淫夢バスカンパニー 作:動画をバラ撒かれ哀叫するヒンドリー
ずっと聞こえてくる。
妙に甲高い男の声が...オォン、アオォンと...。
それから、電気プラグに一物を突っ込んで...電気が流れ、クジラの断末魔のように吠える男の絶叫が...。
耳元で...毎日毎日...オォン、アオォン ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!と...。
リアン?どこにいるんだ?
もうそろそろ私を開放してくれないか?
「さっきから小難しいこと言ってっけど、具体的にアレは一体どういう野郎で、これから何が起こんだよ?」
意味深に言うヴェルギリウスに、先程起き上がったヒースクリフが尋ねた。
「それはファウストさんから聞くのがいいだろう。概要だけ聞かされた俺よりもずっとあの存在に対して詳しいからな」
「ヴェルギリウス...」
話を振られたファウストは裏切られたかのような悲痛な声色を絞り出し、ヴェルギリウスを見た。
そしてとても大きく溜め息をついて、覚悟を決めた口調で話し始めた。
「ダンテ、これから話す事柄はあくまでも客観的な事実に基づいたものであり、ファウストはあの幻想体について他人から聞いた知識以上の関心を向けてはいません」
「どうか、それを心に留めておいてください」
私は頷いた。
「あの幻想体は...とある同性愛者向けポルノビデオに対する人々の認識から生まれました」
〈同性愛者?ポルノビデオ?〉
記憶を失っている私は聞き覚えの無い二つの単語を聞き返す。
なにかマズい質問だったのか、ファウストはハッとした様子で息を詰まらせた。
「あ〜ダンテ?この都市には人とはちょっとだけ違う趣味を持つ人達がいてさ?そういう人達の間でだけ楽しむ物があるんだよね。あっ、ダンテはまだ詳しく知らなくてもいいよ〜」
「案内人、あのザマを見ても管理人様へ正しい性知識の教育をする機会を用意するべきだと思わないのか?」
「...本社に掛け合っておこう」
ロージャは私を幼子をあやすみたいに優しく言い聞かせるし、ウーティスとヴェルギリウスは何か真剣な話をしている。
そして、残りの囚人の多くは私から気まずそうに目を逸らした。
〈で、その同性愛者向けポルノビデオ?とかいう物があの幻想体の根源なの?〉
正直今すぐにでもそれが何か聞きたかったけど、私はファウストの無言の圧力に押されて、おとなしく続きを促した。
「はい、その認識でおおよそ合っています。真夏の夜の淫夢...俗に淫夢と呼称されるそのビデオはインターネットを介して都市の一部で広まり、同時にそれを信奉し、拡散しようとするコミュニティが発生しました」
「待ってください。たかがビデオですよね?なんでそんなものがそんな影響力を...」
イシュメールは言い終わった途端に、しまったという表情を浮かべた。
生じた疑問をつい聞き返してしまったが、この話題に関してはだんまりを決め込むつもりだったようだ。
「要因はいくつか挙げられるが、単に面白かったと言う理由が一般的だ。該当のビデオは男優の演技、音響から脚本に至るまで全体的にクオリティが低く、本来の用途での使用は不可能に近いがいわゆるミームとしての潜在能力は無視できない」
「え...ムルソーさん知ってるんですか?」
「知らない理由が無かった」
信じられない物を見るようなイシュメールの困惑に、ムルソーはなんでもないように返した。
〈ムルソー、詳しく教えてくれる?〉
「はい、管理人様。当該ビデオはとあるプロ野球選手の出演により、世間からの関心を集めることになりました。しかし、その選手だけに向けられた関心は次第にビデオに登場する他の男優へと移り変わり、不可解な発音による稚拙な演技や不自然な脚本を面白がるムーブメントが発生しました」
「...それってただ出来が悪いってことじゃねぇのか?」
「正しい。しかし今回においては、それ故に厄介だった。低レベルな演技と非現実的な脚本により個性を与えられた登場人物達は現実の人間と切り離され、独立したキャラクター性を獲得した。そしてこのキャラクター達を好むコミュニティ、俗にホモガキと呼称される集団は時に他のコンテンツを侵略しながら大量の二次創作物を作り上げた」
〈二次創作?〉
「ある話を元にして新たな話を作りあげることでありまする!管理人殿!」
「終わってしまった原作のキャラクター達を元に新たな物語を連ねることはひじぃよぉーうにワクワクすることではあるのだが、当人としてはやはり見たかった展開があったとしても作者が考え抜いた上でそうはならなかった原作を尊重したいというか...いやしかしそれでも思い描く分には自由というか...」
なんだか不必要に長くなりそうなドンキホーテの語りを聞き流し、私はムルソーに質問する。
〈それで、どうなったの?まだそのブームは続いてるの?〉
「いいえ。近年は下火になっています」
〈それは...みんな飽きたから?〉
「そういった見方もありますが、主要な原因は他にありました。数年前、都市で禁止された人工知能を使用して楽曲を制作した人物が爪に処刑される事件がありました」
「それを発端として、動画投稿者の間で頭の禁忌に触れない瀬戸際を探った際どい動画を投稿する『頭削除チキンレース』と題した催しが行われ、主要な投稿者の大半が粛清されたことでブームは終わりを迎えました」
「世の中くだらないことに命かける連中ってのはどこにでもいるもんだな...」
「い、一体どんな動画を投稿したら頭が来るような大事になるんですか?」
グレゴールの自虐の後、恐る恐るシンクレアが聞いた。
「ホモと見る裏路地の夜、迫真銃器制作部 外壁貫通の裏技、AIだよAI!、生命工学レイプ!種付けクソバードと化した先輩などが挙げられる」
〈ええ...〉
ろくでもないタイトルに、頭がクラクラする。
気が狂っているのではないだろうか?
