い染みが目に入った。前にレムが塗装しているときにカンタロウがコケてペンキのバケツをひっくり返したんだった。レムが信じられないくらいキレて、カンタロウが泣いて謝って、必死で拭き取ったけど落ちなかったんだっけ。レムはリペイントしてなかったのか。
レムは飲み終えたマグカップを静かに置くと、ペンキの痕に掌を置いた。そっと撫でる。
「じゃあ…おやすみ。…あんまり無茶するなよ。」カズキが言うと、レムはまた工具を握って、相変わらず無言でうなずいた。
翌朝、冷たくなったレムをドウジマが見つけた。
医療センターに運んだ。『死因:心筋梗塞』
「心筋梗塞であんな血を吐くわけないだろ!!!素人の俺だってわかる!!!」
マサトが声を荒げ、床を叩いて、泣いた。
ビーム・ライフルは絶妙なバランスで装備が完了されていた。
――
数日後、作業班たちがガンダムの前に集まり、仲間たちへのささやかな追悼式が行われた。ある者は頭を垂れ、ある者は宙を仰ぎ、ある者は静かにしゃがみ込んだ。
皆がそれぞれの場所に戻った後も、カズキは一人残って、黄色いペンキ痕の右足に腰を下ろした。やがてドウジマもそっと現れて、左足に座った。
「オッペンハイマーって男を知ってるか?」
ドウジマがぼんやりと言う。
「人類で初めて原爆をつくった男だ。」
「果てなき探究心と倫理の間で苦悩した男。……そう言われているが、俺に言わせりゃ話はもっと単純だ。」
「求められると感じるとな、断れないんだよ。わかるときは『わかる』、できるときは『できる』って応えちまう。病気なんだよ。」
「それで褒められて、感謝されて、……それから全部搾取される。」
「……誰の話ですか?」
カズキが反射的に訊ねる。
「いや、少し喋りすぎたな」
ドウジマもガンダムを見上げる。
「レムはどうだったんだかな。」
――
深夜。格納庫で激しく言い争う声がした。
「おい!やめろ!」
「落ち着け!」
「関係ねえだろ!俺の勝手だろ!」
リョウゴとヨシヤがケイスケを引っぱって連れてくる。
「こいつがブランコで勝手に飛び出そうとしてたんだよ……『マルゼンに殴り込む!』って。」
リョウゴが息を上げて報告する。
離せ!離せよ!と暴れるケイスケ。次第に声に涙が滲む。
「…あの日、俺、休憩室でタバコ吸ってたんだ。2本目吸おうとしたら、タバコ切らしてて。そしたらサイトウさんが自分が吸おうとしてたやつを、やるよ、ってくれたんだ。それで、サイトウさんが先に戻って、それで……!」
うずくまって声を絞り出す。
「なんで俺だけ!!冗談じゃねえよ!!」
タケルがしゃがんで静かに諭す。
「……マルゼンの人間はな。一人も居ないんだよ。この宙域には。内側は全部自動化されてんだ。」
冷徹な事実に打ちひしがれるケイスケ。
「ふざけるんじゃねえよ……じゃあどうすんだよ!俺らには武器も何にもないじゃねえか!!!」
「もうやめろ。」
オカバヤシが強い口調で言う。
そして一層くたびれた声で続ける。
「もうそんな話はやめてくれ。」
泣きじゃくるケイスケを皆が居住モジュールに連れ帰っていった。
取り残されたカズキが振り向くと、格納庫の暗がりでガンダムはやはり何も言わずに立っていた。カズキは少しの違和感を覚える。ドウジマがそんなカズキに気づいた。
「おい、カズキ、何を見つけた?」
「いや、あれを」
ビーム・ライフルの接合部あたりに、極々小さい、わずかな白い光が明滅していた。
ドウジマが駆け寄り、青ざめて言う。
「自己診断モードが生きてる。……こいつ、撃てるぞ。」
―第七章 終わり―