お、色違い。
白いヤトウモリが、岩陰からひょっこりと姿を現した。
日差しを避けるように、砂に足跡を残しながら慎重に歩いてくる。
俺は、その数歩先――皿の上に載せたクッキーをそっと置いた。
材料は、畑で育てたオボンの実とカゴの実。甘くて柔らかい、ポケモン用のおやつだ。
最初は警戒していた白ヤトウモリだったが、やがて腹の虫に負けたのか、ちらちらとこちらを見ながら近づいてきて……そろりとクッキーにかじりついた。
――今だ。
俺は息を殺して、そっとプレミアボールを投げた。
ポカン。
優しい音とともに、白いヤトウモリはすんなりとボールの中へ吸い込まれた。
そして、揺れは――一度きりで止まった。
「……やったー」
俺は小さくガッツポーズを取った。
ようやく。ようやくこの手で、初めてのポケモンを捕まえることができた。
初ポケモン。
初ゲット。
初、色違い。
さて、ここまで読んでピンと来た人もいるだろう。
そう。俺は転生者だ。
転生前、俺は“エンジョイ勢”の一人だった。
ゲームを遊ぶのが好きで、その中でも――特に熱中していたのが「ポケモン」シリーズ。
ただ、俺はただのエンジョイ勢ではない。
どんなゲームを始めても、俺には“こだわり”があった。
縛りプレイ――それが俺の遊び方だ。
誰に強制されたわけでもない。ただ、自分の中にある信念のようなものだった。
限られたリソース、制限された条件でどこまでやれるか。それが楽しかった。
狩りゲーなら防具なし。
RPGならセーブ禁止。
死にゲーならレベル制限。
そして、ポケモンでの俺の定番縛りは――
色違い縛り。
色違いポケモンだけを使い、リーグ制覇を目指す。
確率は1/4096。運と執念が試される、狂気のプレイスタイルだ。
でも俺にとっては、それが普通だった。
この世界に生まれてから、もう18年。
ようやく。ようやく俺は、この目で“輝き”を見た。
白いヤトウモリ。
プレミアボールに入った、俺だけの相棒。世界に一匹しかいない“運命”の個体。
嬉しかった。
本当に、泣くほど嬉しかった。
……ただ一つ、問題があるとすれば。
この転生体、どうやら感情表現が苦手らしい。
顔が動かねぇ。笑えねぇ。手が震えるだけ。
でもまぁ、些細な問題だ。
この足取りの軽さが、俺の気持ちをすべて物語っている。
さ、帰ろう。
色違いエンニュートに進化させる準備をしなきゃな――
◇
蒸気の香りが鼻を突く。
煙突だらけの工業都市――ガラル地方中部のこの街は、今日も機械の音が止むことはなかった。
金属の壁、レンガ造りの倉庫、噴き上がる白煙。
そんな無骨な景色のなか、俺は一人、プレミアボールを胸に抱えて歩く。
中にいるのは、白いヤトウモリ。
俺の、初めての色違い。初めての相棒。
だから、今日の俺は――
超ご機嫌である。
……けど、そろそろ帰らないとヤバい。
転生者に、三日野宿は普通にキツい。
夜は寒いし、地面は硬いし、夢に出るのはモジャンボだし。
俺は街道沿いの標識の前で立ち止まり、
スマホロトムを操作する――…いや、操作したつもりだった。
だが俺は無言でじっと画面を見つめるだけなので、
周囲からは“何かを凝視する謎の無言少年”にしか見えていない。
ようやく、近くに停まっていたガラルタクシーが気づいてくれた。
黒い影が空から降りてくる。
巨大な鋼鉄の鳥――アーマーガアが、ぎしりと音を立てて降下してきた。
「まいどっ、兄ちゃん! どこまで行くんだい?」
タクシーの運転手が愛想よく声をかけてくる。
俺は即座に――。
ありがとう!!ハロンタウンまでお願いします!!!
……が、口から出た言葉はこうだった。
「ハロンタウン」
……うん。知ってた。
コミュ障である。
転生してから、ずっとこれだった。
運転手が一瞬ぽかんとした顔をしてから、笑う。
「ハロンタウン? ははっ、そりゃまた遠くまで来たねぇ」
……ん? そう?
ゲーム的にはここ、マップの真ん中あたりだし、
電車使って来たし、正直そんなに遠い感じは――
「うん」
また圧縮された。
いや!だから!言葉足りないって!それじゃ伝わらないって!