〈じゃあ、さっき私たちが戦ってた汚い幻想体も、その作品?に出てくるの?〉
「はい。管理人様。聞かれなかったため答えませんでしたが、あの実体は象徴的なキャラクターである、野獣先輩と呼称される男優に酷似していました」
「完璧な説明ですね。ファウストがわざわざあの者達から知識を得る必要がなかったほどには」
恨みがましく言うファウストを横目に、私は今までの話を思い返す。
ビデオから始まった侵略性の流行。
禁忌すら恐れない狂気。
野獣先輩、淫夢における象徴。
沢山の人が人生を賭けたバカバカしい遊びの中枢にそれを据えていて、混沌したコンテンツをまとめあげる要として使っていたのなら...
それが無くなった今、一体何が起こるのだろう?
私の疑問に答えるように、幻想体に変化が現れた。
「俺が直々に空手を教える」
ひどい棒読みのセリフとともに、幻想体から分かれたノイズが鮮明になる。
そこには、純白の道着を纏った黒い短髪の男が構えを取って立っていた。
よく鍛えられたその身体と落ち着いた呼吸からは一分の隙も見て取れない。
「これが基本の正拳突き」
男の手が白くぶれ、空気の壁を突き破る轟音が響く。
一切反応できなかった私は拳をグラディウスで受け止めるヴェルギリウスの姿を見て初めて、攻撃されたと分かった。
「...上役からの命令があった。これは俺が処理しよう」
ヴェルギリウスが二つの光の輪が巻かれた蹴りを繰り出す。
ただでさえ途方もない威力を誇る特色の体術に凝縮した心でさらに威力を上乗せした攻撃。
並みの相手ならば体ごと消し飛んでもおかしくないその一撃を、胴着の男はその場で腕を交差させて受け止めた。
流石に大きく後退したものの、その体に損傷は見られない。
「やるじゃねぇか」
男はにやりと笑い、足を踏み鳴らして叫ぶ。
「炎神全開!」
その身に纏うは燃え盛る炎がごとき心。
激しく立ち上る熱気によって周囲の空間が陽炎のようにゆがみ、その姿をより鮮明に威光を持って浮かび上がらせる。
まるで武神だった。
「それなりに...骨の折れる仕事になるだろう」
ヴェルギリウスを中心に、これまでの戦いで流れていた血が寄り集まる。
寄り集った血はグラディウスを硬化させ、彼の背に血のマントを頭上に月桂冠を形作る。
頬を伝う血の涙は、彼がいつか勝ち取る勝利のために流す不退転の決意だ。
武神と赤い視線。
異なる世界の二つの頂点が向き合った。
地面を蹴る音が二重に響き、両者の姿が掻き消える。
壁や天井を足場に立ち回る二つの残像は目にもとまらぬ速さで激突を繰り返し、飛び散る火花と空気が弾ける音だけがこの高次元の戦いを私へ認識させる。
距離を取れば拳の圧が破壊力を持って空を飛び、それに対抗するように血で作られた斬撃が放たれる。
空から血の槍が降り注げば、体を中心に燃え広がる炎がそれを焼き尽くす。
戦いの余波で周囲を破壊しながら、二つの流星は施設の奥へと飛び去って行った。
「ダンテ、指揮の準備を」
ヴェルギリウスが去っていった方角を見つめていた私は、ファウストの呼びかけで我に返る。
ノイズはどんどんと増殖し、空間には文字が浮かび上がり始める。
幻想体による、空間の侵食が始まっていた。
"DIYUSIは棒読み、棒読みは淫夢。QED"
空間に浮かび上がった文字が消え、分かたれ続けているノイズの一つが鮮明になる。
それは誘導棒を持ち、目を閉じた緑髪の少女だった。
〈なんか...いままでとずいぶん毛色がちがくない?〉
「学校で女子があの幻想体に似たキーホルダーをつけてたような気がします...デザインは少し違いますけど」
シンクレアの言う通りなら、あれは吸収された他のコンテンツのキャラクターなんだろうか?
