宇宙世紀0083年12月8日。連邦宙域復興改善推進機構の発足に伴い、連邦政府とアナハイム・エレクトロニクス社の間で、復興改善特別宙域における非汚染区画の有効活用についての交渉がなされた。アナハイムが増資の条件としたのは、その一部を同社の特殊実験場として利用することであった。
実験場を外界と隔絶した宙域の中で、さらに除染不能な立入禁止区画――レベルⅤ――として扱い、隔壁で遮蔽することにより、極めて高い機密性の確保が可能となった。
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「何なんだこいつは??!!!」
ヨシヤのブランコがブイを払い除けようとするが、ブイが帯びる局所性PIFFによって逆に弾き返される。敵対行動として認識されたヨシヤのブランコに泡が吹きかけられる。
「ヨシヤ!逃げろ!」オカバヤシが叫ぶが、ブランコのスラスターが泡に包まれ身動きがとれない。コクピットのハッチも硬化した泡により塞がれる。青い炎がヨシヤのブランコを包む。
「……熱いっ…」一瞬ヨシヤの声がきこえた気がしたが、音声系統が焼き切れたのか、沈黙した。――そして、ヨシヤのブランコが今度はひとつの方向に引き寄せられるように流れていく。
「ヨシヤ!どこにいくんだ!」
リョウゴが追いかけていくと、その先に巨大な影が現れた。――いや、それは影ではなかった。真っ黒な艶のないゴムのような装甲で全身を包んだ――巨大な質量の塊だった。
距離が全くつかめない。気づいたときにはすでにそそり立つ壁のように目の前に迫っていた。
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当時、アナハイム社の一部開発部門では、ミノフスキー粒子環境下においても干渉を受けにくい、化学、重力制御技術等を応用した新機軸の戦術兵器の可能性が様々なアプローチで模索されていた。
放射能除染に使用されていた「除染泡」を改良し、硬化に伴う熱反応を増幅することに成功。
多機能ドローンの区画管理ネットワークをそのまま範囲兵器のセンサー兼無人攻撃端末として利用するアイデアも採用された。
また、緩衝材等に使用されていたスライム状のゴム素材を改良した特殊装甲も開発された。衝撃吸収性能に特化しており、戦闘終了後の接収に際して再利用価値の高い設備や資源への損害を最小化できる。
これらと重力制御技術を組み合わせ、泡硬化後の構造体に共鳴する特殊な重力場を発生させ、対象を引力により引き寄せる仕組みが実現された。攻撃対象が機体に接触した時点で局所性の重力兵器が作動し、対象を、内部から、確実に圧壊する。
それが、試作中の自律制御型無人モビルアーマー「オット=セイル」の設計思想であった。
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リョウゴは目を疑った。ゆっくりと推進するその巨体に無数のデブリがぶつかるが、その表皮の柔らかさと弾力により受け流され、ほとんど軌道を変えずに過ぎ去っていく。
そんな中、ヨシヤの燃えるブランコだけがその肌に優しく包み込まれるようにめり込み、そして、炸裂した。
「ヨシヤ!!!」ヨシヤのブランコの破片が四散し、その一つがリョウゴのブランコの脇腹に突き刺さる。コクピットに激しい警告音が鳴り響く。リョウゴのブランコに接触した怪物が一瞬減速し、呑み込み、不快に震えて、そして押し潰した。
「ヨシヤ!リョウゴ!……なにがどうなってやがる?!!!」タケルが叫ぶ。
真っ黒な海獣を思わせるMAはゆっくりと――しかし、それは巨体ゆえにそう見えるだけだったのかもしれないが――、確実にカズキたちとガンダムに向かって泳いでくる。距離感が依然としてわからない。
一方、ヨシヤを攻撃したブイの一群はふらふらと元の位置に戻り平然と浮かんでいた。
「なんだったんだ……」マサトが困惑しつつ一瞬安堵する。しかし、すぐにモノアイが強く光り、再びブランコ列に近づいてきた。
泡が7番目のブランコに吹きつけられる。炎上し、連結部が千切れる。4、5、6、7番目のブランコが連なったまま放り出され、延焼し、燃える首飾りのようになった。それからMAに引き寄せられ、受け止められ、砕け散った。
「なんで3番目と7番目なんだ!???」
カズキが迷わず疑問を発する。ログを解析するドウジマ。
「……そうか!どちらも冷却系が間に合ってなかった……"熱"だ!熱に反応してる!」
ドウジマが全員に知らせる。
「おそらくここはやつの"縄張り"だ。縄張りの中で一定値以上の熱を検知すると野郎の敵だと見做されるんだ。」
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実験の進捗に伴い、アナハイムより実験場のさらなる拡大が熱望された。マルゼンはこれを受け入れ、隣接区画を実験場に転用することにしたが、該当区画の資源回収を完了した上での明渡しを申し出た。