しかし運転手は慣れたように笑って、ゴンドラのドアを開けてくれた。
「ま、乗んな。帰り道だろ?」
……ありがたい。
俺はアーマーガアの掴んでいるゴンドラに乗り込む。
ドアが閉まり、がしりと爪が締まった瞬間――
翼が羽ばたいた。
都市の上空へと、鋼鉄の影が舞い上がる。
ゴンドラが左右に揺れた。
びゅう、と冷たい風が髪を撫でる。
「…………」
テンション、爆上がりである。
表情は1ミリも変わらないけど。
窓の外を見下ろせば、夕焼けの中にガラルの町並みが広がっていく。
あのあたりにショップ、こっちはワイルドエリア、ここは……たしか駅だったか?
初めてこの世界に来たときのことを、少しだけ思い出す。
あのときからずっと、俺の目指すものは一つだった。
特別なポケモンを探すこと。
世界に一匹しかいない“輝き”を、この目で見つけること。
俺の旅は――まだ始まったばかりだ。
◇
ハロンタウン
ガラル地方の南端――
田園風景に囲まれた、小さな始まりの町。
舗装もされていない素朴な道のそばでは、ウールーたちがのんびり草を食んでいる。
風は穏やかで、どこか甘い青草の香りがした。
俺は、アーマーガアのゴンドラから降りると、運転手にチップを添えて運賃を払った。
「まいど、兄ちゃん。またなー」
「……うん」
笑顔で手を振ってくれるドライバーに、俺はうなずき返す。
口数は少ないが、今日の俺は機嫌がいい。
三日ぶりの帰郷。
そして、初めての“相棒”との帰り道。
エンジンシティと違って、この辺は少し肌寒い。
高低差のせいか、空気が軽くて澄んでいる気がする。
見慣れた石畳を、俺はゆっくりと歩く。
ときどき、村の人とすれ違うけど、特に声はかけられない。俺が無表情なのもあるだろうし、もともと交流は少ない。
けれど今日は違う。
俺は、そっとプレミアボールを取り出した。
太陽の光を受けて、真っ白なボールが小さくきらめく。
「――出てこい」
ボタンを押すと、ボールが開き、ふわりと光が舞った。
次の瞬間、そこに現れたのは――
白いヤトウモリ。
普通とは違う、まるでアルビノのような淡い身体。
目を瞬かせながら、俺を見上げて、小さく鳴いた。
「……おいで」
俺がそう言うより早く、ヤトウモリは跳ねるように近づき、器用に俺の腕を伝って肩に飛び乗った。
そしてそのまま、頭の上へ。
「……ちょっと、重い」
と言いつつも、俺は手で支えることもせず、静かに歩き出す。
この重みが、心地よかった。
俺の色違い。俺の唯一。
たった一匹の相棒が、
俺と共に帰る“家”が、いま目の前にある。
ヤトウモリ~、ここが俺の住んでる町だぞ~。空気がうまいだろ~
そう思いながら、俺は両手を広げるように深呼吸した。
「……いい場所だろ」
頭の上では、真っ白なヤトウモリがきょろきょろと周囲を見回している。
のんびりとした牧草の匂い。柔らかな陽差し。ウールーの鳴き声。
そのときだった。
「あっ! カケル兄ちゃん!戻ってたんだ!」
後ろから聞き慣れた声。振り返ると、ホップとユウリの二人が駆け寄ってくる。
「何しに行ってたの?」
ユウリが俺に問いかけてくる。
よし来た!!少年少女よ、よくぞ聞いてくれた!!
ついに俺は――ポケモンをゲットしたんだ!ほら見てくれ!かわいいだろ!
「ポケモン……!」
……いや、なんでそうなる!?
脳内でちゃんと構成したのに!! もっと熱く語りたかったのに!
なんで口に出すとこうも…こうも……圧縮される!?
「えっ、あ……ポケモン!?」
「カケル兄ちゃんが!?」
二人は目を丸くして俺を見る。
その視線は……なぜか、心配そうである。
「だ、大丈夫なの……?」
「……何が?」
首をかしげる俺に、ホップは「あ、うん」となぜか納得し、曖昧に笑った。
――おかしいな。
喜んでもらえる流れだったはずなんだが……?
「珍しい色のヤトウモリだね」
ユウリがぽつりと呟く。
そうそう!ようやく分かってくれたか!
こいつはな、超レアな色違いなんだ!出現率1/4096だぞ!
俺の縛りプレイの――魂の結晶――
「……こいつが、一人でいたから」
――違う! いや、そうだけど!
そこじゃない!!もっと他に言いようがあるだろ俺!!
「へ、へぇ……そうなんだ……」
ユウリの笑顔がちょっと引きつっている。
流れる微妙な空気。
そして――
「あ!ユウリ、俺たち博士の家に行くんだった!」
「あっ、ほんとだ!」
「ごめんカケル兄ちゃん!またね!」
バタバタと駆けていく二人の背中を見送りながら、
俺はため息混じりに頭の上のヤトウモリをなでた。
「……会話、むずかし」
けれど、まぁ――
どこか懐かしい、穏やかな日常だった。
俺はそのまま、自分の家へと足を向ける。