「...浄化進行」
物静かに見える少女はカラカラと誘導棒を鳴らし、隣に落石注意の標識を浮かばせた。
〈避けるか防いで!〉
言い終わるのが早いか、私達の頭上に無数の岩石が出現した。
「ダンテ...!私にE.G.Oを使はせよ!」
咄嗟に最大限大きな声を出したイサンに資源を集中させ、狐雨を発動させる。
E.G.Oと同化したイサンは岩が落ちる寸前に私たちの頭上を傘で守り、周囲の空間をどこかの路地へと塗り替えた。
「この染み込まん雨に、傘の漏れぬやと思う」
暖かい日差しの隙間から零れた雨が降り注ぐ。
優しく見えても心を抉る偽善のように鋭く、強がって立てた頼りない傘のみが防げる二面性の雨。
岩の礫を貫き砕くその雨はいつからか少女の傍に浮かんでいた一時停止の標識が輝いた瞬間、時が止まったように静止した。
そしてまたもや誘導棒が振られ、今度は火災標識が現れる。
それは宙に浮いて激しく回転し、周囲に炎をまき散らして狐雨を掻き消した。
「あの標識に書かれたことが現実になるんですかね?」
「もしそうなら先に標識を狙ったほうがいいかもしれませんね~」
〈そうだね。そうしてみようか〉
ホンルの意見を参考にして、私は囚人たちの人格を付け替えた。
「...」
無口な少女はまたも誘導棒をカラカラと鳴らし、鹿が描かれた標識が浮かび上がる。
標識が効果を発する寸前、その中心に風穴が開いた。
力を失った標識は無機質に地に落ちる。
「綺麗なヘッドショット。いや、ディアショットか?」
「チッ、どっちでもいいなそんなこと。任せた!ホンル!」
終止符事務所のヒースクリフが無線越しに叫び、同じく終止符事務所のホンルが少女へ発砲しながら疾走した。
再び標識を呼び出そうと振り上げられた誘導棒は弾丸でその動きを阻害され、代わりに近づいてきたホンルへと振り下ろされる。
しかし赤い軌跡が通り過ぎた時には既に、ホンルは影のように消えていた。
「その人生に...」
背後から放たれた三発の弾丸が、脚、胸、腕の三ヶ所を貫く。
「終止符を!」
膝を着いた少女を介錯するように、その首元をダガーが切り裂いた。
鮮血が宙を舞い、致命傷を負った体は崩れ落ちる。
はずだった。
『踏切あり』
崩れぬ矜恃か、それとも自身の役目への執着か。
地に伏せる寸前で踏みとどまった少女はどこからか取り出したもう一本の誘導棒を含めた二本をくるくると旋回させる。
鋭い汽笛の音が響いた瞬間、背後のホンルが巨大な衝撃に跳ね飛ばされ、異空間から現れた列車が金切り音の咆哮を上げて私たちへ襲いかかった。
〈ムルソー!〉
私は反射的にE.G.Oを切る。
鏡が砕け、ムルソーの腕に巨大なガントレットが装着される。
ボルトと四角い機械で構成されたその剛腕には、粉砕すべき過去を刻むニキシー管が取り付けられていた。
「蒸気圧縮ピストン圧力制限解除、観測完了済み時間ベクトル計算完了…蓄積された過去変形、モーメント値維持…発射」
ムルソーが唱える言葉に合わせて蒸気が吹き出し、歯車が回り、拳が折りたたまれるように圧縮されていく。
そして列車が眼前に来た瞬間、圧縮された反動を解き放ち巨大な拳が打ち出された。
拳の先端と列車の正面が恐るべき加速を持って激突し、崩れんばかりに施設が揺らぐ。
拮抗した大質量の打ち合いの中、ガントレットの側面に取り付けられたニキシー管が時を刻んだ。
時間が巻き戻された。
そう錯覚するほどに、初撃に全く劣らない第二打が打ち込まれ、列車が押し込まれる。
第三打でその車体は軋み、トドメの四打で砕け散った。
跳ね飛ばされた列車が宙を舞い、膝を着く少女の上に影を落とす。
少女は最後まで黙ったまま、それを受け入れた。
列車も、その下にあるだろう少女の亡骸も次の瞬間には青色の長方形に飲まれて消え、空間にまたもや文字が浮かぶ。
"天童アリスは淫夢ごっこで有名。つまり実質淫夢ファミリー。QED"
"シェイクスピアは淫夢。つまりシェイクスピアを元に作られたキャラクターは淫夢ファミリー。QED"
二つのノイズが鮮明になる。
「イキスギィイクイク!ンアーッ!枕がデカすぎます!」
片や巨大な銃器を担ぎ、人懐っこそうな小さな少女。
「ふははははっ!なんたる喜劇!なんたる悲劇!低俗なポルノに我が傑作の題名を盗まれたことを嘆く間もなく、今度は吾輩自身が更に下劣な二次創作の舞台に引きずり降ろされるとは!」
「いえまあ、それも良いでしょう。なぜならこの世は全て舞台!男も女も、ホモもノンケも皆役者なのですから!」
片や演劇のように仰々しい喋り方の紳士。
〈二人同時か...〉
口に出してみて、背筋に寒いものが走った。
一体このバカバカしい夢の登場人物は何人いるんだ?