両者の妥協案として、該当区画内に新型ブイのみを先行して配備、環境テストをすることが合意された。
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土囊のような、ずず黒い重さでMAが迫る。
「まずい、また冷却がイカれた!」モニターのサーモグラフィで8番目のブランコの赤色が一層濃くなる。
オカバヤシがその8番目に取り付いた。「おい!何してる!?」ドウジマが咎める。
すばやく乗り込むオカバヤシ。連結を解除して飛び出す。「なに考えて…!!!」
オカバヤシが自ら冷却装置を切る。警報音。コクピットが熱気で満たされる。共有チャンネルを通じてオカバヤシがはっきりと語る。
「俺はな。いままで散々つまらないものに賭け続けてきた。それで嫁も娘も、なにもかも失った。それでもやめられなかった。誰にも言えなかった。何度も何度も『これが最後だ』って決めても、無理だった。」
オカバヤシのブランコが大きく軌道を曲げ、ビームライフルから離れた。MAがそちらにゆっくり頭を向ける。
「頼む。今度こそ本当に最後にする。
……お前らに全ベットだ。」
MAがオカバヤシのブランコに襲いかかり、しばし動きを止め、捻り潰した。――そして再びブランコ列に向き直った。
ハセが流れるように9番目のブランコに乗り込んだ。オカバヤシと同じ手順をなぞる。連結解除、発進、冷却機能オフ、誘導。なにも語らない。MAが無感情にハセのブランコに迫る。
そのとき10番目のブランコが追いついた。ハセのブランコを羽交い締めにし、ハッチをこじ開けてコックピットの脱出ポッドを引き出す。呆気にとられるハセ。
ケイスケが息を上げながら語りかける。
「ごめん、ハセさん、俺やっぱり、死ぬとか嫌だった。」
ハセの乗っていたブランコがMAに噛みつかれて爆発する。衝撃でデブリの嵐が脱出ポッドとそれを抱えるケイスケのブランコを襲う。接触。ケイスケのブランコはハセのポッドをそっと逃がしながら、内部から破壊された。
マサトが11番目のブランコで駆けつけ、ハセのポッドをキャッチする。マサトが飛び出し、ハセのポッドに乗り移った。
ハセの口からは鮮血が溢れ、メットの中に無数の球を作っていた。目は見開いたまま、呼びかけに応えない。カッポウギは胸の真ん中で裂け、肌に刻まれた青黒いタトゥーが覗いた。
マサトは裂け目に掌を突っ込み、ハセの胸を両腕で力いっぱい押した。
「生きろ!生きろよ!」
心臓マッサージを続ける。マサトの眼鏡がメットの中で弾み、汗と涙の粒がメットを満たした。
まもなく、いん気な弾力が2人を包み、くしゃみをするように、一瞬で握り潰した。
「充電率76%だ!あと24%!」ドウジマが叫ぶ。「くそっ!また冷却異常だ!」
再びブイが12番目に泡を浴びせ、ブランコが燃え上がる。
カズキが視界の端にそれを見つけた。最初に攻撃された3番目。巻き込まれて中破した2番目……そして、1番目のブランコが、ぽつんと宙空に浮かんでいた。
「まだ使える!」カズキはカッポウギのスラスターを吹かせ急いだ。
12番から13番目に延焼する。ガンダムとビームライフルごと、MAの方向にぐっと引っ張られる。ドウジマがしがみつきながら叫ぶ。「あと6%!2台分だ!」
タケルが炎上している13番に飛び移る。
「タケル!何やってんだ!?」
ハッチをこじ開ける。コクピットの中は火と煙で充満し、警告音が鳴っている。
「やめろ!」タケルはきこえていないかように、黙ってその中に飛び込んだ。
連結を外し、燃えた火の玉のままで踊り出で、MAを引きつける。警告音がさらにけたたましく鳴り響く。
「……ギャーギャーギャーギャー!うるせえんだよおおおお!!!!」
MAに体当たりをして、タケルのブランコが爆散した。
「あと3%!くそっ!また熱だ!」
14番目と15番目も熱暴走を始める。容赦なく浴びせかけられる泡。消火のためではない、生命を消すための泡。
MAが息を吸い込むように静かに唸る。絶望的な距離。
14番のブランコが、動力部に引火してその場で爆ぜた。
残る15番もさらに燃え盛っていく。ビームライフルとガンダムにも火の手が迫る。――そのとき、カズキが、1番のブランコで駆けつけた。
炎上する15番とビームライフルの連結部をアームで掴み、強引にもぎ取り、切り離す。
燃える隕石となった15番のブランコが、MAに吸い寄せられ、飴玉のように粉砕された。
熱波とともに周囲のデブリの雨がカズキとドウジマ、そしてガンダムに降り注いだ。
黒いブイたちが明滅した。付近の状況を再スキャンしているようだった。――熱源反応なし。
MAは満足気にその肥った身体をよじって、もと来た場所――隔壁の穴の向こうへと帰っていった。
ドウジマが全身の痛みを堪えながらモニターを確認する。
>>ENERGY CHARGE: 100.00%
>>STATUS: READY
―第九章 終わり―